第115話 小説3巻コミックス1巻出版記念SS 騎士学校生徒たちの憧れ
「あれがイゼル砦の水の貴公子か。まさかこんな所でお会いできるとは」
騎士学校四年のポールは、右手を握って興奮していた。ついさっきまでアースドラゴンに追いかけられて死にそうだったとは思えない元気な様子だ。
土の迷宮の中は、サイレンドッグが他の魔物を呼び寄せてそれを全滅させた後だからか、他の魔物の姿はなかった。
拍子抜けするほどあっさりと地上に戻った騎士学校の生徒たちは、引率の教師が各所に報告をする中、宿屋に戻って待機していた。
「あの剣筋を見たか? さすがだよなぁ」
ポールと同じ騎士学校に通うハリスが、さっきの戦いを思い出すようにアルゴの動きを真似た。
「そんなヘナチョコじゃダメダメ。こんな感じだっただろ」
ハリスよりもしっかりと、ポールがアルゴの型を真似る。さすがに宿の中だから剣を振り回したりはしない。
「
「騎士アマンダだろ。初めて見たけど、噂通り綺麗だったなぁ。伝説の紅の
うっとりとしたハリスに、ポールが同意する。
「ああ、紅の剣姫って、騎士アマンダのお祖母様がそう呼ばれてたんだっけ。祖母が憧れてたみたいで、うちに絵姿が飾ってあるよ」
ポールの祖母は舞踏会で無理やり誘ってきた男を紅の剣姫に撃退してもらった時から、その熱心な信奉者だった。
ポールの祖母だけではない。
身分違いの恋の果てに、あっさりと伯爵令嬢という地位と騎士の身分を投げだして駆け落ちし、社交界から姿を消した美貌の女騎士の伝説は、今もなお語り継がれている。
しかもその恋の
「イゼル砦には炎姫の他にも美人が多いんだろ? いいよなぁ」
ハリスの言葉に、レノは肩をすくめた。
「確かに多いらしいけど、みんなレオンハルト殿下と水の貴公子狙いだぞ」
それを聞いて、ポールもハリスも確かに、と納得する。
魔物の王からエリュシアを救った英雄であり王弟であるレオンハルト、そしてその右腕であるアルゴ・オーウェンの二人は、貴族の子女たちの憧れだ。
二人の目に留まるため、わざわざイゼル砦に向かった女性は多い。――もっともそのほとんどが魔の森と隣接し魔物との戦いに明け暮れるイゼル砦での生活に耐えきれず泣いて帰るのだが、まだ学生の彼らはそこまでの事情を知らない。
「……凄いな。憧れるちゃうよな」
「鍛錬をすればあそこまで強くなれるのかな」
「なれるさ。……きっと?」
「なんで疑問形なんだよ!」
「いや、なれるなれる。うんうん」
ハリスがポールの肩をポンポンと叩く。
「でも変わったパーティーだったな。水の貴公子と炎姫と神官がいるのはともかく、獣人と女性と、あとなぜか小さい子がいて」
「あの獣人は戦い慣れてたから、冒険者じゃないか? 豹の獣人で高レベルの冒険者というと……。ああ、『
確かにカリンは研究者だが、その研究はスライムに限るということを知らないレノは、そう結論付けた。
「そうかもしれない」
ポールとハリスが同意すると、レノは「でも……」と言葉を続けた。
「でも、白いローブを着てた女の子は何者だろうな」
「今まで見たことがない魔法を使ってたよな」
ポールの言葉に二人が頷く。
「俺さ、あんな風に相手に触らないでヒールするの、初めて見たよ」
レノがそう言うと、ポールも「そうそう」と同意する。
「それに俺たちの使うプロテクトとは違う魔法を使ってたよな。普通は自分にしかかけられないのに、他に人にかけれるんだな。なんか、小さい盾みたいなのがくるくる回っててビックリしたよ」
物理防御を上げるプロテクトの魔法は、騎士学校の生徒が最初に覚える魔法だ。だがあんな風に他人にかけることができるのは知らなかったし、青い小さな盾が現れるのも知らなかった。
そもそも、引率のダンドリー先生も知らなかった様子だから、一般には知られてない魔法なのかもしれない。
「それに……騎士アルゴのこと、アルにーさまって呼んでたなかったか?」
