050_1510 命短し両手に爆弾Ⅶ~罪深き海辺(下)~


「Shut up!(黙れ!)」


 怒声と共に、七海子ななみこたちは変化した。

 同時に野依崎はソフトクリームとヌイグルミを投げ捨て、右手を掲げて《魔法回路EC-Circuit》を広げた。


『同情するな! ボクをそんな目で見るな!』


 少年少女だったモノの四肢を、イカのような触腕に、鉤爪を持つ骨ばった腕に、無定形の肉鞭に変えて、一斉に襲い掛かる。


「なら、どうしろと言うでありますか」


 東――神戸から時間差を置いて次々と飛来してきた《ピクシィ》たちが、防御を引き受け牽制する。


『直接対決の演習、どうして逃げた?』

「お前との勝負など、アホくさかったからであります」

『ボクと戦え! 今度こそ!』

「日本語を正しく使うであります。人質を取るような発言をして、正々堂々と戦う気などないでありますでしょう」

『じゃぁ、殺されろ!』


 四方向から一斉に発せられる《男爵バロン》の感情を、野依崎は事もなげにいなす。哀れみの目こそ収めたものの、荒げられる声を受けても、静かな顔で受け流す。

 完全に《男爵バロン》を呑んでいる。横合いから《ピクシィ》をぶつける。肉鞭に地面を叩かせ、触腕を別の触腕に絡ませ、鉤爪をかざして突っ込んでくる個体を転がす。


「おいおい……!」


 目で追うことはできるが、人間の速度ではない。しかも多方向から一斉に攻めたれられる。装備を持っていない十路とおじには、どうすることもできない戦いに発展していた。せめて野依崎の邪魔にならないよう、片膝を突いて姿勢を低くし、万一の時すぐ飛びのけるよう気を張ることしかできない。

 彼女たちはまだ全力であるはずがない。ワンピースを着ているせいなのか、野依崎は《ハベトロット》の機能を使わず、呼び寄せた《ピクシィ》のみで戦っている。しかも《魔法》を使った射撃は使っていない。つまり《ゴーレム》を、ひいては《男爵バロン》をねじ伏せようとしていない。


 どうしたものかと十路は考え、周囲を見渡した時、海が白くにごっているのが目についた。


(おい……まさか、この近くにいるのか?)


 舌打ちした矢先、目まぐるしく立ち位置を変える《ゴーレム》たちの間から、急接近するオートバイが見えた。乗っているのは、ロングスカートをたくし上げた女性だった。

 スピードを一切緩めることなく、女性は飛び降りる。無人になった車体はそのまま駆け、一応はまだ人型は保っている元子供の一体を跳ね飛ばし、十路を守る位置に急停車した。


「ごめんなさい。ひらけた場所だから距離を取ってたので、出遅れちゃいました」


 かつらは回転受身を取った際に脱げた。まとめていた白金髪プラチナブロンドを解き、顔の輪郭を変えていた綿を吐き出して、ナージャが立ち上がる。

 彼女は膝下丈のスカートをたくし上げる。ナージャの《魔法使いの杖アビスツール》は小型であるため、レッグホルスターに収めているのはいつものことだが、今日はそこに別の装備が存在した。PHSともスマートフォンとも衛星電話ともつかない携帯通信機器と一緒に、それも手に取った。

 それを振る。三段伸縮の警棒のようだが、握り部分が異なり、プラスティック製と思えるナックルガードと一体化している。


時間タイム使いハンドラー……』


 《バーゲスト》と合流し、戦闘可能状態になった十路のことは、《男爵バロン》を気に留めていない。核兵器クラスの爆発を二度も完全防御した、ナージャの特異な《魔法》を、野依崎との交戦を継続しながら警戒を行う。


「いい機会です。ちょーっと試したいことがあるので、《死霊》出してもらえません?」


 それをどう判断したか。普段と変わらぬ笑みを浮かべて、ナージャは《魔法使いの杖アビスツール》を右手に、改造警棒を左手に構える。

 十路が援護について問うまでもない。ナージャが白と黒の《魔法回路EC-Circuit》に包まれ、《ゴーレム》が爆発して周囲が白煙に満ちて、交戦が転機した。

 小さな破裂音が何度も起きた。超音速行動をしながらも、白煙はほとんど動かなかった。なにが起こっているのか、十路には理解できない。昨日も見た光景だから、白煙の中で《死霊》とナージャが戦っているのはわかっているが、それだけだ。


