050_0520 不本意な誕生日・日常Ⅲ~ことばの波止場~


 十路とおじはその頃、駐車場に《バーゲスト》を置き、脱いだライダースジャケットを腰に巻いて、神戸ポートタワーの近隣にいた。

 野依崎とは微妙に距離を開いて。

 観光地では悪目立ちしている、ジャージ少女の同行者と思われたくないのではない。いや思われたくないが、十路が携帯電話で通話している間に、彼女が移動したからだ。


 彼女はネコミミのような形をした、単眼型の頭部装着ディスプレイHMDをつけて、周辺を見渡していた。

 そもそもここに来る前にも、昨夜だけでなく、他の『死霊』出現場所も見たがったため、寄り道して周辺の小さな路地や建物にも入ることになった。

 そこでもなにを探しているのか不明な風情で、見通しが訊く場所では、今のように茫洋とした瞳を海に向けていた。

 

 幼い横顔を何気なく眺めていて、十路の眉が疑問で動いた。


(《魔法回路EC-Circuit》……?)


 野依崎の瞳が、《魔法》の青い光を帯びているように見えた。


「次、西側に行くであります」


 しかし振り向いて、ボンヤリした視線を投げかけてくるのは、灰色の瞳だった。


(気のせいか……? まさか《杖》なしで《魔法》使える奴が、木次の他にもいるわけないだろうけど……)


 この場の観察は満足したか、それとも目当てのものは見つからなかったか、野依崎が先に立って歩き始めたので、十路も追う。

 大した距離ではないので、『かもめりあ』の愛称がつけられた中突堤中央ターミナルビルの前を通り、向かい側へ行く気らしい。


「タワーの駐車場にバイク置いてるんだが?」

「《使い魔ファミリア》に自律行動させて先回りさせるのは?」

「『死霊』で騒ぎになってるのに、これ以上怪談を放り込むな」


 《魔法使いソーサラー》のことが広く知られ、《使い魔ファミリア》という特殊機械の情報も多少は世に出ているが、実際に無人で走るオートバイを目撃されたら、大騒ぎになるに違いない。

 仕方ないので《バーゲスト》は後で取りに戻ることにして、十路は歩調を合わせて、彼女の先導に従って歩くことにする。

 すると、停泊する帆船めいた観光遊覧船を見ながら、野依崎から口を開いた。


「……訊かないのでありますか?」

「なにを?」

「自分が捜索している目標のことであります」

「訊いたら教えるか?」

ノゥ。面倒なので教えないであります」

「だからだ」


 反応が予想できるから、最初から訊かない。だから十路は、彼女に言われるがままに動いている。

 本当に野依崎が面倒で黙っているのか。それも不明なのだから。


「昨日、理事長相手に、お前の正体を知ろうとしたんだ」


 まさかその数時間後に、野依崎と会うとは思わなかったからだが。つけ加えると、アギー・ローネインという名前と、彼女がデイトレードしているについても、今朝つばめに確認を取った。

 犯罪行為か否かを確かめたかったからだ。

 戸籍偽造も立派に犯罪で、捜査機関にバレた時のことを考える必要もある。それがプラスされたらかなり面倒なので、前もって対策を立てたいが為に問うた。


「俺たちの生活がヤバげな情報なら、根掘り葉掘り訊かなきゃならんが……まぁ、お前が戻ってきたし、今のところは別にいいかと思ってる」

「のん気でありますね……自分が敵である想定はないのでありますか?」

「ゼロと断定するほど、俺もお人良しじゃないが、少なくともお前との直接交戦は、ありえないだろうと思ってる」

「断定に近い判断を下す根拠は?」

「面倒くさそうだから」

「確かに面倒でありますね」


 野依崎は元々、部活に協力的とは言えない。仕事を押し付けられるから、『面倒であります』と漏らしつつ、消極的に参加するといった具合だ。

 裏切りが一番功を奏するのは、相手が全幅の信頼を寄せさせた時だろう。なのに彼女は、敵ではないが仲間とも呼びづらいポジションを築いている。

 いかにも味方づらするほうが怪しいから、現状では逆説的に、今のような態度でいる野依崎は信用できる。


「自分が直接の敵にならずとも、トラブルの火種になる危険性は充分あるであります」

「そんなの今更だろ」


 国家の管理を外れた《魔法使いソーサラー》が徒党を組んでいる時点で、身柄や命を狙われている。部員の誰かがいさかいの発端となっても、今に始まったことではないし、既に数度経験していることだ。


