第十九話 艦長、世界は平和です。

「どうやら、二人で歌うらしいですね」

「ふーん、何があったかは知らないけど、衣装を二つ用意したのは成功だったわね……それじゃあ、エーテリオンから全世界に向けて最高のライブの始まりよ!!」


 焔同様、指揮を取るだけで少し暇だったカグヤはやる気を取り戻すと、椅子から立ち上がり声高らかに作戦の最終フェイズを発動する。


「エーテリオンのブリッジ前方の甲板が開放し初めました!」

「今度はなんだ!?」

「ひ、人です! 二人の少女が甲板に!」

「奴ら……何のつもりだ、一体!」


 戦艦の上に立つ二人の少女。身なりは仮装のような派手な服装。そんな者が突然現れ、何をするかなど、戦闘を行う者達に理解など出来なかった。


「……歌います──リンリンスターライト!」


 急に世界中に配信される楽曲は、明るくアップテンポで盛り上がる電子音の伴奏。当時小学生の緑川凛が数年前日本でを中心に大ヒットを打ち出した一曲──それが、リンリンスターライト。


 ──いわゆる電波曲である。


 この曲は今の自分にとって黒歴史中の黒歴史である。先ほど人間関係がどうとか、社会がどうとか、笑顔がどうとか、様々な彼女の思いを並べたが、彼女が歌を嫌いになって、路線変更のきっかけを与えたのは、これがと言っても過言ではない。


「戦場で歌だと!? ふざけているのかッ!!」

「しかし、各機混乱しています!」

「当たり前だ! こんなチープで訳のわからない歌……放送を切れ、戦闘に集中するんだ!!」

「……だ、ダメです、撃ち込まれた装置から機体に音が送られているようです!」

「なんだと!? そのために……くっ、たかが歌だ! 気にするな!!」


 聞きなれない者にとっては理解し難いキャピキャピとした電波曲が嫌でも耳に攻め入り、それを止める術がないとくれば、誰だって混乱もするだろう。


 しかし、アレクをはじめとする隊長格は焦ることなく指揮を保とうと各機に正気を保たせようとする。


「たかが歌だ──なーんて、思ってるんでしょうけど、このサウンドコントロール弾がただの音響装置だと思わないことね!」

「相手の動きが! これが二人の歌の力……?」


 その電波曲と共にエーテリオンへと進行する機体は次々に停止し、その場からピクリとも動かなくなる。


 心に歌が染み入ったと言われればあながち間違いではないとは言えるが、そんな生易しいことを“あの”カグヤが考案するわけもなく、これはもっと過激で非人道的な作戦であった。


「どうした、貴様ら!」

「……き」

「……何?」

「綺羅凛! 綺羅凛! キラアァァァーッ!! キィィィラアアアァァァァァーッ!!」

「リンリン! リンリン!! リンリンリィィィ──ブヒイィィィーッ!!」

「きーらりん! きーらりん! フゥッフゥッフゥッフゥッ!!」

「どうしたおい! 各機聞こえているのか!? 応答しろ!!」


 応援コールのような奇抜で奇妙な叫び声が通信を通して右から左からと飛んでくる。


 自分の部下が一瞬にしてへと変貌した恐怖は、まだサウンドコントロールシステムを撃ち込まれていない隊長格の動きを次々に御した。


「このサウンドコントロールシステムは二人の歌をエーテルの波長として送るのよ! そして、多少威力は下がるけど、世界配信の映像にも加工した歌を配信済み、これで世界はになるわよ!」

