18

「いや凪君、本当に大丈夫だって」

「いや大丈夫じゃないだろ」

 もうこの会話をするのは何度目やら。

 正門から校舎までの長い道を、心葉と二人並んで歩いていく。

「何もなければそれで良し。それくらいでいればいいって」

 担いだ鞄越しに心葉に目をやると、心配げな表情でこちらを見上げていた。

「あのときは確かに凪君が来てくれなかったら、その、困ってたけど、今度は大丈夫。私だって神罰のために色んな武術を修めてるし、法術も使える。前みたいなことがあっても自分一人で対処できるから」

 その年一番神力を極めたものに与えられるという紋章。そのことや法術を指導してもらう際に見た心葉の技量から考えても、心葉の言うことは間違いないだろう。

 ひたすら頑なな心葉の様子に、俺は露骨に肩を落とした。

「……もしかして、俺って邪魔すっか? 目障りっすか? 消えてくれとか思ってます?」

 自分でも相当わざとらしいと呆れてしまうが、心葉には効果抜群だった。

「そ、そんなことないよ。た、ただね、私といるとそれなりに危険だし、凪君まで皆から嫌な目で見られちゃうよ」

「……嫌な目で見られているって自覚はあったんだな」

 現在の時刻は授業が始まる一時間前という少し早めの時間。それでも周囲にはちらほら登校している生徒がいるが、ちらちらと俺たちに向けられる目は、以前に比べれば減ったがそれでも少なからず存在している。

「ともかくだ。あんなことがあった以上、しばらくは一緒にいさせてくれ。少なくとも玲次や七海が大丈夫と判断するまでな。四六時中一緒にいるわけじゃないし」

 さすがに男の俺がずっと付きまとっていたら冗談じゃなく邪魔だ。

 それに心葉の傍にいるのはずっとというわけではない。俺が心葉の傍にいて、守っているという姿をアピールするだけでいいのだ。

 紋章を持つという理由から来る妬みや嫉みが理由で心葉を襲うやつの考えはとても理解できないが、俺や玲次たちが近くにいるかもしれないという可能性を持たせるだけで十分な牽制になるだろう。

 頑なに折れない俺に、心葉が呆れたようにため息を吐きながら首を振った。

「……もういいよ。わかった。好きなだけ一緒にいてください」

「はい。申し訳ないですが、しばらくそうさせてください」

 からからと笑う俺にもう一度心葉はため息を吐いたが、最後に少しだけ、口元が笑ったように見えた。

 授業に心葉が出れば俺も出席し、出席しなければ同様に耽る。その時間の多くは図書室や屋上で過ごしていた。

 心葉は読書好きと同時に勉強好きのようで、図書館や屋上にいる間のずっと何かしらの本を開いていた。

 そのことを尋ねると、心葉は照れながら語った。

「昔からの習慣だからね。神罰があろうとなかろうと、今まで続けていたものはそう簡単には止められないものなのだよ」

「それが普通なのかね。心葉は神罰で戦わなくていいからともかく、他の生徒なんて神罰でいつ死ぬかわからんのに、自分が死ぬかもしれんのに勉強なんて、やってる場合じゃないだろ。なのに授業に出る意味とかあるのかな」

 ちょっと言い過ぎた表現になったかとも思ったが、心葉は控えめな笑みを浮かべただけで、ノートに滑らせるペンは止めなかった。

「でも、元から覚悟していたことだから、皆もこれまで通りでいるんだよ。自分の死なんて、周りでいくら人が亡くなっても、どういうことなのかそのときにならないとわからないよ」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ」

 何気ない、いつもの会話。

 高校三年生であるため、卒業のことが頭をちらつくのと自然である。

 このとき、俺はまだ知らなかったんだ。

 心葉とする、ありきたりなどこにでもあるこの会話が、どれほど心葉にとって苦しみになっていたのかを。

 皆が知っている、俺が知らないこと。

 切に願っても頑なに、何もないという心葉や玲次や七海。他の誰に聞いても求めた答えはもらえなかった。

 それを口にするを恐れているように、誰も、何も言わなかった。

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