第9話世界地図
「お嬢ちゃんが神の一族……いや、それはないか」
思いっきり否定して頭をブンブン振ってる私を見て、フランクさんは肩をすくめた。
「ないですないです。私が住んでたのは日本ですううう」
あ……頭振ったら、またクラクラした。
でもちょっと体がふらついたのを、レオンさんが後ろから抱きとめてくれる。感謝の気持ちをこめて上を見上げると、私を見下ろしているレオンさんの目がちょっと優しい感じに思えた。
レオンさんってあんまり表情がない人だと思ってたけど、こうやって見ると結構目に感情が出てるんだなぁ。
なんだかそれに気がついたのが嬉しくて、へにゃっと笑ってみる。
そうすると、レオンさんの目がちょっとだけ丸くなった。
それに気がついてさらに嬉しくなって、へにゃへにゃと顔がゆるんだ。
「うっわ。団長のあんな顔、初めて見た」
「アルゴも初めてなんて、相当ね。まあユーリちゃんは可愛いから仕方ないけど」
「えっ。それで納得しちゃうの。まあ確かに可愛いけど」
「でしょでしょ」
うひゃぁ。なんだかアルゴさんとアマンダさんの会話がいたたまれない……。そんなに可愛いとか言われると、嬉しいけど照れちゃうよ~。
やっぱりちびっこだから可愛く見えるのかな~?この砦って、ちびっこ、いなさそうだもんね。
ちょっぴり顔が赤くなってるのを誤魔化すために、両手をほっぺに当ててみた。ううう。
「ニホンか。聞いたことのねぇ国だなぁ。どこにあるんだ?」
フランクさんに聞かれたけど、答えられない。
本当に、どこにあるんだろう。
どうやったら帰れるんだろう。
「それが……その、分からなくて……」
「迷子って事か。どうやってこの国に来たんだ?」
「それは、なんというか……賢者になるための試験を受けて合格したら、いきなり気を失って、気がついたら丘の上で寝てて、そこをレオンさんに拾ってもらった、みたいな……?」
「ケンジャ……か。そりゃあ何だ?」
「えーっと、つまり、攻撃魔法と回復魔法の両方を使える人の事です」
「お嬢ちゃんみたいな奴が他にもいるってぇことか」
「ですね~」
なるほどな~とフランクさんが腕を組んで考えこんだ。
どうでもいい事なんだけど、やっぱり腕が太いなぁ。腕を組んだら筋肉でモリッとして、余計太く見えるね。
「そのケンジャになる試験というのはどういう物なんだ?」
私はレオンさんを見上げながら説明した。
「賢者の塔の最上階にいるマスターと戦って、勝ったら認められて賢者になれるんです」
「一人で相手と決闘するという事か?」
「あ、いえ。こっちはパーティーでも大丈夫です。私も知りあいに頼んで6人パーティーでクリアしましたし」
よく考えたら上級職クエで戦うマスターって、ありえない強さだったよね。だってこっちは6人のフルパーティーで戦うのに、あっちは一人だよ?
それでも苦戦するんだから、もう人間超えてるとしか思えない。
「知りあい、という者たちも強いのか?」
「ですね~」
うん。そのうちの何人かは、廃人と呼ばれるゲーマーです。なんていうか、24時間ゲームの中で戦ってるみたいな人たちです。
「それほどの者たちが何人もいるのか……もし攻められでもしたら、我が国などひとたまりもないな」
「あ、それはないですよ~」
「なぜ断言できる?」
「だって自分が強くなる事にしか興味ない人たちですもん。そんな事するくらいなら、ダンジョンにこもってレア武器探してると思います」
もしあの人たちが私と同じようにエリュシアオンラインからこの世界に来たとしても。
断言できる。
私みたいにLV1じゃないし上級職もそろそろカンストのはずだから、この世界にしかないレア武器かレア防具探すぜーって、速攻でダンジョンにこもって、出てこないと思う。
「レア武器?」
「あ~。えーと、凄く強くて滅多に手に入らない武器のことです」
「なるほど。伝説級の武器のことか」
「……かなぁ?」
「だが、そんな物を持っていれば、使いたくなるのが普通だろう。この世界の覇者になれる」
まあ、それはそうだけど。
一応、エリュシアオンラインにも対人戦はあった。ただ、やりたくない人も多かったから、自分で対人戦OKにするかどうかを選べたんだよね。
私はプレイヤー同士で戦うのには抵抗があったから、デフォルトのまま、対人戦はできない設定にしてた。そうすると名前のところが青く表示されるの。
でも対人戦が好きな人は、戦いを申しこまれた時に戦えるように設定する事ができて、一人倒すと名前がオレンジに、二人以上倒すと名前が赤くなる。
名前が赤くなると、一週間以上過ぎないと対人できない設定に戻せなかったから、対人が好きな人はずっと赤ネームのままだった。
私がいたギルドはそこそこ廃と呼ばれるプレイヤーが多かったけど、対人は嫌いな人ばっかりだったから、皆装備集めとかアイテム取集とか生産をして遊んでいた。
装備集めをしてた人たちは強かったけど、対人戦で負けると、装備してたアイテムを落としちゃうのよね。どれを落とすかはランダムなんだけど、一生懸命集めた武器を奪われるとか、泣くに泣けない。
だからうちのギルドの人は対人戦をしてなかったなぁ。
対人戦が好きな人はすぐ他のギルドか、最近リリースされた、天使と悪魔に分かれて戦うゲームの方に移っちゃったしね。
今でもエリュシアオンラインに残って遊んでるのは、そういう血の気の多い人よりオタク気質な人の方が多いんじゃないかなぁ。
「なんていうか、集めたら満足するみたいな人ばっかりでしたよ?」
「それは……変わってるな」
そうなのかな~?
