000_0910 少女の価値Ⅳ ~Triumph Motorcycles「Rocket Ⅹ」~
時間は少し
山陽本線からJR神戸駅を通過して東海道本線をたどり、列車を追跡して東に向かう、兵庫県警航空隊員が操縦するヘリコプターの中で。
『コレまで持っていきますの? 邪魔なんですけど』
「正直使えるか、わからんけどな……」
ヘッドセットをつけたコゼットと
彼らの間には、ラッシングベルトで固定された、《バーゲスト》が積載されていた。ヘリの室内など大して広くもない。しかも機体幅がわずかに足りず、ドアが閉められない。
コゼットの言葉どおり、邪魔になっているのだが、それでも十路は積載することを選んだ。
「敵にも《
優先順位は間違えてはいけない。樹里さえ確保してしまえば、後はどうとでもなる。
だが十路は《魔法》で空を飛べない。この時は樹里も飛べるのかわからなかった。なので移動中の列車から飛び降りる手段が欲しかった。普通に飛び降りたら《
「だからDNAを登録して、《使い魔》のシステムを覚醒させてくれ」
《
展開を考えると、最低限AI判断の自律行動は必要だった。
『ハ? コレ、貴方の《
鍵の形をしたカートリッジを差し出されたコゼットは、疑問と意外で眉をひそめた。
「違う。
『《
またか。また連絡が行き違っているのか。またあの理事長が原因なのか。
「……ンなことはいいから、早くコレくわえてDNAを採取してくれ。あ、俺が一回試したから、ちゃんと洗浄しろよ」
他人事な危機感を抱いたものの、十路は時間の無駄を嫌って触れることなく、コゼットを急かした。あの理事長のろくでもなさは、考えるだけ疲れる。
『なんで今日初対面の男と、間接キスしなきゃなんねーんですよ……』
「洗浄するんだから気にするな。早くしてくれ」
『あぁ、もう……!』
そして《バーゲスト》のシリンダーに挿して、膝を突いた姿勢でハンドルを握り、捻った。
途端に《
しかしすぐに発光が止み、ディスプレイに『ERORR』の文字が浮かんだ。
『……やっぱし。わたくし、バイクの免許持ってねーですし、
「先に言え」
結局は無駄な時間を使ってしまったと、十路は悪態をついた。
実際、先に聞いていても、やはりコゼットが
(じゃあ、この《使い魔》の
振り落とされてヒップアタックをかましてくれた、無免許の女子高生が《
しかし部長であるコゼットが違うなら、消去法で他に考えられなかった。支援部員という意味のみでの候補者は、他に野依崎もいたが、この時の十路は彼女の存在を知らず、知っても小学生は除外したのは間違いない。
ともかく、《
十路は
拳銃を取り出した際には、思わず背後だった操縦席に振り返った。武装した自衛官が警察のヘリに乗るなど、まずありえないだろうし、ティーンエイジャーの十路が武装などしていたら、余計なトラブルを生むのは想定できた。
しかし操縦士はもちろん機体の操縦、機体外部のカメラを操作している特務員は、それぞれの仕事に忙しいらしく、後ろに注意を払っていなかった。
あるいは作戦行動中の自衛官であることを知っていて、あえて無視をしていたのか。
真相は不明だが、とにかく干渉されないままに、倉庫で戦った時と同じ武装を身につける。消費したナイフを腕のベルト
その様子を見ていたコゼットが、どう思ったか、唐突に言葉を紡いだ。
『わたくしたちは学生。これは部活動。誰かを殺さなければいけない立場でもなければ、殺さなければならない義務もない』
「お綺麗さに反吐が出そうだ」
『えぇ。詭弁ですわ。でも、普通ではない《
「気にするな」
装備ベルトにポーチをひとつ追加して、
「殺すことになったとしても、アンタの仕事じゃない」
この意識は、十路が支援部に入部してからも、ずっと持ち続けているもの。わずかばかり形を変えたとしても、本質は変わらない。
《
日常生活の中で、自分の特異性を話しすれば『中二病乙』などと言われかねないが、やはり自分が異物であるという自覚は、常に付きまとう。
事実、日本に生きる普通の高校生が持つ経歴とは、違うのだから。
だからトラブルご免を自称していようと、彼は危険な部活動には率先して参加する。非日常に生きた異物なりに、ごく普通の日常を守るために。
「それより、追いついたみたいだ」
東海道本線は、京都を通過するまで、ほとんど人工密集地帯を走っている。線路も比較的明るい。
だから夜間、上空から肉眼で見下ろしても、列車の判別はついた。相手は旅客車輌と貨物車輌の両方がある特殊編成で、しかも重量やブレーキ性能の関係で、速度が遅いのだから、間違うことはない。
スピーカーで警告を与えながら、ヘリは高度を下げる。架線があるため、
その返事は、客車の窓から出てきた人影が持っていた。
「回避しろ!」
顔を外に出していた十路は、引っ込めながら反射的に叫んだ。途端にローターや機体で火花が散った。
『きゃっ!?』
十路の指示が聞こえたのか、反射的に操縦士が反応しただけなのか、ヘリが傾いた。ハーネスで体を固定してなかった十路と、今度は可愛げある悲鳴をあげたコゼットは、慌てて周囲のものを掴み、機体から投げ出されるのに耐えた。
「運送会社なら、もっとスマートに仕事しろよ……!」
銃撃された。操縦士たちは慌てて言葉を交わしたが、人的被害もなく、機体にも深刻な影響は出なかった。
市街地上空でヘリを撃墜すれば、どんな大惨事が起こるか、全く考慮していない攻撃だった。
ひとまずヘリは距離を開きながら、列車に併走するように位置を変えた。
そこで再び列車で
単に、不運が重なった結果なのだろう。
だが、そんな言葉で片付けられない現実が起こった。
銃弾の一発が、不幸にもヘリ内部に飛び込み、《バーゲスト》の
軽量簡素とはいえ、《
三番目の不幸は、回避行動を取るヘリの飛行姿勢が、丁度側面を列車に向けている瞬間だった。つまりはみ出しかけた《バーゲスト》の真正面に、攻撃した者を見せる形となっていた。
「は?」
だから《バーゲスト》に搭載した、十路の
四番目の不幸として、この兵器の存在は知っていた。
しかし、なにも操作していない状況下で、なぜ出てきたか理解できなかった。
『どわぁぁぁぁっ!?
