閑話 オンラインゲームの経験

 第4の街『キルザ』は第5の街『バルバト』への進出を拒むかのように遮る厳しい山々の麓に存在する。他の街と違いキルザの街の規模は小さく物価も高い、宿屋も質が悪い割に王都の宿屋に引けを取らないほど料金は高い


 それでもこのキルザには大勢のプレイヤーが訪れていた。大陸の終盤に位置する街の為訪れるプレイヤーはどれも質の高い装備をしていた。FWの世界においてトップを走る彼らにとってキルザから見える山を越えなければこの大陸の最後の街バルバトには行けない


 先日、この山脈を越えバルバトに着いたクランが居る。このクランは別のゲームでプロゲーマーとして活躍した配信者から結成されたクランで現在トップを走るクランだ。


 このキルザに居るプレイヤーは皆FWの中でもトップを走るガチ勢と呼ばれるような人種、物価が高く宿の質が悪くてもここが険しい山脈を越えるための唯一の場所


 この街に居るプレイヤー達は皆早くバルバトを訪れたいと思っているだろう。実際バルバトに入った先程のクラン、『Flash』はバルバトの情報を独占しており一切流れてこない


 しかしこの山脈を越えるには並の力では無理だ。全員1回は挑戦しただろう、しかし険しい地形から強風に強力なモンスターが阻む、絶妙なバランスに何度も挑みたくなるが戦闘の際に消費するアイテムは有限だ。クランメンバーの都合もある。しかし、ゲーマーとして前に進みたい気持ちと簡単には挑戦できない現実が焦りを生み、キルザの街には張り詰めたような緊張感が漂っていた。


 そんなキルザの街の外れにある小さな小屋


「堀チャン本当に行くの?」

「あぁ、アイテムも補充しないとだし、ついでにオークションで良さそうな装備品があったからそれを落としておきたいからね」


 攻略系クラン『タイタンズ』、別のMMOのゲームで結成されたこのクランは全員ゲームセンスが高くFWにおいても上位に位置する総勢20名ほどの中規模クランだ。


 堀チャンと女性プレイヤーに呼ばれたプレイヤー名『アギト』の堀先輩はそう答える。


「クラメンも試験とかで忙しいから当分はアタック出来ないからな、ここらで装備整えて置くことにするわリア友との約束もあるし」


 ボロボロで小さな小屋、薄暗い部屋の光源である暖炉に温まるようにして話す。


 アギトがチラリと横目で見れば寒そうにブルブルと震える女性か映る。『ニア』、この女性プレイヤーはタイタンズ結成の初期メンバーで馴染みの深いプレイヤーの1人だ。比較的オフ会などリアルでもそれなりに親交の多いタイタンズにおいて唯一の近接職の女性プレイヤーだ。


 実際オフ会で会った時の印象は大人しめのスリムな体型の女性、しかしゲーム内では女性プレイヤーでは珍しい前衛、しかもパーティーの中核をなすタンク職だ。


 小麦色の肌に猫耳と好奇心旺盛な可愛らしい顔立ち、リアルと同じようなほっそりとした体型から思いつかないような重装備に全身を隠せるほどの大盾、鉈のような剣を使う意外性を持つ


 実力もトップを走るクランに相応しい技量を持ち、珍しいタンク職の女性プレイヤーということもあって様々なクランから勧誘があるようだがそれでもガチ勢としては比較的下位のクランであるここに滞在している。


「私もいこうかな?」

「本当か?」


 そんな彼女から出された一言、俺の含みを持たせた言葉にアハハと軽く笑った。


「他の知り合いも皆バラバラだからねー、他のクラメンも知り合いとやるらしいし」

「俺は構わないけど……」


 ニア、というか女性プレイヤーに関してなのだが今でこそプレイヤー人口の半分とまではいかないが、街を見かけたら女性プレイヤーは何度も見かける。VRゲームという特性上法律によって現実世界とゲーム世界の性別が異なるようには出来ない、健康上その必要があるそうだが深く調べようとしない


 そんなこともあり昔から一つの文化としてあった男性が女性キャラになりきる。通称ネカマや単に可愛いキャラを操作したいなどの理由で異性のキャラを使うというのはVRゲームが発売される以前のゲームではよくあった。


 タイタンズが結成された前後、FWよりも前の別のMMOでタイタンズは結成された。月日と共にメンバーは入れ替わりはあるが、タイタンズ結成時の初期メンバーは今でも変わらない


 当時、今のクラン長が知り合いを集めて結成されたこのタイタンズ。クラン長が関西出身という事で関東ではあまり聞こえのない訛りや話のリズム、最初は戸惑いもあったけど人の好い性格に皆が集まった。


