第5話 獣と魚と狩人と
「まあなんて言うか……派手にやらかしてくれますね。もっとこう慎ましやかに……」
「相手は野生の猛獣だ。そういう思考は持ち合わせていないだろう」
フェガはプシノと同じで時々冗談なのか本気なのか分からない時があり、メロンはいつも笑って誤魔化すのであった。
「次、来るぞ!」
「はい!」
グレイブホーン。それぞれ長さの異なる牙を左右に備え、茶色の毛皮を持つ、四足歩行の巨大な獣である。二人が視界に入った瞬間、一直線に突進し、山の木々をへし折っていく。正に猪突猛進。突進に耐えられる巨木にぶつかるまでは決して止まらない。勢いが激し過ぎて、自分でも止まれないだけのようにも見える。
「ところでこいつ! どうやって倒しますか! 私のナイフじゃ大した傷になりませんよ!いてて……」
「どうした!」
「いや、大したことないです! 気にしないでください!」
地響きと鳴き声とで常に轟音が鳴り響く中、コミュニケーションを取るには大声を張り続けなければならなかった。
「一人前の犬人族が五、六人集まってようやく狩ることができるくらいだ!そう簡単に倒せない! 時間がかかることは覚悟しろ!」
「……長引きそうだなぁ」
いつまでも止むことのない突撃の嵐に、フェガとメロンは少しずつ消耗していく。平らな道ならまだしも、勾配のきつい山道で、足場もお世辞にはいいとは言えない。更にグレイブホーンが折った木々が行く手を阻み、二人の行動範囲を狭めていく。
「フェガさん! このままじゃ二人ともやられちゃいます!」
「メロン! 一度離れていろ! 奴の足を止めてやる!」
「足止めって、一体——ああもう!」
途切れることのない攻撃を受け続け、二人はまともに話すことすらできなかった。
「メロン! お前は目を狙え!」
「目? でも、あんなのに近づけませんよ! それに、あの高さまでいこうと思ったら——」
「強くなりたいんだろう? これぐらいはやり遂げて見せろ!」
二人で話したことを思い出し、メロンは気合いを入れ直す。自分で、一人で生きられるようになりたい。ならなければならない。メロンの眼の色が変わる。
「了解です! フェガさん、気を付けて!」
メロンは一度、大きく戦場から退く。フェガからの命令は、奴の目を潰すこと。しかしそれを達するためには、奴の目の高さに到達しなければならない。
「全く……あの巨大生物、いや、亜人界ってのは滅茶苦茶だね」
ズキンズキンと痛む場所をそっとさする。肋が何本か折れているかもしれないと、メロンは自分の状態を分析した。なんとなくわかっていたのに、それでも強がってしまった自分の性格を恨み、苦笑いをする。それでも迷惑はかけられないと、メロンは自分の顔を両手で張り、気合いを入れ直した。フェガがやると言ったからには、グレイブホーンの足は必ず止まる。そう信じて、打開策を模索し始めた。
メロン自身のジャンプ力では、目の高さまで届かない。それを補うためには、何か足場が必要になる。
「あっ!」
そこまで思考してメロンが目を付けたのは、さんざん突撃されて傷ついた、無残な巨木達だった。
* * *
「なかなか見つからないな」
「こんなに水が澄んでるんだから、一匹くらい居てもいいのにねぇ」
二人は上流に向けてしばらく泳いだり潜ったりしたものの、まともな魚とは遭遇出来ず、変わり映えしない光景にいい加減飽き飽きし始めていた。
「一旦引き返すかい? 川幅も広すぎて、下手したら迷子になりそうだ」
「いや、せっかくだし、もう少し行ってみよう。何かいるかもしれないだろ?」
「……そうだね。じゃあ、もうひと泳ぎといきますか」
もう少し、とは言ったものの、自分がどれだけ進んだのか、どの方向に進んでいるのか、そういった感覚がだんだんとマヒしていることに、テルンは薄々気づいていた。それでも帰るという選択肢を選ばなかったのは、ここまで来てしまった以上、何の成果も無しでは帰れないと、心のどこかに焦りがあったからに他ならなかった。
