000_0810 少女の価値Ⅱ ~国鉄「ワキ10000形」カートレイン専用車~


 神戸中心地からは外れた海側にある、神戸貨物ターミナル駅までの、西への数キロの移動の最中に。


「アンタ冷静だな。知り合いが誘拐された上に、行方不明になってたら、もっと取り乱したりするもんじゃないのか?」

『木次さんと仲が良いか悪いかってったら、良いですけど、それだけですわ』


 ひとつしかないヘルメットは、リアシートに乗るコゼットに譲った。本来ならば危険運転として警察に止められるが、スカートの彼女は平然と横座りで乗っていた。

 十路は軍用無線器のヘッドセットのみを装着し、ヘルメットに仕込まれた無線機とケーブルで接続して、走行中の会話を行う。


『貴方が総合生活支援部をどう認識してるか、知ったことじゃねーですけど……結局のところ、すねに傷を持つ連中の寄せ集めですわ。お友達ごっこしてる仲良しこよしクラブじゃねーですからね』


 コゼットは現実を理解している。この時も、現在も。

 支援部員たち全員が持つ共通認識であるが、彼女は一層とも言える。曲りなりにも超法規的 《魔法使いソーサラー》部隊の現場責任者であり、家族から疎まれて育っていたために。


『ま、わたくしたちの生活を荒らす連中は、容赦しませんけどね。ウチの部員を取り戻して、誘拐した連中シメるくらいは、当然のこととして考えてますけど』


 ゆえに行動原理は、常に自分本位だ。

 認められている権限を行使しているだけ。対する義務は背負うから、好意的であろうと、それ以上の干渉は遠慮願いたい。

 だから、ボーダーラインを超えてやって来る悪意には、容赦しない。手加減があろうとも、結局は自分たちを守るため。

 縄張りを主張する獣なのだ。


『だから一応、自衛隊の貴方にも警告しときますわ。支援部を危険視しようと、こっちは防衛以外で暴れる気はねーですから、余計な手出しすんじゃねーですわよ』


 だからコゼットは、釘を刺した。

 このために彼女は、二人乗りタンデムしたのだろう。普通は会ったばかり、しかも殺し合いをした相手と一緒に行動するなど、考えられない。


「こっちのセリフだ。任務でアンタらと戦わなきゃいけなくなるような、面倒ごと起こすんじゃねぇぞ?」


 応じて十路も警告した。

 誤解とはいえ、やはり命の応酬をしたせいだろう。しかも謝罪は双方行わなかった。十路が修交館学院に転入した後も、こんな空気は続くことなる。上級生と、所属する部の責任者ということで、一応は丁寧語に切り替えたが、それだけ。コゼットに敬意なんてものは払わない。地をさらけ出せる数少ない男ということで、彼女の側も望むものではあるのだが。

 いくら協力者という立場といえど、国家に管理された純日本人の《魔法使いソーサラー》と、国に管理されていないのに《魔法》を使える外国人の《魔法使いソーサラー》。少なくともこの時は、お互いを敵になりうる脅威だと認識していた。


(それにしても……)


 その話は終わったとして、十路の思考はポイントを切り替えた。

 彼女たちは、国家に管理されていない《魔法使いソーサラー》だ。世界中全てを知っているわけではないが、機密に触れることの多い立場の十路でも、樹里やコゼットの存在は知らなかった。


「なぁ? アンタの目から見て、木次樹里はここまでの事をしてまで、誘拐する価値のある《魔法使い》なのか?」


 だから、彼女の誘拐を目論もくろんだ者の目的が、どうにも推測できない。


『軍事的にも産業的にも、《魔法使いソーサラー》そのものが価値ありますし、《治癒術士ヒーラー》ともなれば尚更なおさらでしょう? どこかのスゴ腕無免許医みたいに、病気の金持ちに高額治療費をふっかける、金の卵を産むガチョウにもなるでしょう?』

「よく考えろ」


 オートバイの横に引っ掛けてある空間制御コンテナアイテムボックスには、樹里の《魔法使いの杖アビスツール》が入っていない。《付与術士エンチャンター》のコゼットがチェックして、判明している。

