色欲王VS癒しの天使とブッコロシスター

 京都映画村。

 日本の古風景を再現したこの場所で――激しい剣戟の切り結ぶ音が鳴る。

 しかし今響いているのは、時代劇のような日本刀同士の斬り合いではない。銀の鎖鎌と、黒い軍旗槍が火花を散らしながらぶつかる金属音である。


「『マラナ・タ我らの主よ、来たりませ』……!」


ドグマティズム教義主義の飼い犬どもが……! このアスモデウスちゃんに、悩殺されなさい!!」


 色欲を司る悪魔、アスモデウスの軍旗槍が振るわれる。

 たなびく旗はシスターの視界を妨害しながら、闇夜を斬り裂くように槍の刺突が迫った。


 シスターは月光を反射する銀鎌を用い、旗を裁断し、槍をかわしつつその奥にいる悪魔を狙う。


 しかし悪魔は羽ばたきながら距離を取り、鎌をかわしたかと思うと槍を引き、今度は刃の付いていない部分でシスターの腹を突く。

 槍頭とは反対の『石突き』部分であるため大事には至らなかったが、丸みを帯びた鉄球のような石突きでみぞおちを突かれ、シスターの腹部には激痛が走った。


「ぐっ……!」


 少しばかりの胃液と血を吐き出し、シスターもまた悪魔との距離を取る。

 しかし怯んだその隙を見過ごすアスモデウスではない。軍旗をはためかせ、追撃の槍を振るう。


「『癒しの聖歌ヒール・チャント』」


 そこへ、熾天使ラファエルの持つハープの音色が周囲を包んだ。

 金髪の青年が演奏した音楽は聖なる力を持ち、歌声にも似た旋律を聞いたシスターからは、腹部の痛みが一瞬で消え去った。


 槍を振るってきた悪魔から更に距離を取り、シスターの背後には守護するように天使が羽ばたく。


「僕がいる限り、負傷を気にする必要はありません! やっておしまいなさいシスター!」


「Amen……!!」


 薬物による肉体強化を施していないシスターでは、その力量はアスモデウスにやや劣る。

 しかし今は、癒しの天使であるラファエルの補助がある。回復役がいることにより、シスターは悪魔から受けるダメージを気にすることなく、存分に戦うことができるのだ。

 狂信者に『枷』は要らない。痛みも負傷も死も、恐れるに足りない。シスターにとってみれば、己の肉体すらも邪魔な重荷であった。


「血が流れ肉も削がれようと、悪魔を駆逐するためだけに戦える。頑強なる意志があれば、貴様らをくびり殺せる……! 何と素晴らしいのでしょう……ッ!」


「……ものには限度があります。気を付けて下さいよ」


「勿論ですとも」


 本当に理解しているのだろうかとラファエルは不安になる。

 確かに癒しのチカラは絶大だが、致命傷を受けて一瞬で絶命すれば、治しようがない。死者は決して生き返らない。

 しかしシスターはそのようなことなど気にもせず、悪魔に突撃していってしまいそうだった。


 そんなシスターは懐からビンを投げ、再び突進してきたアスモデウスに『聖水』をぶつける。

 だがアスモデウスは旗を振るって、聖水の入ったビンをその黒い旗で包み込み、冷静に処理した。


 ――そこを、シスターの鎖鎌が強襲する。


 シスターは鎌を投げ、連結した鎖で操る。

 蛇のように宙をうねる鎌は、アスモデウスの両肩に突き刺さり、妖艶な悪魔は苦痛に表情を歪めた。


「エイメェェェェェンッッ!!!」


 鎖を手繰り寄せ、シスターは悪魔との距離を一気に詰める。

 しまった、と悪魔が後悔しても遅い。シスターの飛び蹴りがアスモデウスの可愛らしい顔面にめり込み、砲弾が放たれるような音と共に、アスモデウスは茶色い地面を転がっていった。

 

