第1話『蓬莱希の家出』
混乱の中、一馬は朝食を済ますことにした。見慣れた景色に見慣れたご飯。そして母親の顔。昔見たそれと寸分野狂いも無い。
―――ホントに小学生のときに戻っちまったのかな?―――
テレビからは朝のワイドショーが放送されている。出ている人間もニュースも昔見たことがあるものばかりである。
―――とりあえず、どこかで情報を整理しないと―――
一馬は朝食のパンを大急ぎで流し込むと、情報を整理するため外に出ることにした。
家を飛び出し、近所を色々立ち寄ってみたが、15年前と何ら変わりない。15年前まであった駄菓子や「みつま」に近所のおじいちゃんがやっている田んぼ。駅も高架になる前で地上のままである。
駅前の商店街も寂れて人通りがまばらであるが、それでもがんばって開いてるお店には活気がある。数年後、地元の大学生がこの空き店舗を利用して様々なイベントやギャラリーを作ったりして再び活気がでるのだが、この時はこの時で一馬は気に入っていた。
一馬は、ふらふら歩いてると図書館前に行き着いた。とりあえず中に入って情報を整理しようと思い、フラフラっとに入っていった。
まず、新聞の保管コーナーに行き過去数年分の新聞を読み漁った。2010年から今年まで読んだが、今日が2015年4月1日であることは紛れもない事実なのだと一馬は実感した。
―――つまりだ、どういうわけか知らないが、俺は今11歳の小学生に戻っているというわけか。その前の出来事も俺の記憶と一致してるから異世界とかそんなんじゃないみたいだな―――
ここに来る前に一馬は自室にあるアルバムの写真やパソコン(ネットには繋がっておらず、ゲームや写真を見るためのものだが)の中の画像も確認したが、自分の過去の記憶と何ら変わりなかった。
アルバム、文集、さらには携帯で検索したここ最近の大事件なども自分の記憶通りで、さらには放送されていたドラマやアニメも自分の記憶なんら変わりなかった。
一馬は図書館内の自習室に駆け込むとすぐに荷物を空いている席に置いた。そして、すぐに館内にある3つの漫画を探して持って来ると席について読み出した。
持ってきたのは、この頃発行されていた漫画で、共通するのは大人が少年時代の自分に戻るというものである。
一つは、そのまま日常生活を暮らして女子とのエッチなハプニングをギャグ形式で織り成すコメディー。
一つは過去に起こった事件を未然に防ぐために奔走するミステリー。
もう一つは、自分の思い通りの出来事に塗り替えようとするゲス漫画である。
―――この頃はこんなこと起こるはずもないと思って読んでいたけど、ホンマに起こるとわなぁ―――
一馬は自習室でそれを読みながら、もって来たノートになにやらメモをとりだした。
―――この頃に起こったことといえばっと―――
一馬は、この頃に起こる出来事を思い出しながらメモを始めた。
―――うーーと、あれってこの年だっけ、前の年だっけ、こいつは中学上がったとき・・・いや、その前の春休みだっけ、ちょと待てよ、じゃあこれは・・・5年の時のきがするんだけど―――
27歳の大人にとって、小学校6年の時に起こった出来事など行事や事件ならともかく日ごろの出来事はそんなに思い出せないものである。それでも大きな出来事はあらかた走り書きでノートに書き出した。
《メモ内容》
5月、運動会、がんばった。
6月、中谷と喧嘩、それが組を巻き込んで大喧嘩に、中谷と俺で放課後殴り合いでその後話し合い
7・8月、夏休み・林間学校・プールとか、幸助とプールばっか
9月、学芸会(何したっけ?)
10月、修学旅行(なんかあったような・・・?)
