第79話 大切な寄り道

「さて。じゃあ適当なところにお座り。レイナ、適当に飲み物を持っておいで!」

「はい」


 厨房から、ルイーズさんほどじゃないけど、凄く色っぽい女の人が顔を出した。レイナさんは、ノアールの姿に驚いたみたいだけど、すぐに頷いて厨房に戻る。


「話をする前に一応聞くけど、こいつはいきなり暴れだしたりはしないんだろうね?」


 ルイーズさんは赤く塗られた長い爪でノアールを指す。フランクさんはその正面にドカッとすわって腕を組んだ。


「この嬢ちゃんが危ない目に合わない限りは大人しいもんさ」

「へえ。あんなに凶暴な魔獣が、ここまで大人しくなるとはねぇ。よく手なずけたもんだよ。……で、あんたの頭の上も同類かい?」

「……まあな」


 苦虫をかみつぶしたような表情に、ルイーズさんが「くっ」と笑いを漏らす。


「あのフランクが、ホーンラビットの変異種に懐かれるとはねぇ。そっちのダークパンサーも目が青い。変異種だね」

「……その辺でいいだろう。さっさと情報を寄こせ」

「嫌だねえ。せっかちな男は嫌われるよ。ねえ、お嬢ちゃんもそう思わないかい?」


 いきなり話を振られて、私はアルにーさまを見る。

 アルにーさまは一つ頷くと、私を背中にかばった。


「先にこちらの要件を済ませて欲しいね」

「イゼル砦の副砦主も一緒とは、なかなか面白いことになってるねぇ」

「あなたとお会いしたことはないはずだけど」

「その水色の鎧と風貌で分かるさ。英雄ほどじゃないけど、色男には違いない。……世間話はこれくらいにしておこうか。さて。この町で子供が行方不明になってるって話だけど……。行方不明の子供は四人だね。肉屋の息子と、あとは教会の子が三人」


 ルイーズさんは指を折って行方不明の子供の数を数えた。


 その間にさっきのレイナさんが飲み物を持ってきてくれたので、お礼を言ってもらってから席につく。

 私と男の子は一番端っこの席だ。


 厨房に戻るレイナさんは、何事もなかったかのように、ルイーズさんが投げた短剣を刺さっている壁から回収する。

 なんだか慣れてると思うのは私だけかな。


「教会の子供も行方不明なのか」


 フランクさんの声が低くなる。

 やっぱり神官さんだから、教会で暮らす子供が事件に巻き込まれてるって分かったら心配なんだろうなぁ。


 このアレス王国では、親のいない子供は十歳になるまで教会が面倒を見る。だから教会の子って呼ばれる子供たちは、みんな孤児だ。


「事件に巻き込まれるのは、いつだって弱い立場の子供さ。そこの坊やが必死になって探してるけど、手掛かりはつかめてないようだねぇ」

「坊主。お前、教会の子なのか?」


 フランクさんに聞かれた男の子は、オレンジ色の目をきっと吊り上げて答える。


「だから何だって言うんだよ」

「いや……。痩せてもいねぇし、清潔な服を着てるからな。この町の神官はまともな奴だと思っただけさ。神官の名前はなんて言うんだ?」

「ロウ神官だよ」

「あの爺さんか! なんだ。じゃあお前、俺の弟分か!」

「えっ」


 フランクさんは席を立って男の子の背中をバンと叩いた。あまりの勢いに、男の子の体がつんのめる。


「ちょっとフランク、もう少し手加減しなさいよ」


 アマンダさんにたしなめられたフランクさんは「いやぁ坊主、悪い悪い」と言いながら、またもや男の子の背中を叩く。

 今度は手加減したみたいだった。


「こんなところで弟分に会うとはなぁ。じゃああれか。行方不明になったのは俺の弟分の奴らってことか。神の御手に紡がれた糸が巡りあったな」


 えーっと、どういうこと?


 フランクさんって、たまに神官さんらしいことわざみたいなのを言うよね。

 言葉のニュアンスとしては、運命の糸に導かれて出会った、って意味かなぁ。


 フランクさんの両親は二人とも冒険者だったんだけど、フランクさんが子供の頃に魔物と戦って亡くなってしまった。

 まだ幼かったフランクさんは教会に引き取られ、そこでお世話になったのがロウ神官なのだそうだ。

 

 回復魔法の才能を持つ子供はそのまま神官になることが多いけど、フランクさんは神官ではなく両親と同じ冒険者になる道を選んだ。


 教会の偉い人たちは、回復魔力の才能を持つフランクさんが冒険者になるのを反対したけど、ロウ神官は自分のなりたい職に就くといいと言って、フランクさんの後押しをしてくれたんだそうだ。


「だったら、おじちゃんがロウ神官がいつも言ってるエリュシアいちのヤンチャ坊主?」

「なんだ、そりゃぁ」


 フランクさんの話を聞いていた男の子が、オレンジ色の瞳を輝かせる。


「十歳になると、どの職業に就くか決めなくちゃいけないんだけどさ。そん時に必ずロウ神官が話してくれるんだ。自分がなりたい職業と、自分に向いてる職業は違うって。もちろん自分に合った職業を選ぶべきなんだけど、若いうちは色んな冒険ができるんだから、好きな職業につきなさいって。それでだめだったら、やり直せばいいって」


 おお。さすがフランクさんのお師匠様。凄くいいこと言ってる。

 なるほどーと思いながら聞いていると、男の子は更に言葉を続けた。


「それに、神様が決めた天職なら、必ずその職に就くようになるから心配しなくていいんだってさ。エリュシアいちのヤンチャ坊主だった人も、最初は冒険者になったけど、やっぱり神官の道を選んだんだって言ってた。それは、凄い神官になるためには大切な寄り道だったんだって。おじちゃんが、そのフランクって名前の神官なんだろ?」


 凄い神官になるための寄り道ですか。


 あ、フランクさんの顔が赤い。

 もしかして照れてる!?

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