 樹里に《魔法》を使わせるために、彼女を誘拐したと考えることもできる。十路もそれは考えた。

 しかしすぐに否定した。


「もしそういう目的だったとしたら、樹里アイツに《魔法》を使わせなきゃいけないんだぞ? 支援部アンタらの装備は、セキュリティ無制限フリーっていう、恐ろしい状態みたいだが……普通は責任者の認可がなければ《魔法》が使えないよう、《杖》にはセキュリティがかかってる」

『そりゃ知ってますけど、だから?』

「普通の人間は《魔法使い》に、『《魔法》を使わせない』ことはできるけど、『使わせる』ことは、できないんだぞ? 結局のところ、当人の意思だ」


 普通の《魔法使いソーサラー》であっても、生活の保障などがされているから、大人しく国家の管理に収まっているのだ。

 待遇が悪くて亡命などされれば、自分の首を絞める結果となる。だから《魔法使いソーサラー》を抱える機関はどこも神経を遣っている。


「無理矢理誘拐されて、大人しく従うと思うか? 《魔法》を使わせようと《杖》渡した時点で、反逆されるのがオチだろ?」


 《魔法使いソーサラー》の行動を縛るには、システム的なセキリュティだけでなく、別の足枷あしかせが必要となる。


『そういえば……そうですわね。いうことを聞かせる手は、ないこともないでしょうけど』

樹里アイツの家族は?」

『お姉さんと、その旦那さんがいるとは聞いたことありますけど、詳しくは……いうこと聞かなければ、親しい人を傷つけると脅すと?』

「一番簡単で有効な手段は、当人以外への脅迫だ」


 十路は義妹の事情があるから、強く理解している。


『……ご家族のことはよく知りませんから、理事長経由で一応確認しておきますわ。現状説明も兼ねて』


 肩に置かれていたコゼットの片手が外された。どうやら後ろでスマートフォンをいじっているらしい。


 ふたりの間に会話がなくなっても、十路の思考は止まらない。


(もし樹里アイツの家族に、何事もなければ――)


 この誘拐は、リスクを都合よく理解していない、愚か者の行動なのか。

 それとも。


(《魔法使い》であることとは無関係に、樹里アイツ自身に誘拐される理由があるってことか……?)