「まぁまぁですかね」


 始まったのも唐突だったが、終了も突然だった。続けざまの音が止み、ナージャの声が聞こえてきた。

 すれば風が吹き抜けた。視界が晴れると、《ピクシィ》たちが機能的に連結し、《魔法》の輝きを放っているのが見えた。野依崎が気圧を操作して風を起こし、煙幕を拡散させた。


「さすがに反物質反応による自爆は、壊れたら無理みたいですね」


 《ゴーレム》の元となっていた骨杖を、ナージャは地面に投げ出す。全て綺麗に真っ二つになり、内蔵されていた部品をまき散らす。警棒でそんなことは不可能なので、白煙の中で《魔法》の単分子モノフィラメントソードを実行した違いない。


「邪魔だなぁ……」


 三体が破壊され、一体だけになった短髪の《ゴーレム》――浪悟が、笑みを消してナージャを睨む。


(まずい……)


 直感した。先ほどまでのゲーム対決では、致命的なことにならないよう、十路は散々口出ししたが、これは違う。レッドゾーンに振り切った状態でやってしまった。

 野依崎にすれば迷惑でしかない、《男爵バロン》の一方的なものではあるが、《ムーンチャイルド》たちの領域に、ナージャは踏み込んだ。簡単に言えば、邪魔されたから《男爵バロン》が怒っている。


 周囲を確かめる。視界の隅でイクセスがディスプレイで警告している。簡潔な内容に顔を動かさず、海が白くなっているのを確かめる。

 この場所で、この状況で、本格的に戦うのは得策ではない。ナージャは《魔法使いの杖アビスツール》の性能上、気づいていない可能性もあるが、野依崎は気づいているはずだ。


「《男爵バロン》。今ここでやる気か?」


 十路は低くしていた姿勢を正し、不敵な野良犬の笑みで呼びかける。

 すると初めて気づいたような目つきで、浪悟が視線を動かした。


「もう気づいてるとは思うが、昨夜ゆうべフォーに送らせた通信の通りだ。お前との戦いの場は、準備してる」

「だから?」

「Feel the sensitivity. (空気読めよ)」


 集団主義の日本人的英語を口にすると、浪悟が顔をしかめた。あとオートバイが『誰が言ってる』的視線を送っている気もするが、顔がない上なにも言わないから、ただの被害妄想かもしれない。


「お兄さんたちの準備を待てってこと?」

「せっかく用意したんだ。しかも民間人へ告知もしてる。楽しみにしてるかは知らんけど、台無しにしたら非難あると思うけどな」

「時間ごとに情報公開してるみたいだけど……なにやる気なんだよ」

「それは後のお楽しみだ」


 挑発するような物言いながら、十路は内心で冷や汗をかく。

 準備がバレているのは織り込み済みだからいい。野依崎のプログラムで自動配信を行い、自分たちからも情報開示している。

 問題は、気まぐれそうな《男爵バロン》が乗るか。


「舞台は俺たちが用意してる。俺たちもフォーと一緒に戦う。お前がそれに文句をつけるならどうしようもないし、立場上民間人が人質でなくなるのは歓迎する。だけど脱走してはるばる太平洋渡ってきて、フォーにケンカ売ってきた結末、こんな道端でつけるのがお望みか?」


 乗らなければ、ここで交戦するしかない。大砲の前に立たされている状況だが、勝機がないわけでもない。万どころか兆にひとつくらいのギャンブルになるが。


「……わかったよ」


 しばし考慮に沈黙した浪悟が、破顔した。誰もを魅了しそうな、無邪気な幼子の笑みを浮かべた。正体を知っている十路には、不快感をもよおす毒蛙の愛嬌だが。


「あと少しなんだし、ここはお兄さんに免じて、退いてあげるよ」


 浪悟の腕が変形して伸びる。言葉とは裏腹な攻撃だと判断し、ナージャが一歩だけ反応した。しかし彼の腕が伸びた先は、破壊された《魔法使いの杖アビスツール》の中枢部品だった。それまで破損していることはないので、回収して再利用するのだろう。

 