10月までは他愛のないことばかりである。世間一般の人と比べて珍しい経験といえば、クラス巻き込んで喧嘩したことぐらいであろう。一馬の周りは、なんだかんだでやんちゃな人ばかりだったが、それが卒業までの半年で一変する。
―――それから―――
11月、佐々木が別のクラスの女子と消える→殺されて見つかる。
―――佐々木と誰だったけもう一人、2組か3組の女子だったと思うんだけど。んで、しばらくして、犯人見つかったけど殺され方えぐかったよなぁ、葬式で中谷がブチ切れて犯人ぶっ殺すって叫んでたし・・・―――
この頃、夜遊びをしていた一馬のクラスメートが別のクラスの女子と行方不明になったのである。親と仲が悪かったり仕事で帰らない日があったりで捜索願が出されるのが遅れ、その結果警察の初動が遅れ全てが後手にまわってしまったのである。本格的に動き出したのは遺体が見つかってからで、その遺体もむごたらしく見つかったのを覚えてる。
―――たしか、暴行されて最後は絞首刑みたいにして吊るされてたっけ、二人とも。待てよ、今からその現場に行って・・・と思ったけど、俺、この事件のこと、概要とか犯人のこととか殆ど覚えてないなぁ~。佐々木とあんまし仲良くなかったし―――
覚えてるとしたら、明け方に駅付近で二人が声をかけられそのまま車に乗り込んだくらいである。その後、数日ほどして人気のない山林に遺棄されているのが見つかった。この時、目撃者や不審者情報などを素に3週間ほどしてから犯人が見つかった。が、犯人はロリコンの異常性愛者で、快楽殺人が目的とわかるとさらに世論の反感を買い、前科もあったので当然2020年に最高裁で死刑判決が出たのである。
その後、2026年に死刑が執行されたが、その時にはたいして大きなニュースにはならなかった。死刑判決が出た時は一馬は少し注目してテレビを見たが、今はその事件が起こる前なのである。
―――そういえば、この時が最後だったな、桃園茜を見たのは―――
一馬が思い出した桃園茜は、当時一馬が好きだった少女である。始まりは小学校4年の秋の学芸会。隣のクラスの出し物が『母を訪ねて三千里』で、ラストシーンであまりにも感動して一馬は号泣してしまったのである。しばらくの間、幸助をはじめクラスメートのからかわれたのだが、そのときに主人公のマルコ役をしていたのが桃園茜である。
ちなみに、マルコの母親役が美香が演じていたのだが、間接的に桃園茜の話を聞くことはあったが、直接話すことは殆どなかった。
―――桃園が死んだの、確か3月だったよな、卒業式の一週間前の。あっ、その前にみつまにトラックが突っ込んだっけ―――
3月、みつまにトラック、桃園死ぬ
一馬は見開きいっぱいにこのあと1年に起きる出来事を思い出せる限り書き込んだ。
―――そういえば、桃園って、最後誰かお見舞いに行ったんだろうか?―――
桃園茜はどちらかというと大人しい性格の少女で、クラスが違うということもあってか、あまりクラスの女子と一緒にいる所を見たことがない。5年の時はたまに美香と一緒にいる所を見たことがあったが・・・
―――6年の時って、あっ、そっか俺のけんかのせいで疎遠になっちまったんか―――
一馬は桃園茜について考えてみた。元々病弱で、1年・2年は入退院を繰り返していた。3年の時から登校できるようになったが、友達が少なくいつも一人で本を読んだりしている程度だった。そこに声をかけたのが、美香だった。
美香は当時、一馬と幸助とけんかしており(理由はもう覚えてないが)そのときに美香が桃園茜に声をかけたことで二人は仲良くなったそうだ。他にも仲のよかった女子がいたと思うが・・・
「珍しいな、一馬が図書館なんて」
不意に声をかけられて振り向くとそこには一人の少年が立っていた。同年代に比べてやや大きめの身長のその少年は、一馬は絶対忘れることが出来ない存在である。
「よう、幸助。そっちこそなんか用事か?」
一馬はさっきまでメモを取っていたノートをめくり白紙のページにすばやく代えた。
「何やってんだ?マンガばっか集めて」
「ちょっと調べごと。んで、メモとりたくてノート持ってきたわけ」
「なるほどな。ところでお前、宿題はもう終わったのか?」
「そういえば・・・。そんなのあったな?」
