01.
「ようこそ、四辻探偵事務所へ」
年季の入ったコンクリートの建物の二階でシエリールは、一人の赤い髪をポニーテールにした女の客を歓待した。客は、いつも歓迎だ。中身の如何に関わらず。
赤髪の女は、一瞬瞠目した。多分、探偵が女だと思っていなかったのだろう。ここに来るものの中で、事情を知らないものはみなそういう顔をする。
女は、かわいいというよりはきれいな顔をしていた。だが、ミスコンの上位に選ばれるような秀でた美人ではなく、彼女として自慢したくなる、そんな庶民的な素朴な美人。
体系も理想的な出方、引き締まり方というわけではないが、シエリールの胸よりよっぽど女性らしい。身長も百六十後半のシエリールより大きく、モデルのようだ。
パンツスーツを颯爽と着こなし、引き締められた顔はとても仕事が出来るように見える。
その上、年の頃はまだ二十代前半といったところだろう。まだ、若々しい。とても、探偵事務所に用事のある人種には見えなかった。そういう意味ではシエリールも驚いた部分がある。
対して迎えたシエリールの方は、大きく発達した犬歯を見せながら笑顔を見せた。赤い長袖のシャツ、黒いスカート。絹のような黒い長髪にまるで雪のような肌理の細かい白い肌。とても、探偵などという荒い仕事をこなしている存在には見えなかった。
目尻の切れ上がった紅い眼。見るものに問答無用の恐怖と、憧憬を抱かせる、だけど剣呑でもなく、陰湿でもない、そんな眼。
顔の輪郭などや目鼻立ちはあまりに整いすぎて不気味なくらいだ。まるで、彫像を見ているような気分にさせる。人に人の道を誤らせるだけの魅力を持った美女といっても過言ではない。見た目は二十五六で、正に女の盛りと言っていい。人生において妖艶さと言う単語がちらつき始める頃だ。
「あ、あの、お邪魔します」
女はぎこちなく笑いながら会釈すると、なにか憚られることでもあるのか、おどおどと事務所に入ってきた。シエリールは、いつもどおりくたくたのソファを勧める。女はそこにちょこんと遠慮がちに腰掛けた。
シエリールはその対面に置かれた一人掛けのソファに腰を落ち着かせる。
「所長のシエリール・ダルソムニアです。よろしく」
「あ、あの。有坂
慌てて真澄は名乗った。
「で、我々は猫探しから、困ったさんの駆除、大抵のことはやりますが。ご用件は?」
シエリールは笑顔で尋ねた。
「人を探してます」
「人? ほう。どなたですかな?」
「あの、名前知らないんですけど、ここら辺でたまに見かける人で。できれば名前を知りたいな、と」
「写真か、なにかお持ちですか?」
「こ、これしかないんですけど……」
そう言って携帯電話を差し出してきた。写メを見ろ、ということらしい。そこに写っていたのは男。周りより背が高く、すらりとした四肢に、端正な顔立ちをしている。特徴的なのは、その少しくすんだ銀髪のような髪。
それを見て、シエリールは唸った。
それを困難だと勘違いしたのだろう、真澄が気を落としているのが感じとれる。
「やっぱりそれだけじゃ無理ですよね」
愛想笑いを浮かべている。
「いや、可能と言えば可能ですが……」
「本当ですか!?」
「ええ……」
シエリールは歯切れ悪く答える。
「なにか問題でも? あ、お金がすごくかかるとか?」
「いえ、そうですね。代金は百円でいいですよ」
「百円? 馬鹿にしてるんですか?」
「いや、そう言うわけではなくて。時間給で言ったらもらい過ぎなんですよ。それでも」
そのときだった。真澄が座っているソファの後方で安いスチールの扉が開く音がした。真澄はとっさに振り返る。
「あ」
指をさして、止まってしまった。
「いらっしゃいませ」
入ってきた男は、無表情でそう言った。
「そういうわけです。百円でももらい過ぎかと」
入ってきた男が、まさに真澄の訪ね人だったのである。
「まさか、ここに勤務でしたとは」
男は、やってきたお客に軽く会釈をすると、右手奥のついたての後ろに行ってしまった。真澄は、露骨にその後を視線で追っている。このお客、真澄といったか。随分とはっきりとした性格をしているようだ。わかりやすいともいうが。
