050_2010 巨兵Ⅷ~プレス加工のトラブル対策[第3版]~
小規模の爆発が連続して発生した直後、《ヘーゼルナッツ》の中枢ゴンドラが異音を響かせ、裂けた。
電子機器のケーブルと、本体を支えるワイヤーでかろうじて繋がっているが、中枢ゴンドラはぶら下がっている状態で、いつ切れて落下しても不思議はない危機感を抱く光景だった。
【空中分解……!?】
雲下の敵からの攻撃がひと段落し、気嚢部側面に接地したイクセスは、絶句を漏らす。
「いや……」
だが理解した
「違う! あれがこの艦の主砲なんだ!」
普段は接合されて見えない、中枢ゴンドラがあった位置には、サーチライトのような、発信器が並んだ機器が存在する。
それを露出するために、わざとゴンドラが切り離されたのだと、察することができる。
《魔法》とは、《マナ》にエネルギーと信号を与えれば、応じて仮想的に機能を作ることのできる万能の技術を呼ぶ。
そして主砲とは、戦闘艦に装備された砲で、最も強力なものを呼ぶ。
《ヘーゼルナッツ》の主砲は、厳密には砲ではない。通常運転でも常時大出力を発揮している、気嚢内で振り分けられている浮力の発生源をまとめ、攻撃手段として出力する、
【ちょっと……あれ、まずくないですか?】
動きの予兆を見て、イクセスが不安な声を漏らす。
水面に糸をたらしている釣竿を立てれば、仕掛けは振り子のように手元に戻る。
同じことが現状の《ヘーゼルナッツ》にも言える。垂直状態の
切り離されたゴンドラが、
つまり事態を放置すれば、勝利どころか生存も絶望的になる。
「イクセス! 無茶するぞ!」
【本気ですか!?】
「本気だ! あと風力砲用意!」
【無理無理無理無理無理!!】
行動を予期したイクセスが必死の声を上げるが、他に選択肢はない。十路は
ゴンドラが剥離され、
その内部構造が見える
押しつぶそうと『天井』が落ちてくる真下に
【潰れるううううぅぅぅぅっっ!?】
衝突速度は大して速くなくとも、輸送機ほどもあるゴンドラを、オートバイで支えきれるはずもない。重量を受け止めた途端、フロントフォークはあっけなく曲がり、本体までも圧縮され始める。自動で
「耐えろ!」
しかしAIの絶叫を無視して、十路は無理難題を叩きつける。機体破壊は見過ごすしかなくても、
《バーゲスト》の犠牲で稼げるわずかな時間を生かし、彼は垂直になったシートから飛び降り、
連続する爆音の中、十路は銃口に小型砲弾を装着した突撃銃を肩に構える。
そうしてフレームの破断に成功した。息つく間もなく二発目の
再びの至近距離爆発を起こすと、中途半端に切断された鉄骨は、軋みながら
ゴンドラの重量を支える、即席の支持肢にする。
「離れろ!」
イクセスに指示しながらセレクターを切り替え、十路は《魔法》のレーザー光線を出力を絞って放つ。溶接することで支えが崩れないよう、再びゴンドラが激突しないようにする。
【し、死ぬ……! 死ぬ……!】
ゴンドラの一点のみとはいえ、加重が支持肢にかかったため、挟まれていた《バーゲスト》が、呼吸していないのに息も絶え絶えに隙間から抜け出した。盛大に歪んだ機体ではそれが精一杯のようで、バランスを保てず倒れた――正確には、重力制御で壁に貼りついた。
「悪い。あぁするしかなかった」
機械のクセして意外とメンタル弱いな、と思わなくもない。しかしあれでも一応レディなのだからと、十路は誠意の感じられない謝罪以外は口をつぐんだ。
それだけの反応なのは、十路が冷淡な性格なのもあるが、彼らが守ったデバイスが出力を発揮したから。高出力の《
露出されたデバイスから、巨大な《
旋回を始める、肉眼では見えないが、《
「これで、上はなんとかなるか……?」
簡単にはいかないだろうが、落下してくる兵器の迎撃は、目処は立った。あとは野依崎を信じ、十路たちは更に動き続ける。
【他はまだですけどねぇ……!】
「そうだなっ!」
さすがの彼女も泣きたい気分なのか、鼻がかった声でイクセスが言うとおり。
雲下から再度攻撃される予兆を、脳内センサーが察知した。
「フォー! 左のゴンドラ! 爆弾庫の扉を開けろ!」
彼女の真横で戦闘準備と戦闘を見ていたのだから、即座に使用できるようにしていた兵器は、なにが残っているか覚えている。
十路は無線で指示を与えながら、重力制御を操作しながら《バーゲスト》を引きずって底面を駆け下りる。
武装コンテナの先端部に着地し、自力で動けない《バーゲスト》はそこに残し、十路はひとりで更に底面を滑り落ちる。格納されていない近接火器システムを掴んで減速しながら、
多くの戦闘爆撃機では、発進前に
扉のランチャーと
「また少し壊すぞ……!」
兵器の安全ピンが既に抜かれている状態で、普通こんな扱いは決してしない。あまりにも危険すぎる。
しかし十路は固定装置を銃で破壊し、三メートル超のミサイルを手で倒し、叫びながら次々と自由落下させる。
「イクセス!
