灰の国
七
序
黒々とした枝が葉脈のように
生き物すべて、息絶えてしまったのだろうか。そう感じてしまうほどの荒涼とした暗色の世界に、ようやく規則的な音が生まれた。
乾いた落ち葉を踏んで歩く、なにものかの足音。地面から気まぐれに顔を出す岩に無防備に足をとられながら、傷ついた獣に似た足取りで危なっかしく森を進むのは、ひとりの人間だった。頭からすねまでを厚手の古ぼけた外套で覆っており、その年齢や性別をうかがい知ることはできない。
たったひとり、孤独な老いた狼のように黙々と歩く人影は、ひどく疲れてみえた。その様は、まるでこの暗い森の一部であるかのようだ。白い季節を待ち、淡々と死を受け入れる森に殉じようとするかのように。諦めと寂しさと孤独を、影のように引きずっていく。
森の奥から吹いた凍えるような強い風が、ごうと音を立てて樹木の枝と外套の裾を大きく揺らす。かろうじて枝に残っていた枯れ葉が、次々とちぎり取られて宙を舞う。雨のように降る落ち葉の中、風に気をとられた人影が、深く積もる落ち葉に隠れていた倒木に躓いた。
危うく踏みとどまり地面についた骨ばった手は、荒れてはいても意外に白く若い。ずれたフードが背中へ滑り落ち、その容貌が露わになった。
印象を裏切らない、狼の毛並みに似た銀灰色の髪の先が頬を撫でる。億劫そうに上げた
青年は立ち上がり、頭から被った落ち葉を払う。その拍子に、『目が合った』気がした。
青い瞳が驚いたように『私』を見る。その唇が動き何かを言おうとしたけれど、再び吹いた強い風に遮られてしまう。彼の声も、姿も、巻き上げられた落ち葉に隠れて見えなくなる。
風と落ち葉の立てる騒々しい音にたまらず耳を塞いで、そして。遠くで鳴るチャイムの音を聞いた。
目を開くと、途中からミミズがのたくったような無意味な線に変わっているノートの文字。握ったままだったシャープペンシルの被害がそれだけで済んだのは幸いだろう。
チャイムの余韻も消えてクラス委員の「起立」の声がかかる。周りに合わせて椅子をがたごと言わせながら立ち上がれば、教卓に立つ古文担当の女性教師と目が合った。彼女は苦笑しながらこちらを見ていて、居眠りがばれていたらしいと知る。小さく頭を下げると、「今回だけは見逃してやる」と言うように頷く。年若く愛嬌のある彼女は生徒の多くに好かれていて、私もそのひとりだ。話のわかる教師というのはそう多くはない。
「礼」の号令で挨拶を済ませた教師が教室を出ていくと、一気に教室が騒がしくなる。
ノートと教科書を机に放り込んで、窓の外を見る。煉瓦造りの特別棟越しに見える校庭には、フェンス沿いに桜の木が植えられている。春にはそれは見事な桜並木になるので、良い時期に授業が自習になったりすると稀に教師公認で花見をできることもあった。しかし、十一月も半ばを過ぎたこの時期では花どころか紅葉も終わりかけていて、ずいぶんと寂しい景色だ。
冬が近いことを感じる木々の様子を見ていると、何か既視感を覚える。でもその正体を掴めなくて、少しもどかしい。
(さっき、夢を見た気がする)
目が覚めた瞬間に、チャイムの音と教室のざわめきにかき消されてしまったけれど。とても印象的な何かを見たと思うのに、思い出せない。それはとても惜しいことのような気がした。
担任の教師が教室に入ってきて、
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