050_1750 刮目せよ、これが二一世紀の《魔法使い》Ⅵ~超音速のMS少女~


「くぅぅぅぅ……!!」


 動作に生体コンピューターを挟んで、体を全く動かさない姿勢制御を行っているが、それでも人間脳部分が反応してしまうのは仕方ない。食いしばった歯から呻きが漏れるだけでなく、冷や汗も止まらない。


(死ぬぅ!? 死ぬ! 死んじゃうぅぅぅぅっ!?)


 真っ直ぐ掲げた《魔法使いの杖アビスツール》から、《魔法》で傘のように仮想の耐熱シールドを構築し、頭から大気圏に再突入したのだから。出発時も似たような状況ではあったが、重力を制御できたのだから、まだ速度に余裕があった。そして今は全く存在しない。


 大気圏内を高速移動する物体にとって、空気こそが最大の敵となる。拡張装備内に組み込まれた術式プログラムで、空力学的に大気を押しのけ、熱力学的に冷却している接触面は、空力加熱で数千度にまで灼熱している。少しでも姿勢を崩せば、圧力差と衝撃波によって体が四散し、丸焼けになる最期は想像にかたくない。しかも一瞬ならまだしも、この極限緊張状態を持続しなければならない。パニックにおちいって、身体制御で括約筋の操作を忘れていたら、乙女の精神的・社会的生命が失われること間違いなしの状況だった。つまりチビりそう。


(宇宙なんて二度と行かないぃぃぃぃっ!! 極超音速ハイパーソニックなんてもうヤダァァァァっ!!)


 少女は半泣きどころか八分泣きで、心で大絶叫しながら超高速飛行を行っていた。

 だが減速はしない。むしろ加速するために、無風領域に電磁投射器コイルガンの効果を持つ《魔法回路EC-Circuit》を形成していく。

 彼女が見えている光景と状況はあまり変化ないのだが、既に宇宙空間から帰還し、大気圏内の夜空を飛行している。眼下は雲海、切れ目から見えるのは黒い太平洋しかないが、もしも観測者がいたら、大気をプラズマ化させる少女を流星と誤解するだろう。


(――捉えた!)


 長戦棍メイスの柄頭底部と《魔法回路EC-Circuit》、あと赤熱化している大気しか見えないので、少女の肉眼では観測できない。しかし先端からの空力学の風防を形成する際、返って来た観測データの反応で、先じて落下した宇宙兵器の一基に追いついたことがわかる。


(だけど、どうしよう……!? こんなに速くちゃ、《魔法》が使えない……!)


 そして少女は自身の迂闊うかつさに歯噛みする。あの時は他に選択肢がなく、他に方法があるとは思えなかったが、それでも考えなしに衝動のまま飛び出したことは事実だ。

 《魔法》は大気中の《マナ》と通信し、エネルギーを与えて仮想の機器を再現するこで、超常の効果を発揮する。移動中に《魔法回路EC-Circuit》を形成する時には、移動先の《マナ》に順次エネルギーと機能情報を移し続けて維持する。

 しかし今は、超高速で移動している最中だ。進行方向だけならまだなんとかなるが、それ以外の方向で、目に見えないナノテクノロジーとの通信などできはしない。彼女が《魔法》で超音速飛行しているのは、内部に《マナ》を装填し、機能情報を与えてから散布できる拡張装備があっての行為だ。仮に観測と通信ができたところで、《魔法回路EC-Circuit》が形成された瞬間にはもう置き去りにしてしまうので、制御不能になってしまう。


(例外は後ろだけ――って?)


 《魔法》の耐熱シールドに守られている空間でならば、《魔法回路EC-Circuit》の形成が可能ではある。前方への発射は防御を破壊するので不可能だが、後ろに向けて砲撃することも、軌道に攻撃を残して衝突させることもできる。

 同時に巨大な問題が生まれるが。


(アレを追い抜いて前に出なきゃいけないってこと!?)


 選択肢としては、接近して衝撃波をぶつけて破壊する方法もあるが、巻き添えを食いかねないので危険すぎる。宇宙兵器は二機存在するのだから、ここで命を投げ出して体当たりしても、神戸市は無事では済まない。

 託された彼女の役割を遂げるためには、再度宇宙に飛び出しかねない加速と、耐えられる防御が必要になる。


(ウソでしょぉ……!?)


 整理した自分の考えと、確認した《マナ》と電池の残量に、少女は青ざめる。あと一歩、なにかで緊張の糸が切れれば、感情が爆発して号泣するのを自覚する。

 二機の宇宙兵器を撃墜しようと思えば、電力は問題ないが《マナ》に余裕がないと、生体コンピュータが算出した。何事もなくても、成功は五分五分。かといって安全圏まで速度を落とし、大気から《マナ》を集めて再装填、その後に追いかけて撃墜しようとしても、予想では攻撃阻止が間に合わない。


(だけど、悩んでる暇ないよね……!)