この世界の人の基準で考えれば、確かに変わってるのかもね。
「ところで、賢者の塔については知ってる人がいないんですよね?」
「聞いた事がないな。魔の森の中にあるんだったか?」
「そーです。魔の森の真ん中に建ってる塔です」
「ユーリ……それはありえない」
「え?」
「魔の森の中央にあるのは霊峰メテオラだ。ケンジャの塔などではない」
「……え?」
「その霊峰メテオラに登った者どころか、そのふもとにたどり着いた者すらいないだろう。それほど、魔の森の奥に住む魔物は強いものばかりだ」
え……でも……
「そもそも、ユーリの言う『魔の森』と我々が知る『魔の森』は違うのではないか?」
「違う……?」
「そうだ。ユーリが魔の森を通ってケンジャの塔へ行ったのなら、このエリュシア大陸のどこかの国から魔の森へ入ったという事だろう。その姿形を見る限りユーリは人族だ。ならばアレス王国側から魔の森へと入るのが普通だろう。そして魔の森に一番近い町はグラハムだが、そこで食料などの調達をしたならば、必ずイゼル砦の前を通るはずだ。だが我々はそのような旅人の姿は見ていないし、ユーリはこの砦の名前を知らなかった。つまり、ユーリの言う『魔の森』は、この地にある魔の森とは違う物ではないのか?」
えーと。そうじゃなくて私が入った魔の森はゲームの世界の魔の森だったんだけど……
でも、魔の森の真ん中に賢者の塔がないとすれば、私が知ってるゲームのエリュシア大陸の姿とは違うってこと?
あ、そうだ。地図!
この部屋に入った時に、レオンさんとアルゴさんが見てた地図を見せてもらえばいんじゃない?
「あ。あの。もし良かったら、エリュシア大陸の地図を見せてもらっていいですか?そしたら何か分かるかもしれないし……」
「……いいだろう。アルゴ、持ってきてくれ」
アルゴさんは壁にはってあるのとは違う地図を持ってきてくれた。
おお~。これがこの世界の世界地図か~。
大陸の形は私の覚えているものと同じだった。
一つの大きな大陸があって、右上から魔王国・ドワーフ共和国・獣人のウダイ王国・人族のアレス王国・エルフの国・妖精国の六つに分かれている。
その中央に大陸の三分の一の大きさの魔の森が広がっていて、更にその真ん中に賢者の塔がそびえたっている……はずだったけど、この地図ではその場所に霊峰メテオラという山が描かれていた。
地図に書いてある文字の方は、大学の北欧文学を専攻してる友達が見せてくれたルーン文字っていうのに似ている。でも目で見た瞬間に、その文字が日本語で変換された。
とりあえず、文字を読むのには苦労しないのが分かって良かったけど……
「この……霊峰メテオラの場所に賢者の塔があるはずなんですけど……」
「ニホンはどこだ?」
「この地図には載ってないです。っていうか……どうやって行くんだろう……」
「ではユーリはどうやってニホンから魔の森を通ってケンジャの塔へ行ったのか、分からないという訳か」
こくんと頷くと、レオンさんが優しく頭をなでてくれた。
「これからニホンへ帰る道を探せばいい。我々が手伝おう」
「あ……ありがとうっ……」
優しい言葉に涙があふれてきた。レオンさんが私を抱きなおすとくるっと体を反転させて、正面からぎゅーっと抱きしめてくれた。そして背中をあやすように叩いた。
ポンポンと背中を叩く音が、くっついた耳から聞こえるレオンさんの心臓の音とシンクロする。
それに甘えて、私はこの世界に来てから初めて、思いっきり号泣した。
これが私の、今のこの状況が夢でも空想でもなく現実なんだと、ハッキリ自覚した瞬間だった。
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