「それにまぁ、本気でヤバくなりそうなら、お前がなにか言うだろうと思ってる」

「ミスタ・トージの思考は理解不能であります……自分を信用してるのかしてないのか……これまでのことを思い出しても、一貫性がないであります」


 自分で振り返っても、確かにそうかもしれないと十路は納得する。

 トラブルなく、普通の学生生活を送りたいのだ。だから面倒事に首を突っ込みたくはない。五月に転入したのだから選ばれるはずはないが、学級委員などの役職が持ちかけられたら、間違いなく断っている。

 けれどもこれまでの、《魔法使いソーサラー》絡みのトラブルでは、かなりの積極性を発揮している。軍事に一番詳しいのが十路だから、という理由もあるが。


「誰かに深入りするのは面倒の元だから、俺は余計なことを聞く気ない。だけどトラブル回避しないとならないと思えば、全力で首を突っ込む。一貫性あるだろ?」

「ビミョーでありますね……」


 矛盾しているようでしていない十路の行動原理に、野依崎は小さく息をついた。都合のいい事を言ってるとでも思われたか、完全に呆れている。


「……このまま付き合わせるのもどうかと思うので、少しだけ話しておくであります」


 しかし、なにか琴線きんせんに触れたのか、彼女は前言を撤回てっかいした。


「自分が探しているのは、色々なのでありますが……船というか、秘密裏に停泊できる場所か、その痕跡であります」

「お前を狙って日本に潜入してるかもしれないっていう、《魔法使い》じゃないのか?」

「想定はしてるでありますし、そちらも一応は調べたものの、不審点を発見できなかったのであります」

「《魔法使い》が船と一緒に日本に潜伏してるって保障もないだろ?」

イエス……自分でも気にしすぎとは思うのでありますが……記録上ではその《魔法使いソーサラー》が、日本は当然神戸にいるはずないのでありますから」


 どこかの国で、その《魔法使いソーサラー》が出国していない証拠があるのだろうと、十路は察する。

 それが偽装されたものか、異なる根拠を得ていないかはさておいて、だが。それを理解しているから野依崎は、幼い顔に似つかわしくないしわを眉間に作っている。


「しかし理事長プレジデントへ別口から警告があったようでありますし、無視もできないのでありますよ。データ上の記録は存在しなかったでありますが、『トントンマクート』がパールハーバーから出航したのは、確かな情報みたいであります……でも行き先不明で、ヨコスカ・ベースやサセボに入港した様子もないのでありますが」


 これまでなかった具体性に、十路は小さな驚きを覚えた。


「『トントンマクート』ってのは、アメリカ海軍の船なのか?」

「一応はそうなるでありますが、海軍ネイビーよりも戦略軍ストラトコムの所属と称するほうが、正確と思うであります」

「統合軍直属……?」


 ハワイの真珠湾パールハーバーに、神奈川県の横須賀と長崎県の佐世保。共通するのは、アメリカ海軍の本土外施設だ。そこから『トントンマクート』がアメリカ軍の艦船という連想は、元自衛隊員の十路でなくとも可能だから、それはいい。

 問題は、戦略軍ストラトコム所属という言葉だった。


「……アベンジャーズ計画」


 十路の思いつきに、振り向いた野依崎は薄い警戒を浮かべた。


「どこでその名を知ったでありますか?」

「昨日の晩飯時、理事長からチラっと。例の『トントンマクート』と関係あるような言い方してた」

「なるほど……連絡もしなかったでありますし、自分が帰ってくる直前では、仕方ないでありますか」


 しかしすぐさま興味なさそうな態度で前を向く。彼女の核心に迫る言葉らしいが、重大と呼べるほどでもないらしい。


「アベンジャーズ計画ってのは、《魔法使いソーサラー》を運用した防衛計画なのか? 『トントンマクート』ってのはそれに絡んだ、特殊作戦用の船なのか?」

「間違いではないでありますから、そう思えばいいであります」


 にべないが、野依崎はひとまず肯定した。十路の推測は間違いではないが、正解でもないと。


 軍隊は陸・海・空など軍種で分かれて、作戦遂行を行う。

 しかし合同で参加する大規模な作戦では、指揮系統が分かれたままでは遂行のさまたげになりうる。もとより海軍でも上陸部隊、空軍でも地上支援部隊、陸軍でも空挺部隊やヘリ部隊を所有するなど、役割が被っている。それで各司令部から命令を発していたら、迅速な行動はできない。更につけ加えると、同じ作戦地域に補給物資を運ぶのに、各軍それぞれで輸送していたら効率が悪い。

