第76話 大理石の町

「いえ。僕たちはたまたまこの町に立ち寄ったのですが……。一体何があったんですか?」


 この町で起こった事件なんか何も知りませんという顔で、アルにーさまが心配そうに尋ねる。

 おお。アルにーさま、役者になれそう。


「なんと。派遣された騎士さまではないのですか」


 町長さんは細い目を見開いて、私たちを順番に見る。そして甲冑虫のツノを背負ったノアールを見て、ギョッとした。


「あれはダークパンサーではないか!」


 いや、さっきからずっといたけど。


 それに町長さんと一緒に来た兵士さんたちは、ずっとノアールのことを警戒してたよ。さすがに王国の騎士であるアルにーさまとアマンダさんの前では剣を抜けないと思ってるみたいだけど、いつでも抜けるような態勢になってる。


 今まで気がつかなかったなんて、変なの。


「これはこの子のペットですから心配いりませんよ。イゼル砦の砦(さい)主(しゅ)であるレオンハルト様の許可を得て同行しています」

「あの英雄殿下の……」


 レオンさんって、アレス王国の人たちには英雄殿下って呼ばれてるんだね。なんだかカッコイイです。


「その、そちらのお嬢様は一体……?」


 町長さんは戸惑うように、私たちを見回す。

 その目が順番に、アルにーさま、アマンダさん、フランクさん、ヴィルナさん、カリンさん、と続いて、最後に私とノアールの間で揺れる。


 そうだよね。確かにどういう一行なのか分からないよね。


「申し訳ないが、口外できないのです」


 アルにーさまがにこりと笑って、それ以上聞かないでねという無言の圧をかける。

 途端に町長さんの顔色が悪くなった。


「さようでございますか……。それで、この町へはどういったご用件でいらしたのですか?」

「この甲冑虫のツノを冒険者ギルドに持ち込もうと思いまして」

「なんと、こんなに大きなツノを持つ甲冑虫が出たと? これは大変だ。すぐに兵士たちを――」

「ああ、いや。これはグラハム村の近くに現れた甲冑虫です。倒したのは良いのですが、買い取りはできないと言われてしまって」

「なるほど。それは確かにこの大きさでは買い取れないでしょうな」


 町長さんはノアールが背負った甲冑虫のツノを感心したように見た。それからノアールをじっと見つめる。

 むむむ。ノアールが可愛いからって、あげませんからね!


「ではこの者に冒険者ギルドへの案内をさせましょう。……粗相のないようにな」

「はっ」


 すぐ隣にいた兵士にそう言うと、町長さんは元来た道を帰っていった。

 アルにーさまはじっとその後ろ姿を見つめると、残った兵士に微笑みかける。


「では、我々は町の中に入ってもよろしいですか?」

「どうぞ。ようこそ、アボットの町へ」


 兵士さんの案内で大通りを奥へと進む。


 町の建物は、みんな白い大理石で造られていて、なんだか高級住宅街に迷い込んだみたいだ。

 大通りの先には広場があった。中央には噴水があって、それもまた大理石でできていた。広場に縁には花壇が作られ、人々が休めるベンチが置いてある。もちろん大理石のベンチだ。


 この世界では町の中央に丸い広場があって、そこで人々が休めるようになっていることが多い。グラハム村もそうだったけれど、こんなに立派な広場じゃなかった。


 さぞかし観光客がたくさん来るんだろうと思ったけど、わざわざ石切り場を見に来る人はいないんだって。


 確かに、村とか町の中は結界があるから安全だけど、一歩外に出たら魔物が出るかもしれないもんね。わざわざ危険をおかしてのんびり観光なんてできないかも……。

 この世界も、のんびり観光ができるくらい安全になればいいのに。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか冒険者ギルドの前までやってきていた。


 これって、教えてもらわなかったら、冒険者ギルドの入り口だって分からない高級感だなぁ。


 冒険者ギルドのイメージはなんとなく荒くれ者が集まる場所っていう感じがするけど、ここは大理石で造られてるからだろうけど、高級店の入り口だって言われたほうがピッタリする。


 入口の上にある冒険者ギルドの紋章がなかったら、絶対分からないかも。


 そのマークは私が賢者への転職クエストでもらった剣と杖が交差した絵が描かれている紋章と、剣と杖の位置が正反対になってる以外はそっくりだ。

 賢者の職業って、冒険者ギルドと何か関係があるのかなぁ。


 ここまで案内してくれた兵士さんにお礼を言って、アルにーさまとノアールの背から甲冑虫のツノを降ろしたフランクさんの二人だけが冒険者ギルドの中に入る。


 さすがに冒険者ギルドの中にいきなりノアールが入っていくと騒ぎになるからってことで、私とノアールとアマンダさんたち女子一同は、入口の横で待っていることになった。


「ノアールにもメダルをつけておくといいかもしれないわね」

「メダルですか?」

「ええ。一角牛は魔獣だけど、気性が大人しいから荷運び用に飼ったりすることがあるの。でも飼っている一角牛かどうか、荷物を運んでいなければ分からないでしょう? だから飼い主の名前を彫ったメダルを首にかけるのよ。ノアールが子猫の大きさなら必要ないと思っていたけど、さすがにその大きさじゃ、ね。冒険者ギルドで作ってもらえるから、後でノアールのメダルを作りましょうか」


 メダルって、ペットの首輪みたいなものかなぁ。

 ノアール、そんなのつけてくれるかな。


 ぴったり寄り添ってくれているノアールを見ると、「みぎゃ」とノアールが不思議そうな顔で鳴いた。

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