第三十四話︰Worry

「ニーナ、おまえは、その箒を構えてヤツに突っ込め。」


 nullさんって方は、何を言ってるんだろうか?

 この箒という代物は、清掃するための道具だと、どこかで読んだ。それとも、私の知らない何か特別な効果があるのだろうか?


「この箒っていうもので、アイツを倒せるの?」

「ん? あっははは。まさか。それで倒せるなら、是非観てみたいものだ。」


 nullさんは、そう言って、お腹を抱えて笑っている。

 少しは、殺意が沸いたんですけど。


「いやあ、すまんすまん。ぶふっ。そいつは、フェイクだよ。」

「フェイクってなんでしたっけ?」

「ああ、騙しだよ。ヤツに向かって、こう突き刺す様に構えて突っ込むんだ。ヤツは、きっとこいつと勘違いしてくれるだろう。痛い目を見たんだ。ヤツの記憶にしっかりと残っているだろうよ。」


 手にした空気銃を目の前で揺らした。

 ヤツの知能は、程々に高そうだから、きっと引っかかると、nullさんは、言った。

 本当にそうだろうか? 


「ああ、死ぬ気で行けよ。どうせ死ぬつもりだったんだろ?」


 そう言って、口を半月状に歪めていやらしく笑った。

 本当に殺意が沸くんですけど。


「私は、犬死にするつもりはありません!」


 つい、口調がきつくなってしまった。でも、しょうがないじゃない。この人が私を怒らせるんだもの。


「ああ、わかっているさ。ちゃんとおまえに、とどめを刺さしてやるさ。だから、言う通りにしろ。」


 nullさんの眼が、さっきまでふざけてた眼とは違う、鋭い光を放った。


「いいか、今から云う事が一番重要だ。そこに総てが掛かっている。そして、もし失敗したら、そのときは私に構うな。おまえの最初の計画通りにやれ。」


  ※※※


 本気で突き刺すつもりで、ヤツに向かって突っ込んだ。

 マルニィの仇、そして、恐らくみんなの……


 ヤツは、nullさんの予想通り、上に飛び上がって避けた。NULLさんは、すごい。わずかに接した間に、ヤツの行動パターンを予想したんだ。ヤツの特徴を、その跳躍力だと見抜いたんだ。


 (ヤツが避けたら、そのままつんのめって転べ。そして、箒をヤツに見えるように遠くへ手放せ。そして…)


 突撃を躱された体で、廊下に横転し、箒を遠くへ手放した。

 そして、ポケットに手を突っ込む。


 ヤツの方を見る。


 ヤツは身を屈めて、今にもこっちに飛び掛かって来ようとしていた。


 私は、nullさんを信じて、突っ込んだ。


 パシュッ!


 背後に忍び寄っていたnullさんが、ヤツの背中に弾を撃ち込んだ。

 弾が内で弾け、ヤツは弓反りになって硬直した。


 両手に持った二つの石をガッチリと合わせ、ヤツの身体に埋め込む様にひっ付けた。粘液状になっていたその身体は、石を飲み込んだ。爆発までどのぐらいある?! 実際に使うのは初めてなのでわからなかった。


「nullさん、OKです! 退避してください!」


 慌てて手を引き抜いて、教室の窓に飛び込み、ガラスを割りながら室内に転がり、壁を盾にした。



  ※※※


 

 総て計算通りに進んでいた。

 ニーナも、うまくやった。

 爆発までの時間が正確にわからないのが嫌だが、贅沢は言ってられん。


 後は、窓をぶち破って飛び込むだけだった。


 ズキンッ


 まったく今日は、厄日だ。

 自分の体調を見誤るとは。

 予想以上に、わたしの身体はやられちまってたらしい。


 廊下が眼の前に迫って来ていた。


 そうか。わたしは今、倒れているのだな。


 そんな事を、ぼんやりと考えていた。


 倒れる衝撃に備え、心の準備をしていたが、身体が急に浮き上がった。

 爆風?

 いや、しかし、爆音は聴こえて無いぞ。ははは。耳までイカれちまったか。


 身体はさらに浮き上がり、窓を破って室内に転がった。


 その刹那、爆音が響き、室内が震動した。

 壁が崩れる様な轟音が聴こえ、耳が、キーンとなった。

 埃が舞い、砕けたコンクリートやらガラスやらが、身体にバチバチと当たった。

 爆風が渦巻き、ショートカットの、わたしの髪をいいように弄んでいた。


 爆音のせいか、わたしは正気を取り戻したようだ。

 ああ、そうか。あいつが来たのか。よっぽど急いだんだな。ほんとに、ばかなやつだ。飛散物からわたしを守るために、身体を覆っている。少し重い。わたしは、そういう想いは苦手なんだよ。


「ふっ、おまえか。邪魔するなと言ったはずだぞ。」

「それが、恩人に云う第一声ですか?」


 眼の前に居る、わたしを守るように覆い被さっているこいつはそんな事を云う。まったく生意気だ。なんか、助けてやったんだぞという、どや顔にいらついた。


「ひとつ間違えれば、おまえも一緒にあの世逝きだったんだぞ。」

「でも、間に合いました、」

「たまたまだ。つぎも同じようにできると思うなよ。」


 実に不愉快だ。なにが不愉快なのかわからんが、とにかく腹が立って仕方が無い。なんでこいつは、こんなに飄々としてるんだ。少しいじめてやらないと気が済まない。


「それで? いつまでわたしに抱きついているつもりなんだ?」

「なっ?」

「まあ、命を助けられたので、礼代わりに少しぐらい抱きしめさせてやってもいいと思ったが、そろそろ離してもらえるかな?」

「ちょっ、nullさん、なに言ってんですか?!」

「なにをそんなに驚いている? ふふふ、わたしは、女じゃないと云った覚えはないぞ。」

「うはぁ…もうなんでもいいです。考えたくない。」


 ふん。少しは気が晴れたかな。

 おっと、ばかなことをやっている場合では無かった。ぶつぶつ言いながら、こいつは、わたしの身体を解放したので、ヤツの状態を確認するため、そっと廊下を覗く。ヤツの残骸らしきものが当たり一面に飛び散っていた。


「おい、ニーナ。生きてるか?」


 隣の教室に向かって声を掛けた。遠くでニーナの声がした。


 良かった。生きていたか。


「これで、倒したんだよな?」


「たぶん。」


 たぶんか。まあいい。


「よし、すぐ逃げるぞ。」

「え? ヤツは倒したんじゃないんですか?」

「ばか、ヤツじゃない。これだけの騒ぎを起こしたんだ。すぐに学校関係者がここに来るぞ。このままここにいると、いろいろと面倒だと思うが?」


 ああ、という表情をしたこいつは、納得したようだ。


「おまえは、ニーナのところへ行ってやれ。ここに来ないところを見ると、腰でも抜かしているのだろう。」

「あ、はい。すぐ戻りますので、待っていてください。」


 そういって、慌ててニーナの元へ、そいつは掛けていった。

 

 あんまり無理するんじゃないぞ。わたしは、おまえを気に入っているんだ。いつも、わたしが世話できるわけじゃないんだからな。



  ※※※



 ニーナと共にnullさんのところに戻って来ると


 もうそこには、nullさんの姿はなかった。

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