「おいおいしっかりしてくれよ。いっつも休みの前の日の夜くらいに「今夜は徹夜だ」ってLINE来てるだろ」
―――そういえば・・・。この頃の俺って宿題殆ど後回しで徹夜してたな―――
一馬は小学生の頃はそれほどではなかったが、中学以降は成績は常にトップで、高校は県内でトップクラスの私立に行ったのである。そこでもトップクラスの成績でそのまま現役で東大に合格したのである。しかし、それは他者とのかかわりを持ちたくない=勉強に没頭というコースだったので、高校以降は知っている人間のいない所いない所へという理由だけで進路を決めていたのである。
大学卒業後は親の意向などもあり、地元に戻って就職したが、そこにいたのが柊部長である。ちなみにこの時何をやっていたかというと・・・
「よう、一馬に幸助、元気か?」
「あっ、柊のおっちゃん。制服っていうことは見回り?」
そこには制服警官が一人立っていた。駅前交番勤務のの刑事であった。
「一馬、さっきの話し聞こえてたぞ。宿題は早く柊巡査である。この地域の見回り担当の警官で、かつて、一馬の父と同僚だったため二人のことはよく知っているのである。ちなみに当時の一馬の父は県警おわらさんとあとが大変だぞ」
「分かってるって、今晩中に終わらせるよ」
「今晩中って、俺でも詰め込んで3日はかかったぞ!あれ」
「大丈夫だって。ところで、柊のおっちゃんは見回りでしょ。最近なんか不審者が出たとかないん?」
「いや、そんな情報はないけど、なんかあったか?」
「別に、今ちょっと昔の事件とかを調べてて、それでちょっと気になったから」
「う~ん、ないなぁ。そういうのって君のお父さんの方が詳しいんじゃないん?刑事課だし」
「帰ったら聞いてみるわ」
その日の夜、一馬は勉強机に春休みの宿題のドリルを広げていた。小学生の時は頭を抱えながら解いていた問題だが、今の一馬は一瞬で答えが分かりすらすらと解いている。それだけではない。図書館で借りてきた高校や大学生向けの本なども読んだりしていた。
―――大学の時に呼んだこの参考書もまったく俺の記憶と同じだな。っていうことは、やっぱ、俺って小学生に戻ってるんだな。見た目は子ども、頭脳は大人ってなんかの漫画だけだと思ったけど―――
一馬は算数のドリルをやりながらそんなことを考えていた。といっても算数のドリルはもう終わりそうだし、他の教科のドリルもほぼ終わっている。あと一時間もすれば宿題はもう終わる。当時の一馬から考えたら半分以下の時間である。
「起きてるか一馬?って、珍しいなお前が勉強って」
見覚えのある顔が入ってきた。父親である。この当時は県警の警部をしていたが、2030年には、県警の本部長まで昇進している。それもあってか、高校以降は殆ど顔を合わせなくなってしまったが。
「なんだよ、宿題やってるのに」
「おお悪い悪い。いや、お前蓬莱希って知ってるか?」
「・・・誰だ、それ?」
「お前と同じ学校の新6年なんだけど、今日捜索願が出てよ。5日前くらいから家に帰ってないらしく連絡もないとのコトなんだ。まったく近頃の親はよー、5日も行方不明で何もしないって、どんな神経なんだよ」
「おとんさ、俺、今、宿題やってるんだけど」
「おうおう、ごめん。見かけたら家帰るように言ってくれ。このこまえにも何度か家出してるみたいだからよ」
そういうとそそくさと父親は部屋から出て行った。
「まったく・・・。待てよ、蓬莱って確か」
一馬は本棚からアルバムを取り出した。そこには5年の時の遠足の写真があったのだが、その中にたまたま、桃園茜と一緒に蓬莱希が写りこんでいた。
「やっぱり、この子だ。蓬莱希、佐々木と一緒に殺されたの」
一馬は、アルバムから一枚の写真を見つけ出してきた。
―――うん?待てよ。確かに殺されたのはうちのクラスの優等生の佐々木とこの蓬莱だよな。何でこの二人が一緒に?二人って付き合ってたんか?じゃあいつから―――
一馬はそう思うと他のアルバムも引っ張りだして見て回った。写っている写真はみなクラスの人気のある子ばかりで佐々木が写っている写真は何枚かあるのだが、どれも単独で蓬莱希が写っている写真はほとんどない。
―――なんかないか?写真・・・あり―――
一馬は何かに気づいたようにアルバムから3枚ほど写真を取り出した。
―――ひょっとして、これって―――
一馬は携帯を取り出して、LINEを起動させた。その相手は幸助であった。
