出雲大社

 感覚的には二、三歩進んだ程度だろうか。暗闇の中を少し歩いただけで、すぐに眩しい光が神子の視界を埋め尽くした。


 京都御所から大鏡を使用し移動した先は、先程と似たような和室。部屋の面積のほとんどを占領している鏡以外には、何も見当たらない。

 最後尾のスサノオも鏡から出てきたことを確認したツクヨミは、和室の障子を開く。

 すると――その先には、『神の国』が待っていた。


「わぁ……」


 鳴り響く雅楽の音色。中庭では、巫女達が神に捧げる神楽舞を躍っている。

 それを見つめる位置にある本殿には、まさに『八百万』の神々がひしめいていた。

 痩せこけた老人にしか見えない者、美しき女性の姿をした者、一見怪物かと思ってしまいそうな恐ろしい面をした者……。実に様々な神聖存在が一カ所に集まり、それだけで本殿の周辺は光り輝いて見えた。

 廊下では、神主姿や巫女服の人間達がせわしなく動いてる。神への食事を運ぶ者、何やら打ち合わせをする者。とても忙しそうだ。そんな彼らからもまた、些細な仕草や喋り口調によって『一流』の雰囲気が感じ取られた。


「ここがアタシ達の終着点……。日本の神々が一堂に会する、『出雲大社』よ」


 出雲大社いづもたいしゃ。正式呼称は『いづもおおやしろ』。

 この神社に祀られた神は、『国譲り』の伝承から日本国土を形作ったとされ、そして現在では農耕・商業・医療などの神でもある『大国主おおくにぬし』。その大国主によって、日本がまだ神の時代である頃に建立された、古い歴史の神社である。

 10月の神無月には、日本全国の神々がこの神社に集まるとされている。故に出雲においては10月を『神在月』と呼ぶ、というのは有名な話だろう。


 この出雲大社こそが、日本の神々の本拠地。

 悪魔と天使の登場によって東京が崩壊したニア・ハルマゲドン以降、実体化した神々は、この出雲大社で今後の方針を考え続けている。つまりはこの国家的危機の状況における、対策本部というわけだ。

 本来なら一年に一度だけ集合する神々も、この災害時には頻繁に状況の確認を行っている。今では月に一度の頻度で集められるほどだ。

 東京から戻ってきた白峰神達は、その月一の定例会議に出席する為に、京都からこの出雲までワープしてきた。


「というわけで、お主はワシら神々の話し合いが終わるまで待っておれ」


「ほぇ?」


「あぁちょっとそこのアンタ、この子をお願い」


 ツクヨミに呼び止められた巫女服の女性は、全てを承知したように頭を下げた。

 そして間抜け面でぽかんとしている神子の腕を引き、神々の座とは別の方向へ廊下を歩いていく。


「ちょっ、えぇ!? せめて説明をくださいよぉぉー!」


 そんな神子の叫びも、笑顔を浮かべる出雲大社の巫女さんによって引きずられ、廊下の曲がり角に消えていく。


「さて……ワシらも行くか」

「そうね」


 『最後の避難民』である神子を出雲大社側に託したことを確認し、残った三柱は本殿へ向かう。

 すると――同じ方向に進んでいたからか、本殿に入る直前の廊下で、白峰神達は見慣れた神聖存在とばったり出会った。

 踊り子のような服装をした女神と、兎頭の鎧武者。遠くから見ても目立つような二者が、白峰神達と同じように本殿に入ろうとしているところだった。


「あらぁ、スットクーじゃなーい! 久しぶり~! 元気してたー!?」


「一回元気に爆発したぞい」


 青髪の『ウズメ』が白峰神に気付くと、跳ねるように飛びついてきた。

 しかし美しい女性と身体が密着し、その豊満な胸部が押し付けられているというのに、白峰神の顔は曇ったまま。何故なら、彼女が非常に『残念な美人』であることを知っているからだ。