 △▼△▼△▼△▼



「スピーカーモードに変えて出て」


 ハンドルを握る長久手ながくてつばめは、着信を知らせるスマートフォンを、助手席に座る野依崎のいざきしずくに渡した。


『理事長。急ぎなので用件だけ述べますわ。木次さんのご家族が無事か、確認できます?』


 ボンヤリした眼差しを向けないまま、横に差し出す小さな手が支えるスマートフォンから、ノイズ混じりのコゼットの声が広がった。

 つばめはチラリとバックミラーに目をやる。


「ジュリちゃんのお姉ちゃんなら、話せないけど一緒にいるよ?」


 街乗りライダースタイルの女性が、車間距離を空けて、青い大型オートバイで追走していた。


「コゼットちゃん。もしかして、ジュリちゃんの誘拐に絡んで、家族のことも心配してる?」

『えぇ……』

「それなら大丈夫だから、気にしなくていいよ」

『根拠は?』

「神戸にクレーターができてないから」


 ゲイブルズ木次悠亜ユーア、リヒト・ゲイブルズ夫妻も、生体万能戦略兵器 《魔法使いソーサラー》だ。


『…………精神衛生のために、詳しくは聞かないことにしますわ』


 この時点では知らないコゼットも、あっけらかんとしたつばめの言葉になにか感じ取ったか、たじろぎながらも無理矢理に納得した。


「それでコゼットちゃんは、今どこにいる?」

『貨物ターミナル駅への移動中ですわ。まだ木次さんがそこにいるか、確認する必要ができきましたの』

「わかった。なにあれば連絡するから、気をつけてね」

『また連絡忘れんじゃねーですわよ』


 当然だろうが、十路との交戦を根に持っていることを伝え、向こう側から電話が切れた。


「ふぅん……自力でたどり着いたかぁ」


 ちょうど信号待ちで停車したため、少女の手からスマートフォンを取り戻しなが、つばめは唸って考える。

 そしてチラリと助手席の野依崎を見やる。


「まだ通報された様子はないであります」


 全く横を見ずとも、視線の意味を理解したように、少女は抱えていたタブレット端末を見せた。

 液晶に表示されているのは、建物がある屋外とわかる、暗い風景だった。


 それもチラリと見てから、つばめはバックミラーに視線を向ける。


 四人乗り外車とはいえ、ハッチバックの軽なので、後部座席は狭い。ひとりで占有できるからなんとか乗れているような、体格のいい男が座っていた。


「ノッちゃん。観客、もうひとり増えてもいい?」

「ここまで来たら、君に任せるよ……」


 上背あるためミラー越しでは顔が見えない相手の、なんだか諦めたようなぞんな返答に、つばめは再度スマートフォンを野依崎に渡して。


「フォーちゃん。電話番号探してコールして」


 前方の信号が青に切り替わったため、車を発進させた。



 △▼△▼△▼△▼



 兵庫県警察本部警備部の部屋は、閑散としていた。

 一般的な企業商社では、既に終業している時間だからではない。警視庁に届いた、貨物列車の爆破予告のせいだった。

 当然ながら、列車は県境を越えて動くもの。東京都内の駐車場に停められていたものなのか、入ってくるものなのか、出て行ったものなのか、全く分からない。

 だから各JRと協力して、貨物列車の運行を停止させての捜査が、全国的に行われていた。犯人についてまだ不明のため、兵庫県警警備部も、本来なら事案担当で分かれている公安第一課から三課まで、動ける人員を総動員して捜査が行われていた。


