第十一話 悪を斬る
「ついに来ましたね……台湾エリア」
「ここを台湾だと思って生活してる奴らはいないだろうがな」
食糧を確保した後、私達は吹雪を待った。さらに数日待たされることになったが今までの静けさから一転して大規模な吹雪が発生したために、予定よりも数日早く台湾エリアに到達したのだった。
「ここも経過地点に過ぎないのだろう?」
「あれ? 次の
「そ、それはこの前までの話だ! 気が変わったのだ!」
ケイトの真面目な問いにヒューイがからかうように話を逸らす。ここまでの反応をしてくれるとからかいたくなる気持ちもわかる。時々自分より年上だということを忘れてしまいそうになる。……見た目は充分大人の女性なのだが、内面がそれを補って余りあるほどわかりやすい性格なのが災いしたようだ。
「経過地点として、日本へ向かう前に、各々必要な物資を揃えなくちゃならない」
グレイさんが話を戻す。話し合いの結果、私とケイトが長旅に備えて食糧の買い足しを、ヒューイは武器弾薬の購入を、グレイさんが資金確保のために工事現場バイトに行くことになった。と言っても資金が今のところ一銭もないので、グレイさんが単独で
「……髪を切ってみてはどうだろうか」
「?」
「
身の毛がよだつ話だが、他にもスリーサイズや特徴的な発疹などが事細かに伝えられていたという。ケイトは服の外に出ない部位だから全く頼りにならない、と言っていたがそれ故にそんな情報を持っているのが怖かった。
「というわけで、私が切ろう」
「ええーっ?!」
仰天はしたものの、既に彼女はハサミを手にスタンバイしていたので大人しく従うことにした。私の髪を優しく手でまとめ、切り落とす。この時代に来てからというもの、気を許して誰かに身体を預けるという行為を行っていなかった私は、目を瞑って静かにそれが終わるのを待った。何度かこの作業を繰り返し、やっと開放されると足元には多くの私の髪の毛が散乱している。どこから用意してきたのかヒューイがそれを箒で掃き掃除してくれていた。
「うむ、我ながらいい出来ではないかと思うぞ」
ケイトの言葉は毎回信用ならないので、一度車外へ出て
「先輩……なかなか似合ってます」
少し詰まりながら、ヒューイが感想を述べてくれた。彼が人の見た目について話すのは珍しい。恥ずかしがりつつも私を褒めようとしてくれているのだなと感じると後輩のかわいさがましたような気がして、ピースサインで返した。明るく振る舞うとヒューイも嬉しそうだった。
「勝負だ!」
地上に出ている駐車場エリアの
「拉致された黒髪の少女を引き渡してもらおうか!」
拡声器で何倍にも拡大された声がまた耳へ届く。下手すると地下まで響いているんじゃないだろうか。
「どうします? 相手は
ヒューイが外の様子を伺いながら話す。頭部だけを出し、布を全身に纏った
「グレイがいない時だ……私が出るしかあるまい」
「気をつけて」
現状でできる打開策はケイトがレイフでケリをつけることしかない。グレイさんは何区画も離れたところで作業中だ。中断してこちらへ来れば労働分の配当をいただけるかどうかも厳しい、それ以上に時間がかかり過ぎてしまう。慣れてきていた私は、ケイトにそれだけ言ってあげることしかできなかった。
「遅かったな、悪党!」
レイフが相手の前に立ちはだかると開口一番にそう言ってきた。一体どんな情報を信じてやってきたのか疑問でならない。私は
「悪党なんかじゃありません! 私を助けてくれているんです!」
「姫君はそちらか! ご安心をそうして喋らされるのもすぐ終わらせてみせましょう」
あれ? 信じてくれてない?!
「本当に助けてくれてるんですよ!」
「ええい! 洗脳まで施すとは……下劣な!」
感情込めていってみたけど駄目だ。話が通じない。レイフを見るとハンドサインで「もういい」と掌を見せてきていた。
「正義を盲信する輩ほど、無慈悲に暴力を振るう」
ケイトが呟くように言ったが、拡声器のおかげで丸聞こえだ。
「正義が悪に制されることなどあってはならない!」
「……始めよう」
観念してケイトが会話に終止符を打った。
「我が騎士道を通す!」
瞬間、二機が一気に動いた。相手機は布をマントの様にはためかせ、レイフに迫っていく。あれじゃ突進もいいところだ。対するレイフは両手に持った例の短砲を前方へ構え、腕を突き出すような動作で後退していった。ヒューイの運転で
「ッ!」
今のであからさまにケイトは焦りを得ているようだった。ケイトの持っていた装備やレイフの調整されているシステムを鑑みる限り、近距離戦が得意とは思えない。更に数発、無駄弾を放ってしまう。今度はマントさえ当たる気配もなく、幾つかある支柱に着弾した。
「散々卑怯な戦い方をしてきたようだが、そんな余裕すらないようだな!」
相手は得意気だが、きっとそれはケイトではなくグレイさんのことだろうな。
「成敗してくれる!」
うるさい。コクピットの中に騒々しい声が響く。対峙している相手は元気だ。口を縫い合わせてやりたいくらいだと、私は思った。祖父から
「逃げに徹するその悪しき精神、私が斬ろう!」
突然、敵機の腰部の筒から爆発が起きた。分離ボルトの爆発だろうと思った。一部分を
「日本刀?!」