「《女王クィーン》。また」

「フン……」


 不機嫌に鼻を鳴らす野依崎を気にしない。浪悟はヌイグルミも拾ってきびすを返し、海に視線を向ける。

 すると、離れていても音が聞こえるほど盛大な水しぶきが立ち、なにかが海中から飛び出した。


「あれは……!」


 十路はイクセスの警告で予想していたが、やはり探知能力が劣るナージャは察知していなかった。その行動だけでなく、出現そのものに驚きの声を上げる。


 沖合いに急速浮上した物体は、勢いそのままに陸地へ接近してくる。海水浴場なのだから、船底に触れる水深のはずだが、座礁ざしょうせずに突き進んで、半ばまで砂浜に乗り上げて停止した。《魔法》で砂を振動させ、液状化させて進んだのだろう。


 戦闘艦としてはコンパクトな艦体は異様だった。船に詳しくない十路にも理解できる。

 艦橋の背は低く、突起物は少ない。潜水のために格納されているのか、武装のようなものは甲板に見受けられない。《ゴーレム》操作のために、まるで触手のように存在していた、ファイバーケーブルを牽引けんいんして飛ぶマルチコプターも格納されて見えなくなる。全体が平面で構成されて鋭角な印象を受ける、水上ステルス艦に共通する特徴を備えているが、細長い艦体は宇宙船のような印象を抱く。

 戦闘艦艇は海や空の色に溶け込ませるため、灰色に塗装することがほとんどだが、この艦は違う。レーダー波吸収素材を貼りつけて黒い。

 最大の特徴は、複数の船体を一体化させていること。平時は水面下で見えないのだろうが、砂浜に乗り上げた今は披露している。どういう効果があるのか不明な、上から見ればトカゲの手足のような位置に、飛行機とは異なる翼を持つ四つの小船体がつなげられている。

 部分部分の特徴はともかく、全てとなると類似の艦は存在しない。一連の行動は、既存の艦艇には到底不可能なもの。地球の上でいかりと矢を掴んだわしが翼を広げるエンブレムが存在し、船腹にはペンキで乱暴に『Pov timoun se Tonton Macoute kidnape』と書かれているから間違いない。

 水中翼付きハイドロフォイル五胴ペンタラマン沿海域リィタラル可潜戦艦コンバットサブマリン――


「《トントンマクート》……!」


 海の白いにごりは、大量の微細な泡が溶けているからか。やはり野依崎が推測したとおりの潜水を行っていた。


「じゃあね」


 浪悟は駆け足で砂浜に降り、左手を伸ばして艦のふちを掴む。見上げなければならない高い位置に、人外の挙動で飛び上がった。

 《ゴーレム》と《魔法使いの杖アビスツール》の部品を回収すると、激しく水を蹴立てて、異形の艦艇は後退する。船底が接しない沖合いに出ると、人間とは比較にならない巨体とは思えぬ機敏な動作で回頭する。

 そして《魔法》の輝きと大量の泡を放ち、海中へと消えていった。

 

 危機を脱した実感を得て、十路は深々と息を吐いた。痕跡は掘り返された砂浜と、道路で溶け始めたソフトクリームの残骸だけ。戦闘を知れずにいれば、疑問を感じても察することができない、平穏の連続と思う光景だった。


「すみません。わたしが余計なことしちゃいましたか」

「いや。あの場合は仕方ないだろ」


 ひとまずの危機脱却に、ナージャも安堵の息をつき、装備を畳んでレッグホルスターへと収める。

 確かに彼女の介入で一時危険状態になったが、結果論に過ぎない。野依崎と《男爵バロン》が小規模の交戦を始めたなら、バックアップに就いていた彼女が動いて当然だから、責めることなどできはしない。


 責任を追及するなら、止めても言葉を止めなかった野依崎のせいだが、それも責められない。


「やはり自分は演習で決闘し、《男爵バロン》を叩き潰しておくべきだったでありますかね……」


 やはり結果論である後悔に、彼女は唇を噛んでいる。

 そういう言葉を口にせず、昨日が初対面と話していたが、ある程度は以前から《男爵バロン》を知っていたのかもしれない。

 自分が勝ち、彼がどうなるかを考えて、身を引いたのだ。


「でなければ、こんなことには……」


 彼女もまた出来損ないだった。

 兵器としては人間的すぎて、優しすぎた。

 

 だが、哀れみを向ける相手が悪かった。そのために大勢の人々が死んだ。これから大勢が死ぬかもしれない。

 それでも彼女を責めることなど、できはしない。ならば。


「今後こそケリつけるぞ。俺たち全員で」


 十路はそれだけ言って、ネコミミ帽子に手を乗せた。

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