 覚悟と諦めをない交ぜにして、九分泣き顔を歪めて歯を食いしばり、少女は再び電磁加速する。インフレ気味の数字を示している速度情報が、更に数字を増大させる。大気を切り裂く《魔法回路EC-Circuit》が悲鳴を上げる。

 耐えていれば、やがて追いついた。安全のために距離を隔てているが、黒い耐熱タイルに覆われた、どの戦闘機とも違うくさび形のシルエットが、下を向く少女の視界内に入る。

 軍事にさほど明るくない少女には理解できないが、それが通常弾頭搭載型C打撃SミサイルM極超音速滑空体HGV弾頭だった。大陸間弾道ミサイルICBMとは全てが異なり、一万キロ以上の射程を持ちながら、弾道力学を無視するような低軌道で目標に接近する。しかも核弾頭どころか爆薬すら搭載していない。防空レーダーで捕捉できても、迎撃体制が整う頃には手遅れになる、人工の隕石衝突を起こすのだ。


 それを阻止するために、少女は慎重に接近して、じれったいほどの時間をかけて、前に出て軌道を重ねる。いくら《魔法》を使おうと、この速度では直進するだけでも危険なのだ。空港では飛行機に鳥が衝突する対策を取っているが、そういうレベルではない。運動エネルギーが殺戮兵器になる世界なのだから、浮かんでいる風船に触れただけでも、時速二万キロオーバーのビンタを食らうようなダメージになる。


 こんな速さで接近すれば、モータースポーツでいうところのスリップストリームは発生しないかもしれない。自然にありえないほど大気が希薄になるのだから、墜落するかもしれない。

 しかしそうならなかった場合が恐ろしいため、少女は距離を取ったまま安全策を取る。


(《雷球》実行!)


 細い腰付近に、《魔法回路EC-Circuit》の器に収まった、プラズマの手榴弾が次々と作成される。特段操作するまでもなく、《マナ》から別の《マナ》へ情報とエネルギーを移す移動維持を止めるだけで、発射されたように錯覚する。

 極超音速滑空体HGVに触れた途端、《魔法回路EC-Circuit》の外殻は消滅すると、維持されていた数万度の高エネルギープラズマが効果を発揮する。宇宙航空用の耐熱タイルが高温に耐えられるとはいえ、高速移動の空力加熱にさらされている最中、瞬間的な高温を一部に受けることなど、想定されているわけがない。空中機雷となった球電が次々と衝突すると、耐熱タイルが吹き飛び、そこから機体内部が溶けて気流防御が不全となり、極超音速滑空体HGV錐揉きりもみして空中分解した。


(あと、一機……!)


 脅威はまだ排除していない上に、補足もしていない。だが目標地点はわかっているのだし、飛行経路の直線上に存在することは間違いない。

 泣きたい気持ちも収まることはない。いましめる者もいないのだから、泣き言をこぼすのも止められない。

 だがやるしかない。恐怖に負けて体と思考を制止させることだけは、絶対に許されないし、少女自身が許さない。


 修交館学院高等部一年生・木次きすき樹里じゅり

 《魔法使いソーサラー》としての彼女を端的に言い表すと、驚異。

 《魔法》による医療行為を可能とする、《治癒術士ヒーラー》などいう通称を持つが、とんでもない。由来不明の肉体を持つ故に、《魔法使いソーサラー》以上に人外の能力を発揮するだけでもない。

 特殊な《魔法使いの杖アビスツール》を使い、高出力の術式プログラムを実行すれば、破壊の権化ごんげとなる。


 癒しの手で慈愛の女神となるか。それとも近しい人々をも滅ぼす破壊神となるか。それは誰にもわからない。

 今は破壊を行い破壊を阻止するため、猟犬の子犬は雷獣と化して、更なる衝撃波を撒き散らして自身を電磁投射する。



 △▼△▼△▼△▼



 宇宙から発射された最新鋭戦略兵器の接近を、日本を守る自衛隊は感知していなかった。神戸で勃発している大規模戦闘のほうが大問題だったからだ。もっともそちらも出動は禁じられ、事後処理に向けての準備だったが。

 《魔法使いソーサラー》たちの戦闘に、普通の戦力は役に立たない。のこのこ出撃しても、いたずらに被害を増やすだけだ。感情では納得できない者たちも大勢いるだろうが、押し殺し、被災者たちの救援準備を行うのが、現実的な組織運営方針だ。