更にコゼットの鼻先で発射炎を噴出させ、七本のハイドラ70
さすがに回避行動中に、直線とはいえ動いている列車に、無誘導のロケット弾は命中しなかった。しかし正確な射撃であったため、列車が通過したすぐ後に穴を穿ち、道路へと突き刺さった。
人口密集地帯にも関わらず、民家や車に命中する直接被害がなかったことが、最大の幸運と呼べるだろうか。
『アホかぁぁぁぁっ!? 過剰防衛にもほどがありますわよ!? こっちまで死ぬかと思ったわ!?』
「俺じゃねぇよ!? これ、どんな設定になってんだよ!?」
コゼットに怒鳴られた十路は、慌てて《バーゲスト》のディスプレイを乱暴に叩き、システムを呼び出して確認した。
「まさか、これか!?」
結果的にコゼットと交戦する直前、倉庫で機体から離れる時に設定した、自律防御モードがONになったままだった。他に関係しそうな機能がないため、違う可能性を考えられなかった。
(コレ作ったヤツ、絶対アタマおかしい……! 『自律』も『防御』も、意味勘違いしてるだろ……!)
本来ならば当たり前だが、自動報復システムではない。警報から最悪自爆まで、状況に応じて不特定の人間に触れさせず、いたずらや鹵獲をさせないための機能だ。テストモードならば、隠匿されているディスプレイ表示を起動させて、設定をOFFにしないと、十路でも触れなければいけないはず。
普段乗っている《
その結果が不幸にも、システムが正常に働いた『暴発事故』だった。
『ちょっと……アレ、ヤバいんじゃねーですの……!』
《
それでも列車の窓から乗り出し、筒状のものを肩に構えている者は、十路にも見えた。
軍事的には、戦闘ヘリコプターは対地攻撃能力が突出して優れているが、総合的には弱い。固定翼機ほどの回避機動能力がなく、被弾時やトラブルの際に脆弱で、対空兵器に対して無力だ。
ロケット弾七発の反撃に、肝を冷やしたからだろう。相手が構えているのが、ロケット弾がミサイルかはわからずとも、命中すれば一撃で破壊されるのは確定している。
「避けろ!」
十路は叫んだが、操縦士の反応が遅れた。警察官といえど、日本の空を飛んでいる最中、銃撃されるのは想定外だろう。
『割り込み、失礼しますわ!』
だからコゼットが、《魔法》でヘリの操縦に直接介入した。
動力伝達の意味においては、乗り物の操縦系統など、どんなものでも、さして複雑なものではない。所詮はどれも人間が作ったものなのだから、人間の都合で動かせる範囲にしか、複雑になるわけがない。
そして操縦器からの動力を伝える油圧シリンダー、駆動系の出力調整に繋がる電気系統を直接操作する、ビークル操作
彼女が介入すると、ヘリの機動が急変した。機体を逆側に傾けて、列車に接近した。
砲撃手の側からすれば、不安定な発射姿勢から、更に体を捻らなければらない。真上を通過され、車輌の反対側へと逃げられる前に、強引に発射した。
歩兵携行対戦車兵器の代名詞、RPG-7の対戦車榴弾は、機体に命中することなく上空へと向かう。
(相手が素人で助かった……!)
