第85話 えーっ、聞いてませんよ

 枯れ井戸の底から続くトンネルを下へと進むと、やがて目的地についた。まずノアールが中に入って安全を確かめてくれる。


「にゃっ」


 その後に続いて行くと、開けた場所に着いたのが分かった。立ち上がって辺りを見回すと、急に足元からぽわりと光が広がる。


「……え?」


 淡い光はあっという間に強くなって、部屋全体を目も眩むような明るさで包んだ。

 でもそれは一瞬のことで、すぐに落ち着いた光に変わる。


「な……なんだ、これ?」


 まーくんがビックリした顔で私を見るけど、私にも分かりませんってば。


「マーク!」


 声がした方を見ると、そこにはさっき見た子供たちがいた。みんな薄汚れた格好で疲れた様子だったけど、とりあえず目に見えるような怪我とかはしてないみたいで良かった。


「助けにきてくれたのか?」


 一番背の高い子に聞かれて、まーくんは頷いた。


「そっちの子は?」

「一緒に助けにきてくれた子だよ。イゼル砦の騎士様と一緒にこの町に来たんだ」

「やった! 騎士様たちが助けに来てくれたぞ!」


 喜ぶ子供たちの中で、ちょっとヨロヨロしている子もいる。ずっと魔鉱石を取ってたから、体力が落ちちゃったのかな。


 そういえば魔鉱石って……この銀色の光ってるのが全部そうなのかなぁ。貴重だって言ってたから、これだけあると凄いんじゃないかな。


 特に部屋の真ん中にある大きな魔鉱石の塊なんて凄く貴重そう。

 でも何でいきなり光ったんだろう?


「なあ、お前も魔法使いなのか?」


 えっと魔法使いじゃなくて賢者なんだけども、説明して分かってくれるかなぁ。う~ん。ここは魔法を使えるってことだけを言っておいた方がいいかな。


「魔法は使えますよ」

「えっ。そうなのか?」


 まーくんが驚くと、背の高い子は「お前も知らなかったのかよ」と笑った。


「さっき会ったばっかりだし……。それより、こっちの魔獣の方が凄いんだぜ」

「魔獣?」


 まーくんに指さされたノアールは「にゃ?」と首を傾げる。

 はう。可愛い。


「なんだ。ちっこくて弱そうだなぁ」


 がっかりしたように言う男の子に、ノアールはチラっと視線を向けた。

 途端に放たれる威圧に、男の子だけじゃなくみんなが固まる。


「こらっ、ノアール!」


 もー! むやみやたらに怖がらせちゃいけませんよ。


「にゃっ」


 ノアールが威圧を緩めた途端に、金縛りが解けたかのように子供たちが息を吐いた。


 うちのノアールが、ごめんなさい。

 どうしよう。何人か腰が抜けちゃってる子がいる。


「にゃあ」


 反省したのか耳をペタリと伏せるノアールの姿に、怒ろうと思っても怒れない。


「これからはこんなことしちゃダメだよ」


 小さくても威圧できるって知らなかった私も悪いけど。

 っていうか、前は小さい時に威圧なんてできなかったんだから、成長してできるようになったってことかなぁ。


 ノアールのレベルがいくつか分からないから、何とも言えないんだけども。


「にゃう」


 反省したらしきノアールは良い子でお座りをしている。


「さあ、急いで逃げよう。えーっと、歩ける?」


 子供たちの中には、へたりこんじゃってる子もいる。まーくんも手を差し伸べてるけど、立ち上がれないみたい。

 これじゃ見張りに見つからないように急いで縄梯子を上るのは無理かな。


 う~ん。困ったなぁ。


 どうしようかと悩んでいると、ノアールが小さく鳴いて壁の方へ向かった。


「どうしたの、ノアール」


 カリカリと壁を爪で引っかいている場所をよく見ると、壁に少しだけ亀裂が入っていた。

 近づいて亀裂の向こうを見るとうっすらと光が見えるけど、暗くてよく分からない。


「これって地上まで繋がってるのかなぁ。どうやって確かめたらいいんだろう。う~ん」


 亀裂はノアールでもギリギリ通れるかどうかという狭さだ。魔法でこの亀裂を大きくすることはできるけど、この先が地上に繋がっていないのなら意味はない。


「あっ、そうだ」


 いいこと思いついた!

 私は猫のポシェットに手を入れて、アイテムボックスを呼び出す。


 そしてアマンダさんからもらったこれを……。


「おい、お前何してるんだ?」


 まーくんが、いきなり紙を取り出して手紙を書き始めた私を怪訝けげんそうに見る。


 ふふふーん。これはね、こうやって使うんだよ。


「フランクさんへ。枯れ井戸の底から通じる通路の先に、大きな部屋があって、そこに魔鉱石があるみたいで子供たちもいました。ちょっと井戸をまた上るのが無理そうなんで、亀裂の先が地上に繋がってるかどうかをこの手紙で確認します。もしこの手紙が届いたら、パフボールの飛んできた方向に来てください。……うん。これでいいね」


 私はアマンダさんからもらったパフボールに息を吹きかけて亀裂の方へパフボールを飛ばす。

 白いモコモコの塊になったパフボールは、ふわりふわりと亀裂の向こうに吸い込まれていく。


「やった! 繋がってるみたい」


 じゃあ、魔法でこの亀裂を広げればいいよね。

 えーっと、ファイヤー・ボールだとこの部屋にガスがあったら危険だし、水も土も危険だから風か雷だけど、風で瓦礫がれきを吹き飛ばせばいいかな。


「ちょっと、みんな後ろに下がっててね。……うん。いいかな。それじゃ、ウィンド・ランスだ! いっけぇぇぇ!」


 ぐるぐると渦巻いた風でできた槍が亀裂へと向かう。


 ドオオオオオオオンン。


 轟音を響かせ、亀裂が広がる。

 瓦礫は風の槍と共に、外へと散らばっていった。そしてその向こうに、青空が見える。


「わーい。やったー!」


 ぴょんぴょん喜んで飛び跳ねていると、ノアールもそばにきてご機嫌になっている。

 まーくんたちも後ろで歓声を上げている。


 やったね、大成功!


 なぜか亀裂の向こうに青空が見えるけど……。地下に潜ってたはずなのに、なんでだろう。

 でも、細かいことは気にしちゃダメだよねっ。


 急いで外に出ようとすると、いきなりノアールが唸り声をあげた。


「ノアール、どうしたの?」


 振り返ると、視界の隅で何かが動いた。

 ゴゴゴ……と、重たい物が動く音がする。


 目をまたたいて見ていると、部屋の真ん中にあった石の塊が動いている。

 ゴトン、ゴトン。

 そしてそれは、みるみるうちに形を作り……。


 ドッシーンという音と共に立ち上がったのは、エリュシアオンラインでもおなじみの石の魔物――。


「えええええええええっ。ゴーレムゥゥゥゥ!?」

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