街灯の下、ひねくれた傘
荻雅康一
第1話
夜空を一筋、光が流れた。
「あー、堪ったもんじゃねえ……」
寂しい住宅街の路地に若い男の声が響く。気だるく投げやりなひとりごと。その声の主は、街灯のたもとからであった。
よく見ると、植え込みに刺さるようにビニール傘が刺さっている。
「――さん、残念」
その傘の側から子供の声がした。それに続いて、
「ざんねん」
「ざんねん、キャハハ」
「早く抜いてくれないかな」
「ぬいてくれないかな」
連鎖するように声がこだまする。
「うるせえ、お前らぬくぬく育つだけの野郎は黙っとけ」
「怖いねー」
「こわいー」
「こわいー」
風に揺らされるように植え込みが揺れた。
ビニール傘はゴミ箱の雑誌のように基軸が曲がり、それは不満を示すようであった。
「ったく、もう最悪だぜえ……」
「ホッホッホ、災難ですなぁ」
「うっせ、立ってるだけでメンテさせるやつの同情なんていらねえよ」
「ホッホッホ、そうはいわず、今日はどうですか。こんな晴天の夜空ですぞ。気持よくいきましょう」
「っけ、空が晴れちゃあ、オレは意味ねえんだ」
「これは失敬。しかしまぁ勝手なものです」
街灯の光がピカリと点滅する。息をつくようなその点滅。草場から聞こえていた昆虫の囀りが弱った。
「勝手も、勝手。必要あれば使いなければ捨てる、それだけだ。そしてそれに甘えにゃならん。全く、クソみたいな世の中だぜ」
「ホッホ、わかりますなあ。けれども、大事にしてくれることもある。その不思議さがたまらんでしょう」
「ふん、次はおっさんみたいになってやらぁ」
「それは頼もしい。待っておりますぞ。こちらもただ立ってる身。中々つらいものもありますよ」
「っけ、いいじゃねえか。どうせ直してくれんだろ?」
「いやいや、ほれ、そこの隣の植え込みをみなされ。あそこに友がいたんが、突然消えたと思ったら、あの通り、綺麗さっぱりですわ」
「ふん、まぁオレよか、楽しく暮らせたろ。オレなんか今日きりやぞ」
「ホッホ。仕方あるまい。昼から晴れたからのう」
「しかも、ご丁寧にこんなとこにブチ込みやがって、ったくツイてねえ、せっかくなら、おっさにでも立てかけとけよっ、てんだ。ちきしょー!」
「ホッホ、ここは子供が通る。それに朝期待しなされ」
「ハッ! なんでだよ、あいつらは暴虐にオレをいたぶるだけだろ、ったくツイてねえぜ」
風が吹き、葉を揺らし、音を奏でる。静かな路地に跳ねて消えた。
「贅沢言うんじゃないよ! 新入り!」
声がまたひとつ増える。金切り声に葉が揺れた。
「あ? なんでえ、どこにいやがる?」
「しただよー」
「したー」
「しただー」
「ったく、まったく一日ぐらいで、なんだ。こちとら、数時間だぞ。ナメんじゃないよ、全く。甘ったれ過ぎなんだよ、最近のやつはほんとに」
「あん? ハッ! 原型留めてるだけいいじゃねえか、お前さんは。生まれた星を呪えよ、飲みくさし野郎」
「あぁん!? えっらそうに! あんたも似たような星の下に生まれたくせに何いってんの! 早く子供に遊ばれるといいわ」
「てめえこそ、この植え込みから抜けだせず、朽ちて草に埋まって苦しんどけ!」
「喧嘩はやめなよ~」
「やめなよー」
「やめなよー」
「うっせ!」
「だまんなさい!」
「キャー!」
「キャー」
「キャー」
「ほっほ、賑やかになりましたなぁ。これで当分は楽しめそうですなぁ」
「気楽なもんだ! くそったれ!」
夜空を一筋、光が流れた。
街灯の下、ひねくれた傘 荻雅康一 @ogi_ko1
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