050_1740 刮目せよ、これが二一世紀の《魔法使い》Ⅴ~疑惑の真相~
通称とは、与えられるものではない。なにかの条件をクリアするだけでは足りず、気付けば誰かがそう呼んでいるような、そういった
討つだけでは足りない。壊すだけでは足りない。
呼ばれる者にとってその
破壊者・贖罪者・原罪者。敵からは当然のこと、味方からも『お前は罪を背負っている』と告げられていると錯覚する、皮肉の自嘲と共に心を
そう呼ばれた者が、実際に戦う様を見た者は、どう思うだろうか。
《騎士》という
「イクセス! 強行突破――!」
【無茶言わないでください! 民間人を
「――しないで済むルートと方法を探せ! 誰が民間人いっぱいの避難路を突っ切れなんて言うか!?」
背負う大剣に偽装された《
右手に握る
同時に逆バンクで近づいた壁面にタイヤを接地させ、《Kinetic stviraiser(動力学安定装置)》を実行する。車体を足で挟んでいるだけの乗員を落とすことなく、赤黒彩色の大型オートバイは九〇度横になって建物壁面を駆け上がる。その時には分離したハンドルバーを固定させ、掴んで肘を張り体重の一部を預け、左手に奇形の
「こういう時にこの車体は不利だな……!」
【文句あるならトージが走ってください!】
「やってられるか!?」
軽量ハイパワー車なので、
当たり前だが、道路として整備されていない壁面など、擬似三次元走行を行うにはかなりの悪路だ。壁面には
その最中にも左拳を伸ばし、《死霊》を上から迎撃していく。宙にある時には交錯し、《
しかも
「つーか少しは俺の
【気にしていられる余裕なんてありません! トージの側で加減してください!】
避難する市民の流れに逆らい、彼らは《死霊》を生み出す《
交わされている言葉は
元陸上自衛隊、開発実験団装備実験隊第八実験科所属、独立強襲機甲隊員。修交館学院高等部三年生、
《
通称がイメージさせるであろう、荘厳さや剛健さとは無縁だ。彼の戦いは、常に攻めるものだった。なにかを守り、誰かを救うためのものだとしても、敵を殲滅するために銃弾や《魔法》を放ち続けた。
高潔さなどとは無縁だった。常に
どんなことをしても勝たなければ、生きられなかったから、彼が守りたいものを守れなかったから、勝ち続けただけのこと。
そして
一台と一人が一機に一体となった今、果たして《騎士》と呼ばれるに相応しい戦いなのか。
『キミが、堤十路くんね』
支援部で使っている無線周波数帯に、不意に声が飛び込んできた。聞き覚えがない、なのにどこかで聞き覚えのある、若い女性の声だった。
直後
車輪の足で屋上に降り立つと、ステップでも踏むように、止まることなく次々と建物を軽快に飛び超えていく。その金属と樹脂の体を持つ、隻腕無頭の異形は、十路も知っている。短い時間であれば乗ったこともある。
特殊作戦対応可変高機動軽装輪装甲戦闘車両 《コシュタワバー》。SFのような人型変形を行う、実用性皆無なはずの《
『手伝うわ。腹をくくったキミたちと違って顔バレは困るから、隠したままなのは勘弁して』
だが、その肩に支えなく立ち、激しい巨人の挙動に苦もなく合わせる女性は、初めて会った。
彼女の妹から、話だけは今まで聞いていた。その《
【ユーア! あなたも参戦してたのですか?】
フルフェイスヘルメットのシールド越しだが、ゲイブルズ・木次ユーアと初めて会った。
『そりゃぁね。ジュリちゃんからも頼まれてたし……私たちの縄張り荒らされるのも困るし』
だがおかしい。後輩の少女とも、直接会った妹からとも、聞いた話と違う。彼女の《
しかし彼女が手にし、腕輪のような《
「どうして……?」
あれは薙刀だと、彼にはわかる。
柄に特別な装飾はない。中世の武器を《
なのに決定的な特徴が、誤解を拒絶する。根元だけ残る刃の
だから薙刀だとわかってしまう。幅広で特殊な刃だから、
「どうしてアンタが《
『話は後よ』
言うなり彼女は、《
その頃には異形の巨人は、体を折りたたんで見た目の体積を減らし、スーパースポーツと呼ばれるタイプの大型オートバイに変形していた。彼女はそのシートに深く体を丸めて着地し、背筋を伸ばして立つ。両端に《
【事情は理解していませんが、今はユーアの言うとおり、目の前の事態に集中してください】
「…………そうだな」
薙刀本来の所有者は生きているはずがない。《女帝》を討ったのは彼自身なのだから。その時の手ごたえまでも、はっきりと思い出すことができる。
だが今は、人工知能の言うとおり、謎を暴こうと考えに
「ん?」
【これは?】
しかも《
