出航

 夏の気配が強く迫った、7月の上旬。 

 白峰神宮の面々は――広島の港にいた。


「いや~……そういえば、海なんて久々に見ましたよ私」


 瀬戸内海の水面に反射する太陽光の眩しさに、神子は顔をしかめつつ、遠くの生まれ故郷四国が見えないかと目を凝らす。


 彼女達がいるのは広島県くれ市、ジャパンマリンポート呉工場。

 現在は大型船舶の造船を業務としている、この工場の前身は――『呉海軍工廠こうしょう』。


「先の大戦で、戦艦大和や長門を建造した由緒ある工廠じゃが……。また随分と、懐古趣味なことをするのぅ、出雲大社は」


 大きな風呂敷を背負った白峰神は、隣の大男へ語り掛ける。

 昔ながらの漁師のような大男――オオワダツミは、その言葉に対して豪快な笑い声で応えた。


「ハッハッハ! ドデカい戦だ! これくらいは派手にやらないとな!」


 ワダツミの大声に、小柄な珠姫は「音圧だけで潰れてしまいそうだわ」と迷惑そうにしている。


 しかしワダツミの言葉は、まさにその通りだった。『派手なことをする』と、誰しもが思っていた。今ここにいる者も、ワダツミ本人も、そして日本中の国民も。


「この場所から始まるのね……。出雲大社の、私達の……『東京奪還作戦』が」


 数日前に、ワダツミが白峰神宮を襲撃した真意。――それは、出雲大社及びツクヨミからの言葉を伝えること。加えて、白峰神達の実力を測る目的があった。


 それらは全て、『戦えるかどうか』の確認。


 この呉の港から、東京へと突入できるだけの力量と覚悟があるかを、ワダツミは見極めるたかった。

 そしてその試験に合格した者達が――今、この呉に集った。


「さぁて、崇徳院……ではなく『白峰祭神』! その巫女、出雲大社第二等武官『尾賀珠姫』! 同じく第二等書記官『榊原神子』! 海の神オオワダツミの名において、改めて乗船を許可しよう……! 東京を悪魔共の手から取り戻す希望の船、この超大和型戦艦――『尾張』の船員となることを!」


 声高らかに叫ぶワダツミが指し示す先にあったのは、まさに『戦う艦』。見様によっては、海に浮かぶ巨大な鉄の城。

 基準排水量85000トン、全長265メートル。目を引くのは、甲板上の51cm三連装砲が3基。

 あの戦艦大和でさえ、主砲の大きさは46cmだった。日本人がイメージとして持つ『戦艦』の象徴である大和においてさえ。

 しかし新たに設計されたこの『尾張』は、その上を行く巨大さを誇っていた。


 まさに浪漫の塊とも言えるそんな超巨大戦艦に、目を輝かせる少年が一人いた。


「……あまりにも規格外な計画だったため、机上の空論で終わった、あの超大和型が……! まさかこの目で、実物を拝める日が来るとは! しかも五式12.7cm高角砲も搭載とは! 胸が高鳴らないハズがない!」

「……本懐寺さん、船好きなんですか?」


 いつもの漆黒の学ランではなく――今日の顕斗は、僧侶の着る袈裟に身を包んでいた。

 だがいくら見た目がお坊さんでも、メガネ越しに目をキラキラと輝かせる姿は、どこにでもいる男子高校生そのものだった。


「何を言う神子さん! 車と戦艦とプラモデルは、男子の三大浪漫でしょう! こればかりは理解されずとも仕方がない! ……いやしかし、これは本当に素晴らしい……!」

「何だぁ坊主! この良さが分かるか!」


 興奮する顕斗を見て、ワダツミも何だか嬉しそうにしている。

 神道や仏教の垣根を超え、『男子』として魂を共鳴させた瞬間でもあった。


「……それにしても、ええのか本懐寺。お主までワシらに付いてきて」


 白峰神宮の面々は出雲大社からの要請を受けて、この尾張に乗り込む。そのために神宮を閉め、神子や珠姫も学校を長期間休む手続きをしてきた。


 しかし顕斗は本来『仏教の側』の者であり、ワダツミの許可を得たものの、公式な記録としては『勝手についてきた者』扱いなのだ。


「勘違いするな白峰神。俺はアンタらに付いていくんじゃない。俺は俺の意志で、この船に乗り込むのだ。そして悪魔共を打ち倒し、世に平穏をもたらす」


 相変わらず顕斗の言葉には、どこから湧き上がってくるのか不思議なほどの自信が満ちていた。


「何よりこれは宿命なのだ! 本懐寺の末裔が、『尾張』に乗って東京の『織田信長』を倒しにいく! 運命を感じずにはいられない! この大いなる運命の奔流に比べたら、他のことなど些末なことよ!」

「――その通りです」


 顕斗の言葉に続いて『シスター』もまた、巨大な尾張を見上げる。

 その上空には、金色に輝く天使ラファエルが降臨していた。


「我らローマカトリックとて、神のお導きによってこの箱舟に乗り込むのです。その目的は悪魔王サタンの討伐。それを成すまでの過程など、特筆すべきことではないでしょう」


 そして更に、ひとっ飛びして甲板に着地する『神』もいた。

 着地の衝撃で鼓膜が破れそうなほどの衝撃音や金属音が響き、高波が港に立ったが、尾張自体はビクともしていない。


「ガッハッハ! 良い船じゃぁ!! よー分からんが、このデカい船で戦に赴くんじゃろう!? 楽しみじゃのう!」


 ワダツミの声量よりも大きな声で、北欧神トールは笑い声を響かせる。

 その脇に控えるジークフリートは、何とも気恥ずかしそうだ。


 そしてワダツミは、満足そうにそれぞれの顔を見詰めた。


「信仰も立場もバラバラな者が、そもそも集まるかどうかすら不確定だったが……。結構、結構! これで全員集合だな!」


 ワダツミは大きな口を開けて笑う。


 キリスト教ローマカトリック教会、そして北欧神話の神々。彼らが出雲大社に同盟要請をしたタイミングで、京都防衛戦が巻き起こった。

 その際に彼らも多大なる貢献をし、その力量を認め出雲大社は、二勢力も尾張に乗船することを許可したのだ。


 日本神道、キリスト教、北欧神話、そして仏教。

 信仰の違いを超え、彼らはこれから超大和型戦艦へと、同じ『戦士』として乗り込む。


「……なぁ、神子。それにタマ」

「何です?」

「どうしましたミネ様?」

「……あの白ヒゲのオッサン、ワシと口調カブっとらんか?」

「……心配しなくて良いんじゃないですかね」

「他の部分は被っていないですし……」

「そうじゃよな! ワシの方が男前じゃもんな!」


 しかしこれから戦地へ赴くというのに、キャラ被りを気にしている祭神を情けなく思う巫女達。

 他の面々のように、何か威勢の良いことを言って欲しかった気もあったが――白峰神に過度な期待をするべきではないと、巫女達は思い直した。


「――さぁ、征くぞ諸君! 悪魔共を倒して東京を取り戻すため、出立だ!」


 そして彼らは『尾張』へ乗り込む。目指すは東。

 全ての日常が終わり、そして全ての絶望が始まった場所へ。


 あらゆる想いと思惑を抱え。超大和型戦艦『尾張』は、海へと漕ぎ出した。






『やおよろズ!』 Episode Ⅰ ニア・ハルマゲドン編 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る