050_2000 巨兵Ⅶ~道は開ける(新訳)~


 艦外カメラは白濁している。『パンドラの煙幕』を発生させた場所は既に遠く離れているので、ただの雲だ。

 いくら《魔法》を使っているとはいえ、さすがに大質量を持ち上げるだけでも、時間がかかる。高度を稼ぐ必要もあるため、この雲を抜けた辺りで、ようやく第一の準備が整う見込みだ。

 だが艦内では壮絶な有様だった。

 水平度を視覚化する表示と数字が変化する。センサーが警告を吐き出し、レッドアラームが鳴り響く。それどころか鉄が軋む不気味な音が、鳴り止むことがない。艦内でなにかが衝突する重い音が聞こえるたびに、肝を冷やす。


「ぐ……!」


 艦体が上げる壮絶な悲鳴に、思わず野依崎の喉からもうめきが漏れる。


 飛行船なのだから、戦闘指揮所も機関部も弾薬庫も武装も、全て巨大な気嚢部に吊り下げられ固定されている。それが急角度で傾斜すると、設計時に考慮していない方向に重力で引っ張られるため、フレーム接合部が不気味に歪んでいる。

 そもそも弾薬庫内部が今どうなっているのか。投下させるミサイルや爆弾は、使用不能になるだけならまだいい。ラックから外れ、内部で衝突するさまを想像すると、安全装置があっても暴発に恐怖する。

 最初の一合での損傷は軽微で済み、《魔法》で修復も行ったから現状では問題ない。しかし下から《トントンマクート》に砲撃されている。《バーゲスト》に乗った十路が、致命的な攻撃を防御することに成功したが、気圧差を考えると軽微な損傷でも安心できない。

 《トントンマクート》を攻撃し、防衛を援護することもできない。爆弾庫のミサイルや爆弾は前述のとおり。銃砲の類も、普段と異なる飛行姿勢であるため、弾詰まりを起こす危険性を考えると、おいそれと使えない。《魔法》はありえない飛行姿勢を作るため、 重力制御に回しているため、攻撃には使えない。


 考えれば不安要素しか思いつかない。


(《ヘーゼルナッツ》……!)


 だが少女は、艦を信じる。

 愛着だって持っている。でなければアメリカ軍から脱走して尚、莫大な費用を稼ぎ出し、自力で維持していつでも使えるようになどしていない。


 この艦は、『彼』が残してくれた作品なのだから。


 ――ほれ、クソガキ。このシステム使いこなせるようになれ。

 ――なんでありますか、この意味不明の《魔法使いの杖アビスツール》は?

 ――意味不明とまで言いやがるか……

 ――こんな装備がジャパニメーションのロボットモノであったでありますね。それを実際に《魔法》で実行しようなど……お前、アホでありますか。

 ――育て方、間違っちまったかァ……?

 ――少なくともお前に育てられた記憶がないでありますから。

 ――色々教えてやったろォ!?

 ――コンピュータ・システムに関することだけは懇切丁寧に。それだけは感謝するであります。

 ――他にもあるだろォ?

 ――ノゥ。お前、なにも教えないから、ネットを通じて自主勉強する羽目になったであります。

 ――だからって、クソおかしい日本語まで習得するなよ……

 ――それで、結局この装備はなんでありますか?

 ――アァ、そうだなァ……日本語でいうセンベツってヤツか?

 ――その日本語は理解できないであります。

 ――なら、あと調べろ。オレは軍を退職する。

 ――……What?

 ――ちょっと民間そとの会社に携わることになってよォ。つってもまァ、軍需ミリタリー産業インダストリィなんだけどヨォ。

 ――お前、本気でありますか……?

 ――オレのことはもう決まってるから、話すことはねェ。ただ退職に際して問題なのは、テメェだ。だからソイツを……《ピクシィ》を全部使いこなせるようになれ。

 ――…………なんのために、こんな複数並列、しかも遠隔操作型の《魔法使いの杖アビスツール》を?

