000_0700 それが罠であろうともⅣ ~Zero Motorcycles USSOF「Zero MMX」~


 午前中にはさして注目していなかったが、ひとり夕方の海沿いをオートバイで走ると、対岸の淡路島に建つ《塔》が目についた。

 一定間隔で航空障害灯が点滅する、一万メートルクラスの、人類がいまだ作り成しえていない超巨大建造物。三〇年前、世界二〇ヶ所での唐突な出現を機に、先天的に大脳の一部が生体コンピュータと化した新人類|魔法使い《ソーサラー》も出現し、オーバーテクノロジーと呼べる技術を詰め込んだ《魔法使いの杖アビスツール》が開発され、《魔法》が発現されるようになった。

 《あれ》がなければ、自分は普通の人間でいれたのだろうか。普通の学校に通い、普通に友人と駄弁だべり、普通に勉強をした、ごく普通の高校生でいられたのだろうか。

 生まれる以前に起きた歴史的大事件からの、もしもの話をしても仕方ないのは理解しているが、考えてしまったことは、一度や二度ではない。


 久しぶりに直接 《塔》を目にして、反射的に境遇を呪ってしまったが、やはり考えても仕方がないと、十路は意識を準戦闘モードに切り替えた。


(さて……)


 神戸港湾の一角、トラック一台が通れる幅の、岸壁のきわに停めたオートバイ。そのディスプレイに触れて、離れてもいいよう自律防御モードに変えてから。

 大型倉庫を見上げた。旅客ターミナルやガントリークレーンが設置され、荷物や人が行き交う場所ではない。車の出入りも少なそうな様子から、流動する品物の一時置き場ではなく、長期間荷物を保管するための倉庫ではないかと見当つける。


(やっぱ罠だって考えるほうが自然だよな)


 人質が倉庫に監禁されている。刑事ドラマのようなシチュエーションだ。

 フィクション内の本物っぽさリアリティではなく、現実リアルを生きてきた十路からすると、嘘くささを感じてしまった。

 ともあれ、樹里の空間制御コンテナアイテムボックスの反応がある以上、無視はできない。《使い魔ファミリア》のディスプレイは、今も電波を受信していることを示している。


(どうしたもんか……)


 クラスⅩ装備――《魔法使いの杖アビスツール》の出番か否かを考えた。

 純戦闘用のあれは、おいそれと人前で出せないだけでない。屋内戦では取り回しが悪いため、使いどころに迷う場面が多い。

 きっと待ち構えているだろうフリング社Sセクションの関係者を、倉庫ごと吹き飛ばすだけなら、遠慮せずに出す。しかし万が一、樹里がいることを考えると、使えない。


 ライダースジャケットを脱ぎながら選択し、十路は空間制御コンテナアイテムボックスを操作し、戦闘準備を行った。

 戦闘装備BDUベルトと銃剣バヨネットは、日中と変わらない。しかしホルスターは外し、代わりにショルダーホルスターで、HK45T自動拳銃は脇に吊る。

 新たに予備弾倉をポーチごと装備し、腰周りは終了した。使った手榴弾は追加せず、代わりに電磁波測定器を提げる。

 両腕両脚に投げナイフの入ったベルトシースを巻き、武装は完了した。空間制御コンテナアイテムボックスも持って入るのだから、必要ならば新たに取り出せばいいと割り切り、咄嗟に使える小型装備だけを身につけた軽装に留めた。


(足踏み入れた途端にドカンじゃない限り、なんとかなるか)


 最後に、〇〇式個人用防護装備と、道中のドラッグストアで買い物した袋を提げた。



 △▼△▼△▼△▼



「……罠、意味ない」

「考えが甘いって言われたら、それまでだけど……」


 『蟲毒』が持つ電子機器から伸びるケーブルは、頭部装着ディスプレイHMDではなく別の小型モニターに繋がれていた。

 『ニンジャ』と共に観ていた映像は、『蟲毒』が操る、カメラと一体化したHI-MEMSのもの。その映像は、広い倉庫でも立ち込めるほどの殺虫剤で煙る、天井しか映していない。指令を出しても動かないことを、彼女たちは察していた。


 十路は燻蒸くんじょう燻煙くんえんタイプの殺虫剤を大量購入し、突入する前に倉庫へ投げ入れた。こういった罠で考えられるのは、戦力を配置して踏み込んだ途端に一斉に襲いかかるか、爆弾を設置して踏み込んだ途端に吹き飛ばすかの、どちらかだから。