 槍と旗という、一見扱いづらい武器を巧みに振るう技術は、確かに見事だった。

 しかし旗を振るって視線を切るということは、アスモデウスからもシスターの姿が一瞬見えなくなるということ。

 その僅かな、針穴のような弱点を突いて、シスターは蹴りを見舞ってやったのだ。


 ただの人間が、恐怖の権化である悪魔と戦うために。知識、経験、戦闘技術……そして何より、悪魔を恐れぬ屈強な精神力メンタル。全ての要素において超一級であるからこそ、シスターはS級祓魔師エクソシストとしてこの場に立っている。


「……この、クソ人間が……! この私の、美顔を狙うなんて……!」


 倒壊した時代劇の建物のセットから起き上がり、アスモデウスは身体に刺さった木片を振り払いながら、大通りに戻ってくる。


 回復役はいないものの、悪魔の身体はかすり傷程度なら一瞬で治癒する。ラファエルの存在まど、シスターにとって圧倒的な優位性アドバンテージにはならない。

 それも承知した上で、シスターは再び鎌を構える。たったひとつの、『悪魔殲滅』という使命のためだけに。


「アスモデウス……。貴女がどれだけの悪魔を従えようと、我々天の使いは、そして人類は……! 悪に屈したりなどしないのです!」


「ラァァァファァァエエエエエルゥゥゥゥゥ……ッ!!」


 アスモデウスの低く唸るような、怨讐に満ちたその声は、地獄の猛獣を想像させる。

 ラファエルに対する怨恨、因縁を知るシスターは、アスモデウスの態度を別段不自然に感じなかった。


「アスモデウス……。旧約聖書外典『トビト記』に登場する悪魔……。『サラ』という女性に憑りつき、サラが結婚するたびに新郎を絞め殺した悪しき者でしたか」


「しかしサラの元を訪れたトビトとアザリアという青年達が、香炉を焚いてサラから悪魔を追い出し、無事にトビトとサラは結ばれた……」


「その『アザリア』がテメェだろうが、ラファエルゥゥゥゥゥッッ!!!」


 ラファエルがかつて救った女性。そしてアスモデウスが憑りついていた女性。

 『サラ』を起点とした因縁が、この2020年の現代日本で火花を散らすなど、誰にも予想できなかっただろう。

 それはもちろん、敬虔なるキリスト教徒であるシスター・マリアンヌにすらも。


「アタシはアンタを許さない……! 私からサラを奪ったアンタを、サラを汚したトビトも!! 内臓をブチまけカラスのエサにするまで、私の怒りは収まらない!!!」


「僕は天使として当然の行いをしたまで……! 何度でも言いますが彼女は、トビトと添い遂げることこそが幸福であった!!」


「違う、違う、違う……! サラは……! あのは……! 私と共にいなきゃダメだったの!!」


 まるで痴情のもつれですねと、シスターは喚く悪魔を見てそう思っていた。

 ただの人間に悪魔がここまで執着した例も珍しい。たいてい、悪魔は人間を利用し食い物にするだけで、個人個人に目を向けはしない。


 しかしこのアスモデウスは、聖書の時代より一人の女性を想い続けている。

 愛や性の感情を増幅する『色欲』の悪魔だからなのか。アスモデウスの語る言葉には、『サラ』への愛情が満ちていた。例えそれが、禁忌に染まった歪んだ感情であろうとも。


「私はサラを、愛していたのよ……っ!」


「……私がシスターの立場として言えるのは、悪魔と人間の愛など成立しない。そもそも、同性同士の愛は自然の法則に反する大罪であると認識しています。故に貴女の主張は何の意味もなさない。ただの悪魔の戯言です」


「考え方が古いのよカトリック……! アメリカでは2015年の6月26日に『オーバーグフェル対ホッジス裁判』で同性婚が合法であると認められたのに……!! 時代に付いていけない者は、化石になって消えていきなさい!!」


「たかが悪魔が、何を偉そうに……! 貴女のような者を! この国ジャポーネでは!! 『クソレズ』と呼ぶのですよ!!!」


「……どこでそんな言葉を覚えてきたのですか、シスター!」


 そうして相容れぬ者達は、再び対峙する。

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