そして、リオはそんなテルンの心境をしっかりと読み切っていた。
「ねえテルン。やっぱりそろそろ帰ろう。疲れてきちゃったからさ」
「リオ姉、音を上げるのが早くないか?らしくもない」
「そう? 私もテディと同じで、退屈なのって苦手だけどね」
「否定はしないけど……わかった。戻ろう。山の方がきついだろうから、こっちでなんとかしたかったんだけどな。……あれ?」
「なに?」
「いや、あれが気になって」
テルンの示したのは少し先の水面だった。というより、そこからひょっこりと出ている岩だった。
「あれがどうかした? 実はあれがダイアモンドの塊だとか?」
「あー、うん。違う違う。さっきまであんなところに岩なんてあったっけ?」
どうみてもなんの変哲もない、ただの岩。それがあったのかなかったのか、一種の哲学のような問いを向けられたところで、リオはこう返答するしかなかった。
「さあ……岩なんていちいち気にしないから」
「……とりあえず戻ろう。こうやって流されないようにするだけでもかなり疲れるし」
当然だが、二人がいるのは水の中、それも川の中であり、流れが緩やかであるとはいえ、
どうしても腑に落ちないのか、下流に向かって流されながら、テルンは何度も岩を振り返った。
「ほらほら、さっさと帰るよー。きっと愛しのテディちゃんが首を長くして待ってるから」
「はいはい。テディの奴、ちゃんとプシノのいうこと聞いてるかな?」
「どうだろう? プシノは優しいから、甘やかしちゃってるかもしれないねぇ」
まだかなり先になるであろう目的地のことを考えながら流されていると、テルンは何か違和感があった。
「なあリオ姉」
「今度は何ー? どっかから怪獣でも降ってきた?」
「この川の波ってこんなに高かったっけ?」
「そういえばそうだね。……テルン、後ろ見てみな」
「後ろ?」
テルンは振り返った。そして、目撃した。先ほどまで話題に上っていた、あの岩がにょきにょきと伸びていくところを。水面が割れて、巨大な魚の頭が現れるところを。ただの岩だと思っていたそれが、実は硬質な角だったという事実が、テルン達に突き付けられた。
「逃げるよ!」
「言われなくても!」
魚を捕まえるはずが、魚から逃げなければならないという奇妙な感覚を覚えながら、二人は全力で泳ぎだした。
* * *
「見て見てプシノ姉ちゃん! 変なの捕まえた!」
「ああ。それはですね、確かモデームって生き物ですよ。手がハサミになっていて、それで小魚を捕まえて食べてしまうんです」
テディは生き物や興味を持ったものを見つける度、プシノのところにやってきて、これは何?と訊いていた。プシノは面倒くさがることなく、一つ一つ丁寧に答えるので、テディは飽きることなく新しいものの発掘を続けていた。
妖精界は、生物の多様な亜人界はもちろんのこと、人間界よりも遥かに生物の数、種類が少なかった。
プシノは、テルン達の仲間に加わった時からずっと勉強を重ねてきた。仲間達の住んでいた世界がどんな場所で、そこに住む生命はどんな文明を、宗教を、価値観を持っているのか。そもそも、そこにはどんな生命が住んでいるのか。様々なことを理解するために、たくさんのことを学んだ。元々勉学が好きだったプシノはそれをすぐに吸収し、誰よりも異世界を知る者となった。
こうして次々と提示される生き物の名前を正確に答えられるのも、その賜物なのだ。
「そういえば、テルン兄ちゃん達、どこまで行っちゃったのかな?」
「そ、そうですね。なかなか帰ってきませんね」