「ふんっ……!」
それだけでは、発射される攻撃までもは対処できない。だから続いて爆弾も落下させるために動かす。五〇〇ポンド級は最小の部類に入るが、固定が解除されても人力で運ぶのは無理がある。
「航空爆弾の信管って、どうなってんだ……!?」
【だから
「また捨て身やるしかないのかよ……!」
陸上兵器に聞くなと言いつつ、律儀に答えてくれるAIと無線で話しながら、重力を制御して壁に足をかけ、両手で引き倒す。
「くっ――!」
脳内センサーがミサイルの発射を感知した。幾ら高空を飛ぼうとも、距離としては大したものではない。固体燃料ならば空気の薄さも関係ない。あっという間に近づいて着弾するだろう。
「――っそっ!」
しかしそれより前に、悪態と共に、
航空爆弾はある程度落下しないと、第二安全装置が起爆しない。そして第一安全装置解除に手間取ったため、緊急投棄と同じく不活性化したままの投下になっている。
だから十路は即座に背負っていた
航空爆弾に馴染みはなくとも、雷管の位置はおおよそ知っている。丸み帯びた金属であろうとも、軍事訓練を受けた《
不発弾と化していようと、起爆用の爆薬に直接刺激を与えれば、否応なく起動する。一秒もかからず液体燃料が沸騰して噴出し、着火する。
安全距離が取られる前に、大爆発した。普通の爆弾よりもはるかに強力な衝撃波に襲われ、《ヘーゼルナッツ》が軋みながら大きく揺れ、飛んできた破片が外装にいくつも突き刺さる。
「がはっ!?」
身を低くしていない十路は吹き飛ばされ、上へ打ち上げられ、《ヘーゼルナッツ》の底面に体を打ち付けられる。ダメージで《
《バーゲスト》を残した武装ゴンドラ先端部に、受身も取れず叩きつけられた。引っかかり、落下しなかったのは幸いだが、飛び降り自殺ができる距離を落ちることになった。
しかもその際、《八九式自動小銃》は手を離れて転がった。
【トージ!】
爆風で鼓膜が破れたか、それとも急激な気圧差にさらされたせいか、イクセスの悲痛な声がひどく遠く聞こえる。
乗せることは許容してくれているが、整備は嫌がり、不満が多く、
十路は全身の痛みで麻痺しかかった頭で、ぼんやりと考える。同時にこれほどの負傷をすれば、また樹里に治療されならが説教されることになると、苦笑が浮かぶ。
「げはっ……! 飛んでくる、ミサイル……叩き潰したか……?」
戦闘に関係ない思考は振り払い、薄い酸素と吐血にあえぎながら十路は問う。
普通の風でも左右されるのだから、あれだけの爆風を叩きつければ、砲弾は外れたはず。爆発に巻き込んだであろうミサイルは、誤爆させたと思いたいが、確証がない。
【全部対処したみたいですけど、それどころではありませんよ……!】
それどころとはなんだ。いま一番大事なことだろう。
人間ならば泣き出しそうなイクセスの返事に、十路は《魔法》で自分の体を意識する。
骨は至るところで折れているだろう。内臓もいくつか破損していても不思議はない。細かい破片を全身に受けて
だがまだ動けると判断する。そもそも動かなければならない。危険な状態には違いないが、《
「え」
上体を起こそうと左手を突いたはずだが、体を起こせない。だから首を動かさず、肩ごと左腕を動かし、視界に入れてみた。
しかし左腕が見えない。ジャケットの袖が二の腕部分から先が、存在しない。大量の血を放水している蛇口と化している。
妙に冷静な気分で十路は首を動かすと、側の外装に突き刺さる、血まみれになった爆弾の破片が見えた。
刃と化して飛来した破片が、十路の左腕を切り飛ばしていた。
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