第49話

加筆すると、この1年半の長期一時帰国計画はジャックが立案したものである。私たちの夫婦関係は一貫して脆弱な基盤の上で綱渡りしているようなものだったが、娘たちは可愛い盛りだったし、まだトイレやお風呂や着替えなど、ごく基本的な手助けを要する時期で、夫婦の共同作業が必要だった。ジャックの長所は子煩悩なところ。子は鎹(かすがい)。夫婦の実は深刻な溝と不和が決定的に表面化せず、近くも遠くも将来を展望する気持ちにまだなれたのは、娘たちがいたからだった。「小学校に上がると、日本へはゆっくり帰れなくなる」との考えから、もともと田舎を好み、その環境の素晴らしさを知るジャックが提案した。ジャックの父親は、中国山東省出身、母親は台北から車で1時間40分くらいの、のどかな片田舎であり、幼少期から彼はその地を頻繁に訪れたという。


ジャッの言葉の暴力に傷つき、すでに彼を愛した記憶さえ曖昧で他人事みたいに感じていた頃だったため、そんな勧めをする夫に、私は内心驚いたものだ。日本の両親の歓喜の沙汰は目に見えたし、ジャックが不在の暮らしがいかに快適かをわかっていた。その私の本心に、彼は些かも気づいていないのだと……


だが、母娘長期一時帰国計画は、喜怒哀楽に起伏の激しいジャック本来の性分により、日によってあれこれ変更されたり、中止の危機、夫婦の危機にまで直面する険しい過程を辿った。

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