 俺もニアもどっちもクラン長と別々でフレンドであり誘われた。そんな中でニアは他のメンバーと違い少々厄介な問題を抱えていた。


 今でこそそこまで差のない男女比だが、VRによって爆発的に世間へ布教する前は殆どが男性プレイヤーという比率だった。女性プレイヤーも居ない訳ではなかったが、表に出るというよりは、個人的な集まりで囲われるというのが多かった。


 MMOというゲームの特性上、どうしても強くなるためにはかなりの時間がかかる。つまりそれは強いプレイヤーはそのゲームに対して結構な時間を費やしており、その分現実世界では何かを犠牲にしているという事だった。その為何かと異性に飢えてるプレイヤーは多かった。


 全部が全部一緒と言う訳ではないだろう、しかし経験上そのような人は多かった。


 当時、俺は高校に入学したばかり、高校入学と同時に親に試験勉強のご褒美という事で自分の部屋にネット環境と一台のパソコンを置いてもらった。


 高校生活では特に問題はなかった。教室に入れば顔の知った人はいるし、暇があれば最近の流行りについてよく話してた。


 しかし俺は部活には入っていなかった。


 特に理由は無い、スポーツが嫌いだとかそういう訳ではなく面倒くさいから早く家に帰ってゲームやら漫画を読みたいとかそんな理由だ。


 高校で知り合った友人は皆部活をやっていた。それ以前にSNSでやり取りはするが特に学校以外で遊ぶという事自体があまりなかった。


 そんな中で俺は一つのゲームにハマった。『フロントライン』、宇宙を舞台にしたMMORPGで自分で設計した宇宙船を操り旅をしたり、商いをしたり中には宇宙海賊としてPK活動に勤しんだりと様々だ。


 そんなフロントラインの特徴にエリアがある。エリアとは一般的にプレイヤーが自由に行き来できる公海とエリアと呼ばれる限定された空間がある。


 エリアはその大きさに応じてゲーム内のお金で税金を払う必要があるが、その代わりそのエリアを自由に使うことが出来る。それこそ普通では作れない宇宙船を建造するためのドックだったり、惑星都市を作ったなんていうのもある。


 そういう訳でフロントラインでは日夜エリアを争って各地で戦争が起きる。常に人員不足に悩まされるこのエリアを保有するクランは例え新人プレイヤーであっても快く受け入れられる。


 そんなフロントラインの世界に俺は入った。初めてのオンラインゲーム、パソコンの向こう側には俺と同じようにフロントラインをやっている人間が居ると思うと独特な緊張感とそれまでやってきたテレビゲームとは違う高揚感があった。


 結果、俺はフロントラインにドはまりした。学生という事もあって廃人プレイヤーのような程は出来なかったが暇があればパソコンデスクの前に座り、齧りつくように遊んだ。


 初めて作った宇宙船が最初の戦闘で木っ端みじんになったり、数百人が入り乱れる大戦争だったり、誰もが羨む希少なアイテムがドロップしたりとそんな経験を得るにつれ、いつしかフロントラインの人間関係は現実世界より大きくなっていた。


 そんな人脈からタイタンズというクランの誘いがあった。


 誘ってきたプレイヤーは知っている。元々同じクランに所属していた人で、人柄もよくゲームセンスも高い場の中心になる人だ。


 当時、所属していたクランも大規模となり様々な問題が起きていた。いろんな考えの人間が集まるせいか、方向性の違いだったり単純に性格が気に入らないなどどこかしか空気が悪くなっていた。


 そんなこともあり、俺は誘いの手を取った。大規模なエリアを獲得し、数百と及ぶプレイヤーに数万と及ぶNPCを要する前クランに比べ、熟練のプレイヤーが集まったとはいえその人数は10人、ここで所有している宇宙船も商船クラスが精々で銀河の端にポツリとちっさなエリアがあるぐらいの寂れたクランだった。


 しかし、皆がいい人たちだった。それまでフロントラインを通じて様々なプレイヤーと出会いその中では苦い思い出もある。今思い出すといら立ちを覚えたりする記憶もあるが、タイタンズに入ってからそのようなことは無かった。


 みんなを集めたのがクラン長というのもあるだろう、彼の厳選した人員は皆信用に足る人物でお互いを尊重できるような人たちだ。


 その為かタイタンズは社会人が多かった。当時高校一年生の俺はクランの最年少で、明確には言わなかったがリアルでこんなことがあった。だのよく愚痴を言っていた思い出がある。


