となりにはキミがいる

るかっち

第01話 プールサイドで、先輩と初めてのキスをした

午後練が終わる頃には、暑さも幾分落ちついた。

部員のいなくなったプール。その水面は、さざ波一つ立ってない。


僕はデッキブラシを動かす手を止め、なんとはなしにプールへ近づいた。

ペタペタ。ペタペタ。自分の足音が面白い。

身を乗りだして覗いてみる。鏡みたいな水面に、ポカンと口を開けた自分の顔が映ってる。

水面をかき乱そうと、そっと右足を伸ばして……。


「そこのナルシスト!」

「おわっ」


背後からの声に驚いてバランスを崩した。


「おっ、おぉっ。ちょっ。あっ」

「なにやってんだ。ほらっ一矢」


ジャージ姿でプールにダイブしそうな僕の手を掴むと、一矢先輩は力一杯、引き戻してくれた。


「あ、ありがとうございます。……。なにニヤニヤしてんすか?幸矢先輩」

「ナルシスト」

「なっ」

「自分に見とれる暇があるならさっさと掃除終わらせてくれよ」

「そんなんじゃ」

「いくらキレイな顔してるからってさ」


先輩がポソリと呟いた言葉に、おどろく。

今先輩。……なんて。って!

先輩が僕の顔を覗きこんできた。めっちゃ、近い。


「そばかす。あんだな」

「いけませんか?」

「んなことないよ。似合ってる」


先輩の大きな瞳に。


「一矢?」


吸い込まれそう……。


「ん」


気づいた時には、キスしてた。

唇が触れた瞬間、先輩の体がプルってなった……。やっべ、カワイイ。

幸矢先輩の手が、僕のジャージを掴んだ。離れたがってる?


一矢「先輩?」


それとも?


一矢「幸矢せんぱっ……。んっ」


今度は、先輩が攻めてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


部室に戻ると、部員達はあらかた着替えを終えていて、

残っていたのは一年生が数人だけ。

僕と先輩は、なんとなく互いに背を向けて、無言で制服に着替え始めた。

めちゃくちゃ気まずい。

十分前の僕の馬鹿。どうしてキスなんてしたんだよ。


「一矢」

「は、はい!」

「まだかかるか?」

「も、もうすぐです」


慌ててワイシャツのボタンをはめた。

先輩は横開きの部室のドアをガラガラと閉めると、

鍵をかけた。


「行くか」

「は、はい」


先輩が押す自転車。

その車輪の音だけが坂道に響く。

並んで先輩と歩くのは、初めてってわけじゃないのに、

言葉が、今日はちっとも見つからない。

キスの事。やっぱ怒ってんのかな。


「一矢」


カラカラと響く車輪の音が、止まった。


「……はい」

「初めてか?」

「え?」

「だから。さっきの、初めてのキス、なのか……」

「……。初めてじゃ、ありません」

「そうか……」


車輪の音が、遠くなってく。


「先輩!」


かけよった。


「あの。先輩はどうなんですか?先輩は、僕が、その……」

「なっさけね〜」

「先輩?」

「まっさか後輩の男にファーストキスを奪われるとは。ね」

「す、すいません」

「誰なの?」

「え?」

「誰としたの?」

「気に……なるんですか?」

「別に」


先輩が足を止め、サドルに座る。


「あの、先輩」

「俺は過去にはこだわんねーから」

「え?」

「じゃまた明日」


ペダルを漕ぐ足に力がこもる。

先輩は見る間に僕から遠ざかっていく。


「お疲れ〜」

「お……、おつかれさまです」


蝉の声に掻き消され、先輩の音は、もう僕のとこまで届かない。

背中がグングン小さくなってく。


「俺は過去にはこだわんねーから」


これって……。

僕、期待しちゃって……いいの?

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