「なぁ、一馬。蓬莱希を探すって、一体どこを探すんだよ」
「そうだよ、確かに希がいなくなったのは心配だけどどこにいるなんてわからないよ」
「心配じゃないんか?」
「心配だよ。でもいつもフラッといなくなってフラって帰ってくるし」
「それでいいと思う?」
「どうしたんだよ、一馬。今日はなんか変だぞ」
―――やべぇ、今の俺は小学生だった。とりあえずごまかさなくちゃ―――
一馬、幸助、美香の3人は今、昨日の図書館の前にいた。きっかけは昨日の夜に幸助に送ったLINEである。幸助から「蓬莱希がまた家出したらしいな」と来たので、「ひょっとしたら行き先分かるかも」と返したところ話が盛り上がり今日話そうということになったのである。そこに美香も加わったのである。
「美香は蓬莱と仲良かったけ」
「そこまでは・・・。たまに茜の話題に出てくるくらいかな。直接話したことはあんましかな」
「なるほどね」
一馬はその答えで何かを納得した。
「俺わかったぞ。一馬」
「何が?」
「彼女に近づいて桃園に近づこうという魂胆だろ」
「はぁーーー!チョ、待て。何言いだすんだ。おま」
「そうなんだ、一馬そんなことを」
「チガーーーーーう!!」
一馬は顔を真っ赤にして叫んだ。
「またまた、一馬が桃園好きなのは前からわかってたことだし」
「・・・うぅ」
言葉が出ない。そんな気持ちはないのだが、返す言葉がない。
―――幸助って、鋭いって思ってたがこの時から鋭かったか―――
「まっ、いいんじゃない。んで、どこにいるんだ?蓬莱は?」
「ついて来て」
一馬はふたりを引き連れて歩きだした。
―――よかった、きがそれて。でも、う~ん。まさかこの時点で俺が桃園ことが好きってバレてたとわ。よく考えたら桃園の葬式の時、泣いてた俺に黙って肩化してくれてたっけ。幸助のやつ―――
一馬はちらっと振り返り幸助と美香の顔を見た。
―――そういえば、このふたりって中3の時から付き合いだしたけどこの時どうだったんだろ?今度聞いてみるか―――
一馬は二人を引き連れ10分ほど歩いた。住宅街を少し入ったところの少し大きな家の前で立ち止った。
「ここは・・・?っておい!!」
幸助が静止する間もなく一馬はその家のインターホンを押した。
「はーい。どちら様ですか?」
「こんにちは、松井と市川と西野です」
「おぅ、珍しいな。今出るわ」
そう答えると声の主は数十秒ほどして玄関のドアを開けて出てきた。
「ヤッホー。どうしたんだ仲良しトリオがそろって」
「おっす。佐々木に聞きたいことがあって、電話知らないから直接来た方が早いと思って」
この家の主、佐々木李音は不思議そうにこっちを見ていた。無理もない。幸助とは何かしらよくつるむことがあるのだが、一馬とは殆どつるんだことがないのである。そんな一馬が突然家にやってきたのだから無理もない反応である。
「聞きたいことって何だ?」
「蓬莱希って上にいるん?」
「へぇっ・・・」
「ちょっ、一馬、いきなり何言い出すんだ。李音と蓬莱が何で一緒にいるんだよ」
―――確かに、佐々木と蓬莱が付き合ってることは殺害されるまで誰も知らなかったこと。優等生の佐々木と問題児の蓬莱の組み合わせって誰も想像つかないはずだ―――
「佐々木って、確か両親共働きだったよな。おとんが単身赴任でおかんが出版社関係でちょうど月初めが編集が忙しくて泊り込みになって帰ってこない日が多いって」
「それがどうしたんだ」
佐々木の声はあせってるのか若干震えている。
「蓬莱がいなくなるのってそういう時期とかぶるんだよね。それからこれ」
一馬は家から持ってきた写真を取り出した。
「これって、去年の遠足と球技大会、それから学芸会の写真なんだけど。右手首見て。二人とも同じミサンガしてるじゃん。ミサンガって、こんなに一緒になるかな?」
「おい、一馬。それってみんな推測だろ。それが桃園がここにいるって証拠に」
「へぇ~。すごいね、松井。いつもボケってしてると思ったんだけど意外と鋭いんだね」
家の奥からゆっくりと蓬莱希が出てきた。上はタンクトップのシャツに下はよく見るとパンツ姿である。
「希、出てくるなって言っただろ」
「いいじゃん、ここまで感ずいてるんだから、多分そのままごまかしてたら上がって部屋中探すと思うし」
