000_0710 それが罠であろうともⅤ ~川崎重工業 カワサキ「Z1」 純正向かい獅子刻印キー~


 床のコンクリートは、無数の長槍パイクに。倉庫を支える鉄骨たちは、無数の剣槍グレイブに。折板せっぱん屋根のガルバリウム鋼板は、無数の刺剣エストックに。

 常人の認識能力では『とにかくいっぱい』としか言えない、大小さまざまな攻撃が襲いかかった。


「――!」


 ワイヤー絞首具を手放し、『ニンジャ』を蹴り飛ばしたのは、十路とおじが飛び退くためにすぎない。だが結果として、彼は巻き込まれずに済んだ。

 それ以降の行動は、年齢不相応の訓練と幾多の実戦経験による、半無意識下によるものだった。地雷原を挟んだ銃撃戦のど真ん中を駆け抜けた過去を思い出せば、《魔法回路EC-Circuit》という目印があるだけ幾分マシだった。

 凶器と化すよりも早く床を踏みしめ、様々な角度で伸びる槍を避け、上や横から来る刃は腰から抜いた銃剣バヨネットで切り裂き、反対の手に提げた空間制御コンテナアイテムボックスを叩きつけて、全速力で駆け抜けた。

 詳しい説明を求められても、彼自身、自覚があやふやな回避行動を行い、頭をかばってガラス窓に突っ込んで、屋外へと脱出した。

 回避こそできたものの、軽装だった上にギリギリだった。肌にいくつも小さな傷が刻まれ、衣類にはほつれや穴が生じた。


(なんだ、あの女……!? あんな『石使い』、見たことも聞いたこともないぞ……!)


 とはいえ、回転受身の後、遅ればせながら驚愕する余裕が生まれた。

 《岩槍》などと呼ばれる単純な《魔法》による攻撃だったが、あの規模は十路でも未知の、信じがたい三次元物質操作能力クレイトロニクスだった。

 建物を『槍衾やりぶすま』に変形させたのではない。それならばまだ話は簡単だ。しかし彼女は、一本一本の発動タイミングをずらして、狙いを変えてフェイントをまじえ、百を超えて多重実行した。

 規模を取れば精度が失われる。精度を取れば数が削られる。両方を取ればとんでもない負荷となる。それに耐える演算能力は、《魔法使いソーサラー》の平均を優に超える。


 とにかく『ニンジャ』や『蟲毒』、Sセクションの工作員とは格が違いすぎる。準備もなく小細工で戦える敵ではない。

 だから装備を取り出そうとした時。


「あ」


 倉庫の端から、ひっょこり東洋人女性のキツネ顔を出てきた。


「ゲッ!?」


 その時に身につけていた攻撃手段では、『蟲毒』までの距離も、彼女が操るHI-MEMSにも対応できない。彼女の単体戦闘力が不明な状況だったので、最大限の警戒を行った。

 十路は慌ててきびすを返し、倉庫に背を向けて岸壁沿いを駆けた。



 △▼△▼△▼△▼



 無機物を変形させる術式プログラム《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》だけではない。併せて起動した《戦争の技術/Dell'arte della guerra》――ルネサンス期の政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリの兵法書と同じ名を持つ《魔法》は、複数の術式プログラムを統括し、索敵・敵味方識別・脅威評価・目標指示・武器選択・捕捉・諸元計算・攻撃・攻撃評価を一括自動処理する、戦術情報処理C4Iシステムの構築だ。攻撃手段が原始的で爆発しなかったからだが、戦闘艦隊の一斉攻撃を無傷でしのいだようなものだと考えれば、彼の非常識さが理解できるだろう。


(胴体への命中は除外しましたけど、あれを全部避けるって……手加減しすぎましたしら?)


 崩落する前に倉庫内を元の形状に戻してから、実行術式プログラムを気体操作の《シルフおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Sylph》に切り替え、殺虫成分の煙幕を吹き散らしながら、『彼女』は心中で舌打ちした。


 新神戸駅で樹里の誘拐を知らされた『彼女』は、指示に従い、緊急事態なので《魔法》で飛行して駆けつけた。

 人気ひとけのない倉庫を探ってみると、樹里の空間制御コンテナアイテムボックスと、人間三名の反応があった。身長や体格が見慣れ始めた部員と一致しないため、樹里当人がここにいないことは即座にわかった。

 屋外にいた一名はまだしも、一緒にいた倉庫内の二人が、事態と無関係だとは思えない。十路が短時間で『ニンジャ』を無力化寸前まで持ち込んでいたため、彼らが交戦していた事実を、『彼女』は気づけなかった。だからなぜ殺虫剤が充満しているのかも、理解できなかった。

 ともかく情報を得ようと、手っ取り早く突入したわけだが、殺すわけにはいかなかった。だから声からして青年だと判断した『敵』を、攻撃の大半を逃げ場を塞ぐ形で設置して、手足を貫いて行動不能にしようとしたが、ほぼ無傷で逃してしまった。

 

(ま、いいですけど――)


 屋外に逃られたとはいえ、攻撃範囲内だった。《魔法》そのものの発動距離は大したものではなくとも、効果を手元で作って放つのならば、月にだって届かせられる。

 しかも、もうひとりは至近距離にいた。


「いるんですわよねぇ……《魔法使いソーサラー》っつー通称を誤解するヤツ」


 『彼女』は新たに《三銃士/Les Trois Mousquetaires》を実行し、装飾杖――《ヘルメス・トリスメギストス》で床を軽く突く。

 アレクサンドル・デュマ・ペールの三部作・ダルタニャン物語の第一部タイトルと同名の術式プログラムに応じ、足元のコンクリートが変形し、オモチャじみた大砲が一門、生えた。

 《三銃士》という名前で作るのがなぜ大砲なのか、疑問に感じるところだろうが、三次元物質操作クレイトロニクスによる圧縮空気銃作成・操作術式プログラムは、口径や威力が固定されていない。航空機程度なら破損させられる高射砲から、非致傷兵器としての暴徒鎮圧銃ライオットガンまで、選択の余地がある。

 腰の高さほどの大きさなのに、人の頭が入る砲口径など、実際の火砲ならば確実に暴発する。しかしパーティークラッカーのような、やはりオモチャじみた発射音で、コンクリートの板を飛ばすだけだから、それで充分だった。


「がはっ!?」


 発射されたほうだんは、荷を登って上から強襲しようとした『ニンジャ』を、空中で迎撃して四散した。

 長々と呪文を唱えなければ、行使できない力ではない。《魔法使いソーサラー》と呼ばれているから、懐に飛び込めばいいなどと考えるのは、あまりにも早計だ。


「うっわ……まさか太秦うずまさ以外で、リアルなエセ忍者を見るなんて……」


 純ヨーロッパ人のはずなのに、十路と似たような感想を洩らしつつ、『彼女』は荷物に倒れこんだ『ニンジャ』に、無造作に近づいた。客観的には不注意に見えたとしても、彼女の脳は戦闘態勢を保ったままだから、油断などしていない。

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