 しかし航空自衛隊では別のものを感知し、動いていた。


『なんだ、あれは……!』


 築城ついき基地から緊急発進スクランブルを行った、第八航空団、第六飛行隊所属のF2戦闘機パイロットたちは、土佐湾上空で領空侵犯機を目視確認した。

 レーダーの反応から、通常の事態とは違うことは想定されていた。それでも実際に目にし、口から漏れる感情は驚きを通り越している。

 明かりのない夜でもわかる、旅客機が飛ぶ高度よりも遥か上の空域から降下している物体は、空で見るはずのない巨体だった。

 あっという間にすれ違い、F2戦闘機たちはターンする。その頃には動揺を残しながらも、パイロットたちは平静を取り戻したために、訓練どおりの対応を開始する。


『You're approching to Japan airdomein. Follow my guidance.(貴機は日本領空を侵犯している。我の指示に従え)』


 国際的に決められた緊急無線で警告しながら、自機の翼を振って『我に続け』とジェスチャーする。その際、墜落ギリギリの低速度を維持しなければならないのだから、相手の速度に逆の意味で辟易へきえきする。

 相手からの反応はなにもない。だから次の対応に移ろうと、パイロットは火器管制システムを本格駆動させた。搭載された二〇ミリバルカン砲で警告射撃を行い、着陸か領空外退去をうながそうと。


『な!?』


 偶然か、その途端、航空電子機器アビオニクスが絶叫した。正体不明機が攻撃のためのレーダー照射を行い、補足ロックオンしていると。しかも一機だけでなく、僚機までも同じだと無線報告で確認できた。

 慌てて操縦桿を傾けて、正体不明機から遠ざかりつつ回避軌道を取ると、警告音は止んだ。攻撃軌道から外れたのではなく、相手が迎撃の意思を引っ込めた。


『攻撃するな!』


 更に地上管制官からも連絡が入る。緊急というだけでなく、他の要素が加えられているような、指示ではなく命令調の慌てた声だった。


『繰り返す! 警告射撃であろうと、攻撃を禁止する! 現空域を離脱せよ!』

『どういうことだ?』


 当然パイロットたちは、納得できない。幸いにして正体不明機は攻撃の意思を示しただけなので、地上管制員に疑問をぶつける余裕がある。

 対する返答は、やはり自身の理解が追いついていない、不精な感情は存在した。


『詳しいことは不明だが、上層部うえからの命令らしい……なんでもその正体不明機アンノウンは、公海上でもアメリカ海軍の攻撃を受けて尚、進行を止めていない』

『アメリカ軍が交戦?』

『詳細は不明だ。とにかく、正体不明機アンノウンの進路を邪魔をしてはならない』

『……スカル1、了解ラジャ


 仕方なしに指示に従う。単に事態が理解できていないというだけで、命令に反抗する理由は存在しないのだから。大なり小なり組織の中にいれば、全て自分の納得づくで動けるはずないと理解する。

 それに、もし無視して攻撃を行ったら。

 間違いなく撃墜される。あれは、航空機の常識に当てはめてはならないものだと、直接接した自衛官たちは理解した。


 侵入を許可されたのではない、領空侵犯を黙認されているだけだ。

 それを理解しているとでもいうように、帰投するF2戦闘機たちを電子の眼で見送り、正体不明機は余計なことはせずに四国上空を北東方向に突っ切る。



 △▼△▼△▼△▼



 である、会議室に満ちる空気が、荘厳なものから苦渋に入れ替わろうとしていた。


「What's happen?(一体なにが起こっている?)」


 上座に座る男性が、テーブルに肘をついて手を組み、顔のしわを深めて会議参加者を見回す。特に近い席に座る、いくつもの勲章受賞を示す略綬りゃくじゅをつけた軍服を着た男たちには、意識はせずとも長い時間見つめてしまう。

 老年の域に差しかかった彼らは、返答の時間稼ぎのように、無言の圧力にハンカチで汗をぬぐう。その間に他の参加者たちも男に視線を送るようになったので、自分で居心地を悪くしただけかもしれないが。


 彼らの責任問題が、極東の島国で発生しているゆえの会議だった。事件そのものは距離と時差とニュース専門チャンネルを通じて、数秒遅れの生中継として部屋のモニターで放送されている。


 軍の秘密兵器が、極東の島国で騒動を起こしている。それはまだいい。よくはないが、もう手遅れだ。

 現在行わなければならないのは、真相を国際社会に明るみにしないための『火消し』。それが上手くいかない。


 当初から問題のある計画だったのだ。どういう分野に活用できるかわからないものだが、基礎研究そのものは必要だったと断言できるが、試験運用レベルでも実用可能なまでには育てるべきではなかった。