「蓬莱さん、その格好って・・・」
美香が両手を口に当てて震えながら言った。
「ち、違うわよ。服、今、洗濯してもらっているだけで、そんなやましいことなんてしてないわよ」
蓬莱希は全力で両手を前にして否定した。その後佐々木李音に促され2階の彼の部屋に通された。
「一馬のおとんって警察官だったよな。ちくるんか?」
「いや、なんか気になってたから真相知りかっただけ。確認できたらそれでいいわ」
「一馬、そのために俺らをまきこんだんか?」
「幸助だって気にしてたんじゃん」
「それは、お前が知ってるっていうから気になって」
佐々木李音と蓬莱希はお互い目配せをしながらこっちを見ている。さすがに下着だけだとばつが悪いので佐々木李音の服を借りてきている。
「いつからなの?二人って」
美香が恐る恐る聞いた。
「4年の時の学芸会の時から。私、そのとき家でいろいろもめていて、学校にも行けてなくて。その時に李音が家にきてくれて練習誘ってくれて、そこからかな」
「うん。うちは親が共働きだし、そういう時は希が家にきたりして、ただ、みんなには内緒にしておいてくれ。お願い」
「分かったよ。けで、一つだけ条件がある」
「何?」
希がびくっとして聞いた。何を言われるんだろうと不安そうに。
「桃園茜には、どこにいるかちゃんと伝えておけよ。多分一番心配してると思うから」
「やっぱり、桃園茜に近づくためか」
幸助が割って入ってきた。
「だから違うって言ってるだろ!!」
「やっぱりそうだったんだ」
美香まで乗ってきた。
「そうなの、松井って茜のこと好きなんだ」
「応援してるぞ。松井」
蓬莱と佐々木も一緒になって乗ってきた。
「だから違うーーーーーーーーって」
一馬は人の家で絶叫した。
4月8日。この日は始業式である。といっても、学年が一つ上がっただけで、クラスも担任も変更がない。なので、ただただ新学期が始まったという感覚しかないのである。
結局、蓬莱希はあの後自宅に戻ったことを一馬は父親から聞かされた。自宅に戻ってからのことは聞かされなかったが、あの時にLINEのアカウントを交換したので、二人とはメッセージのやり取りをするようになった。
一馬はあの後考えていた。桃園茜が亡くなるまで残り一年。ただ暮らすのではなく彼女に最高の思い出を作ってあげたい。そう思うようになってきたのである。
―――彼女の残り一年は、クラスメートのゴタゴタヤ友達の死とか暗い事しかない。だったら、俺たちで楽しい一年に塗り替えればいい―――
と言っても、未来の記憶があるとは絶対に口にしてはいけない。そうすれば何が起こるかわからない。さりげなくこれからの出来事を修正するにはどうすべきか?一馬はノートを見ながら考えていた。
が、結局、どうすべきかを考えるだけで2日もかかり、春休みが終わってしまった。しかもまだ結論は出ていない。
とりあえず、今日の登校は5人で行くことにしたのである。
「ところでさ、幸助や美香は下の名前で呼んでるのに松井だけ苗字ってもな」
佐々木李音が合流してからすぐに言った。
「じゃあ、一馬でいいよ。その代わり俺も李音って呼ぶから」
「はいはーい!じゃあ私も一馬って呼ぶね。私のこと希って呼んでいいから」
「いいけど、つか、二人とも一緒でいいのか?今まで隠してたのに」
「みんなと一緒だったら大丈夫かなって」
「なるほど~。うちらを使ってカモフラージュというわけですね」
「お前、どういうキャラ設定なんだ」
幸助の返答に一馬はあきれ返った。
「まぁまぁ、面白いんだね、一馬と幸助は」
「あぁ、こいつとは一年からの腐れ縁だからな」
「よく言うよ、たく」
そんな会話をしていると学校に着き、5人はそのまま校舎の4階へと上がっていった。6年の教室は4階にあるのだ。
1組の教室の前に到着すると希のみそこを素通りして3組の教室に向かった。すると教室から一人の女の子が飛び出して希に飛びついた。
「のぞみーー!」
「ちょっと茜、いきなり何飛びついてるのよ」
桃園茜が希に飛びついていた。それを一馬たちは遠巻きに覗いていた。複雑な気持ちで一馬は彼女を見ていた。
―――おれ、桃園を必ず、一人ぼっちなんかにさせない―――
一馬はそう決意した。
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