025_1090 【短編】 彼女は何者たるかⅩ~娘として~


 翌朝。


「はいはい……」


 インターホンの電子音に十路とおじは、寝不足でいつも以上にダルい態度で、来客を確認する。

 だが液晶画面の映像に、一瞬で眠気が吹き飛んだ。


『おはようございます。ムッシュ・ツツミ』


 昨日の戦闘の影響は全く見受けられない、マダム・イヴォンヌが挨拶を届けてくる。

 転倒させただけなので、あれで倒したなどと自惚れていない。だからマンションに帰宅しても警戒を行っていたのだが、結局なにもなかった。

 それが朝になって。

 嫌が応でも警戒心が首をもたげる。映っている背景は部屋の前ではなく、マンション入り口であっても、油断は全くできない。


『朝早くから申し訳ありません。アリス姫様のお部屋にお知らせしても、反応がなかったため、ムッシュ・ツツミにお知らせしました』

「…………」


 どう反応しようか、十路はしばし迷った。


『もしかして、アリス姫様は、ムッシュ・ツツミのお部屋におられますか?』

「まさか」

『左様ですか』


 平坦な声を返したが、平坦な声が返ってきただけ。

 バレた。証拠はないのだが、十路は確信した。


 別々の部屋にいると、襲われた時に対処が遅れる。そして襲撃は結局、ふたりのどちらが目的か判然としなかった。

 だからコゼットが十路の部屋に押しかけて泊まっていたわけで、決してやましい理由ではない。マダム・イヴォンヌにバレて彼が顔をしかめたのは、一気に殲滅するために強襲してくることを予想したからだ。

 夜間は交代で警戒し、今コゼットは寝ている。寝起きの悪い彼女の戦闘準備は、とても間に合わないだろう。


『この時間でしたら、アリス姫様は寝ていらっしゃるでしょうから、起こさなくて結構です。ただ、わたしは国に帰りますので、お伝え願います』

「は……?」


 しかしマダム・イヴォンヌは、十路の警戒心を拍子抜けさせるほど、戦意を見せない。昨日の襲撃がなんだったのかと思うほど。


『それから、アリス姫様にお土産があります。ここに置いておきますので、それもお渡し願います』


 小さな画面の中で老婦人は一礼し、足元のトランクケースを手にし、きびすを返した。本当にこれ以上は何事もなく帰るつもりなのか。


 まず十路は、だまし討ちを考えた。隠れて待機し、気を抜いてマンションの外に出た途端、襲ってくると。

 それがなくても、残された『土産』も確かめないとならない。時限式の爆弾や化学・生物兵器である可能性がある。


 手早く身支度を整えながら、十路はふと気づき、嫌な気分で自分のベッドを見やる。


「コレを起こさなきゃならんのか……?」


 そこでコゼットが寝ている。縦長のベッドをなぜか横に占有し、半分落ちた姿勢で。


 部室で寝ていた彼女の毛布を引っぺがし、暴虐されたことはまだ記憶に新しい。今日も下着が床に転がっているため、寝ながら脱ぎ散らかし、サマーブランケットの下は全裸であることは、想像にかたくない。起こすには細心の注意が必要だろう。


 あと、寝顔が最悪だった。いくら物事に頓着しない十路といえど、上下逆転して半分白目剥いて寝る女は、さすがにどうかと思ってしまう。



 △▼△▼△▼△▼



 起こされ事態の説明を受けたコゼットは、まだ早い朝の住宅地での索敵を終え、マンションに戻った。


「イヴォンヌ、本気でいねーみてーですわね」

「こっちも当たりはなしです。あの人に本気で隠れられたら、俺が見つけられるか怪しい気がするから、なんとも言えないですが」

「これ以上は警戒しても仕方ねーんじゃねーです?」

「もし隠れてたら、その時はその時ですね」


 別行動していた十路と合流し、マダム・イヴォンヌが本当に去ったと判断し、エントランスに入る。


「問題はコレですね」

「危険物とかじゃねーみてーですけど」

 