 ――《ギガース》だ。

 ――え?

 ――極秘事項だから、それ以上は話せねェ。だがソイツを扱えるようになれば……クソガキ。テメェは最強の力を手に入れられる。

 ――自分に世界制服でもさせる気でありますか?

 ――ちげェ。テメェがどういう人間ヤツになろうと、力になるだろォッて話だ。

 ――人間……?

 ――前に聞いてきたよナァ? 『《魔法使いソーサラー》は兵器なのか、人間なのか』ッつッてヨォ?

 ――返ってきた返答は『知るか。自分テメェで考えろ』でありましたが。

 ――その問答はどうでもいイ。繰り返す気ィねェからナ。


 思い出せば、苦笑が浮かぶ。

 ロクな男ではなかった。その気もなく、強要されたこともなかったが、『親』とはとても呼べる人物ではなかった。神戸に移り住んでしばらく経つが、いまだ直接会いに行ったことはない。


 だが、彼が与えてくれたものに、感謝はしている。


 ――兵器になろうが、人間になろうが、勝手にしろ。

 ――どちらで居たいかくらい、自分テメェで選べ。

 ――この《魔法使いの杖アビスツール》は、テメェの面倒を看れなくなった、せめてものワビだ。


 『彼』は力を与えてくれた。

 単体の《魔法使いソーサラー》では操艦不可能な化け物を作り上げた。

 それをひとりで操作するために必要な、恐ろしいほどの並列遠隔操作能力をはぐむむ《魔法使いの杖アビスツール》を残してくれた。


 『彼』は選択肢を与えてくれた。

 少女が歩む道は作ってくれなかった。しかし道標みちしるべを示してくれていた。

 安寧とした兵器として生きるもよし。苦難であろうと人間として生きるもよし。

 誰かに有無を言わさず我が道を貫くため、選択できるだけの力を、結果として授けてくれた。


 自分が製造された存在だと、彼女はコンプレックスを抱いている。ただでさえ《魔法使いソーサラー》は普通の人間とは違う存在なのに、《ムーンチャイルド》は一層違うと。

 しかしそんな思いを鼻で笑い飛ばす以前に、なんとも思っていない彼ら、彼女らを、守ることができるのならば。

 『彼』の望みを叶えられるのならば。誰かの『魔法使い』になることができるのならば。


(お前の力を見せるであります!)


 自分ピノキオは人間だと。

 存在に誇りを抱くことができる。


 高度は充分。床はほぼ壁になった。

 シートの背もたれに体を押し付けられる野依崎は、声出し確認しながら操作する。


「Heavy maintenance sequence boot up...Energy lines, 1~20 umconnect...(重整備シークエンス起動。エネルギーライン、一から二〇まで接続解除)」


 浮遊するために真空を作っていた機能の九割を停止させる。機体状態を示していた表示が、新たなレッドアラームを吐き出す。

 最低限残している出力だけでは、浮力を維持できない。落下速度を減速させるのが関の山だ。見込んで高度を上昇させたとはいえ、早く片をつけて再接続しないと海に墜落してしまう。


「Laser fiber cable take-up. Oscillator collectively control.(レーザーファイバーケーブル巻取り、発振器一括管理))」


 ウィンチを駆動させて、掃除機のコードリールのようにファイバーケーブルを引っ張り、先端の発信器を機関部に回収する。本来これは部品交換時の方法であって、乱暴な手段でも問題ないのだが、今は違う。配管の中で発振器が跳ね回り衝突している音に、壊れないかと不安を抱く。

 やがて回収を完了した。普段はケーブルを絡まないようにしているブラケットでしかないソケットに、次々と収まる。機能を確認すると、全ての発信器が使える状態に安堵する。


「Explosive-bolt ignition! Main battery ready! (分離ボルト点火! 主砲用意!)」


 視界が晴れた。前方全てが夜空と化した。雲を突き抜けた。

 巨大な戦艦が、天空に立った。

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