 だから軍種を超えて地域・機能別に編成され、効率的にひとつの司令部が指揮をる。それが統合軍という軍事システムだ。

 アメリカ軍の場合、管轄地域別に六編成。機能別では特殊作戦軍ソーコム輸送軍トランスコム戦略軍ストラトコムに三編成される。

 そして戦略軍ストラトコムは、戦略兵器戦力の運用と管理を担当する。



 これらは指揮命令系統の編成であって、『統合軍』という組織が存在するのとは異なる。それぞれの兵力は組織図上、それぞれの軍種所属になっている。

 学校で様々な委員が各クラスに存在し、各々おのおのの委員会活動をするような話だ。


 そして《魔法使いソーサラー》に関することであれば、国のトップや防衛担当大臣の直属扱いになることも珍しくない。

 だが編纂へんさん時のみに組み込まれる存在など、どう考えても変だった。合同作戦時のみに投入され、中・小規模作戦時には参加しない戦力は、生体万能戦略兵器たる《魔法使いソーサラー》の特性を殺すと言ってもいい。

 全校集会では何食わぬ顔をして壇上で挨拶するが、どのクラスにも所属しない裏生徒会長など実在したら、まぎれ込んだ部外者か怪談だろう。


(戦略攻撃しかできない《魔法使い》なんて役立たずがいるとは思えないし、そいつのためだけに艦一隻別編成にするはずない。あとは……まさかなぁ?)


 存在する可能性も考えてみたが、あまりにも馬鹿馬鹿しいために、十路は思考を放棄した。


「自分も人伝ひとづての話しか知らないのでありますが……外洋航行する巡洋艦ではないでありますから、日本に来ている可能性は低いのでありますが……」

「世界一周は豪華客船でなくても、個人保有のヨットでもできるぞ」

「だから探しているのでありますが……ネットから拾い上げた情報でも、該当しそうな案件に当たらないであります」

「情報があるのか?」

「こんな場所に軍艦がいたら、目撃証言が挙がるでありますよ。あとAISの過去データも入手したであります」

「AIS……GPSみたいなものだったか?」

自動オートマチック船舶アイデンティフィ識別ケーション装置システム。無線発信する船の名札であります。軍艦にも搭載されるでありますが、作戦行動時は停止するので、当てにできないでありますが」


 野依崎が頭部装着ディスプレイHMDで見ているのは、それらしい。出発前に一度自室に戻ると言っていたのは、このためだろう。

 とはいえ、期待ではなく不審と用心で野依崎は捜索しているため、当ても熱もなさそうに思える。

 無理もない。在日米軍基地にも入港していないアメリカ軍の艦船が、神戸に来ているとは考えにくい。


「探し物が見つからないとしたら、どうする気だ?」


 だから十路は確認する。


「様子を見て、荷物を片付けて、神戸を離れるつもりであります」


 朝食の席でもそうだったが、『退部』の意思は変わらないらしい。野依崎は起伏のない声で、改めて告げる。


「自分は長居しすぎたのでありますよ。手遅れになる前に、離れるのが一番であります」

「またどこかでヒキコモリ生活か?」

「潜伏場所次第でありますかね。物流業が発達した国でないと、ヒキコモリは難しいでありますし」


 昨日樹里が、野依崎のことを、推測を交えて漏らしていたのを思い出す。

 彼女がつばめに秘密バレの件を相談した時、一時的でも価値が上回る存在を見つけたから大丈夫と言っていたと。

 そして十路は以前より、野依崎が元軍事経験者と推測していたが、こうなればアメリカ軍に所属していた《魔法使いソーサラー》と思う他ない。

 昨今は国際社会混乱Gゼロ状態に近い混乱が方々で起こり、世界のリーダーとは呼びがたい部分はあるが、それでも俄然アメリカの経済的・技術的・軍事的な優位性は世界トップだ。