 銃火器を持つ人員でなくとも、虫に刺されて行動不能にさせられたのだから、同じてつは踏むまいと、彼は用心をおこたらなかった。


「爆弾、爆発しない」

「工夫して仕掛けたわけじゃないけど、なんて短い時間で無力化してるんだい……あの坊や、本当に何者だい?」


 そんな状況を作り上げてから、十路は〇〇式個人用防護装備――つまりガスマスクを装着して、倉庫に飛び込んだ。

 さすが三つの有効成分配合を謳うだけあり、衛生害虫に含まれずとも、見事にHI-MEMSを死滅させた。

 もしも人間がいたなら、煙幕にまぎれて倒すつもりでだった。結果としては不要だったのだが。

 代わりに無線起爆式のプラスティック爆弾が設置されていたので、電磁波測定器で位置を探り、手早く無力化した。

 もしも異変を感じた時点で『蟲毒』と『ニンジャ』が起爆していたら。いやもしも無線起爆ではなければ。場所が多数の電子機器の稼動している倉庫だったら。もっと爆弾の数が多かったら。

 十路を倒せたかもしれない。だが結果として彼は、策を無傷でしのいだ。


「仕方ないねぇ……あたしらでカタつけるしないや」

「……あぁ」


 敵は若くして最強のひとりに数えられる特殊作戦要員で、しかもいまだ全力を出してない。

 それを知らない彼女たちは、一度学園であしらった油断があった。



 △▼△▼△▼△▼



 GPSの電波だろう。ガスマスクのグラス越しに、電磁波測定器の表示がぶれるのを見て、十路は吸収缶キャニスターにため息を詰め込んだ。


(やっぱ、追っ手をおびき寄せる罠だったか……)


 長期置き場以上に稼動していない倉庫とはいえ、かなりの荷物が積み上げられていた。遮蔽物はかなり多い。

 とはいえ、大型の荷物ではなく、小型の箱や袋を積み上げたパレットばかりだ。人間を隠せる場所は、ほとんどなかった。 

 樹里の姿はどこにもないことは、すぐにわかった。代わりに見つけたのは、彼女の空間制御コンテナアイテムボックスだけだった。そんなことはわかりきっていたが、万一を考えると、直接確認しないわけにはいかなかったが、これで懸念は消えたと考えていい。


(じゃぁ、今度はどう出てくる?)


 十路からするといい加減に隠されていた、信管を抜いたC4爆薬を片手でもてあそびながら、白濁する視界を見渡した。やや高い位置ではあるが、窓がそこかしこにあるため、倉庫内は明るく照度は充分だった。

 フリング・Sセクションは、大人しく十路を帰すとは思えない。彼としても、これで樹里の手がかりがなくなったので、情報収集のためにも襲撃は望むところだった。

 殺虫剤が充満する倉庫内では、HI-MEMSを操る『蟲毒』は行動できないだろう。別種の攻撃手段を持っている可能性もあるが、『ニンジャ』で十路を屋外におびき寄せて戦闘不能を狙うのが、一番考えられる作戦だ。他にも人員がいるかで作戦は変わってくるが、周辺とこれまでの様子から考えて、可能性は低いだろう。


 爆薬と信管をズボンに収めた十路は、状況を分析しながら、樹里のアタッシェケースと一緒に追加収納パニアケースを放り投げて、パレットに山積みされた箱をよじ登った。高い位置から倉庫を見渡せる上に、もう一段分高い積荷の影にもなるので、一方だけは警戒しなくて済む位置取りをする。


(来た……)


 不意に煙の一部が不自然に動いた。屋外に通じる気流の流れが生まれた――つまり、扉の開閉音は聞こえなかったが、誰かが入ってきた。

 思ったよりも相手の反応が早かった。《魔法使いの杖アビスツール》を取り出したかったのだが、空間制御コンテナアイテムボックスの駆動音で位置を悟られてしまうため、奇襲に使うのは諦めるしかない。


 息を潜めて様子を伺っていると、白煙の中を警戒しながら進む人影が見えた。熱線暗視装置サーモグラフィで煙幕を見通そうとしているのか、顔に電子機器を装着しているのが確認できた。

 このような装備は、視界を狭める。十路が装着するガスマスクの比ではない。

 しかも敵は、十路が隠れている場所の、ほぼ真下を通りそうだった。デバイスを破壊したからなのか、白煙のせいで意味がないと踏んでいるのか、今度は光学迷彩を使っていなかった。


 素早く動くと勘づかれる可能性が高まり、重ねて提げているふたつの空間制御コンテナアイテムボックスが音を立ててしまう。十路はゆっくり左腕のベルトシースから投げナイフを抜く。

 ついでベルトのバックル部分にあるリングを、左手の中指にかけておく。


 奇襲の用意を整えて待ち、人影が十路の真下に来た時点で、ナイフを見当違いの方向に放り捨てた。


「!?」


 コンクリートに跳ね返る金属音に、人影は反射的に振り返る。


(実戦経験足りてない――なっ!)