「白峰殿……! 東京での任、誠にお疲れ様で御座いました……! お変わりないようで何よりです」


「おう。お主も相変わらず、おっかない顔してるのぅシロウサ。兎さんなんじゃから、もっと『きゅーと』に振舞ったらどうじゃ」


「きゅ、給湯……?」


 抱き付いてくるウズメを押しのけ、大柄な士郎・左尋坊・因幡と対話する。

 その身体の大きさたるや、以前戦ったベルゼブブよりも屈強であり、天井に頭が届きそうなくらいだ。というか既に、ウサミミが天井にぶつかっている。


「ところでお主ら、ワシらの後任で東京におったんじゃないんか」


 その話題になると、ツクヨミからの視線を感じてスサノオは顔を青ざめる。

 本来なら出雲大社を出発し、今頃は東京で活動しているはずのスサノオ、ウズメ、シロウサの三者。

 スサノオが先走って合流してきたのは白峰神も把握しているが、まさか彼らも一緒に出雲まで戻っているとは思っていなかった。


「色々あってグダグダになっちゃったしねー。立て直して、もう一度東京に行こっかーって話になったの」


「全ては拙者の不徳の致すところ……! いかなるお叱りも覚悟しております!」


 テキトーそうなウズメと、マジメすぎるくらいのシロウサ。何とも対照的な二者だが、彼らもれっきとした神聖存在。会議に出席する権利は有している。


 そんな神々は「そろそろ行くわよ」というツクヨミの指示に従い、本殿へと足を進める。

 時代劇における殿様が座る場所、と言えば想像がつくだろうか。大広間の最奥、上座は一段高くなっており、そこに『主神』が座ることになっている。

 その主神はまだ来ていないようだが、上座の両脇にスサノオ、ツクヨミがそれぞれ腰を下ろした。彼らは日本神話の中でも『三貴子』と呼ばれる主要な神。当然の位置だ。


 そんな三貴子を左目に見やりながら、ウズメは上座の近くに座る。

 『主神』とも浅からぬ関係の彼女。普段は軽薄そうな振舞いをしているが、実際はかなり権威のある神なのである。位置が近いからといって、ツクヨミにペチャクチャと語り掛けている姿からは想像もつかないが。


 シロウサはと言うと、神々のように座ることはしない。スサノオの斜め後方で、大斧を肩に担いで立っている。さながら衛兵のような威圧感だ。

 シロウサは厳密には『神』ではなく『神獣』である。神聖なる力を持ったケモノ。会議に出席することはできるものの、座ることも発言も許されてはいない。


 そして最後に、白峰神が着席する。

 それは入口近くの、ツクヨミ達とは遠く離れた下座。つくづく、神子が一緒にいなくて本当に良かったと思える。こんな姿を見られたら、何と言われるか分かったものではない。


「おぉ、白峰神……。久方振りじゃのぅ」


「……お、おぅ」


 白峰神の左隣に座る老人は、赤鼻をすすり、ボロボロの服とも呼べない布きれを身にまとっている。

 恐らく貧乏神の一種だろうが、白峰神には以前に関わった記憶がない。どちらかと言えば関わりたくない方だ。


「なんや、そないシンドそうな顔して、どないしたんや」


 右隣には、太った小柄なオッサン。大阪では有名な神ではあるが、白峰神以上に『若い神』である彼を、白峰神は知らない。


「ワイの住んどる通天閣も、お客さん増えてウハウハなんやで? この神様バブルの時代にそない落ち込んどったら、福の神も逃げてまうわ! ワイは逃げも隠れもせんがな! ナハハハ!」


(誰じゃあコイツ……)


 入口付近には、民間信仰レベルの神が主に座っている。

 神になって千年も経っていない白峰神も、その『若者連中』というくくりなのだろうが、とても納得できる待遇ではなかった。


(……あんま自分から言いたくないが、ワシ皇族なんじゃけどなぁ……)


 だが生前の出自や経歴は関係ない。神としてどのように語り継がれてきたか、そしてどれほど信仰されているか。それが重要なのだ。


 そして、日本神話の中でも随一の『信仰性』を持つ神が登場する。

 雅楽の音が止まり、舞いを踊っていた巫女達は退場して行く。


 そしてゆっくりと、荘厳な気を放つ『主神』が入室してきた。


 後光を放ちながら、一歩一歩と進む女神。その光はまさに、『太陽神』の名にふさわしい輝きであった。

 頭頂の金の髪飾り、真紅の着物、輝く美貌。どれを取っても、四六時中イライラしてそうなツクヨミや、ヤンキーのようなスサノオの兄弟とは思えない。

 だが彼女は間違いなく、この国の太陽神。日本の長たる皇室の先祖。白峰神とも血が繋がっている存在だ。


「さぁ……始めましょうか」


 『天照大神アマテラスオオミカミ』。世界の全てを照らす神の一声で、八百万の神々が頭を垂れる。

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