「って、それただの洗脳兵器じゃないですか!! 歌で世界が平和になると思ったのに!?」

「ハン、世界はそんなに優しくないわよ! そもそも二人の歌を変換して送っての効果なんだから、歌の力でも間違いないでしょ? あれが二人が歌に込めた思いなのよ!」

「人類を家畜にするのが二人の思いだとするなら、僕は一生アイドルを信じませんよ!?」


 洗脳波を世界へ垂れ流すエーテリオンの中で、光は耳を手で塞ぎながら戦いの様子を哀れみの目で見守った。


「くっ! こうなれば!!」

「なっ! 逃げる!? いや、アイツ──!!」


 このおかしな現象を食い止めるため、飛鳥の一瞬の隙を突き、エーテリオンへと向かうアレク。


 それを追おうとする飛鳥だったが、アレクの指示により、行動可能なエーテリアス達がそれを阻む。


「ちっ、なにやってんだよあのガキは!」

「腕を飛ばす奴か──だが!」


 エーテリオンの護衛を任された零は、迫るアレクに向けて両腕を射出し迎撃を試みる。


 しかし、彼女よりアレクの方が操縦技術は一枚上手。迫り来る両腕のワイヤーをたった数発で撃ち切り、攻撃手段をなくしたアインの腹部めがけて思い切り蹴りをお見舞いする。


「くっ、そおぉぉぉーっ!!」

「フン、もらったぞ!」


 護衛を無くした事を確認すると、甲板で今まさに歌っているアイドルに向けて容赦なく銃を構えるアレク。


 カグヤは主砲による迎撃を命令するが、そんなものを撃てば二人は反動や風圧により艦から吹き飛ばされてしまうと、命に止められる。


「やらせるかぁぁぁーっ!!」

「チッ、まだいたか! だがそんな機体ではただの的だ !!」


 アレクの上方から突貫する相馬だが、重武装を身にまとったレッドでは根本的に機動力が欠けていた。


 狙いを切り替え放たれた銃撃は、レッドの装備するミサイルポットに命中し、誘爆を引き起こし大爆発を起こす。


「……やむ無い犠牲か」

「勝手に殺さないでもらおうかッ!」

「バカな、エーテリアスだと!?」

「フン、何度言えばわかる、レッドは換装装備名だ!!」


 装備を排除し、身軽になった相馬のエーテリアスは携行装備のナイフを手にし、アレクの乗るエーテリアスの右肩に突き立てる。


 エーテリアスの強襲に怯みながらも、咄嗟に機体を操り相馬を振りほどくと、エーテリオンから距離を取る。


「くっ、これでは他の機体を相手に戦闘などできないではないか!」

「大人しく後退してください、アレク・マーチス大尉」

「シャーロットか……さっきの放送では随分と色々言っていたな。あれがお前の本心か? それとも奴らにそそのかされたか!」

「そそのかされてなどいません! あれが全て私の意思です!」

「そうか……ならばせめて私の手で──!」

「──っ!?」


 左手に持ち替えたライフルをフィアーへと向けられるシャロ。ただの人間相手なら反応できるものの、情のあるアレクということもあり、反応が遅れ、回避行動を取るにも間に合わない。


「人の女に──手ぇ出してんじゃねぇぞぉぉぉーッ!!」

「ちっ、ライフルを──!」

「三蔵……助かる!」

「シャーロット……? そうか……お前がシャーロットを……お前の、お前のせいかぁぁぁーっ!!」


 片腕になりながらもブレードを手に、シャーロットをすけこました三蔵へと怒りの炎を燃やし、斬りかかるアレク。


 そこには彼の持つ択一したパイロット技能などどこにもなく、暴走とも言えるでたらめな特攻であった。


「女取られて逆上かよ。そういうの、大人気おとなげないんだよ!」

「手が多ければ強いと思うなよ!」

「三蔵!」


 たった一本の腕から繰り広げられる剣捌きは、十数の手を持つドライを意図も簡単に圧倒し、三蔵は次第に苦戦を強いられる。


「一本! 二本、三本! ほぉら、どんどんなくなっていくぞ!!」

「くっそ、こんなのと飛鳥はやってたのかよ! しかも勝ったってか!? 強すぎだっての!」


 力押しとも言える滅茶苦茶な攻撃ではあるが、三蔵の技能ではその圧倒的な突貫力に対処することが出来ず、ドライの補助腕を次々に切断され、文字通り打つ手が無くなっていく。


「十二本! これで──私の勝ちだッ!!」

「いいえ、隊長──あなたの負けです」


 トドメの一撃として放つ刺突によりコックピットを狙うアレクと、窮地に立たされる三蔵の間から、割り込むように姿を現したフィアーはアレクのエーテリアスを蹴り飛ばすと、怯んだ相手に向けてサウンドコントロールシステム弾を全弾撃ち込んだ。


 Eフィアーの特徴──それは派手なピンク色の機体でありながら、EG用の光学迷彩装置により、その姿を目視はおろか各種レーダー類から忽然と消え去るステルス機能であった。


 隠密性と軽装のフィアーは、まるで忍者を彷彿とさせる能力で奇襲に成功する。


「くっ、たかが歌を聞かせる兵器で……兵器……で……へい……き……」


 放たれたシステム弾によりグワングワンとする頭を押さえながら、意識を保とうとするアレク。しかし、撃ち込まれたサウンドコントロールの数はそんな男の──軍人の精神を容易く犯し、次第に理性というものは微塵もなくなっていき……