ソラの声が今度は無線装置側から聞こえた。その時、既に奴は両手でその刀身を支えていた。アテルイに搭載された短刀ではない。一般的な
「点火ァ!」
敵機から絶叫が届くと同時にまたしても爆発した。前のものと違い機体を包み込まんばかりの大きな爆発である。それが敵機の背面で起きた。そして、その爆風は消えることなく反作用で敵機に推進力を与えていた。
「覚悟せよ!」
ケイトは既に、トリガを引くという選択肢を失いつつあった。
「先輩、まずいです」
明らかにケイトは苦戦していた。こう距離を詰められてしまってはどうしようもないのかもしれないが、レイフは回避に徹し、その都度翻弄されている。
「通常の
「そしてあの機体は……まるごと燃料を搭載してる?」
「ロケットが止まる様子がないからそうなのでしょう。そして
しかも地上に比べればずっと狭いこの駐車場で壁に激突もしていない。必死に回避はしているが、確実にレイフが中心部へ追い込まれていた。さらにケイトはグレイさんと違って正攻法で戦いすぎる。最初の頃の言動を聞く限りそうだと私は思う。そして戦いの場に慣れもしていない。
「ケイトが負けるかもしれない、援護しないと!」
「無理ですね。
「あんたは冷静過ぎるよ! ケイトが死んじゃうかもしれないのに……」
「僕は先輩を殺すわけにはいかないからです」
そう言われてしまうと、私には何も言うことができない。この事態を招いたのも私。ケイトが頑張っているのも、ヒューイがこうして黙っているのも私のため。そう言われたら、保護されている私に発言権はない。
「グレイさん……早く戻って……」
そう祈ることしか、私にはできなかった。
「先輩……運転できますか?」
しばらくしてヒューイがそう切り返してきた時にはレイフは転倒させられ、操縦席の先に日本刀の先端が向けられていた。
「まさか途中でバッテリが落ちるとは、私と真電も舐められたものだ」
「……」
違う。実際は無茶な回避に電力がいつも以上に割かれてしまったためだ。もともと全体のセンサーを高精度にしているレイフは電力消費が激しい。本来の長距離戦や偵察でなら問題にならなかった部分が浮き彫りとなった。
「……」
「どうせ最期だ。言い残す言葉ぐらい聞いてやろう」
「……」
「ほう、私の厚意を無碍にするとは」
「黙ることを知らない男は女も寄り付かんぞ」
私なりの言い返しだった。恐怖が心の中に充満し、口を動かすのも難しかったが、ソラと初めて邂逅した時のように強がってみせた。
「ッ!」
「単純な男も私は好きにはなれんな」
再度コクピットギリギリまで振りかざされた刀身を目の前にして、さらに言ってみせた。むしろ、喋っていなければ恐怖でどうにかなってしまいそうだった。自分が切り刻まれる瞬間、どこで分断されるだろうか、痛みはどうなるだろうか、頭も切断されたらその時はどう感じるのだろうか、半分になった自分を見てしまうのだろうか。いろいろな嫌な思案が駆け巡るが、一つも打開策は見つからなかった。
「貴様は自分の立場を再認識すべきだ。我が真電の腕が少しでも動けば貴様は二度と口を開くことはできなくなるのだぞ?」
機体に名前をつけるのかと嘲笑してやろうと思ったが、ソラと、そしてこの機体の名を提案したのは自分であることを思い出して少し笑った。が、それが聞こえてしまったらしかった。
「堪忍袋の緒が切れた……今までの温情に感謝しろ」
どこまでも恩着せがましい。とりあえず自分の肉片を見るのも嫌なので急いで目を瞑った。レイフが切り裂かれてしまうのも辛かった。
「ごめん……おじいちゃん」
とても鈍い、金属同士が当たる音がして「なぜだぁ」という叫びが頭に響き渡った。
「ヒューイ、早く!」
「集中させてください!」
先輩の苛立った声が響く。こっちも必死なのだ。静かにしていてくれ。レイフが最初持っていた大型砲のトリガ部に出来るだけ頑丈なものを挟んでトリガーガードとの間を狭め、ジャッキをねじ込む。
「いよし!」
「ヒューイ! いけるね?!」
「いつでもどうぞ!」
イリーガルで活動していた時の整備士のおっちゃんの台詞を真似てみる。大人の真似をしてみるだけで、充分心が安定した。うまく行かなければこちらも標的にされてしまうし、ケイトも命はないだろう。そして、
「まずい刀振りかざした! やるよ!」
「了解!」
僕はモニタを凝視しつつ、ジャッキの隣に回りこんだ。先輩が数秒分のカウントダウンを入れる。その方がタイミングは読みやすくて助かるが、正直一秒づつ反芻していると不安に飲み込まれそうだった。そして、唐突にハッチの外の視界がスクロールされ、モニタに敵機が映る。が、駄目だった。完全に逸れている。モニタに点と円で表示されるガンサイトは敵機の肩よりも右に居座っていた。頭部がこちらを見る。止まっていた車両が動き出したのだ、明らかに気づかれている。
「ヒューイ! どうして撃たないの?!」
「先輩、バックして!」
「え?!」
「早く!」
今度は僕が先輩を急かす番だ。一気に敵機に近づく、敵機が拡大される。さっきよりも大きな割合でモニタを占めていく。敵機がこちらに向き直った頃、僕はジャッキのハンドルに力を込めた。
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