何気ないテディのこの質問に、プシノは戦々恐々としていた。勉強は普段からしているので、それなりの知識は持っていると、彼女は自負している。しかし、子供の世話など、彼女は経験したことがなかった。この場で駄々をこねられたり、泣かれたりしようものなら、自分では対処できないという自信まであった。
「……なんだか、身体がむずむずする」
「どこか痒いんですか?」
「ううん。よくわかんないけど、むずむずするの」
テディはなんとなくやりきれない、といった表情を浮かべ、腕を組んでうーんとうなり始めた。
「もしかしたら、水が身体に合わなかったのかもしれませんね。川から上がって少し休憩しましょう」
「うん。そうする」
バシャバシャと水を蹴るように陸に上がり、プシノの隣にストンと腰を下ろした。
「疲れた~」
「はい。お疲れさまでした」
「プシノ姉ちゃんは生き物が好きなの?」
飛んでいるプシノを見上げながら、テディはプシノに問いかけた。
「うーん。好きといえば好きですね。でも、どうしてそう思うんです?」
「だって私がいろいろ訊いても、プシノ姉ちゃん全部知ってたから」
「好きなことと知っているということは別の話です。好きなものでも知らないことはありますし、知っていても好きではないというのはよくあることです。好きなものに関する知識に詳しい、ということはあると思いますけど。それはまた別問題ですね」
説明したものの、プシノが予想した通りテディの頭の上にははてなが踊っていた。
「そろそろテルンさんたちも帰ってくる頃でしょうか?」
「テルン兄ちゃん、どんなお魚を捕まえてるかな?」
「こーんなに大きい魚かもしれないですよ?」
「こーんなにおっきいの!」
二人は小さな身体で精一杯大きさを表現しようとして、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「あ、噂をすれば。あの水しぶき、テルンさんとリオさんじゃないですか?」
遠くに跳ね上がった水を見つけ、プシノがテディに二人の帰還を知らせる。
「ほんとだ! 二人ともおかえりー!」
テディはピョンピョンと跳ねながら、まだ遠くに見える二人に向かって手を振った。
「それにしても、お二方とも相当急いでいるみたいですが……競争でもしているのでしょうか?」
「——ろ」
「今、テルン兄ちゃんの声がしたね」
「しましたね。良く聞こえませんでしたけれど」
「——げろ!」
「テルン兄ちゃんがんばってー!」
「もうすぐゴールですよー……気のせいでしょうか。後ろに何か——」
「——逃げろ!!」
プシノ達はようやく、テルンの言葉と状況を理解した。二人を餌として追い、捕食せんとする巨大な一角魚がすぐそこまで迫っていた。
「今助けます!」
プシノは
「いきます!」
テルンとリオが水の中から浮き上がり——そのままその場に落ちてしまった。
「そ、そんな……どうして……」
「プシノ姉ちゃん!」
プシノは力が抜けてしまったようにふらふらと墜落し、テディの手のひらで受け止められた。
「テディ! 山の中に入れ! そこから離れるんだ!」
「え? え?」
テルンはテディに指示をだすが、急激な事態の変化に頭と身体がついて行っていないのか、テディはその場から動けなくなってしまっていた。
「くそ!」
脱いだ服を含む荷物を無視し、振り返ることなく呆然としているテディを抱えながらそのまま山の森の中に駆け上がる。
「ここまでくれば大丈夫だろ……え?」
テルン達が森の中に入った時、魚は大地を踏みしめていた。振り返ったテルン達とひれを足のように使う一匹の目が合い、一瞬の沈黙が流れ——再び同時に走り出した。
—————
「フェガさんもう少し頑張ってください! 準備が出来るまでもう少しです!」
「了解した! 早めに頼むぞ!」
メロンはフェガに何も伝えないまま、自分の作戦を実行するための準備にとりかかった。
グレイブホーンの背後に回り、視界に入らないように移動しつつ目的の場所に近づいていく。それは、幾本も存在する巨木の中でも、最も大きなものだった。