レノの言葉に、ハリスとポールがぎょっとする。
「オーウェン家に女の子なんていたか?」
「いなかったと思うけど……。オーウェン家の当主のアウグスト様は愛妻家で有名だから、愛人の子供ってこともないだろうし……。もしかして魔法の素質を買われて、一族から養子になったとか?」
「なるほど。あの子、回復魔法だけじゃなくて攻撃魔法も使えてたからな」
レノがそう言うと、ポールが興奮したかのように言った。
「なんか見たことがない魔法も使ってたよな! あのアースドラゴンの動きを封じこめたやつ。なんて言ってたっけ、スパオートオンとかなんとか」
実際には『スパイダーウェブコート・セットン』だが、ポールはちゃんと覚えていなかった。
「魔物の足止めができるのは凄いな。あの魔法はイゼル砦で開発されたものなんだろうか」
「そうかもしれない。剣技は英雄レオンハルトが魔法剣を作り出して、魔法はオーウェン家が開発してるのかもしれない」
レノとハリスの会話に、ポールは目を輝かせた。
「じゃあイゼル砦に配属されれば、最先端の戦い方を教えてくれるってことか!?」
アースドラゴンの姿を目にして、つい恐怖のあまり走り出してしまったポールは、それを恥じていた。
ポールは子爵家の次男で、跡を継ぐ爵位はない。でも剣の才能もそこそこあるし、風の魔法も使えたから騎士になって身を立てればいいかと気楽に考えていた。
身分としてはギリギリだが、自分の能力であれば精鋭揃いである近衛騎士団にスカウトされるのではないか。
――そんな夢を抱いていた。
なのにあんな無様な姿を晒してしまったから、後悔というよりも、自分で自分が情けない。
けれどもポールは前向きだった。
力が足りないのなら、鍛えてくれる騎士団に入ればいいのではないかと、そう考えたのである。
「最先端かどうかは分からないけど、あそこの訓練は凄く厳しいって聞くぞ。確かに、強くなれるだろうけど」
レノの言葉に、ポールはそうか、と頷く。
「なんかさ、俺って今まで他に道がないから騎士になろうって考えてたんだけど……。水の貴公子も炎姫も凄くかっこよかったよな。あんなに大きなアースドラゴンをさくっと倒しちゃってさ」
そこで言葉を切ったポールは両手を固く握りしめた。
「……俺、正直言って、あの時はもうダメだと思ったんだ。騎士にもなれずに、こんなとこで、死んじゃうのかなって。もっと真面目に鍛錬してたら、もしかしたらもう少し戦えたのかもしれないのかなって、凄く後悔して……。だから、うまく言えないんだけど、もっと強くなって、俺も、あんな風にかっこよく誰かを助けられる騎士になりたいって思った」
そう続けるポールに、レノもハリスも深く同意した。
「そうだな。どうせ騎士を目指すなら、一流の騎士になりたいよな」
レノは伯爵家の三男だ。はっきり言って上の二人よりも自分の方が優秀だと思っているが、家督を継ぐ機会は訪れそうにない。かといってそのままずっと家に居続けられるわけでもない。神官になるか騎士になるか、レノに与えられた選択肢はこの二つだけだった。
そして彼は騎士を選んだのだ。
残るハリスも同じようなものだ。彼ら三人はその境遇がとても似ていた。
「じゃあさ、三人でイゼル砦への配属を希望しないか?」
ポールの提案に、レノは悪くないな、と同意する。
ハリスは、二人がそう言うなら……と、三人で手を取り合って誓いを立てた。
彼らは知らない。
今のイゼル砦にアルゴ・オーウェンとアマンダ・ルージュはいないことを。
ユーリが信号機トリオと呼んだ、ランスリー・レーニエたち三人が指導に当たることを。
そしてポールがゲオルグに付与師の才能を見い出されてこき使われ――ではなく、弟子となることを。
彼らの未来に栄光あれ!
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