《魔法使い》の恋愛事情/南十星編Ⅰ

030_0000 長靴を履いた猫


 つまりあたしは、長靴を履いたネコになりたいのだよ。


 その童話は知ってるよね?

 粉ひきの息子がネコのおかげで、貴族になっちゃうって話。

 武器は知恵と口先三寸。たった一人を幸せにするための、小さな小さなヒーロー。

 魔法大王をだましてネズミにして食べちゃうシーンは有名だと思う。


 作り話だから、当然っちゃー当然だろーけど、すごい話だよね?

 長靴を作ってもらったってだけで、飼い主を貴族にまでしちゃうんだから。

 鶴の恩返しみたいに命を助けられたのとかと比べちゃうと、『そこまでの恩かぁ?』って思わない?


 ただこれ聞いた話だけど。

 シンピガクとかミンゾクガク的に考えると、ネコってのは魔性の象徴。

 ほら、黒猫とか、あんまいいイメージ持たれないじゃん?

 それに長靴を履かしたってことは、人と同じ扱いをされるようにしたってことなんだってさ。

 そー考えると、恩に感じるのもわかる気がする。


 あの人があの日、あたしにしてくれた事は、そういうものすごい事だった。

 だからあたしは、あの人に恩を返さなくちゃならない。


 あの人の事は、怖かった。

 物心ついた時には、いつも家にいなくて。

 たまに会ったら、いつも怒ってるみたいで。

 だけどあの日、怖がってるのは間違いだと知った。


 その時のあたしは、ただの泣き虫の子供だった。

 ネズミ捕りもできない。

 毛皮で手袋も作れない。

 ネコよりも役に立たない。


 だからあたしは決めた。

 長靴を履いたネコに近づこうと。

 五年の中でやれるだけの事はやった。


 多分あの人は、あたしの事を嫌がると思う。

 でもあたしは、あの人が幸せになるなら、なんだってやると決めた。

 ……ちょっとだけ、自分の望みも、あるけどね。


 だから、兄貴。

 ただいま。



 △▼△▼△▼△▼



 夜、オートバイが疾走する。

 メタリックシルバーにカラーリングされた、デュアルパーパスなどとも呼ばれる舗装路も未装路も走れるよりもタイプの大型車だ。後部にはやはり銀色の追加収納パニアケースを搭載している。


『せっかくの日曜だってのに、コキ使いやがるなぁ……なんだって俺をこんなところまで行かせるんだ?』


 それにまたがるのは、黒いライダースーツに身を包み、フルフェイスのヘルメットを被った男だった。

 ヘルメットで低くくぐもっているが、その声は若い男のものだとわかる。しかし年齢の詳細はわかりにくい。大人の社会の厳しさに理解を示すことができるが、まだ子供のように自分の感情に忠実な面を示す、そういった渋々の感情が溢れているから、二〇代中盤の青年にも、一〇代後半の若者にも思える。


【他に人材がいないからです】


 それに応じるのも、スピーカーに通した若い男の声だった。のりの効いた服装で、背筋を伸ばし折り目正しく接するような、そんな人物を連想する。

 ただし声の持ち主の姿は見えない。正確には見えているのだが、声から連想する人物はいない。


『いるだろ? 俺たち以外にも、海上保安庁に任せたっていいわけだし』

【安全策を取ってのことでしょう。それに他の特殊工作員インテリジェンスオフィサーは別の任務についています】

『俺も他の任務やってる最中だってのに……』

【あ。マスターには、次の任務が既に届いていますよ】

『とことんコキ使いやがるな……次はどこに行けってか?』

【任務地は神戸です】

『ハァ?』


 いつもは車体状況やスピードをデジタル表示しているインストルメンタル・デイスプレイに、簡略化した情報が表示された。

 そこにはまだ幼さを残す中性的な顔が写っている。『性別:女』と一緒に書かれているので、そう思って見れば納得できるが、情報なしで見たら整った顔の少年にも思えてしまうだろう。


『アイリーン・N・グラハム……?』

【防衛省及び外務省の、長年の懸念なのでしょうね】

『へぇ……おもしれぇ』


 任務の内容を流し読んで、男は口元を歪ませてた声を放つ。ヘルメットに阻まれているため見えないが、もしもその笑顔を誰かが見たら、まるで獣の笑顔と評しただろう。


【面白い、ですか?】

『コイツの事情も風変わりで面白いけどな……この任務、アイツともやれるんじゃないか?』

【『アイツ』とは、修交館学院の《騎士ナイト》のことですか?」

『あぁ』

【まさか本気の《騎士ナイト》と、どちらが強いか確かめたいと?】

『あぁ』

マスター……】


 スピーカーを通した男の声が、呆れたようにため息をついた。呼び方の関係性そのままに、わがままな主に困る従者のようだった。


『お前もアイツの《使い魔ファミリア》に興味を持ってただろ?』

【それはそうですが……】

『そんなこと言ってるけど、実際に会ったら、お前の方が暴走するんじゃないかって気がするんだがな』

【どちらにせよ、今の任務を片づけてからの話です】

『ま、そうだな』


 彼らはGPSが示す目的地に近付いたので、オートバイは一度止まる。

 周囲にはなにもない。見渡す限りの夜空とが広がっている。


『感は?』

【アリです。距離はおよそ八キロ先と推測します】

『目標に間違いはないか?』

【視認しなければ断言はできませんが、他に目標と思われる反応はありません】


 この国は四方を海に囲まれている。

 しかし当然、世界から孤立しているわけではない。相応の外国との問題もある。

 経済的な、軍事的な、占有権的な、様々な問題が。

 だから彼らはここに来る破目になった。国を守るという名目により、破壊を行う免罪符を手に入れて。


【武器と麻薬を満載し、密輸のためにやって来た工作船でしょう】

『だったら沈めてしまっても問題はないな』


 ここは日本海のど真ん中。

 彼らは


『さぁて――』


 男は後部のパニアケースに目をやり、どうしようか少し迷ったようだが、しかしそれには手をつけず、改めてグローブ越しにハンドルを握り直した。


『これより戦闘を開始する』

【了解】


 そして人知れず、餓狼と神狼の狩りが始まった。

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