第8話 入浴

「光莉、お風呂よ。」お母さんの真理絵の声が聞こえる。

「はーい。今行くよー。」相変わらず、この世界では高機能なスマートフォンが幅を利かせている。マリンブルーのスマホを見る。これを見ることによって断片的な性格並びに記憶が感じ取れる。記憶喪失ということになっている。


さて、風呂行くとするか。

服を脱いで、風呂に入る。明確なワタシ…言い換えるならばオンナノコを感じる。未だに信じ難いが、性別が変わってしまったのだ。

いつもは昭和の銭湯みたいな大浴場に入っていた為、こんなにゆっくりとしたお風呂は気の遠くなるほど昔のように感じる。

温かくて良い湯加減だ。身体に染み渡る。

「あぁ、気持ちいいわね。全ての疲れが吹っ飛ぶわ。」

お腹や顔、二の腕などを揉んでみる。柔らかい体だ。いつまでも触っていたくなる。

身体を洗い、髪を洗う。髪が長いからいつもよりも手間がかかる。良い匂いのするシャンプーだ。きっと高級品に違いない。


家に入ってから気づいたが、かなりの豪邸である。

普通、家庭のトイレには大便器しかないはずだが、この家には男子トイレの小便器まで備わっていた。そして、通路を隔てたところにトイレがあった。移動は大変であるが、臭いが住んでいるところまで来ることは無かった。


邸は三階建てであり、天守閣のような佇まいだ。

嘗て此処には城主と名乗る者がいたが、その息子は城を恥ずかしく思い、売り払ったらしい。

その外見ゆえに住む人もいなかったが、そろそろ安定したいと思った敏吾が、破格の値段で売られていた安いこの土地と城を買ったようである。城は汚れ、草も生えているそんな邸だったようだ。


「さてそろそろ出るかな。」俺は、湯船に浸かって温まった後、風呂を出た。そこで気づいてしまったのだ。

「あれ?下着とか何処だろう?」流石に下着を変えないとまずい。急いで思い当たる部分を探していたが、見つからなかった。そろそろ湯冷めしてしまう。冬の湯冷めは光陰矢の如し。


ふと閉めていた脱衣所の扉が開いた。それは救いの手だと思った。

「光莉、大丈夫か?」それはお兄ちゃんだった。

と同時に裸を見られて恥ずかしくなった。顔が赤くなった。

「光莉も成長したもんだな。色っぽいよ。その体。」

彼の呼吸は妹相手に興奮しているようだ。

「お兄ちゃん。そんな事言わないで!恥ずかしいから。」

何だろうか。女性の本能?殺気を感じて咄嗟に口から出てしまった。

「どうやら下着類が分からないようだな。」

裕樹は冷静に俺に言った。

「うん。私、忘れちゃったの。何処なのか。」差し障りのないように言った。

「あぁ。此処だよ。なに、恥ずかしがることはない。お前が小三の時まで一緒に入っていたじゃないか。」

小三の頃まで入っていたのか。光莉のことは知らなかった。


「…っつ、お兄ちゃん。私もう出る。恥ずかしいから出て行って!」顔は赤いままだ。

「まぁ、待てよ。久し振りに入ろうじゃないか。」

こいつ…正気か?良い歳した兄妹が、風呂に入るなんて狭いし、背徳的じゃないか?


「お兄ちゃん。正気なの?」

「あぁ。正気だよ。なぁ、良いだろ?」

抗う術もなく、一緒に入ることになってしまった。



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