「改めて見ると、この木って本当に大きいんだなあ……って、見惚れてる場合じゃないや」
メロンは手近な太い枝に飛びつくと、軽業のように次々と枝を伝ってどんどんと
上っていき、グレイブホーンに見つからないよう、茂る葉の中に身を隠した。
フェガはその様子を目の端で捉え、メロンの作戦を理解し、たった今躱したばかりのグレイブホーンに向き直る。
突進し続けているグレイブホーンの苛立ちは頂点の迎え、今までにない速度でフェガに突撃した。フェガはそれに動じることなく、突進の進路から外れた——メロンの隠れる大樹を背にして。
衝突の衝撃は木の上にいるメロンに直接伝わり、危うく落ちかけるところだった——否、メロンはそのまま飛び降りた。グレイブホーンの頭を目がけ、視界を奪い去るように。
「さっきの……お返しだよ!」
メロンは落下の勢いそのまま、両手のナイフを振り下ろし、獣の両目に突き立てた。
「があぁぁぁああ!!」
「きゃああああ!」
痛みに耐えかね暴れまわるグレイブホーンの咆哮と、振り回され、必死に吹き飛ばされまいとするメロンの叫びが森中に響き渡る。
「バカか!俺が足止めするまで待てと言っただろう!」
「すみませんーーーーーー!!」
光を失ったグレイブホーンは、鼻先に張り付いた異物を剥がそうと頭を振り回す。それでも離れないということを悟ると、暴れるのを止めた。そして、闇雲に走り出した。木に激突して、それを押しつぶすために。
——————
「ねえテルン兄ちゃん! 今メロン姉ちゃんの声が聞こえたよ!」
「ああ! こっちがこんな風じゃなかったら、手伝いに、行きたいんだけどな。今は、少し、忙しい!」
遠泳からの、子供一人抱えて、木々の隙間を縫うように全力で走り続けた結果、テルンも流石に息が続かなくなってきていた。
「でもさテルン! メロンの声と地揺れ、段々近づいてきてる気がしないかい?」
「……こっちか!」
テルンは突然音の発生源に向け進路を変える。リオはやれやれと呆れながら、その後を追った。二人が足を進めるほど、メロンの悲鳴と獣の怒声、地響き、木々の折れる音は大きくなっていく。
「あそこだ!」
「よくもまああんな大物を……無茶するね」
木の隙間から見えたグレイブホーンの巨大さと、それに掴まるメロンの姿に戦慄しつつ呆気に取られながら、後ろから迫る一角魚から逃げ続ける。
「テルンどうする?このままだと私たちも助ける余裕なんてないよ!」
「分かってる! ——フェガさん!」
「テルン! メロンを受け止めろ!」
「は⁈」
グレイブホーンの後方に見えたフェガに助けを求めようと思えば、逆に指示を受けてテルンは盛大に困惑した。今の状況を一瞬忘れ、様々な意味が頭の中をぐるぐると渦巻いてしまうほどに。
「メロン! そいつから飛び降りろ!」
「そんな他人事だからって! 落ちたら私、死んじゃいますよ!」
「テルンが受け止める! 早く飛べ!」
メロンはここに至るまで揺さぶられ続けたことで、方向感覚が麻痺してしまっていた。意識は保っていたが、酷い眩暈から視界も歪む。言葉を話すのも聞き取るのも、やっとのことだった。
そんな状況に陥っていて、もはや悲痛とも言えるメロンの言葉にもフェガは容赦がなかった。
「フェガさん正気かよ……リオ姉! テディを頼む!」
「オーケー!」
テルンはまだ気を失っているプシノとそれを抱えるテディをリオに引き渡し、グレイブホーンに向けて一気に加速し、その正面に躍り出た。
「テルン、お願い!」
意を決して、メロンは手から力を抜き、ナイフを手放す。身体が宙に浮き、自由は完全に奪われた。
グレイブホーンは全く気付かないまま、メロンを置き去りにして走り続ける。
「そっちは……!」
テルンは逆だ!と叫ぶ間を惜しんで、グレイブホーンの向こう側に消えていくメロンを追い続ける。