 そこには入り口に置かれていた『土産』が積み上げてある。周辺捜索の前に簡単に調べただけで建物内に入れて、ちゃんとした調査を後回しにしていた。

 ひとつひとつの箱はさほど大きくない。しかし数があり、パッと見では似たような内容の荷物がふたつに分けられ、荷造り紐でくくってある。


 十路が銃剣でナイロンテープを切り、荷のひとつをバラした。

 数があるのは、同じ規格の平たい箱だ。洋服箱だと見た目でわかる。開けてみればやはり女モノの洋服が入っている。


「なんのための服ですか?」

「そう訊かれても返答に困りますけど……」


 困惑しながらコゼットは、別の洋服箱も開ける。

 最初の箱はセレモニースーツ、二番目の箱に入っていたのはパーティードレスだった。生地は上等そうだが、変な要素はない。実際合うかどうかは着てみないとわからないが、記載されているサイズはコゼットが着ることができる。


準礼装セミフォーマルねぇ……? まだわたくしにはあんま用事ねーですけど? 喪服ブラックフォーマルならまだしも」

「部長はそういう服、持ってないんですか?」

「こないだのパーティーレセプションん時、わたくしもドレス借りてたでしょうが? 昼間のは一着持ってますけど、夜着る礼服は持ってねーですわよ。こういうの、結婚披露宴とか二次会とかで着るような服ですから、出る予定ねーで……す、し……?」


 しゃべりながら別の箱を開けていたコゼットは、言葉を不自然に途切れさせてしまう。

 箱の中にはジュエリーケースを入っていた。中身は服に合わせたものであろう、アクセサリー類だった。普段使いするには上等だが、そうでなければこれまた変哲ないと言っていい品物だ。

 だが、服と合わせるものとは毛色の違う物がふたつ出てきた。これは学生には到底縁遠い、一流ブランドのかなり高価な品だと知れる。


 そこで、服とアクセサリーを結びつける要素に思い至った。

 気軽なものだから正装フォーマルでなくてもいいが、それなりの体裁は求められるセレモニーなら、準礼服セミフォーマルくらいの服は必要になる。その際に絶対必要というわけではないが、このふたつが使われることが多いと聞く。


「指輪と、腕時計?」


 コゼットの手元を覗いて、十路が不思議そうな声を上げる。

 それで日本ではあまり一般的ではないのだと思い至った。指輪か腕時計かどちらか片方がふたつある場合はともかく、この両方を『交換』といった行為は、あまり行われていない。


(まさか、ね……?)


 半ば確信しているが、予想が外れる望みをかけて、コゼットは残る洋服箱を開けた。


「こっちは男モノですよね?」

「…………」


 こちらも二着、ディレクターズスーツとタキシード。昼夜の準礼装だ。ヨーロッパの基準ではやや小さめ、日本の基準では標準的なサイズの。

 確信が半ばどころか、九割九分になってしまった。


 最後にコゼットは、震える手で恐る恐る書類封筒を開けた。

 『Acte de Naissanc』『Certificat de Capacite Matrimoniale』『Certificat de Coutume』。書式が整えられた、役所が発行している書類。更には今どき珍しい羊皮紙なれど、便箋にも思える装飾がなされた『Contrat de Engagement』とある、想像通りの書類が出てきた。


「なんの書類ですか?」

「気にすんな忘れろ思い出すな!?」


 覗き込んだ十路に怒鳴りつける。彼はフランス語が読めないので、意味はないのだが、咄嗟に書類を胸に押し当てて隠して。


 この場面で怒鳴られたことに面食らったようだが、すぐに十路は軽く顔をしかめる。いつもののことだから文句を言わないが、気を悪くしているのはわかる。


 ならばと彼は、もうひとつの荷物に手を伸ばした。

 新たな、しかも決定的な危機感に、コゼットはまたも怒鳴りつける。


「だぁぁぁぁっ!! そっちの荷物に触わんな!!」


 なぜ『土産』は、似たような箱がふたつに仕分けられて、荷作り紐でくくられていたのか。

 開けたのは『前座用』で、もう一方には『本番用』が入っているのではないか。


「わたくしの予想が正しければ、そいつは超危険物ですわ……! いや、物理的な危険はねーですけど、わたくしにとっては危険なんですわよ……! 今ここで開けたら正気でいられる自信ねーですわ……!」

「は?」

「いいからとにかく忘れなさい! わたくしだけでなく、貴方自身のためにも!」


 理不尽なことを言っているのは、コゼットにも自覚ある。説明もなく怒気を十路に叩きつけているのを、さすがに悪いとも思う。

 だが冷静に事を収めることができない。顔が紅潮し、息が荒くなり、嫌な汗が出てくる。

 この精神攻撃は予想外すぎた。


(そういうこと……! イヴォンヌは誰かに言われて動いただけで、黒幕がいますわね。しかもクロエは直接知ってて、こんな回りくどい方法使う必要ないですから、違う人間ですわ。誰ですのよこんなアホ仕組んだのは……!?)