 そこに所属していた《魔法使いソーサラー》ともなれば。

 彼女が神戸に居ることが広まっては危険で、既に情報が流出しているかもしれないとすれば。


「そうか。元気でやれよ」


 十路はいつもの平坦な口調で、アッサリ見送りの言葉を口にすると、野依崎は顔を見上げてくる。


「制止を希望するわけではないでありますが、ドライでありますね?」

「俺たちの部活動は、部員がいつ減っても不思議ない。この場合、平和的な減り方だから、お前が望むなら喜んで送り出す」


 十路はそうであるし、他の部員たちも同様だろう。本来普通の生活など望めない《魔法使いソーサラー》が、普通の学生生活を送るためには、総合生活支援部から離れることはできない。

 けれども野依崎には他の選択肢が存在し、支援部を選び続けることが危険ならば、他方を選べばいいと思う。十路には、彼女の選択を止める義務も権利もなく、この場合は止めるほうがおかしい。


「ただし、今度は黙って消えるな。お前が消息不明になって、部長なんてかなり心配してたんだからな。俺はこんな性格だけど、他の連中は違うんだから、退部するならちゃんと自分の口で伝えろ」

「面倒でありますが、仕方ないでありますね……」


 一応は義理と人情を理解しているらしい。積極的ではないにしろ、野依崎は注意に同意を示した。

 今日の誕生日パーティが、お別れ会になるかもしれない。けれども葬式以外で別れを惜しむことができるならば、それで充分だろうと、殺伐とした世界で生きてきた十路は思う。


 そんなことを話しながら歩いていたら、辿り着いた。

 神戸港としては西端に位置する場所・ハーバーランド。十路たちが生まれるより前は、工場・倉庫など港湾施設が立ち並んでいたらしいが、現在は観光・商業施設が立ち並ぶ、臨海再開発地区だ。


 海沿いを歩き続けようとする野依崎の後を追いながら、十路は携帯電話を取り出して確かめる。

 先ほど美容室に電話で予約を入れたが、その時間まで余裕がある。

 なのでこの近隣の、服を取り扱う店を巡ることも考えたが、ナージャから送られてきたメールの内容に困る。


(情報多すぎだっての……)


 十路の認識では、服など店一件で調えられるものなのだが、送られてきた情報は違う考えに基づいている。安いのはこの店とこの店、こういう服を探すならここら辺の店周りと、パターンが多い上に絞られていない。この辺りが男女の意識差なのか、子供服なので実際に合わせてみないとわからないという意味なのか。


(最悪、コイツを店に放り込んで、店員任せにするか……)