 そんな部屋の一角で、ひとりの中年男性が、ノートパソコンを一本指打法して報告書を作っていた。

 彼は兵庫県警の人間ではない。東京――警視庁の人間だ。警視庁公安部は都内のみならず、都外で捜査・情報収集にあたることも多い。

 本来お客さん扱いされているだろう立場なのに、応じる相手は忙しくてそれどころではない。仕方ないので場所を借りて、自分の仕事をしている。

 だから一見すると閑職に追いやられたような、この図があった。


 とそこに、代表番号に外線電話がかかってきたと、居残りの職員から伝えられた。


「どちら様ですか?」


 率直に言って、不審な電話だった。

 例えば営業回りをしていて、その出先に自分宛の連絡が来ることなどないだろう。今の時代、なにか用件があれば、当人の携帯電話にかける。

 公安警察官という、秘匿性が求められる仕事に携わっていれば、不審しか感じない。


「修交館学院の長久手と名乗られました」


 しかし伝えられた相手に、彼はそんな疑問は吹き飛んだ風情で、近くの受話器から保留されていた電話を取った。


『やっほー。大道おおみちさーん。早速で悪いんだけどさ、借り返してくれない?』

「借り……?」


 前置きなく伝えられる、若い女性の言葉に、中年男性は考え込んだ。修交館学院に潜入した際の報告書に、盛り込む必要があるかないか不明な程度の内容だった。

 文字数としては大したものではなく、どこまで本気かわからなかった。


『ヘリ。なぜか県境またいで建ってるのに『大阪』な伊丹いたみ空港に駐機してる、兵庫県警察航空隊のヘリを。今すぐ用意して』

「……私の権限でどうにかなる内容ではないのですが」


 思い出す時間も許されず出された要望に、どうでもいい豆知識は放置して、それだけ返した。

 仮に権限があったとしても、『昨日の今日』どころか、昼に言ったことをその夜に叶えるには、話が大きい。

 なによりまず、彼女のことを知っていても、既知を得たのはその日のこと。信頼もなにもない。


『ん~~~~仕方ないかぁ。そっちは県知事か警視監ほんぶちょうに横槍いれるかぁ』


 その日の接触だけでも、彼の予定外だったのだ。こんなことを平然と呟くような女に、必要以上に近づきたくない。社会の闇を知っていれば、どれだけ危険な相手かわかる。


『んでさぁ、大道さんに電話した本題、これじゃないんだよ』

「ほぅ?」

『今夜、時間ある? 面白いものを見れると思うから、お誘いに来たんだけど』

「面白いもの、ですか……」

「他にもお客さんがいるけど、気にしないなら出て来ない?」


 まだなにかあるのか。恐ろしいものを感じながら、しかし声には感情を出さない。

 危険はきっとある。しかし彼女がこういうということは、公安警察官としては見過ごせない、重大な情報があるということだろう。


『まだそっちじゃ、爆弾騒ぎと関連づけて考えられていないかな? 神戸貨物ターミナル駅で事件が起こってるけど』


 予想どおり、とても無視できない情報の片鱗が与えられた。


「『面白いもの』は、その程度ではない?」

『うん。《魔法使いソーサラー》の真髄を、その目で見させてあげる』



 △▼△▼△▼△▼



『――じゃないかい!』

「……?」


 監視があれば眠っていると思っただろう。カロリーを節約するため、あと生理的欲求を抑えるため、意図的に仮死状態になっていた木次きすき樹里じゅりは、コンテナ外から聞こえた『蟲毒』の声に覚醒した。

 体内時計――脳視床下部ししょうかぶ視交叉上核しこうさじょうかくの概日リズム機能ではない、生体コンピュータの駆動を基にした正確な時刻計測機能――を確認し、閉じ込められてから異変がないまま、夜を迎えていたことに、まずは軽く驚いた。いつから開始していたのか、暖機運転の音が伝わってきたが、この程度は異変と察知できなかったらしい。

 乗せられる際には確認できなかったが、音と震動から、乗せられているのは車ではない。電車であるとようやく見当づけた。


『仕事を追加してくれたお陰で、『ニンジャゲーリー』は、当分使いモノにならないよ』


 今度はひとりごとにも聞こえる電話越しではなかった。明確に『蟲毒』の話し相手が存在していた。


『すまなかったな。料金には色をつけるよ』


 壁越しに伝わってきたのは、奇妙な声だった。高度なボイスチェンジャーを使って加工された声で、生体コンピュータをもちいても、元の声が判別できなかった。


『そういう問題じゃないよ!』

『それより時間だ。出発させてほしい』

『……今からそこに入るんだろ? 構わないのかい?』

『構わない』

『我知道……(あいよ)』


 投げ遣りな『蟲毒』の声で会話が終わった。わずかな間を置いて、コンテナの扉が音を立てる。

 誰かが入ってくる。

 どう反応したものか、樹里はわずかばかり考えたが、もう少し様子を見ることにした。変わらず拘束されたままだから、気絶したフリを続ける。


 やがて軋みを響かせて、扉が開く。生体コンピュータの反応は、身長一七〇センチ余の人間が入ってきた。


『起きているのだろう?』


 呼びかけられても、樹里は反応しない。唾液を飲み込む喉の動きも意図して押さえ、悟られないようタヌキ寝入りを続ける。


『起きているのはわかっている。話を聞かせてもらおう』

「…………」


 仮死状態から復帰した際、体温も上がっている。それを察知するセンサーがあったか。だったら最初、疑問形で訊いたのはなんだと思わなくもない。

 ガムテープで口をふさがれたまま、若干じゃっかんの後悔を含んだため息をこぼし、樹里はまぶたを開いた。


 すれば嫌でも目に入る。黒いライダースーツに身を包み、フルフェイスヘルメットを被った男の姿が。

 しゃがんで顔を覗き込んできていたのは、男だ。それなりに鍛えているらしく、全く露出がなくても、シルエットから性別ができた。

 シェードの効いたシールドで、顔はわからない。だが穴が開くほど樹里の顔に注目しているのは、わかった。


「むぐ!?」


 口を塞ぐガムテープを引き剥がされた。一応の気遣いがあったのかもしれないが、痛みに大差あったとは思えない。

 この男が、樹里を誘拐させた元凶ではないか。なんの目的で自分をかどわかしたのか。

 そんな期待と不安で樹里が沈黙していると。

 なにか迷うような、躊躇するような間を挟み、ヘルメットで見えない口が動かされ、変換器を通した声が放たれた。


『…………マーメイ』

「……?」


 直後に新たな振動は生まれ、徐々に強くなっていく。

 彼女たちを乗せた貨物列車が、出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る