テルンは回り込もうとした瞬間、間に合わない、と直感した。
そう理解した時、テルンの身体は迷いなく動く。
獣が通った地面には、巨大なハンマーを振り下ろしたような跡が残り、その衝撃は周りの木々を圧し折っていく。
その中で、テルンは一瞬の躊躇いもなく、メロンへの最短距離——グレイブホーン四肢の間を滑り抜けた。
しかし。
「間に合わない……っ!」
ほんの一歩、テルンはメロンに届かない。メロンの落ちていく軌道がゆっくりと眼に映り、まるで世界が止まったかのようだった。
「テルン!」
メロンの声が、テルンに届く。二人の目が合う。気持ちが伝わる。
メロンはテルンを信じていた。テルンはそれに応えたいと思った。応えなければならないと思った。
テルンの中で、フィリアが弾けた。
全てを吹き飛ばすように、テルンは吠える。
メロンに向け更に加速するテルンを、目で追える者はいなかった。仰向けに飛び込み、寸でのところでメロンを無事に確保する。
それを確認したフェガは、未だに鬼ごっこを続けているリオに向かって指示を出した。
盲目の怪獣は、ただひたすらに直進している。そこに、愚直にリオを追い続けてきた巨大な一角魚をぶつけてやれば——。
「さあさあお魚さん! やっておしまいなさい!」
リオはグレイブホーンの前足にぶつかるぎりぎりで、テディを守るように抱えたまま横っ飛びに回避した。テディが小さな悲鳴を上げる一方で、リオはまるで魚を従えているように楽しそうに叫んだ。
二つの怪物は、お互いの角を相手に突き立てた状態でその場に停止する。お互いの致命傷からは肉片が飛び散り、どくどくと体液が溢れだしたため少々グロテスクな現場となっていた。あれだけ暴れていても、最期はどちらも静かなものだと、テルンはあっけなく感じていた。
「メロン、大丈夫か? 怪我とかは……なさそうだな」
「う、うん。……おかげさまで」
テルンは起き上がり、メロンのあちこちを調べた。なにもないことが分かるとほっと安堵の表情を浮かべ、次は仲間の安否を確かめようときょろきょろと回りを見渡した。
「あのさテルン。……もう大丈夫だから」
「ん? なにが?」
メロンが少し恥ずかし気にテルンに話しかけるが、テルンは他に意識を向けていて、上の空の返事をしていた。
「いや……その……もう、離してくれても大丈夫だよ」
「ん?……あ、ああ。悪い」
自分がずっとメロンを膝の上に乗せたままだったことに気づき、テルンは慌ててメロンから手を放した。若干ふらふらとしているが、メロンはなんとか一人で立ち上がる。
メロンは覚醒しきらない意識の中で、テルンとリオ姉が下着しか着用していないことを不思議に思った。そして、二人の剥き出しの背中に擦ったようなやけどと傷があることに気が付いた。どうしてそうなっているのか、すぐに理解できる程度にはメロンの頭は冴えていた。申し訳なさと情けない心でいっぱいの、くもった気持ちとは裏腹に。
リオはフェガから服を貸してもらい着用したが、大きすぎてだぼだぼになっている。そのおかげで下半身の下着までうまく隠しきれていたので、本人はむしろ満足そうにしていた。
「ごめんねテディ。さっきは急に跳んだからびっくりしたでしょ。怪我とかしてない?」
「うん。わたしは大丈夫。でも、プシノ姉ちゃんが全然起きないの」
テディは手のひらの上で寝息を立てているプシノの顔を、心配そうに覗き込んだ。
「亜人界は空気中のフィリアが少ないからね。同じ
「ああ。多少崩れているが、大方問題ない。みんな、運ぶのを手伝ってくれ」
部位ごとに大きく切り分けられた血生臭い肉片を二人一組で、グリーが荷物番をしている場所まで運んでいく。部位ごとに大きく切り分けられた血生臭い肉片を、二人一組でグリーが荷物番をしている場所まで運ぶ。用意していた袋はどこかで落としてしまっていたし、そもそもそれに収まるようなサイズでもなかったので、必然的に素手で持つ、または担ぐ格好となる。