「巡季! 自分の分の茶も入れてこい。ああ、あとなんかお茶請け無かったか?」
シエリールは、ついたての後ろに行った男を巡季と呼び、日常会話をする。
「申し訳ありません。今は切らしてまして。私たち用に煎餅ならありますが?」
「ああ、それでいい」
「了解しました」
巡季がお湯を沸かしている間に、聞いておきたいことがあったので尋ねる。
「ところで、なんで、あの男なんです?」
口の横に手を当て、小声でこっそりと聞く。
「え、いや。なんて言うか、ここら辺でたまに見かけていたんですけど、なんか目が惹かれるって言うのか、周りとは違うなって感じがして。他にもいるんですけどね。そんな気になる人。ぶっちゃけ、探偵さんもそうです。なんでだろ?」
「ふむ」
巡季が、お盆に湯飲みを三つと煎餅の乗った器を乗せてテーブルまで来る。
真澄は、緊張で挙動が不審になっていた。不必要におどおどして、巡季の顔を見たり逸らしたりしている。
巡季が湯飲みを置こうと真澄と顔が近寄ったときだった。
「あわ、あわ、あわわわあ」
真澄の緊張が頂点に達したようで、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その様子を見て、シエリールはくすりと笑みをぼした。決して嘲笑の類ではない。見ていて微笑ましい人間だなと思っただけだ。
「よし、まあここに座れ」
シエリールは巡季に向かって、自分の隣に置かれたもう一つの一人掛けをぽんぽんと叩いて示した。
巡季は、静かに腰掛ける。
「大丈夫か? そんなに緊張するな。取って喰おうってわけじゃないんだ」
「は、はいぃ」
真澄の声は完全に裏返っていた。
「巡季、自己紹介」
ぴっと右手の人差し指を立てて、それを真澄の方に向けた。
「はい、初めまして。四辻
「あ、あああ、あの、わたし、有坂 真澄と言います! 真澄の真に、上澄みの澄です!」
「ぷ、あはは! それは説明になってないぞ?」
真澄の真では、確かに説明になっていない。シエリールは、気さくに笑った。
「あ、ああ、いや、あの、その!」
だが、巡季は無表情。機嫌を損ねたのかと心配したのか、真澄は青くなっている。
シエリールが肘で小突いた。
「すいません。なにか粗相をしましたか?」
「粗相ではないが、笑うところだぞ?」
「笑うところ? 私は自己紹介を聞いていただけですが?」
「あのな、今、いやいい。笑いの説明ほど無粋なものはないからな」
一人、垣根無く笑っていたシエリールも今ので冷めたらしく、自己紹介をする。
「改めて名乗ろう。ここの所長、シエリール・ダルソムニアだ。難しい名前をしているが、まあ、ファーストネームを覚えてくれればいい」
「あ、あの、シエリールさん。ここは四辻探偵事務所では?」
「まあ、いろいろあってな、名義はこいつ。上司は私、となっている」
真澄の表情が明るくなる。
「じゃあ、あの恋人とかじゃないんですか?」
「ああ、私たちは、私たちは……、うーんと、主従、だな」
「主従? あるじとしもべの主従ですか?」
「そう」
「四辻さん、本当ですか?」
「ええ」
「うっそ。シエリールさん、あなたお金持ちなんですか?」
シエリールは、主従イコールお金持ちという発想に苦笑を浮かべた。豊かでもない主従だってこうしてあるのだ。
「いや、しがない探偵屋だよ。それから、私のことはシエリールもしくは、シエと友人たちは呼んでくれる。で、こいつは巡季で良いよ。そのかわり、私たちは真澄と呼ばせてもらう。いいだろう?」
「いいですけど、本当に外国人なんですね。日本語がお上手だから、なんかイメージ湧きませんけど」
「ん? そうか?」
言いながら、緑茶をすすり、煎餅をかじるシエリール。
「ふふ、日本人より日本人ぽいですよ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
しばしの沈黙。ゆったりと時間が流れる。お互い初見なので話すことも尽きてしまった。そこに空気を読めない巡季が主に聞く。
「あの、お客様ではないのですか?」