 その時にはもう、十路は宙に飛び出していた。同時に右手中指にもリングを通し、戦闘装備BDUベルトに仕込んでいたワイヤーを引き出しながら。

 相手は潜む十路に気づいていなかった。音で気を逸らした瞬間に落下した、彼の狙いに気づいた時にはもう遅く、背後を取られ首にワイヤーが巻きついていた。頭巾をかぶっていたが、喉を守る効果はなかったらしい。


「暴れたら、喉から飲み食いするようになるぞ」


 膝裏を蹴ってひざまずかせ、ワイヤー絞首具の絞め具合を加減する。下手に力を込めると、窒息どころか喉を切り裂いてしまう。かといって緩めることは当然許さない。首とワイヤーの隙間に指を入れ、なんとか気道を確保しようとしている『ニンジャ』の背に足をかけて、ピンと張る。


「お前……ナンダ……?」

「お前の質問はお呼びじゃない。こっちの質問に答えればいいんだよ」


 苦しげな息と共に吐き出された言葉は、一蹴した。


「お前たちがさらった女子高生、どこにやった?」

「なぜお前ガ……」

「質問に答えろ」

「ぐっ……!」


 はぐらかせる予兆を感じたら、呼吸を許さない程度にワイヤーに引いた。きっと『ニンジャ』の顔は頭巾の中で、赤黒くなっていただろう。窒息する前に力を緩め、息をさせる。

 質問に答えなければ、殺すという脅しを込めて。時間がかかるようなら無力化し、『蟲毒』を捕まえて尋問すればいいと判断して。


 だが、十路の望んだ答えは得られなかった。

 車輌が通れる大きさの、金属の両引き戸が轟音と共に全開させられたために。とても人力で開けたとは思えない勢いで。


「あ゛~ぁ、クソめんどい……疲れたから、とっとと帰って一杯飲んで寝てぇっつーのに……」


 続けて憂鬱そうな声で、なんだかオヤジ臭いセリフが投げ込まれた。


 『彼女』が入ってきたことで、荷物が積み上げられている倉庫といえど、入り口までの視界が通っていたことに遅れて気づいた。

 煙幕でかすんでいる上に、位置関係で逆光となるため、新たな闖入者のシルエットは、朧気おぼろげにしかわからない。声の質で女と判断できる程度だった。


(《魔法使い》……!?)


 しかし手にしている身長ほどの棒と、接続を意味して発生している淡く青い光から、相手の正体が知れた。電磁波測定器も瞬間的に、異常な数値を測定した。

 ついでに地面から生えている、背後の巨大な腕も根拠となった。重い扉を一気に開いたのは、物質形状操作ゴーレムの仕業に違いあるまい。


 十路の認識では、フリング社Sセクションは、あくまで非合法の密輸組織だった。火力兵力を有していようと、民間の輸送部隊でしかないと。

 だから《魔法使いソーサラー》という、国家に管理されているべき、決戦兵器になりうる過剰戦力が出てくる可能性を、全く考えていなかった。


「そのGPS電波……」


 冷や汗をかく十路がげるアタッシェケースを、白煙を通して、人型最強兵器が注目したのがわかった。脳内センサーで本来それを持つべき少女が、この場にいないことも、きっと。


「そこのアタッシェケース持ってる貴方? お訊きしたいことがありますから、降伏していただけませんこと?」


 声音が変わった。木陰で昼寝中だったライオンが、敵を狩るために身を起こしたような印象変化だった。口調こそ丁寧だが、有無を言わさぬ圧力が込められている。

 『ニンジャ』を相手にしていない。この場の人間関係と、首を絞めている状況を、どう認識しどう推測したのわからない言葉は、樹里の装備を持つ十路だけに放たれた。


「言われて大人しく降伏すると思うか?」

「まさか。言ってみただけですわ。素直に従っていただいたほうが、お互いのためだと思ってのことですけど――」


 十路は驚きを捨て、《魔法使いソーサラー》との交戦を決意した。

 だから『彼女』との出会いは、最悪の形となった。


「――だったら半殺しにすっぞコルァ!」


 百獣の女王が牙を剥き吼えた。《魔法回路EC-Circuit》が大規模に展開された。

 《魔法》という名の凶器が放たれたのではない。戦場そのものが凶器と化した。

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