第114話 神獣・玄武

「アルにーさま、あれ、玄武です!」

「げんぶ?」

「四神獣の一柱で、亀です。……あ、ただの亀じゃなくて、えと、何で言えばいいんだろう」


 玄武って確か北を守護する神獣なんだよね。それで、えーっと。

 どんな神獣だっけ。


「玄武とは、四神獣の一柱で北方を守護する、蛇の尾を持つ亀のことだ。常世より現れ神託を授ける神獣だと伝えられておる。リヴァイアサンと同じく、エルフの里の伝説だがな」

「リヴァイアサンと同じ神獣か……」


 アルにーさまが、右手の魔法陣を左手で抑える。

 あの戦いの時のことを思い出しているのかもしれない。


 リヴァイアサンと同じくらい強いとしたら……きっと、死闘になる。


 部屋の奥にいる玄武は、今の所微動だにしていない。

 頭も手も足も、甲羅の奥に引っこんで動く気配はなかった。


 良かった……。玄武も青龍と同じように近づかない限りは襲ってこないみたい。

 でも扉はきっちり閉まっちゃってるから、倒さない限り外には出れないんだろうなぁ。


 まあ、そもそも、迷宮の主を倒すためにここまで来たんだしね。


 相手が玄武だったのは予想外だけど……。でもリヴァイアサンを倒してから、いつかは倒さないといけない相手なんじゃないかなって思ってた。

 だから、ここでこうして対峙するのは、きっと運命なんだよ。


 カリンさんの舞で土属性防御を上げて、アルにーさまたちが自分にかけるプロテクトをかけて、私がプロテクト・シールドとマジック・シールドをかけて。


 これで準備はできた。

 さあ、みんな。行きましょう!




 一歩ずつゆっくりと近づくと、部屋の奥の甲羅が大きく揺れた。

 ドオーン、と、地面から地響きが伝わってくる。


「この音だ」


 ヴィルナさんが耳を玄武の方へ向ける。


「さっきから聞こえていたのは、玄武が身じろぎする音だったのか」


 そういえば大地が唸る音が聞こえるって言ってたっけ。

 身じろぎしても起きてるわけじゃないっていうのは……。あれ。もしかして、寝ぼけてるってこと?


 そんな事を考えていたからか、巨大な甲羅からぬうっと顔が出てきた。

 その瞳には、神獣らしく知性のきらめきがある。


「この地に降りるのは久方ぶりよの。これは珍しい。人の子と獣の末裔と世界樹の守り人か。ほう。それに加えて魔物の王までいるではないか。そして……なるほど。混ざり物か。ふむ。そなたらが望むのは、富か、名誉か、それとも叡智か」


 玄武の低い声が部屋に響く。


 叡智――それは、賢者の塔へ行く方法を教えてくれるっていうことなんだろうか。

 それに、なぜリヴァイアサンも玄武も、私のことを混ざり物って言うんだろう。


 私がこの世界で疑問に思っていることを、全部教えてもらえるの?


「叡智だと答えたら、僕たちが望む答えをすべて示してもらえるのだろうか?」


 アルにーさまの問いに、玄武は部屋中を震わせるような声で笑った。


「ふぉっふぉっふぉ。人の子よ、それは欲張りすぎるというものだ。真理というのはただ一つでなくてはならぬ。だとすれば真に求める答えも一つ。全てをかけて求めるただ一つの問いこそに、価値があるとは思わぬか?」

「では……。僕たちが勝ったなら、賢者の塔への道しるべを教えて頂きたい」

「賢者の塔だと!?」


 玄武は目をクワッと見開くと、アルにーさまの顔をじっと見つめた。

 そしてその視線が、横にいる私の顔に移る。


「なるほど、そうか! 賢者の塔を目指す者はかつてもおったが、よりにもよって混ざり物が目指すか! いや待てよ。ひょっとして……」


 玄武はさらに首を伸ばして私を見た。


「ははは。これは愉快。馴染んできておる。よかろう。お主たちが我に勝った暁には、賢者の塔への道を示そう。それだけではない、鍵の一つをくれてやろうではないか」

「では遠慮なく倒させてもらいましょう」


 玄武は目を細めてアルにーさまを見た。


「人の子が言いおるわ。では、我に力を示してみよ!」


 そう言うと、玄武は甲羅から首より長い足を出した。


 ドオオオンと地響きが走る。

 地震のように足元が揺れ、立っているのが辛い。


 体勢を立て直している間に、入口にいたのとそっくりなガーゴイルが二体現れた。


「ケケケケ」

「ケケケケ」


 笑いながら襲ってくるガーゴイルは、体が石でできているからか、なかなかダメージを与えられない。

 それに空を飛ぶのが厄介だ。


「くそっ。チョコマカ逃げやがって」


 攻撃しようにも空に逃げられてしまって、フランクさんの拳は届かない。

 でもフランクさんの職業は神官ですからね。忘れないでくださいね。


「フランクさんは回復をお願いします。ガーゴイルは私に任せてくださいね。ウィンド・ランス! いっけぇぇぇ!」


 風の槍がガーゴイルを貫く。

 ザシュッと音を立てて刺さる無数の槍が、ガーゴイルをただの石の塊に変えた。


 パラパラ落ちてくる石を避けながら、玄武の方を見る。

 アルにーさまとアマンダさんの魔法剣で、固い甲羅にもところどころヒビが入っていた。


 あれ? 意外と強くない……?


 リヴァイアサンと戦った時に比べたら、手ごたえがないような気がする。


 でも玄武は防御に特化していて攻撃はそれほど強力じゃないから、ただ単にこっちの攻撃力が高いだけかもしれない。


 だって私がレベルアップしてるってことは、それがたとえば武器の熟練度だけだったとしても、アルにーさまたちも同じように能力がアップしてるってことだもんね。


 それってかなり強くなってるってことじゃない?


 玄武の攻撃は、もっぱらあの固い甲羅での押しつぶしと尾っぽの蛇による噛みつきだ。


 ゲームではそれに加えてアースクエイクっていう技を使った地震攻撃があったんだけど、今のところ、それはなさそう。


「水流一閃いっせん!」

炎刃えんじん両断!」

「波動掌拳しょうけん!」

「双剣乱舞!」


 それぞれ必殺技を放って、玄武を攻撃する。


 私も攻撃に参加しようと思ったけど、その前に玄武はピクリとも動かなくなってしまった。

 思ったよりあっさり倒しちゃったけど……。


 でもこれで賢者の塔に行く方法が分かるんだよね!


「玄武よ、約束だ。賢者の塔への行き方を教えて欲しい」


 アルにーさまが倒れた玄武の元まで行く。私も玄武から賢者の塔の詳しい話を聞くためについてゆく。

 私たちの気配を感じたのか、玄武は閉じていた目をわずかに開いた。


「なかなかやるが……。これで終わりではないぞ」

「どういうことだ?」

「叡智を求めるのであれば、それに相応しき叡智の器を示せ」


 そう言うと、玄武は後ろ足で立ち上がった。

 あれは――!


 アースクエイクが来る!


 玄武が体を前に倒すと、地面に大きな亀裂が入った。

 避ける間もなく、その亀裂に飲みこまれてしまう。


「ユーリ!」

「アルにーさまぁー!」


 手を伸ばしてくるアルにーさまの手を取り。

 一緒に底なしの奈落へと、落ちていった。

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