「今頃グリーのやつ、どうしてるかな」
「寝てるんじゃないか? 一人でやることもないだろうしな」
散々追い回されたおかげで集合地点からはかなり離れた場所まできてしまっていた一行は、棒のような足を引きづりながら歩き続けていた。そんな状態でも、苦労して得た食料を放棄するわけにもいかず、自らの重さの半分を超えるような肉塊を持ち歩かなければならなくなり、疲労の増大に一役買っていた。
「止まれ」
先頭を進んでいたフェガから停止の合図がかかる。その表情から、あまり良い事態ではないということを察し、テルン達は荷物を置いて身構える。
「フェガさんどうしました?」
「いや、今までグリーの匂いを辿ってきたんだが、どうにも薄い」
匂いが薄まる原因などはいくつもあるが、最も単純なのはその匂いからの距離が離れている、ということだ。
「グリーに何かあったってこと?」
「分からない……とにかく、一度集合場所まで近づこう。状況をしっかりと把握したい」
「了解」
テディは疲れているのか、歩きながらうつらうつらしていて今にも眠ってしまいそうだった。しかしいつもと違う雰囲気を察したのか、駄々をこねるでもなく半分閉じてしまっている目を擦りながら、一生懸命歩き始めた。プシノはそんなことはつゆ知らず、テディの頭の上で安らかな寝息を立てている。
少し歩くと、見覚えのある空間にたどり着く。フェガの注意の声が再び聞こえることはなかったが、安心することは出来なかった。
「グリーが待機しているはずだけど……いないっぽいね」
「俺たちみたいに何かと遭遇したのか……ここで待っててくれ。様子を見てくる」
テルンは潜んでいる場所から飛び出し、グリーに任せていた荷物を確認し始める。メロンは慌てて、ちょっとテルン! と後を追う。
フェガは二人の不用心さに呆れた表情で立ち上がり、それに続く形で残りの三人も繁みの影から出て、テルンのもとに集まった。
「荷物は荒らされていないけど……」
グリーはやはりいない。
「ここから離れているとしても、そう遠くないだろう。この山道を奴が素早く動けるとも思えん」
フェガの言葉で皆が想像したのは、お酒で太ったお腹をぽよんぽよんと揺らせて一生懸命に走るグリーの姿だった。
「……ぷっ!」
「ちょっとフェガ!こんなときにふざけない! ぷぷっ!」
「いや、そんなつもりは……」
フェガは困惑しながらも釈明しようと試みたが、誰もそれに耳を傾けることもなく、状況を忘れて大声で笑った。
「これだけ隙だらけの俺たちを襲わないってことは、何かが隠れてるって心配はなさそうだな……ん?」
なんとか笑いを抑えたテルンは、足元で何かが光っていることに気が付いた。拾い上げるとかぶっていた土を払い落とし、顔近づけてじっと観察した。
「……リオ姉、これ見て」
「うん?どうした?」
テルンが手渡したのは、銀色に光る小さなコインだった。
「これがどうかした?」
「裏を見て」
「裏? ——なるほどね」
「そのコインがどうかしたの?」
二人のやり取りを興味深げに見ていたメロンは、自分にも見せてほしいと、リオからコインを受け取った。
「何か模様っていうか、絵みたいなものが彫り込まれてるね。男の人が弓を構えてる」
「そう。狙った獲物を確実に仕留める。そんな意味が込められてるの」
リオは自分の荷物を漁ると、目的のものを掴みだした。
「それって……」
「これと同じ物さ。王立軍特殊部隊である、対異世界生命体特務部隊、通称『
リオはじっとコインを見つめた後、暗い表情で強く握りしめた。
「——私の古巣よ」
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