ロケット弾でヘリなどを狙う時は、直撃させずとも破片で被害を与えるため、弾体を空中で自爆させるのがセオリーだ。しかしフリング社Sセクションと目される人間は、熟練の兵士ではないらしい。榴弾は空中に飛び出し、ヘリの遥か上まで登り、最大射程まで到達してから自爆した。
『三次元で動く分、ヘリの操縦は難しいですわね……』
「王族の必須技能じゃないのか?」
『民間救急ヘリを操縦してる、大御所王室の王子みたいな特殊例を、一般化しないでくださいな』
コゼットが列車から距離を取りながら、水平飛行に戻して息をつくと、ようやく操縦士たちが振り返る。
その顔はやはり、恐怖に強張っていた。
(役に立たねぇ……)
無理はないとは思っても、十路は思わず舌打ちした。危険を
戦力にはならないと切り捨て、コゼットに指示を出した。
「俺とバイクを投下したら、ヘリと乗員を守って離脱しろ」
丁度いいとも考えた。単独行動ばかりの独立強襲機甲隊員にとって、誰かと組んで行動するのはストレスになる。初対面の上、勘違いとはいえ交戦した相手を、信頼することなどできなかった。
「線路に沿って飛べ。ギリギリまで降下して、一気に列車を追い抜かしながら、真上で減速して機体を九〇度横に。できるか?」
『空中でドリフトというか、横滑りさせればいいんですわね?』
「そうだ」
列車そのものの駆動音で、ある程度はエンジン音がかき消される。横方向にいれば発見されても、上や真後ろにいれば見つかりにくい。だから戦闘ヘリコプターは、最強の対戦車兵器として配備される。
『どうやら貴方ひとりで片付けるつもりみたいですから、任せますけど、しくじるんじゃねーですわよ』
「これでも一応は任務達成率一〇〇パーセントだ。なんとかする」
話しながら、ヘリに備え付けられていた、ハーネス付きロープの長さを調整して、《バーゲスト》のハンドルバーに巻きつけた。
機体を固定していたベルトを解除すると、コゼットの制御によりヘリが急降下する。外に飛び出さないよう、ブレーキをしっかりと踏む。
そして前方下だけを見て、集中した。
「最後尾で充分! 相対速度は時速一〇キロ以内に抑えろ! 俺が降りたらすぐに離脱!」
『落ちるタイミングを誤まるんじゃねーですわよ!』
ヘリのベクトルが変化した。進行方向に対して機体を九〇度
その安定飛行ぶりには舌を巻く。口ぶりからすれば、コゼットにはヘリの操縦経験がない。普通の大学生にあるはずはない。
にも関わらず、安定している。ヘリコプターは構造上、直進ができない、飛行機よりも操縦が難しい乗り物なのに、ピッタリと指示通りの飛行を行っていた。
《魔法》は人生経験から作られるもの。なのに彼女はヘリコプターを知らない。機械の構造を知っているだけで、これだけの操作ができるのは、彼女が優秀な《
高速で流れて消える枕木。視界に入るとすぐさま出て行く架線柱。ずっと流れていく架線とレール。
それしかなかった移動中の視界に、一気に列車のコンテナが入ってて、減速してゆっくりと追従した。
電線を支える架線柱の間隔は、数十メートルなので、そう広いものではない。電気を送る架線は、ゆるやかなジグザグに張られている。
着陸地点に充分と判断し、タイミングを見て、十路は《バーゲスト》を発進させる。
落下途中、電線が触れそうになり、慌てて体を捻って両手を挙げる。《魔法》で防御もできたのだが、それより引っかかることを恐れたため、《
最後尾の貨物車輌に積載されたコンテナに着地し、速度差にややたたら踏んだが、なんとか低い姿勢で堪える。それを確認したかのように、ヘリはスピードを上げて離脱した。
樹里がいるのはどこか。どう攻略するか。それを考えたとほぼ同時。
「うぉ!?」
前方貨車に積載されたコンテナが、前触れなく四散した。破片が架線柱や車輌にぶつかりながら、飛来してきた。
反射的に十路は、前輪をロックしたまま《バーゲスト》のアクセルを入れて、後輪を振った。激突コースで飛んできた大きな破片を、アクセルターンで後輪をぶつけ、弾き返した。
(なにが起きてる……!?)
どうやら尋常ではない事態が発生したらしい。四散したコンテナの辺りに、異様な影が見えた。細長い、正体がなにかわからないものが、揺らめいていた。
その事態は、車外にいるからこそ、わかるらしい。前方の異常に気づかず、十路の乗車に気づいたか、貨物車輌に挟まれている客車の窓に、顔の険しい作業服姿の者が見えた。
十路は動いた。
まずは《バーゲスト》の後部左に引っ掛けていた、樹里の
左を下にして車体をコンテナの屋根に倒す。
ハンドルバーに巻きつけたロープを、コンテナ隅のリングに引っ掛け、落下しないようにする。
そして車体右側の、黒い
堤十路専用 《
建前上、民間人である、総合生活支援部員たちが持つことはできない、クラスⅩ級純戦闘用次世代軍事学型兵装。
弾丸は三〇発入りの
腰の
「さぁて……フリング社Sセクション」
指紋・掌紋・静脈・骨格・DNA・脳波、六重の生体認証が合致すると、『ABIS-OS Ver.8.312』が起動し、生体コンピュータと仮想有線接続する。
「今日一日、振り回してくれた落とし前、つけてもらうからな」
野良犬の風情を完全に吹き飛ばし、最強の軍用犬と化すため、咆哮した。
「これより戦闘を開始する!」
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