 ──数分後


「リンリンリーン! リンリンリーン! キラキラリンリンリーン! あーっはっはっはっは!!」

「アレク隊長……アイドル依存症になって……」

「なんというか、やっぱり悲惨だな……これは」


 再戦に燃えて機体を赤く染め、お手製の仮面まで装着した男の哀れな末路に、三蔵達は思わず目を背けてしまった。


「相手のものと思われる空母が接近、意識のあるEGから回収していきます」

「じゃ、こっちも全機帰還よ」

「りょーかーい」


 戦闘も一段落し、いつものゆるゆるムードに戻ったブリッジは全機の帰還を命令する。

 絶対的兵力差だったが、知恵と勇気──いや、高性能機と悪どい洗脳システムによってエーテリオンは見事勝利を手にしたのだ。


 ──一方その頃


「さて、今回の件だが……君達の意見を聞こうか」


 戦闘の様子を見終えたオットーは、椅子に座りながら真剣な面持ちで各国代表に問いかけた。


「……私は──」


 皆が押し黙るなか一人の代表が口を開く。

 真面目な会議が始まると思えたが、忘れてはいけない。世界中に対してあの洗脳放送が送られたという事実を……。


「綺羅ちゃん推しだ!」

「なに、お前も綺羅ちゃんか!?」

「バカどもめ、私は凛ちゃん推しだ」

「だが、あの貴理子ちゃんも捨てがたいな」

「いや、それを言うなら命ちゃんだろう!」

「やはり貴様、ロリコンか。大和撫子の刹那ちゃん以外にはありえん」

「フン、やはり貴様らはその程度か……」


 回りの意見を一通り聞き入れ、それを鼻で一蹴しながら立ち上がるオットー。その態度に周りは腹を立てて、逆に彼に対し問い詰めた。


「ならば貴様は誰がいいというのだ!」


 その言葉に嘲笑を浮かべたオットーは、見る目がないなと、周囲を見下すように口にすると、自らの意見を自信を持って宣言するのであった。


「無論──光ちゃんだッ!!」


 その名前は会議場に何度もこだまし、周りは何かを察したかのように冷たい目でオットーを見ると、次々に席から立ち上がり会場から去っていった。


「おい、どうしたみんな、何故いなくなるんだい? もっと光ちゃんの魅力について語ろうではないか、なあ!」


 壮絶なカミングアウトを終えたオットーは一人取り残され、周りが何故帰っていくのか理解できないまま、モニターでまだ放送されているエーテリオンの番組を見ることにした。


「これで丸く収まったと言うべきなのか……まあ、世界中は丸め込めたのかな……?」


 昔聞いたことのある曲のせいか、それとも彼女達と知り合いだからか、サウンドコントロールシステムの影響を受けなかった帝はどさくさに紛れて外へ出ると、未だに推しメントークに花を咲かせている各国代表を見て、何とも言えない安心感を手にすることができた。


『お待たせいたしました皆さん、それでは最後の参加者の発表です!』

『どうも、姫野川綾瀬です』

『彼女こそ他の参加者達が足下にも及ばないこのミスエーテリオンにふさわしい、最高の──!』

『ちょっと飛鳥、司会が贔屓してるんじゃないわよ!』

『なっ、俺は感想を素直にだな!』

『つまり、飛鳥さんは他の人にはそれほど感想を抱いてないと』

『ちが──おい、ちょっとまて、なんだお前ら、ついに俺にもハーレム展開……ってヤメ──!』


 司会者が多くの女性陣に袋叩きにされるところで、エーテリオンの世界放送は終了した。


 そして、その放送が終了した事を確認すると、一人の女性は椅子から立ち上がり、一言呟いた。


「ようやく見つけました──


 女性は赤い軍服からパイロットスーツに袖を通し、ウェーブのかかったオレンジ色の長髪を整え、一機の機体へと乗り込む。


 それは同じ二足歩行のエーテリアスに似てはいるものの、形状の全く違う薔薇色の人型兵器。


「ジル、レイ、アルテーミスは任せるぞ」

「ジャンナ様、アモールを百機連れるとは言えども、やはりお一人では……」

「相手はアモールを何百と撃墜する手勢です、ここは私達も──!」

「無人のアモールを撃墜しているとはいえ所詮は旧型だ、いくら手勢だとしてもAシリーズはEシリーズに遅れなど取らん。ジャンナ・D・ローゼス、Aアルテリアスヘイラー──出る!!」


 WCの戦闘兵器を引き連れたジャンナの操るヘイラーは、宇宙空間に滞在する戦艦アルテーミスから大気圏へ降下し、エーテリオンへと舵を向けた。

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