出雲会議

 天照大神が小さく手を挙げると、神々は面を上げ、全員の視線がアマテラスに集まる。

 視線を集める彼女は荘厳な面持ちを崩さぬまま、威厳のある声で語り始めた。


「……まずは月夜見尊、欠席していますが天満天神、そして白峰祭神。東京に取り残された人々を無事に西へ送り届けたこと、誠に大儀でありました」


 アマテラスの右隣に座るツクヨミと、遠く離れてはいるが白峰神も、座ったまま頭を下げる。

 主神直々のねぎらいの言葉だ。最上級の褒美である。


「次に、想定外の事態はありましたが……。素戔嗚尊、天鈿女命、士郎・左尋坊・因幡の三名は、変わらず東京へ向かわせます。まだ取り残されている可能性のある民間人の捜索……。頼みましたよ」


「あいよー、姉貴」


「このウズメちゃんに任しといて~♪」


「……御意!」


 三分の二ほど返事がテキトーだったため、ツクヨミの顔色がまた悪くなる。

 その顔が下座の位置からでも見えたため、「また鬼のような顔をしておるわい」と白峰神は肝を冷やした。

 だがアマテラスは表情を変えることなく、抑揚のない口調で自らの言葉を続ける。

 穏やかでありながら、鋭さを持つ。まさに太陽光にも似た雰囲気。後光を放つ彼女の話を遮ることができる者など、この場には存在しない。


「そして本日の議題は、北欧の雷神トールについてです」


 にわかに広間がざわつく。

 日本神話以外の神が登場したこと。それが何を意味するのか。

 白峰神にとっても『トール』の名は初耳であり、心中では様々な疑念が渦巻いていた。

 だがツクヨミの咳払い一つで、再び本殿には静寂が戻る。

 アマテラスと同じく、ツクヨミという存在もこの国では偉大なる神。失礼は許されない。……単にその性格から怖がられているだけかもしれないが。


「彼らは我々と『同盟』を結び、共に悪魔達と戦うことを提案してきました。そして偶然の一致か、キリスト教の天使達……厳密には『ローマ・カトリック教会』からも、同様の要求がありました」


 北欧の神々とキリスト教会。日本の神々は今、二つの勢力から協力しようと声をかけられている状況。それだけなら味方が増えて頼もしいかもしれないが、世の中はそう単純な話だけでは進まない。

 出雲大社の本殿はまたもや、神々の話し合う声で満ち満ちる。


「そんな簡単に信用できる話ではなかろう」


「あまり干渉されるのは、我らにとっても得ではないと思います」


「異国の者が馬鹿にしおって! 俺達だけでは悪魔を倒せんとでも!?」


「でも数だけ多くてもねー。強い神なんてたくさんいないし」


「弱い神ならたくさんいるコン」


「なんやなんや、よう分からんことになっとるやん」


 各々が各々の意見を自由に発言できる。それが神在月の出雲会議の特徴ではあるが――八百万も神がいると、実に騒々しい。しかもこれが毎年、現在では毎月行われるのだ。

 正直、白峰神はニア・ハルマゲドンが起きる以前から、この空気感が苦手であった。

 意見もまとまらず、いつも最後には酒盛りからの宴会になって終わる。国の行く末を担う最高機関であるはずなのに、これで良いのかと常々疑問に思っていた。

 だが神の位に差はあれど、明確な上下関係はない。神は誰かの部下ではなく、誰かの上司でもないのだから。全員が平等に発言する権利を持つ。太陽を司る者もホコリに宿る者も、それら全て『神』。

 だからこそ神々の話し合いは、いつも長い時間を要するのだ。




***



 一方。島根の出雲大社とは所変わって、再び京都。

 今まさに出雲で議論の的となっている北欧神トールはというと、宇治川が目の前に見える茶屋で、一服を決めているところだった。

 赤い布の掛けられた縁台に座り、これまた赤い野点傘の下で、串団子を10本まとめて頬張る。それを最高級の玉露で飲み干すと、大きな口で愉快そうに笑ってみせた。


「コイツは美味いのぅ! アンドフリームニル北欧一の料理人にレシピを教えたら、味を再現してくれるかのぅ!?」


「すいまへん、製造法は企業秘密なんどす~」


 宇治抹茶の味に感激し、京都で日本文化に親しむトール。

 目立つ巨体に鎧を装備しハンマーを背負う姿は奇怪だが、天使と悪魔が顕在したこの時代において、驚く者はもう少ない。トールを見つめる宇治市民も、数多いる神の一柱として拝んでいく者や、好奇の視線や携帯のカメラを向けるばかりであった。