 二度と会わないと思っていた乳母の来訪。生活環境のチェック。不自然なセッティングがなされた見合い。十路への不可解な観察眼。そして襲撃。

 今なら一連の全てが推察できる。


 そしてそれは、絶対に十路に知られてはならない。

 少なくとも、今はまだ。



 △▼△▼△▼△▼



 朝日を受けながら走るタクシーの中で、マダム・イヴォンヌは携帯電話で国際電話をかけた。


「夜分遅く失礼します。全て終わりましたので、これより戻ります」

『ご苦労ぉさん』


 時差を加味した挨拶に、運転手が怪訝に思ったのが伝わったが、気にしない。電話相手が広島弁なのは気になるが気にしない。


 行きはバイクや武器など、様々な用意が必要だったため難儀したものだが、全て処分して帰りは身軽なもの。荷物は着替えを入れたトランクひとつだけ。暗器も隠しているが、その程度は日頃から持っている淑女の嗜みの範囲であって、特別準備が必要なものでもない。


「わたしは引退した身ですので、こういうことはこれきりにお願いします」


 そして、行きは羽田で乗り換え神戸空港に着いたが、まだ空港が稼動している時間ではない。

 ならば往路は変えてのんびり列車で移動してもいいかと思う。公国に変えるまでの一五時間以上ものフライトは、辛いのだからと。


『悪いたぁ思うとるけど、仕方しゃーなかったの。あの跳ね返りのことじゃと、普通の人を使えんし、プライベートでイヴォンヌに頼むくらいしか思いつかんかったんじゃ』


 だが相手は、あまり気にした様子はない。また無茶振りさせられそうなことに、マダム・イヴォンヌは嘆息する。


『ほんで、どぉじゃった? ウチの土産』

「本当に置いただけなので存じません。おふたりは外に出てくるなり、偵察を行い始めましたので、すぐに離れました」

『なぁにぃ、つまらんなぁ』


 無責任で享楽的なネコ科の物言いを、眉根を揉んで耐えた老婦人は姿勢を正し、真面目に問う。


「これでよろしかったのですか?」

『ん? どーゆー意味で言うとる?』

「おとぼけにならなくても結構です」

そうねほうじゃのぅでもほいじゃが良いええも悪いもないじゃろぉ?』


 相変わらず広島弁全開だが、電話向こうも少しは真面目になったらしい。


『なんもせんかった母親の、単なるお節介じゃけぇ。そのうち王女じゃのうてなるんじゃけぇ、頼りになるオトコがおるなら、今のうちから捕まえとかにゃぁ』

「ムッシュ・ツツミが伴侶に選ぶか、わかりませんが?」


 冷静なツッコミが、電話向こうには意外だったらしい。しばらく電波の遅れ以上の間が空いた。

 そこは当たり前のはずだが。王族と一般人の結婚話など持ち上がれば、シンデレラストーリーとして騒ぎ立てられるかもしれないが、同じくらい『育った環境が違いすぎるから上手くいかない』とも言われるだろう。


『……ダメなん?』

「おふたりの関係を垣間見る限り、職務上のパートナーとしては秀逸な部類でしょうが、恋愛的な意味では底辺に近いかと。もちろん三年後、五年後はわかりかねます」


 しかもコゼット・ドゥ=シャロンジェと堤十路という人物たちを、ある程度知っていれば尚のこと。美貌と肩書きだけで目がくらむような男ならば、昨日の見合いで充分のはず。中身を見て選ぶ男なら、特殊性癖の持ち主か弱みでも握られていなければ、丁寧ヤンキーを一番に選ぶと思えるはずない。


 コゼットを王族から排するために、秘密裏に王家は動いている。それは微妙な立場の彼女自身が望んだことだから。

 別の国籍を得るためには、婚姻次第で時期が変わる。それはコゼットが努力して男を捕まえないとならないのに、その気はあるのだろうかと思ってしまう。


『《騎士シュバリエ》はナニオメコもよぉできんお坊ちゃん?』

「さすがにそこまでは存じませんが、どちらかといえばそれは、アリス姫様のような気がいたします」

乙女オボコ……ありえるなぁ。育て方、間違まちごぉうた?』


 むしろ育てていないから、乙女になったのではなかろうか。

 ぬいぐるみに囲まれたメルヘンチックな王女サマのお部屋を思い出しながら、マダム・イヴォンヌは内心でだけ反論する。

 代わりに口は別の言葉を紡ぐ。


「どちらにせよ、あのふたりの将来は、あのふたりが決めることです。わたしもムッシュ・ツツミの人となりを知りたいと思いましたし、擦り寄ってくる輩を排除するということで、今回は引き受けましたが、これ以上の余計な真似は許しませんよ、リリ」


