第45話

繰り返しになるが、台北は亜熱帯性気候で、日本人の感覚で言うところの夏が1年の約半分を占める。なかでも、最も暑いのは日本同様7〜8月。過密都市台北は盆地であり、クーラーを誰しも使用するため、それらが気温をさらに押し上げる、コンクリートジャングル。いくらか涼しくなるのは、早朝のひとときだけだ。

桂は7日に、リュックを背負い、小さな空色のスーツケースを携えて、ホテルに泊まりに来た。翌朝チェックインする時間は、空港までの所要時間を逆算して10時にした。

桃園国際空港は台北にあるように思われがちだが、政府直轄市・台北の隣り、桃園県に位置する。首都最寄りの最大の玄関口で、日本の成田空港と役割が似ている。

最も安いアクセス方法は、ホテルからバスかタクシーで5分弱の地下鉄の景安駅へ行き、その一角から出る空港バスを利用するもので、それで2人で約1200円ほど。

フロントに申し出て、ホテルが契約しているタクシーを呼んでもらうと、約4800円、と4倍に跳ね上がる。実に悩ましい。普通そこら辺を走っているタクシーをつかまえて、空港まで、と言っても拒否されることがある。空港まで行ってくれるタクシーは、ほぼそれを専門にしているようだ。もし、フロントを通さなくても4000円はする。

何せ重い荷物があるので、ちょっとしたことが不便に感じる。右腕も重い。そして、うだるような酷暑…… 決めあぐねた私は、桂に尋ねた。どっちがいい?と。

「タクシー。」

だよね。やっぱりそうだよね。東に向いた窓に切り取られた景色と熱射を眺めて、私は意を決した。


台湾名物黄色のタクシーがホテルの玄関前に横付けするのかと思いきや、指定時間キッカリにやって来たのは、トヨタ・ヴォクシーみたいなシルバーグレーの車。30代半ばかな、というくらいの運転手が降りて来て、手際よく、軽々と2人分の荷物を後部に載せ、ホテルスタッフに会釈して、颯爽と運転席へ。

ヴォクシーは静かに発進し、運転手はさっそく名刺を右手で私に渡しながら(台湾の自動車は右側通行だ)、

「御用命ありがとうございます。私は、ジェフリー鄭です。」

と英語で挨拶した。私たちは中国語が話せることを伝え、しばらく会話を交わした。

鄭氏の車内はとても清潔にしてあった。この車で、空港➖台湾国内の送迎をしたり、ハイヤーの仕事も受けているようだった。海外からもネットで予約できるようになっており、

「日本の夫婦で、台湾へ来るたび僕が足になる常連さんもいますよ。」

と言う。台湾一周の旅を請けたりもする。私もこんな仕事がしたい、と感じた。自由で、各国の人々と出会い、オマケに喜ばれる。


必要最低料金の4倍はキツいが、文句のつけどころの無い快適さを味わい、空港に到着した。

荷物をヒョイヒョイと下ろした後、鄭氏は桂と私の写真を撮って、

「またの御用命お待ちしてます!」

と手を振って、一方通行の道路を滑って行った。

あの写真は、彼のHPにアップされるんだろうな。今朝はこんなお客さんを乗せました、と。

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