 そんな中で当時は珍しい女性プレイヤーがいた。


 ニア、というプレイヤーは俺と同じくクラン長に誘われた人だ。フロントラインでは珍しい女性プレイヤー、ニアの他に見たことがない訳じゃないが、そういう人は大体大きいクランの幹部だったり、すでに話の輪に入る隙間が無かったりとだ。


 オンラインゲームにも慣れ、女性プレイヤーが様々な火種になるという事は知っていた。前に所属していたクランでも何度もあり、中には当時支配していたエリアが真っ二つに割れる大事件を女性関係で起こしたこともあった。


 そんなこともあり俺は最初そのニアという女性プレイヤーに対して距離を取っていた。距離を取るといっても少人数クランの為話の輪の中にはいつもいるし、一緒にクエストに往ったりもする。だが自分から誘う事もなかったし、ニアから誘われることもなかった。


 そんな際にタイタンズで一つの出来事が起こった。


 ニアが前に所属していたクランがタイタンズに向けて宣戦布告してきたのだ。


 当時タイタンズが所有するエリアは銀河の端、宣戦布告してきたクランは態々銀河の端の辺鄙な土地までくるようなクランではなかった。


 原因は御察しの通りニアの脱退だ。


 貴重な女性プレイヤー、その女性プレイヤーが所属しているというだけでクランの価値は上がり周りに威張れる。他のプレイヤーに風潮して回り、優越感を得る。


 まるで女性を一つのコレクションとして見ているそのプレイヤーに思わず反吐が出たがそれはクラン長やニアも同じだったようで、「そんなんだから抜けたんだよ」と言った。


 当時ニアが抜けたことによりそれまで自慢していたそのプレイヤーは逆に周りから捨てられた男として見られるようになりニア曰く、彼は碌に話したこともいないのに私と現実で付き合ってるだの嘘をつく癖があったようだ。


 そんな彼は相応にプライドも高いようで、傷つけられた自尊心を取り戻すべくこんな辺鄙な場所まで態々宣戦布告してきたとの事


 聞いて呆れるが、流石に当時の俺はニアに同情した。友達の友達という関係ではあったが、彼女は彼女なりに苦労してきたのだろうと思うと彼女に対して思っていた嫌悪感に似た感情はいつの間にか無くなっていた。


 その戦争はなんの問題もなく勝った。激情に駆られ、辺鄙な土地への宣戦布告、彼らのクランの補給線はそれ相応に伸び、道中宇宙海賊の略奪行為なので、まともな戦闘もすることなく崩壊していった。


 相手の勝手な自爆で終わったが、その戦争でかのプレイヤーは完全に自尊心を喪失したようで、いつの間にかフロントラインの世界から消え、クランも消滅していた。


 そうしてフロントラインは5年という長い時間を経て次第に台頭してくる新規ゲームに押され消滅した。タイタンズはフロントライン消滅に伴い丁度FWが発売されたこともあって移行することになった。


 今は初期メンバーは5人FWをプレイしている。他のメンバーとも連絡は取りあっているが、中々VRキットが入手できない模様、買ったら色々と教えてくれと何度か催促されたメッセージが届くと思わず笑みが零れる。



 話は長くなったが、ニアはそういう関係もあり基本タイタンズのメンバー以外とはゲームをやらない、最近になってFWで加入した新メンバーとも一緒にやるようになったが、基本同じ女性か同じパーティーに初期メンーが居る場合が多い


「堀チャンの知り合いなんでしょ、私に合わせるとまずい人なの?」

「そういう訳じゃないが」


 ニアの言葉に俺は自分の言葉を詰まらせる。田中も霧島も高校からの付き合いで今では同じ大学に進学し、タイタンズのメンバーと同じぐらいなじみの深い友人だ。大学で知り合った新田も同じ学科の好として可愛い後輩だ。中々居ないFWのプレイヤーだし今度普段とは違うゲームの中で会うのも楽しみだ。


「頼めるか?」


 俺がそうに告げると、それを聞いたニアは満面の笑みを浮かべて


「任せてよ!」


 そう頼もしい言葉で閉めた。ニアはタンク職だ。俺も近接職ではあるものの動きの分かるタンク職がパーティーに居るだけでそのパーティーは何倍もやりやすくなる。いくら最初の街付近だからと言っても俺やニアに比べて田中も霧島や新田は初心者だ。視界の限られるVRゲームにおいて不意を突かれてやられてしまったら目も当てられない


 その点タンク職は敵のヘイトを買い、他のメンバーを安全にさせてくれる。本来なら俺のような攻撃役よりニアのようなタンク役のほうが初心者に教えるという点では優秀だ。そんなニアからの返事に俺は感謝の意を述べるのだった。






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