シエリールは、先ほど真澄から受け取った百円玉を親指で弾いて、それを手のひらで掴む。それを巡季に見せた。
「ん? さっきまでは客だったが、今は違う」
シエリールがなにもないように答えた。
「で、真澄。君に尋ねよう。君の目的は少々滑稽なやりとりになったが解決した。君は、どうしたい? 我々は見ての通り、まっとうな仕事はしていない。あとは、君次第だ」
「あ、あの。と、友達になって、くださいませんか?」
真澄は、ありったけの勇気を込めたのだろう、少しうわずった声でそう聞いた。
巡季がどうしますかといった表情でシエリールを見ている。シエリールは苦笑した。
「私は、一向にかまわないぞ。巡季はどうだ?」
「私、ですか? えっと、仰る意味がわかりかねます」
「なにも難しい話をしているわけではない。おまえと友達になりたいというだけだ」
「友、達。友達ですか」
「あ、あの、いきなりで不躾でしたか?」
「いえ、経験がないので友達がなにをするものか、わからなくて」
「嫌ですか?」
「いえ、特に拒否する理由はありません」
「じゃあ、仲良くしてください!」
真澄は、緊張から解き放たれた笑顔で笑う。シエリールは、静かに笑ってみていた。
真澄が退席する段になって、シエリールは思いついたかのように真澄に尋ねる。
「なあ、君には弟はいるかい?」
「え、はい、いますよ」
「名前は?」
「
「そうか、ありがとう」
シエリールは、気持ちの良い笑顔で真澄を見送った。
真澄が建物を出ていったのを確認すると、自分の事務机にある少しだけ立派な椅子に腰を落ち着かせる。
「所長、差し出がましいようですが、お尋ねしてもよろしいですか?」
おもむろに巡季は、テーブルを片しながらそんなことを口にした。
「なんだ? 私が、あの娘と仲良くしようなんていうのが気になったか?」
「はい」
「特に理由はないんだ。強いていうならば、我々に興味を持ってくれているから、とでも言えばいいのか。普通、気になるやつがいたからって探偵まで使うか? 面白いだろう?」
「ですが、私はホムンクルスですし、所長は吸血鬼です。あの方は一般人では?」
シエリールは、この世に生きる吸血鬼。巡季は、その存在を労働のために造られたホムンクルスという人造魔法生物だった。
「それがなにか、問題になるのか?」
「いえ、所長がお感じにならないというのでしたら、きっと杞憂なのでしょう」
「あの娘は、我々の世界を知らない存在だ。おそらく私たちが吸血鬼とホムンクルスだと気付いていない。もしかしたらその存在さえも知らないかもしれない。……なぜだか、なぜだかわからないが、私はそのことが嬉しくてな。この先、自分がどういう選択をしていくかに非常に興味がある」
「そうですか」
巡季は、顔色を一つも変えずそう頷いた。
「おまえはどうなんだ?」
「なにがです?」
シエリールは、わざとらしくため息をついた。
「おまえ、あれだけの好意を異性から受けてなんとも思わないのか?」
「申し訳ありません。なにぶん初めてのことでしたので、うまく処理できません。ですが、私にも友達、というものが出来たことに喜びを感じます」
「そうかそうか。ならば大事にしたいものだな」
シエリールは、笑顔で頷いた。
「そうですね。ところで、有坂というのは?」
「ああ、そうだろう。あの有坂に間違いないだろう」
こんな時代の都会の真ん中にも、まだ、退魔師の一族がいる。古くは、実際に魔と戦い、人間を守護してきた一族。いつしか、その実力は権力へと成り代わり、この地域に大きな影響を与えるようになった。
当主、有坂
だが、おそらく素養なしとされた一般人真澄は、いろいろ伏せて事実を教えられているに違いない。それは容易に推測できた。
今回、真澄とシエリールが知り合ったのはほとんど偶然であり、むしろ当主たちは望んでいないことだろう。ほとんど、というのは、真澄がその血に眠る
「では、我々の正体についても知っているのでは?」
「どうだろうな。知っていてあのような態度に出るのなら、私はそれはそれで彼女を愛おしく思えるよ」
