000_0900 少女の価値Ⅲ ~Marine Turbine Technologies 「MTT Turbine SUPERBIKE」~
『あそこが神戸貨物ターミナルですわ』
山陽本線の線路沿いに走り、リモコン操作巨大ロボットのモニュメントを横目にした時、後ろのコゼットが声を上げた。
丁度その時、客車と貨車を連結させた
「!?」
『ぎゃあぁっ!?』
十路は慌てて急ブレーキをかけた。不安定な姿勢で乗っていたコゼットが悲鳴を上げてしがみついたが、気にせず振り返る。
高架と呼ぶほどではないが、線路は道路よりも一段高い場所を走っている。スピードを上げつつった列車の最後尾が、あっという間に見えなくなった。
『なんですのよ……!』
「さっきの列車、見てなかったのか?」
『《
「貨物コンテナにフリングのロゴが見えた」
非難の声を上げるコゼットに返事しながら、十路は線路に入るため、周囲を見渡した。
『貴方の見間違いの可能性もありますから、ひとまず駅に。相手が列車で逃げてるなら、いくらでも対策できますわ』
だがコゼットが
鉄道車両は定められた経路・時間でしか走れない。
「それもそうか」
彼女の言葉どおり、慌てる必要がないと思い、十路はオートバイを元の進路に発進させた。
△▼△▼△▼△▼
神戸貨物ターミナル駅に異変が起きていることは、敷地に乗り込み調べれば、すぐにわかった。
「これ……」
オートバイから降りたコゼットは、緊張と空気に顔を歪めたが、十路は顔色ひとつ変えない。
「警察と救急に連絡してくれ。アンタは来ないほうがいい」
「そうもいかないでしょう……」
「だったら死体が転がってても吐くなよ」
匂いの正体は、血だった。それらしき痕跡が辺りに見えないのに、匂うということは、かなりの量がばら撒かれているということ。
事実、大して捜索するまでもなく、状況は理解できた。
普通の旅客駅に比べれば、素っ気ないホームには、コンテナやパレットと一緒に人体が転がっていた。
駅職員の服装を着た者が、拘束されていた。それだけでなく、血を流す警察官もいた。爆弾騒動で警戒や捜索を行っていたのだろう。
しかし当初の予想に反し、死者はいなかった。
「不幸中の幸いでしたわね……」
「いや。多分連中は、わざと殺さなかったんだろう。目くらまし……あとついでに足止め、か?」
死者は死者だ。
しかし怪我人は生者だ。放置すれば死者になりかねない。
この時の怪我人は、十路たちよりも、警察に対する意味が大きいだろう。これだけの大事件ともなれば現場は混乱し、犯人の捜索よりも、負傷者の救助が優先される。
だから十路とコゼットが先に到着したことで、わずかながら意味が変わってくる。被害者たちの口から語られた、襲撃の様子や犯人の特徴を、混乱に紛れることなく拾い上げることに成功した。
組織に縛られていない彼らは、独自判断で即座に行動できる。
「長モノを持った、ライダースーツ野郎の仕業?」
「得物の正体はハッキリしないが……」
切り口から見るに、大きな刃をつけた長柄武器。斬られた者がいるのだから真剣なのは間違いないが、骨董品や美術品とは考えられない。
「《
被害者たちが襲われたのは、そう時間が経っていなかった。
それでも通報や応援要請ができなかったのは、通信機器が電気的に破壊されていたから。列車の
その際、《
「今度こそ、《魔法使い》の敵か……」
民間人の被害者が出ている以上、コゼットの時のような、勘違いと思うことができない。
常人の不可能を可能にする二一世紀の《魔法使い》が、誘拐犯の中に存在している。
現代日本でトレインジャックは不可能という、前提が覆される。
「ここはアンタに任せる。俺は列車を追いかける」
「いやちょっと、待ちなさいな」
すれ違った列車に積載されていたのは、フリング社のロゴが入ったコンテナという証言も得られた。
否応なく高まる危機感に、十路はオートバイを停めた場所に、急いで取って返した。
△▼△▼△▼△▼
神戸の夜にサイレンが鳴り響いていた。詳細を知らない関係者の認識では、神戸市内で二度も大事件が起きている一日だったのだ。自分の職業か非番でなかったことか、なにかを呪っただろう。
その時のサイレンは、神戸貨物ターミナル駅に向かう、警察と緊急車輌のものだった。
ただそれだけでなく、ヘリの羽音も響いていた。
「なんだ?」
それが、彼らの前に着陸した。突風を撒き散らし、ヘリポートでもない敷地へと降り立った。
近畿管区警察局航空隊所属、アグスタA109Eパワー多目的ヘリコプター、愛称『ひよどり』。
ローターを回転させたままの青い機体から、乗員が降り立ち、向かってきた。
ターボシャフトエンジンの駆動音に負けて、コゼットとの会話は十路には聞こえない。ただ彼女が身分証明書を出したので、支援部と警察の連携行動であろうというのは推測できた。
不意にコゼットが振り向いて駆け寄り、轟音に負けない声で怒鳴る。
「列車をバイクで追いかけるのと! ヘリで追いかけるの! どっちが早いです!?」
「ヘリだ!」
警察も事態を正確に把握している。なのになぜか支援部に行動の主導を任せている。
つばめが裏で動いていた経緯を知るはずもないが、戸惑うことなく十路は返事した。
線路と道路がどこまでも平行して走っているは限らない。線路は基本的に邪魔がないが、道路は交通状況によって異なる。
線路に侵入すれば、枕木がゴロゴロするオフロード走をしなければならない。何キロもレールの上をずっと綱渡りするのも現実的ではない。
それなら途中で空から降りたほうが、間違いなく早い。
△▼△▼△▼△▼
「…………?」
タヌキ寝入りが不要なのに寝ているのも辛いが、自由になったのは口だけで、あとは拘束されたまま。純粋に筋力だけで身を起こして座る姿勢に変わるのに、結構な時間を要した。
その間、男の反応はなかった。
「…………まー、めい?」
小首を傾げてオウム返ししてみたが、やはり男はなにも反応しなかった。レールの継ぎ目で一定リズムを刻む、列車の走行音で聞こえなかった、というわけではないだろう。
呼びかけに、樹里の反応を待っている。
訂正がなかったということは、聞き間違えはなく、そう発音したということ。
(私のこと?)