更に乗り物に乗っていてもわかる規模の、地響きが伝わってきた。それだけ異変の大きさを示している。
宙に飛び出した瞬間に思い切り体を傾けると、応じて《
【まだ民間人の避難が完了していないようです】
『だったら、一気に片付けるわよ』
AIの言葉を彼が
『堤くん。アレ、一撃で破壊できるよね?』
「できはしますけど、どの方法にしても、細かいコントロールができる代物じゃありません。しかも爆発させなくても、現状で破壊するのは危険です」
部活内では責任者は部長だが、実際に作戦立案して現場指揮を取るのは、荒事に一番詳しい彼の役割になってしまっている。
それが誰にイニシアティブを取られるという珍しい状況に、懐かしさすら覚える。内容は戸惑いを覚えないとならないのに、不思議と疑問はなく、質問に確認以上の意味がない。
『構わないわ。真っ二つにして』
巨大な骸骨だった。街を形作るコンクリートが、鉄が、アスファルトが、ガラスが、ゴムが、ねじれて寄り集まり、筋肉なしで動いている。《死霊》がそもそも悪趣味極まりない形状をしていたが、今度の《ゴーレム》は拡大化させて、粒子状ではなく物質の部分的な操作で作られていた。
だから大勢の市民が、新たな脅威から逃げ
「DTC
頭上の
だが指示に従って、オーダーに応じられる
『彼女』は果断なだけだった。冷酷な言葉を吐こうと、実際には違う人間だったから。別人のはずなのに、そうでなければならないはずなのに、彼女も同じと思ってしまう。
だから掲げた手から、ビル群の中から《
《
確かめれば、走るオートバイに直立する悠亜は、先ほどとは別の《
「――っ!」
だから一拍置いて短く息を吐くと、建造物を巻き込むのも構わず、掲げた左手と共に重さのない剣を振り下ろす。
遠目にはゆっくりと、実際には航空機並みの速度で、淡く光る巨大な直方体の剣は
巨大な《ゴーレム》が崩壊する。たたでさえ物理法則に逆らって、人型を直立されているのだ。しかも粒子ではなく物体として操っているため、切断された部分の重さを支えることはできなかった。降りそそぐ破片は街を更に破壊し、人々を押し潰すだろう。
『コシュ!』
そうなる前に悠亜が姿勢を低くし、青い《
『さぁーて……』
彼女自身も否応なく危険な目に遭うのに、無線から聞こえる声は、舌なめずりするような喜色が
『いくわよぉ!』
交差点のカーブに突っ込みながら、《
彼女が手にした薙刀には、《
「《軟剣》……!?」
本来その名は、中国武術でしなる剣を指す。その《魔法》は、いくらでも思考で操作できるはずなのに、物理法則に従ってでしか動かない。
《魔法》は知識と経験に従って作られるもの。物理法則を学べば、人生経験に従って、生体コンピュータが無意識下に
あのような不便な《魔法》、『彼女』以外に使い手がいるとは思えない。
(《杖》といい、同じ《魔法》まで使ってるって……まさか、本当に……?)
青年の心に鎮めたはずの疑問が再び首をもたげた時、宙の彼女はねじりを加えながら長柄を旋回させる。大きな破片は刃で切り裂いて細かくし、動かせるほどの破片には鞭として弾き飛ばして、建物にぶつけて粉砕させる。脳内センサーであるとしても、人間技とは思えない正確さと豪快さだった。
ただし全部対処しようと無理はしていない。地面の《コシュタバワー》が左手を伸ばし、仮想の砲門から発射した固体空気をレーザーを照射し、昇華爆発で吹き飛ばし、高出力の電流で直接破砕し、援護をする。
『あったわよ!』
《魔法》の発生源だからか、蓋を切り裂こうとした刃は弾き返された。しかし周囲を削がれ、一体化していた《
悠亜は破片の排除を続ける構えだ。《コシュタバワー》も絶え間ない援護を行っている。
ならば十路が《
「両門
【EC-program 《Quantum-electrodynamics THEL》 decompress. (術式 《量子電磁力学レーザー砲》解凍)】
《
「
狙撃と同じように息を止め、わずかな時間で狙いを定めて、思考で
「――ッ! 無力化失敗です!」
だが脳内センサーが捉える反応に、思わず舌打ちしながら悠亜に報告する。爆薬の無効化成功も判断できていないのに、稼動を示す電磁波が停止していない。反物質電池との接続切断に失敗している。
破壊に充分な出力の自由電子レーザーのチャージと、《
それでも成功させるしかない。失敗すれば自分たちももちろん、まだ遠ざかっていない民間人や、悠亜まで吹き飛んでしまう。彼はチャージが済み次第、即座に発射できるよう、
【なにかが交差点に突入してきます!】
「!?」
AIの言葉と、脳内センサーの反応に、発射を中止した。
『はぁっ!!』