実際、真澄がシエリールたちの正体を知っているかどうかは問題ではない。むしろ、問題は、自分がなんの利害もない人間をここまで素直に受け入れ、あまつさえ友達になれることを喜んでいるのか。そっちの方が不可解だった。
「笑いたければ笑え。私は、吸血鬼でおまえのはホムンクルス。普通の人間となんて交わることがない存在だ。それは重々承知している」
「笑う? なぜです? 私たちは人間ではありませんが、それは人間と交わることへの戒めではない。そんな嬉しそうにしてる所長を見て笑うなんてこと出来ません。ああ、そこは一緒に微笑んでる方が良かったでしょうか?」
「聞くな。台無しだぞ」
それからというもの、真澄は暇あるごとに顔を出すようになった。
「やほー」
元気よくスチールの扉が勢いよく開け放たれ、明るい顔の真澄が事務所へと入ってきた。
「よくきたな。だけど、一つだけいいか?」
「なに?」
笑顔で小首を傾げる真澄。シエリールは苦笑いを浮かべている。
「もし客がきてたらどうするつもりなんだ? そんな勢いよく登場して」
「一応、中の様子を窺ってからやってるから、高確率で大丈夫だと思う。それよりも、そんなに仕事無くて大丈夫なの?」
すっかり口調は親しみのあるものに変わり、慣れているのがわかった。
「大丈夫ではないが、あまりはやっている探偵屋というのも世知辛くてなんか嫌な感じしないか?」
「んー、そうね。言われてみればそうかも。でも、あんたがお腹空かせてへたれてる姿を見るのも友人としちゃ充分世知辛いよ?」
「ははは、面目ない」
シエリールの声の調子が一段階落ちる。肩も自然とすぼまった。
「いや、でも、生きてるんだから、いいよね。人間生きてることが大事だから、ね?」
「それで誤魔化してるつもりか? もっと上手くやってくれ」
「ごめん」
今度は、真澄の肩が落ちる。
「ふ、冗談だ。私は、そんなことで落ち込まない」
僅かばかりの嘘。友人に世知辛い思いをさせたことは少し気にかかる。
「もー」
軽くふくれる真澄。
だが、二人とも視線が合えば自然と笑い出す。
「そういえばさぁ、昨日、藤幸デパートに行ったんだけどさ、今年の流行は赤だって」
「流行?」
シエリールは一瞬なんの話かわからなくて疑問符を浮かべる。
「そ。いつもおんなじかっこうのあんたはわからないかもしれないけど、服は赤なんだって。っていうか、違うかっこうしないの?」
黒のスカートに、赤いシャツ。出かけるときは黒いジャンパーを上から着る。だが、それだけ。いつ来ても同じかっこうでいる。
「する必要性が感じられない。別に媚びたい異性がいるわけでも無いしな。でも、流行が赤なら、赤いシャツが出回るんじゃないのか?」
「うん、いろんな赤いシャツ置いてあったよ」
「ふむ。今度行ってみるか」
あごに手を当て考える風に言った。
「どうせなら、他の色にすれば? 他の色もあったよ?」
「まあ、赤いシャツにも意味があるんだ」
血の色、であるということ。口には出せないが、そういう意味もシエリールには必要だった。
「そうなんだ? おまじないかなんか?」
「そう。仕事がうまくいきますようにってな」
服の話などしたことはなかった。どこのお菓子がおいしいとか、どこの化粧品会社のリップの色がよいとか、どんな俳優がかっこいいとか、そんな〔普通〕の会話をしたことがないのだ。
それは、真澄にとって常識だろうし、そんな話をするのが当たり前だろう。だが、シエリールにとっては新しい世界だった。
吸血鬼が生きていくのに、注意を払わずとも生きていけること。
命のやりとりを前提とした繋がり。そうでなくとも利益だとか、面子だとかそんなものばかりを気にする関係。そっちは無くてはならないこと。
全くそうでない真澄との在り方に驚嘆を禁じ得ない。
生まれたときには想像すら出来なかった世界。むろん、彼女の世界の本にすら載ってなかった事実だ。
そして、なによりも驚くべきことは、自身がそれを嫌だとか不快だと思わず、求めているところにある。
「危険な仕事だよね。テレビとかでしか見たこと無いけど、銃とか出てきたことある?」