 軽くたしなめる程度ではあるが、愛称を使うことで逆に伝わったようだ。

 長年仕えてきたのだから、互いに私的な部分を承知している。しかも親子ほどもの年の差もある。


『イヴォンヌ。ありがとう。祝福できないあの娘のために、わたくしのワガママを聞いてくれて』


 真面目に礼を述べる、孫のような女性のことを頼んできた、娘のような女性に。

 裏腹に臣下として、マダム・イヴォンヌはうやうやしく返礼する。


「もったいないお言葉です――大公妃殿下」



 △▼△▼△▼△▼



「やっぱりぃぃぃぃっ!! 誰がなんのつもりだぁぁぁぁっ!?」


 『土産』を全て自室に運んで、確かめることなく封印するべきだったと、コゼットは全力で後悔した。

 いや、エントランスで開封しなかった荷物をそのままにしたら、それはそれで気になり続けるのがわかったから、中身を確かめた自業自得なのだが。


 日本では結納という文化があり、それから外れてもプロポーズで男が指輪を贈ることが広く認知されているので、あまり知られてはいない。

 文化や宗教によって様々だが、欧米圏では、婚約式というセレモニーを行うことがある。多くは親しい友人知人を招いて婚約披露パーティーを行うだけだが、形式ばったものになると、教会で式を執り行う。

 その際、記念品を交換することもある。男性から女性には婚約指輪を、女性から男性には腕時計を送るのが一般的だ。

 ペアウォッチもあるが、日本ではやはり指輪が認知されているため、ブライダルウォッチの知名度はいまひとつだろう。だが腕時計は、男が身につける数少ないアクセサリーで、実用性は抜群。仕事の都合で指輪は敬遠されても、腕時計が邪魔になることは少ない。値段も婚約指輪に引けを取らず、『新たに同じ時を刻む』という意味を込めて、ブライダル用品としても扱われる。


 準礼服セミフォーマルとアクセサリーを見て、嫌な予感を覚えて封筒を開ければ、案の定だった。出生証明書・独身証明書・慣習証明書。結婚に必要な書類と共に入っていたのは、婚約式に使われる契約書だった。


 そして自室で確かめた箱の中身は、予想どおり純白のウェディングドレスとタキシードだった。もちろん結婚指輪までもが用意されている。

 極めつけに、こちら側にも書類があった。既に名前が書かれている、日本の婚姻届が。


「ンなモン渡されても困るわ! 使う予定なんぞねぇ!」


 怒気も一緒に詰め込んで、コゼットは乱暴に箱を閉じてしまう。


「…………使う予定、ない、ですわよね?」


 けれど不安そうにひとりごこちる、素直になれない二〇歳の乙女。


「いやまぁ、万一使うようなことなったしてもぉ……? その頃には体型変わって合わねーかもしれねーですし……? でも捨てるのはいろいろと問題ありそうですしぃ……? 直せば使えるかもしれねーですしぃ……?」


 自分の心を誤魔化すために、そんなことを呟きながら、婚約・結婚式衣装を積み上げる。どこに隠そうか迷った挙句、コゼットはベッドの下に押しやる。


 そこに覚えのない封筒があった。

 素っ気ない、コンビニでも売っている、ありふれたもの。首を傾げて確かめると、流麗な文字が書かれているが、やはり素っ気ない便箋一枚だけが出てきた。


 ――Te souhaiter beaucoup, beaucoup plus. Y.(貴女に多くの幸があらんことを。イヴォンヌ)


 なぜこんなメッセージが、普通気づかない場所に残されているのか。

 コゼットが『土産』を隠すことを見込んで、前もって封筒を隠していたとしか考えられない。


(黒幕が誰か知らねーですけど……結局全部、イヴォンヌの掌の上だったってこと?)


 彼女が職を辞しても。物理的な距離が離れていても。十路とのふたり掛かりだが勝利しても。

 苦手な乳母は、今後もずっと苦手なまま変わりなさそうなことに、コゼットはガックリ肩を落とした。

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