第81話

私の仕事に対する消極的な思考や、書店従業員であり続ける事への迷いの発芽とは裏腹に、例年にたがわず、師走の大いなる威力は、人々の旺盛で太っ腹な購買力をわが職場にも運んで来た。クリスマスプレゼントを本で、という人。お年玉に本を添えて、という人。また、図書カードを買い求めるお客さんもこの時期は倍増する。学習塾や地域の催しでの懸賞品に、と10枚、20枚まとめて出たりもする。そして、繁忙に拍車をかけるのは、

「プレゼント用に包装してください。」

との要望である。図書カードだって専用の体裁の良い封筒があるが、過剰包装志向が依然顕著な日本では、それをまた包装紙で包んでようやっとフォーマルとする。

これではレジスペースだけではまかなえず、レジ裏の隣りの家電チェーン店との仕切りに沿って、包装用テーブルが特設された。なんという事はない、こげ茶色の長方形事務机なのだが、とにかくそこには私も何度も世話になった。

あと、店長夫妻をホクホクさせているであろう現象(2人は容易には笑わない)は、来年用の手帳、日記帳及びパソコンで自作する年賀状の指南書のまさに‘飛ぶような’売れ行きだった。スマホやケータイでスケジュール管理している様子をたびたび目にするが、まだまだ手帳人気は健在だと知った。


そんな歳末の猫の手も借りたい状況下で冬眠するのは、私みたいな半人前であっても気が引けた。私は決して引っ込み思案で、言いたい事の半分も言えない大人しい人間ではないが、ある領域においてはすこぶる強い責任感を持ち、自分が辛抱すれば波風立てず、この集団はうまく機能するであろうと主観的に判断したら、こちらよりあちらの事情を優先してきた。出勤恐怖症と形容してもはばからない状態に陥っていたが、この時期突然辞めるわけには行かなかった。

それから、勇気を出して、思いの丈を文章にして宮下さんに読んでもらう名案を思いついたのだ。同性で親切にしてくれる柏木さんや南さんではなく、師匠と仰ぎ、すでに10年近く高瀬店長の右腕として働き、氏の性格とか、職場で起こった数々の出来事を見てきたであろう宮下さんの意見を聞くのが最も適切と感じた。

B5版のこれ以上無いくらい白いシンプルな便箋2枚に正直な気持ちをしたため、宮下さんのロッカーに棒状の磁石でしっかり留めて、帰宅した。

内容が内容だし、2人きりでしばらくどこかで話をする機会があるとは考えにくかった。休憩時間も重ならない。私は、手紙の最後に一応メアドを書き加えた。

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