「…………ある」
正直に答えていいかわからないので、逡巡した。
「マジで? やっぱやくざとかに脅かされるの?」
「無いとは言えないな。まあ、ここらの暴力団にはある程度顔効くし、蛇の道は蛇ってことだな」
「あんた、きれいな顔して凄腕?」
「まあ、失敗したことはないな」
「ほえぇ」
「コネと実績と、言葉の魔法でやり繰りするんだよ」
「あー、わかる。得意そうだもんね。そういえば、魔法で思い出したんだけど、聞いていい?」
「ん? 答えられることならいいが」
「魔法って信じる?」
シエリールは少し眼を見開いた。そして、考える。正直に答えていいか。信じるかどうかではなく、現実的に使えるということを伝えるべきか。
「ある。魔法は、本当にあるんだ。見ろ、私が生きてるのは言葉の魔法の成果以外の何ものでもない」
結局、茶化してそんな風に言った。
「そうじゃなくて、なにもないのに火つけたり、金縛りにしたりとか。ほら、よくあるじゃない、映画とかでさ。あんなの」
「どうしてだ?」
不作法だとも思ったが、シエリールは質問に質問で答えた。
「いや、実はね。あんたんちよりうちの方がずっと胡散臭くてね。この時代に、お化け退治が家業だとかいうの。でもね、おばあちゃんは、なにも無いところに火をつけるんだ。それは、マジシャンみたいに」
「ほう。でも、いいのか? 我々もお化けかもしれんのだぞ?」
手を垂らし、舌を出しておどけてみせる。
「あはは、なんで? 足もあるし、存在感もあるし、そんなお化け恐くないよ?」
真澄にとって、お化けとはその程度の認識なのだ。きっと、吸血鬼とかも映画の中だけの存在であるという認識なのだろう。
「それは巧妙に取り入って、おまえを取り殺すためかもしれんぞ。この後、徐々におまえは弱っていき、そして若くして死に至る、かもしれない」
「あんたと知り合って死ぬとしたら、取り殺されるんじゃなくて、誰かに撃たれて死にそう」
真澄の「死」という言葉には、重みがない。若者が気軽に使う、殺すと同じ感じだ。まだまだ死から遠く、実感のないものの言葉だ。
シエリールは一瞬考えた。ここは、真澄の家、有坂のこともある。本当のことを教えるのも一つの道なのではないか。
「おまえが私のせいで撃ち殺されたら、私は即刻消されるな。ドラム缶に詰め込まれるとか、コンクリを抱いて海に飛び込んだ方がマシだという状況で」
「なんかさ、うちのこと誤解してない? そりゃ、確かに魔法とか突拍子無いこと言ったけど、そんなやくざみたいなことしないよ?」
実際にそうなった場合、有坂はどう動くのだろう。その衰退した家力をもってシエリールを倒しに来るのか。律と戦うのは、いやだな。そう思った。
「おまえの家ほどの当主がそんな馬鹿なことをするとは思えんが、だが一探偵などどうにでもなるものだ。死んでも、悲しむものなどいないし」
死んでも、古い友人知人は口をそろえて仕方ないと言うだろう。さらに、死ぬ間際、自分も仕方ないと言って死んでいくのが簡単に想像できた。
「そんなことないよ! あんたが死んだらわたしが悲しい。わたしは寂しいよ」
一拍の動揺。そして、驚き。そうか、そうなのだな。自分にも死を悼んでくれる友人が出来たのだな。
「そうか、ありがとう。これでは、私もおちおち殺されるわけにも行かなくなったな」
照れ隠しに、大仰に肩をすくめて見せた。
「そうよ。言葉の魔法ででもなんでも生き残るの。生きてこその華もあるってね」
「華か、咲かせてみせたい我が人生」
「まあ、きれいなあんたに咲かれたらわたしは立つ瀬ないけど」
「そうか? おまえは十分きれいだぞ。自信を持て」
「自覚ない人に言われても嬉しくない」
「私は、いうなれば整形美人。おまえは天然美人」
「えっ? あんた整形なの?」
「似たようなものだ」
「ふうん?」
今日も何気なく、一日が過ぎていく。本当は、蜘蛛の糸の様に細く儚い日常だったが、それはなんとか形を成していた。
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