男は樹里をそう呼んだ。
(まーめい、ど? ややややや。どう考えても関係ないし。私、人魚違うし。そう呼ばれる心当たりないし。水中で行動するような《魔法》持ってないし。でも他になにかある? 全然思いつかないけど?)
理解できない単語に、樹里の思考が
《
(まさか『樹里』の他に、名前があるってことはないだろうし……?)
樹里は子供の頃の記憶がない。親の顔も覚えていない。記憶の範囲では、姉と義兄に育てられた。
自覚ある空白が存在する以上、完全否定しにくいが、保護者たちからそんな名前で呼ばれたことはない。これがまだ赤の他人に育てられたなら、第二の名前を疑う余地があるが、姉との血縁を疑うには特徴が似すぎている。昔からずっと『木次樹里』だったと考えたほうが自然だ。
「……誰です?」
相手の正体を確認する意味までついでに込めて、
すると男はヘルメットの中で、失望のため息をついた。顔が見えずとも正確に感情が伝わった。
樹里には全く理解できない。たった一言で理解できるはずもない。
勝手な希望をかけられて、勝手に失望されたのが、なんとなく伝わってきただけ。
不意に爆発音と共に、列車が激しく振動した。コンテナの壁越しでも伝わる脅威に、反射的に身を竦ませた。
脱線などせず、列車は順調に走っている。いつからか気づいていなかったのか、銃声らしきものも聞こえる。
潮時だろうと樹里は考えた。詳しい外の様子は不明だが、追っ手がいるから騒動が起きているだろう。ならば拘束を引き千切って脱出してしまわなければ。騒動の質が日本国内レベルを超えているから、早々に逃げ出して合流してしまったほうが、早々に収束できるはず。
『どれかは知らないが……回収するしかないか』
興味を移した樹里のそんな思考に構うはずなく、ひとりごとを呟いた男が、右手だけグローブを外した。
そして無造作に、右手で樹里の額に触れた。
「え゛」
その手は淡い、青白い光を放っていた。回路図にも見える幾何学模様、《魔法》行使時は必ず形成される《
(なんで!?)
男は《
しかし彼は《
そんな真似ができるのは、樹里だけのはず。
しかし現実に、男も行った。
《ヘミテオス管理システム――起動》
触れられた途端、彼女の意思とは関係なく、生体コンピュータが勝手に新たな駆動を開始した。
《上位権限有者によるアクセス――確認》
《管理者No.003権限――暫定凍結》
《セフィロトサーバーバックアップ――切り離し》
(なに!? なに!? なに!?)
未体験かつ推測不可能な事態に、パニックに陥ることしかできなかった。
《アバター形成万能細胞――順次活動レベルを低下》
《生体コンピュータ稼働――スリープモードに移行》
なにかに侵されている。自分で仮死状態になった時と同じような状態に、再び、しかし今度は別人の仕業によって陥れられた。体が重く、座っていることすらできなくなり、力なく床に倒れこんでしまう。身体感覚が切り離されたため、倒れこんだことすら、別人事のように遠い。風景の変化で自分が倒れたことを、ようやく察するような有様だった。
(これ……まずい……!)
樹里は《
しかも《
それが、こんなにも簡単に。
生物でありながら、機械的性質を生まれながらにして併せ持つ、ハイブリッド生命体――《ヘミテオス》であることを、否が応でも強く意識せざるをえない。
後悔したところで遅く、意識は徐々に黒く塗りつぶされていく。
《強制終了プロセス――不当手段によるものと認識》
《神経調節 意識障害 危険域と判断》
《強制終了プロセス実行者――確認》
《敵性Aとして定義》
しかしその一方で、やはり彼女の意思とは無関係に、彼女自身の意思が
《千匹皮.lilith――自動攻性防御モードで実行》
その証として、焦点を結ばなくなった樹里の瞳が、金色に染まった。
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