 十路が選ぶよりは、その方がマシだろう。

 そう結論付けて携帯電話をポケットに収めた時。


「あれー? 樹里の先輩じゃないですかー?」


 聞き覚えのある若い女性の声が聞こえた。

 十路が振り返ると、私服姿の少女が三人いた。その中の、カチューシャで髪を押さえた、快活そうな少女が先に立って近づいてくる。

 顔に見覚えはある。会話も多少はした記憶はある。しかし。


「…………誰?」

「ひどいですよ!? 何回も会ってるし話もしてるじゃないですか!?」

「いや、知り合いといえば知り合いだろうけど、自己紹介した記憶ないんだが」

「そうでしたっけ?」

「俺の記憶違いでなければ」


 樹里のクラスメイトで、彼女と親しい友人なのは知っている。校舎が同じなので、放課後に部室へおもむく前に樹里と遭遇すると、高い頻度で彼女たちと一緒にいるのだから。

 その時に十路も彼女たちと短い会話はしたことがあるが、名前を聞いた記憶はない。


井澤いさわゆいでーす」


 カチューシャ少女が、改めて明るく自己紹介する。


月居つきおりあきらです」


 長い黒髪を高い位置でポニーテールにした少女が、ハスキー気味の声で軽く頭を下げる。


佐古川さこがわあい……です」


 眼鏡をかけたお下げ髪の少女が、海風に消え入りそうな声で名乗る。


「俺も名乗るべきか?」

「知ってますけど。っていうか、なにかと有名になってる人が、こんなところで顔出して歩いてて大丈夫なんですか?」

支援部ウチの女性陣に比べれば、俺なんて道端の石ころだ」

「そんなことないですよ~。あ、そだ。そういえば、樹里はいないんですか?」

「木次は別件。というか、部活ってわけでもないし、今頃どこでなにしてるか知らん」


 樹里の友人をしているだけあって、結は気安い少女だった。二つ年上の男相手でも、《魔法使いソーサラー》であることを知っていても、人懐こく話しかけてくる。


「あの……」


 その会話に、晶が戸惑ったような、なにか言いたげな口を挟んできた。


「なんだか見覚えはありますが……」


 愛もアンダーリムの眼鏡越し視線を、十路の横やや下に向けている。


「その子は……?」


 二人の視線を辿るまでもないのだが、十路は一応見る。

 野依崎は、えり首から胸元を覗き込めてしまえる至近距離に立ち、上から見てもわかるぬぼーとした無表情を浮かべている。

 他の部員たちと違い、彼女はこれまで表立って活動してないので、支援部の情報が広まった今でも、ほとんど知られていない。しかも半ヒキコモリなので、同じ学校の学生だとしても、晶や愛が知らなくても無理もない。


「堤先輩の、妹さん……ですか?」

「月居? それ不本意なんだが? なんで野依崎コレをそう思う?」

「いえ、なんとなく……顔とか全然ですけど、雰囲気が似てるというか」


 晶は自信を持っていないが、ダルそうな顔をして、無気力な空気を放っているのは、二人とも共通している。

 しかもなにを考えたか、腰に巻いたジャケットを小さな手で掴み、野依崎が顔を見上げて余計な言葉を放つ。


「お兄ちゃん」

「本気でヤメロ」

「自分では萌えないでありますか?」

「それ以前に、冗談でも妹はこれ以上らん」


 南十星アホのコだけでも持て余しているのに、その上を行きそうな頭痛の種いもうとは遠慮願いたい。

 変な関係にされたくないと、ボサボサの赤毛頭を指差して、十路はぞんざいに紹介する。


「野依崎雫カッコ仮名閉じカッコ」

「仮名って……」

「気にするな。こう見えて支援部所属の《魔法使い》だから、深く気にしたら負けだ」

「こう見えて……?」


 結がなにか言いたげに顔を歪めて、野依崎を見つめる。

 なにを言いたいかは十路にもわかる。


「先輩。その格好はないですよ……」

「学校以外でジャージ外出が許されるのは、せいぜいコンビニまでだと俺も思うんだがな……」


 ボサボサ頭にメカニカルなネコミミをつけた、額縁眼鏡にジャージ姿の小学生。もちろんファッションジャージなどではない。改めて考えるまでもなく、観光地に立つには、アウトな格好だろう。当人に直前まで明かすことなく、それをどう変えようかと、考えていたわけだが。

 ふと思いつき、十路は接点が少ない後輩たちの全身を眺める。


「ん?」


 ショートボブをカチューシャで押さえた結は、丈の短いタンクトップに七分丈パンツ、透ける素材のトップスを重ねている。ヘソや肩が見えてるが、薄布一枚で下品にせずに露出度を上げて、ヘルシーガーリー風に決めている。


「む?」


 Tシャツにベストにデニムパンツ。今年の流行なのか、道行く女性に多いマーブルプリントとデニムの両方を取り入れたボーイッシュスタイルは、凛々しい風貌の晶にはよく似合っている。


「えぇと……?」


 まだ夏らしさが残る空気では暑そうだが、愛は小柄な身長とは裏腹とも思える、大人びたニット地のワンピース系を着ている。大変失礼なことは重々承知ながら男の本能に関わらず見た誰もがきっと思うだろう、学生服ではハッキリとわかる樹里の友人らしからぬ巨大な胸部は、ゆったり目の胸元でかなり誤魔化されている。


 昨今の女子高生ならば、普通の範疇はんちゅうかもしれないが、三人ともファッションセンスは悪くなさそうだと判断する。


「先輩。なんだか目つきエロいですよ」

「師匠いわく、観察と好奇は見方が違うから、視線でわかるようになれ」

「なんの師匠ですか」

「一子相伝の暗殺拳」

「すごいですねー」


 結には冗談だと軽く流されたが、十路の場合は半分以上事実なのだが。教えを受けたのは師匠ではなく上官で、一子相伝でも素手だけでもないが。


「それで、どうしたんですか?」

「答える前に訊きたいんだが、これから時間あるか?」

「お? ナンパですか?」

「動機は違うが、行動は似たようなものかもな」


 腕時計を見ると、いい時間になっている。

 長引く予感がするので、これからすぐよりは、昼食後にした方がいいかと判断する。


「昼飯おごるから、後でちょっと手伝ってくれないか?」

「ゴチになります!」


 結、即答だった。あまり接点ない先輩に対する不安も、晶や愛の意思も関係なかった。

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