直交する通りの中空を、メタリックシルバーのデュアルパーパス型オートバイと、黒いライダースーツに身を包んだ男が、勢いのままに突っ込んできた。
ボイスチェンジャーで音程の狂った男の声を漏らし、彼は《魔法》の光を帯びる鎌槍の穂先を、《
大差のない時間差で、ダンプカーが土砂を捨てるような音を立てて、細かな《ゴーレム》の破片が降り注ぐ。莫大な粉塵が立ち、上空から降り、視界を覆い隠す。
巨大質量による大破壊は阻止された。大爆発も阻止された。だから青年はオートバイのブレーキをかけて、ゆったりとした制動距離で交差点の真ん中で制止する。
【カーム、あなたたちも参戦しているのですか……】
【えぇ……結局こうなりました】
いまだ濃い粉塵の向こうから、AIの問いに
『へぇ……今度はなんのつもり?』
「え?」
若い女性が耳を打ったと同時に、青年の側をエネルギーが奔った。《魔法》を発射したのではなく、なにかを放った。
不意に突風が、ビルの間を駆け抜けた。ただの海風なのか、戦闘による熱や湿気が絡んでいるのか、不自然も思うくらいの強さとタイミングで。
粉塵が流された通りには、三台のオートバイと、それに
『……ずいぶんなご挨拶だな』
《真神》に
今の《
『ウチの店の常連客が酔っ払うたびに、あなたには気をつけろって、散々言ってるからね』
いつの間にか変形した《コシュタバワー》に
物理的に悠亜と市ヶ谷に挟まれ、現状が理解できずに戸惑う。
市ヶ谷のことは、一応は知っている。敵となって直接戦ったことも、協力してもらったこともある。正体は全て推測、防衛省と関わりがあるのも、事実と確認したわけではない。
悠亜のことは、一応は知っている。彼女の妹や、会った人々を通しての話ではあるが、間接的な協力関係にあると言ってもいいだろう。
(どういうことだ? ナージャの件でなとせが会った時、
なのに悠亜は、敵意を市ヶ谷に叩きつけた。
「今はそんなことしている場合じゃない」
ただ理解できるのは、こうしている時間にも、神戸市内では戦闘が続いているということ。だから双方に制止の言葉を向ける。
同時に発射桿と左手も。ここで面倒を起こすなら、双方に攻撃すると。
『……それもそうね』
薙刀の柄が下ろされ、力なく地面に垂れ下がり、けれども再び切り裂こうとした《魔法》の刃が消去される。
『ふん……』
鎌槍の柄が下ろされ、半ばまで埋まっていた十字の刃が引き出されると、《
(ったく――っ!?)
安堵の息を吐いたのも束の間、脳内センサーが新たな反応を捉えた。今までなぜ反応がなかったのか不思議なくらい、近い距離からの音が、温度が、呼気が、人体を脳が発見する。
慌てて首を巡らすと、明かりの消えている建物の入り口から、人影が出てきた。
「ふぃ~……助かったぜぇ、十路。できればもっと早く、なんとかして欲しかったけど」
「え?」
出てきた者は、青年と同じ格好をしていた。それで隠れていたから反応がなかったのか、
「
「いや、今日のことはお姫様から聞いてたけど、思ってた以上に範囲が広くて、結局巻き込まれてな? で、親とはぐれたこの子を見つけちまってなぁ……お前らから《魔法》は電磁気と関係が深いって聞いてたから、金属かぶってじっとして、骸骨どもから隠れてたんだ。そしたらなんかすごい音がしだしたし、もうダメかと思ったぜ」
わずかに震える声で
再度首を巡らすと、《真神》に
(市ヶ谷の正体は、和真じゃない……!?)
国家機関に所属する
だとすれば、和真も同じだと疑うのも、自然な流れだろう。その想定ならば、色々と
しかし市ヶ谷がいる場に、和真も同時に出現したとなると。
(じゃぁ、『市ヶ谷』って名乗ってるヤツは誰だ……? 敵になるのはまだしも、どうして俺たちに協力した……?)
全く想像していなかった事態に、混乱で思考と動きが停止する。
【トージ!】
しかしすぐ、相棒たる女性の声で我を取り戻した。
【今はそんなことしている場合ではないと、あなたがついさっき言ったばかりでしょう?】
「あ、あぁ……そうだな」
同じ疑問と驚きを持っていても不思議ないが、彼女は制する発言をする。それが《
「で、十路。俺たちどうすればいいんだ?」
『東遊園地に民間人を避難させればいいの?』
「いや、収容がいっぱいみたいですし、あそこも安全とは言いにくくなってきてますから――」
子供を抱えたままの和真と、刃の折れた薙刀を肩にする悠亜の疑問に答えるべく、頭を働かせる。
絶望的状況でも戦い続ける彼らの抵抗は、まだ終わっていない。
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