 その反応もまた、トールにとっては新鮮であった。これが多神教徒、日本国人かと。

 場所によっては異教の神として石を投げられ、殺し合いに発展してもおかしくない。

 しかし彼らは拒否も恐怖も嫌悪することすらなく、ごく自然に茶を出し手を合わせてくれた。


(出雲の神々より、よっぽど融通が利いとるわい)


 流れる宇治川の清流に癒されながら、追加の団子を待つトール。




 ――そこへ突如、上空から何者かが急降下してきた。




 着地の衝撃でアスファルトの道路が割れ、土煙が巻き上がる。

 トールが座る縁台の、そのすぐ目の前に着地した。遥か上空から落ちてきたと思われるのに、何のケガも負っていない。


 その青年は背にマントを羽織り、腰には剣を装備している。壮観な男前の青年は、まるでゲームやファンタジー世界から飛び出してきた『勇者』のような出で立ちだった。しかし単なるコスプレで片付けるには、あまりにも完成度が高い。

 そして何より、彼は本物の『英雄』であるのだから。


「……やっぱりココにいた! 探したぜ、トールのオッサン!」


「……おぉ? シグルズ! 『ジークフリート』か!」


 眼前で青年が落下してきたというのに、トールは平然と茶を飲み続けており、ジークフリートと呼んだ青年に対しても声をかけられてから「やっと気づいたわい」といったリアクションを見せた。


 北欧の英雄神シグルズ。

 ドイツの英雄叙事伝『ニーベルゲンの歌』では、ジークフリートという名で描かれている。名剣グラムによって魔竜『ファフニール』を討伐した伝説で有名な、ドラゴンキラーの勇者である。


「お主も日本に来とったのか! というか、よくこの場所が分かったのぅ!」


「オーディン様が、トールのオッサン一人じゃ心配だからってよ! 援軍としてこの俺が来たってことっすよ! それに居場所ならすぐに分かったぜ。SNSで『トール』で検索したら、『茶屋にトールいた!』とか『北欧神話の神様がお団子食ってたwww』とかオッサンの話がすぐに出てきたからな。なんかもうレアが出現したみたいな扱いになってたぜ」


「えすえぬ……? ポケモ……? 最近のミズガルズ人間界の流行は、よく分からんわい……」


「だろうな。……あ、スンマセーン! 俺にもグリーンティーひとつ!」


 注文を終えトールの横に腰かけるジークフリートを見て、トールは内心、主神であるオーディンに「余計なことを……」と愚痴りたい気持ちになった。

 これではまるで、ジークフリートが『監視役』として追いかけてきたみたいではないか。――事実、そういうことなのだろうが。


「それで? オーディン様からの任務は遂行したのかよ?」


「ちゃんとイヅモタイシャに行って、用件は伝えたわい! じゃが『すぐには結論を出せぬ』と追い返されたんじゃ」


 トールは、己の目的自体は達成した。

 日本神話の中枢・出雲大社に赴き、主神であるアマテラスにオーディンよりの言葉を伝える。だがその内容への返答を出すには、他の神々との話し合いの時間が欲しいと言われてしまったのだ。

 そのため、出雲大社での会議が終わるまで時間を持て余したトールは、この京都でお茶を飲んでいるというわけだ。


「ふーん。なら良いけど、もし『同盟要求』を断られたらどうすんの? 『ヤツハシ・スイーツ』だけ買って北欧に帰るわけにもいかないっしょ」


「それは『無い』のぅ」


 緑茶を片手に団子を頬張るジークフリートの隣から、トールは立ち上がる。

 そして腰をストレッチさせるように伸びをして、晴れ渡った京都の空を見上げた。


「何故『北欧主戦力』とも言えるワシとお主がこの国に投入されたか、その意味をよく考えた方が良い。それにジークフリート、お主だけが援軍でもないんじゃろ?」


「……流石の洞察力だぜ、トールのオッサン」


「まったく、オーディンも性格が悪いのぅ……。この国は首都が滅んでこのキョートに都を移したばかりじゃというのに。……また『戦争』でもおっぱじめる気でいるんじゃから」


「……最悪の場合、どうなると思ってんすか?」


「ま、少なくとも――この街は地図から消えるじゃろうなぁ」


 それは実に勿体無い、とジークフリートは独り言ち、食べ終えた団子の串を上空に放り投げた。

 こんなに美味しい団子と茶を味わえなくなるのは、世界にとってとても大きな損失に思えた。

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