 その結果、《ムーンチャイルド》計画と《ギガース》計画の成果が、全て軍の手を離れて、人目もはばからず騒動を起こしている。

 軍医療施設フォート・ディリックからの脱走を、二回も阻止するできず、二度目に至っては大量の死傷者が出ている。

 ハワイ島の真珠湾パールハーバーから強奪された、海軍の特殊作戦艦艇は、日本の地方都市に現れるまで補足できなかった。

 試験運用していた空軍の自律兵器は、使用権を半分乗っ取られたままだ。しかもこの事態に、日本近海を航行中の空母が発見し、撃墜を試みたが、突如発生したにより諦めざるをえなかった。

 完全に軍の制御を離れて、暴走している。

 やはり意思を持つ兵器など、危険すぎたのだ。しかもそれが、どんな軍事兵器よりも強力な力を持っているとなると。だがこれからの時代、世界に現れた《魔法》と《魔法使い》を取り入れなければ、国を守ることなど絶対にかなわない。

 上座に座る男性が、ふと思い出してしまった苦悩に気づき、いま考えても仕方ないと忘れる。そのタイミングを見計らったかのように、下座に近い席に座る、老年の域に達した女性が、意を決して切り出した。


「...As "he" said, it should take the switch.(……やはり『彼』が言い残したとおり、スイッチを入れるべきかと)」


 ざわりと部屋の空気がうごめく。他の者たちがなにか言葉を口にしたわけではないが、吐息の乱れと表情の変化、そしてなにより無言の同意が、そう錯覚させる。

 これまでずっと議論されていた話だ。


「Please be decided.(ご決断を)」


 応じて軍服を着た男が、後ろに控えていた者からブリーフケースを受け取り、差し出す。これで彼の責任問題がなくなるわけではないが、首の皮一枚繋がるという

必死さが隠れている。

 ケースのロックが解除され、アンテナが引き伸ばされる。入っているのは、使用する時の措置が書かれた黒い手帳、関連する部局が一覧化された冊子、ファイルフォルダに入った手続きの便覧、認証コードの入ったカード、そして専用として作られた通信機器だ。

 それは『フットボール』と通称されているもの。

 持ち運び可能な戦略兵器の発射スイッチ、と言ったほうが通りがいいだろう。実際には暗号発信機でしかなく、応じて関連機関が動くものなので、『発射スイッチ』は間違いなのだが。むしろ逆に、発射命令を取り消すものでもある。

 問題を一挙に解決し、証拠隠滅するために、新たな国際問題を起こす決断を強いられていた。


「…………I can't help it.(仕方がない)」


 男性は苦悩を振り切り、カードに記された暗号コードを入力し、彼自身の入力であることを証明していく。同時に軍事顧問が通信機器の受話器を持ち上げて、国家軍事指揮センターNMCCに連絡を取る。

 すると部屋に安堵の空気と、新たな緊張感が生まれた。これは本来行ってはならない行動であるために。

 しかし行わなければならない。国を守るという建前の元、正義の名の冠し、多大の犠牲を生む決断を。

 そして今、発令された。何度も行われたであろう訓練同様に、現場で動いているに違いない。再度の意思確認を発すれば、命令は決定事項として遂行される。


 緊張の糸が緩みかけた時、当然なにかが衝突したように、扉が大きく鳴った。完全防音で防弾性すらある扉なのに。

 しかも一度ではない。廊下でなにかが起こっていることを証明するように、何度も叩きつけるように。


 部屋の中にいた警備担当者は、スーツの脇に入れていた拳銃を手にする。建物の外から何人もの警備員がいたはずなのに、それを退しりぞけてここまで異常事態が来たことに、緊張感をあらわにしている。


 やがて、扉は勢いよく開かれた。


「Hey! Nice to see you. Can I come in?(よォ! 久しぶりだなァ? 邪魔するぜェ?)」


 同時に陽気な声が投げかけられた。疑問形だが入室許可など求めていない。抱えていた護衛を床に放り出し、彼は部屋にズカズカと入る。

 侵入者は、まだ若いと言える男だった。しかしスーツ姿以外ならば軍服姿しか存在しない場には、とてつもない異彩を放つ、パンクファッションだった。


 ワシントンD.C.ホワイトハウス地下にある緊急対策室シチュエーションルームに乱入し、国家安全保障会議のメンバーを差し置いて。

 リヒト・ゲイブルズという名の科学者は、上座の男性に凶悪な笑みを向けた。


「――Mr. President.(大統領閣下さんよォ)」

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