第十話 霊符
「モレです!」
「ダサさに関してはもう諦めかけているが……」
「先輩、理由ぐらいは教えて下さい」
ケイトの
「その、この機に名を与えるのだろう?」
「うん、その方が愛着湧くと思うの」
「できれば、レイフにしてくれないだろうか」
ケイトから提案があるとは思わなかった。積極的に意見を出してくれるのは凄く嬉しいが、アテルイが決定している以上、ここで止まるわけにはいかなかったのだ。
「祖父の名なんだが……ダメか?」
「採用!」
この
「これで、レイフとなったのだな」
機体から降りたケイトはしみじみとその姿を眺める。嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。
「大変だ」
そういったグレイさんに慌てた様子ではないが、その顔は晴れやかではない。
「食糧が切れそうだ」
アテルイのGPSアプリケーションで確認する限りでは台湾の存在した位置よりいくらか低緯度に私達はいるようだった。大陸が存在するうちから
「じゃあ、急いで台湾に向かえばいいじゃないですか」
「
ここ最近吹雪が見られず、久々の吹雪だった昨日もケイトとのゴタゴタで発電ができなかったのだという。さらにレイフを搭載したことでさらに電力消費が加速してしまったようだった。
「フィリピンと台湾の中間辺りまでもう来ちゃってますね……」
「全速で行けば数日で辿り着けるだろうが、全速では一日分しか走れない」
「食糧はどれぐらいあるんです?」
「あと一食分」
「残っていないも同然ではないか!」
ケイトは軽いグレイさんの物言いが気に入らないようだった。そこで考えこむようにしていたヒューイが顔を上げた。
「とりあえず全速で行ってみて、吹雪が来るのを期待するというのは……?」
「今のところそれぐらいしかないな」
ヒューイのその場しのぎのような案が採用され、私達は地獄へ突入することになった。
ホワイトシチューの電力が落ちた地点から吹雪を待って、既に二日以上が経過していた。俺は小型コンテナの中に潜んでいた。どうしてこんなことになったのか思い返す。確か数時間前、俺がアテルイの中でメンテナンスを終えて降りてきた時にソラに言われた一言が原因だった気がする。
「最後のプレート、こっそりアテルイの中で食べたでしょう?! 私見ましたから!」
「えっ、いや……食べてな――」
「言い訳は聞いてません!」
とてもソラとは思えない形相で掴みかかってきたのだ。ソラの目は虚ろになり焦点が合っていない。実際のところ、ハッチを閉めていたのでメンテ中の俺の姿が外から見えるはずがない。あまりの空腹に変貌を遂げたソラ。俺はそのあまりの異様さに逃げ出してしまい。ホワイトシチューの外へ出た。無言は肯定と捉えられてしまった。それはわかっている。そのうちヒューイとケイトまでその話が伝播してしまい、追われる身となってしまった。恐ろしいほど統制の取れた動きに、ここが見つかるのも時間の問題だった。
「こんなことで体力を浪費してる場合じゃないってのに……」
さっさと出て行って食べていないことを証明してしまえばよかったのだが、逃亡途中で落としてしまったらしく、下手に出て行けば食べたと思われかねない。今は息を潜めるしかなかった。アテルイで一足先に台湾エリアへ行き、食料を確保して戻るという作戦もあった。しかし、ケイトやヒューイとはまだ完全な信頼関係が構築できていない今、何も言わずに
「
あくまで食糧を得るために行動していることを示さなければならない。ただし、見つかれば袋叩きに合ってしまうから説得もできない。最悪、アテルイに乗った時にレイフで撃破されかねない。今のソラ達ならやってのけるだろう。それ程の恐怖が俺を包んでいた。そっとコンテナの上部を持ち上げて目を凝らす。
「貴様らは車外から真下を探せ! 私はコンテナを全て確認する!」
「Yes,ma'am!」
ケイトにあんな統制能力があるとは思わなかった。口調だけ一人前かと思っていたが、そういうわけでもないらしい。二人が外へ出ていき、一人が車内に残った。コンテナのロックが次々外され、次々中身が確認されているようだ。その動作は荒い。
「そこか!」
俺のコンテナのロックが外された。やはり不意を打つしかない。上部が相手によって開放された瞬間、相手の背後へ飛び出す。相手の口を手で塞ぎ、声を出せないようにする。
「むぐっ!」
そこで気がついた。
「……ケイトじゃない?!」
コンテナからだと反響してよく聞こえなかったが、さっきの司令官はソラだったようだ。まったく末恐ろしい。が、強くなってくれるのは悪いことではない。ジタバタするソラを余った右手で抑え、俺のいたコンテナに押し込もうとする。利き手に触れているソラの唇が柔らかい。
「あとは胸があればな――」
必死で声を出そうと手の中で蠢いているのを感じると、気の緩みが生じてしまった。
「目標発見! 確保せよ!」
手を振り払われ、ソラが渾身の大声を発する。しまった。ソラを封じ込めるのは諦め、レイフまで走る。ホワイトシチューの後部ハッチが開けられ、ケイトとヒューイが入ってきた。
「動けぇ!」
一つ目ではなく細目バイザーのレイフ頭部センサーが光を放つ。そのまま履帯ブーストでしゃがみ体勢のままバックでホワイトシチューから出る。
「すまん! 先に行って食糧を確保して戻ってくるから!」
拡声器でそれだけ言って走りだす。
「逃がすか! ケイト追って!」
「承知した!」
三人を無理矢理詰め込んだアテルイが闘牛の如く猛進してきた。
「ヒューイはナビゲート、私が狙う!」
もはやソラの暴走を誰も止められない。拡声器をアクティブにしたまま叫んでいる。
「ワイヤー射出!」
アテルイにワイヤーアンカはなかったはず。その油断が隙を生じさせた。単純な前進運動の真っ只中に銛が飛び込んでくる。アテルイの脚部の膨らみから
「そこに装備されていたのか!」
脚を絡めとられたレイフは数回に渡って雪の上を転がる。その衝撃を受けながら、タイミングよくペダルを踏み込み跳躍する。少しでも距離を稼ぐ、銃弾ほどではないがアンカの速さは充分ある。回避の余裕が欲しかった。
「回避予測、右です」
「そこ!」
ヒューイに回避が読まれていた。何度も見てステップの規則性に気づいたようだった。ソラがそっちへアンカを撃ち込む。
「なッ!」
既の所で腰部ロケットを作動。固体燃料が推進力を生み出し、ステップの勢いを相殺する。垂直に落下し、着地する。履帯は駆動したままだ。前進。慣れない機体の感触が俺の感覚をズレさせる。遠距離戦仕様に調整されたこの機体では視界が広くない。余計なウインドウばかり表示されている。数字は理解できるが、それが何を示しているのかは掴めなかった。
「覚悟!」
ワイヤーアンカがまた足元に突き刺さる。何度も何度も回避する。意識を集中しようとするが俺の空腹も限界に達してきていた。
「こうなったら」
俺はレイフを反転させた。前に迫ってくるアテルイが見える。
「ついに観念したか! ふははは!」
食べ物の恨みは怖い。ソラが教えてくれたことわざだったが、それをそのソラによって実感させられることになるとは思いもよらなかった。ワイヤーが撃たれる。履帯やロケットは使わず、最低限の通常動作で回避する。
「何?!」
レイフの両手をワイヤーに近づける。大型の長砲による射撃特化のこの機体の握力で、アンカを掴む。そして逆に引っ張る。遠心力に任せ、レイフを中心に何度か回すと、遠心力の効果でアテルイの中身が弱音を吐きだした。空腹で胃液を出されても厄介なので適度なところで止め、雪に埋める。
「黙って待ってろって……」
俺はそう言ったが、返してくる声はなかった。
「ほら、飯だぞ」
気がついた私の視界にはカロリープレート(フルーツ味)があった。手に取るとすぐどこのフルーツとも取れないが芳醇な香りが漂ってきた。荒々しくパッケージを開封し、口に入れる。
「……グレイさん」
「身内にワイヤー食らうなんて勘弁してくれ」
そう言いつつ他の二人にもプレートを手渡している。
「一体どうやって?」
「そうだ、レイフのあの残量の電力では往復どころか台湾エリアまで辿り着けるはずがない」
ヒューイとケイトが疑問を口に出す。そうしつつプレートを口に運ぶ。この作業を繰り返している。
「同業者が通りかかってな。物資を少し分けてもらった」
「そんな運良くこの座標に来るはずが……」
「そこでレイフの偵察能力だ」
障害物のほとんど見当たらないここで全方位を観測し続けていれば、比較的近くにいる車両は確認できるだろう。しかしそうだとしても、運が良かったとしか言いようがなかった。さらに財産のなかったグレイさんは例の短機関砲を引き換えに持って行かれてしまったという。
「というかヒューイ、お前はいつまでソラの上に乗っかってるつもりだ?」
無理に三人乗ったアテルイは、グレイさんの反撃でシェイクされていた。
「あっ、失礼」
ヒューイがそそくさとアテルイから降りる。私はグレイさんの語気が強い感じがして不安になった。
「ま、なんとかなったから許してやりたいところだが……」
その不安は見事的中した。
「お前には嫌というほどの説教が待ってるぞ、ソラ?」
表情一つ変えずに言うグレイさんを見て、今度は私が逃げる番かな……と思った。
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