第十六話 艦長、学園祭会議の続きです。
「それじゃあ、まず出し物を決めるわよ!」
「出し物って言ってもな……実際客が来るわけじゃないから出店は出せないし、どうするんだ?」
「そんなの実況リポートでもすればなんとかなるわよ、楽しいですよー美味しいですよー、ってコメントつけて。まあ、やっぱりそれじゃ地味だから、できればステージで披露できるようなのがいいわね」
「ああ、歌の前座を考えてほしいと」
「ち、違うわよ、ただちょーっと場を温めるために何かやったほうが、最後の出し物が盛り上るかなーと……」
それを前座というんだ。全員がツッコミをスタンバイしていたが、確かに観客の目を惹き、ステージに注目させるにはそれが一番いいのかもしれない、と納得してしまう。
「一々聞いていくより、まずはアンケートよね。はいみんなー何枚でもいいから紙に意見書いて、とっとと決めたいからすぐ回収するわよ」
……三分後
全員の紙を回収したカグヤはパラパラと紙をめくり、その内容をすべて見終えた後、紙を教卓に叩きつけた。
「あんた達学園祭なめてんの!? 水着ミスコン、メイドミスコン、ネコミミミスコン、ヌードミスコン、ミスコンミスコンミスコン──何枚でもとは言ったけど、どんだけミスコンやりたいのよあんた達二人は!! この変態! 女の敵!」
「お、俺じゃねーよ!」
「そうだ、なんでも俺のせいにするな!」
カグヤに指を差された大輝と三蔵は反論をするが、このクラス、この二人を除いてそんなことを書く生徒はいなかった。
いや書きそうな男がもう一人いるが、その男が何を書いたかというと……
「なによ、この飛鳥ヒーローショーって……」
「フッフッフ、聞きたいか? ならば特別に教えてやろう、飛鳥ヒーローショーとは──!!」
「はいはい、どうせろくでもないから却下却下。次、壁新聞発表ぉー? 当然却下!」
「何故だ月都カグヤ! 学園祭と言えば校内に張り出される壁新聞だろうが!? な、そうだろう、貴理子?」
「え……あの、あ、いや……すみません、それはないと思います、相馬さん」
飛鳥の文句を他所に自信満々に反論を出す相馬だったが、貴理子の申し訳なさそうな言葉によりその自信は意図も容易く砕け散り、そのまま轟沈した。
「次、殺陣披露は……刹那なら様になってウケそうだから保留として、次! 男祭り? はぁ……ちょっと命、いくらあんたがそういうの好きだからって──」
「いえ、自分が出したのはレトロゲーム大会であって、そんな一般向けステージに対して、そんな空気の読まない内容の出し物は普通の思考を持ち合わせている人ならば絶対に提案していません。さてー、誰でしょうねー、わかりますかー? 貴理子さーん」
「わ、私はそんなもの出していないぞ!」
「誰もあなたが出したかとは聞いてませんよ?」
「なっ!? くっ!!」
自らの発言により貴理子の顔がみるみる赤くなり、今にも頭から煙が出そうであった。
もちろん、相馬と似た普通の思考を持ち合わせている貴理子は、そんなものなど出してはいない。何を隠そう、出した張本人は今まさに貴理子を陥れ、内心悦に浸っている命なのであった。
「次、次! 次!! だぁーッ、まともな意見が一つもないじゃない、どうなってんのよ!」
「カグヤさんが高望みしすぎなだけじゃ……」
「人形劇とか書いた奴は黙ってなさい!」
「そんなの書いてませんよ!」
「じゃあ童話演劇の方かしら?」
「そっちも違います!」
「嘘つかないでよ、光以外にこんなファンシーな出し物、誰が書くって言うのよ!」
二人のやり取りを耳にして、クラスの前列に座る某二番隊の人相の悪い二人が視線を外にやる。
「そんなに文句言うなら、カグヤは何がいいんだよ?」
「私? 私はー、私は──ねぇ……えーっと…………」
散々周りから意見を集めておいてそれを一蹴するカグヤに対し、反感を抱く飛鳥は逆に彼女に出し物について尋ねた。
突発的な言葉にキョトンとした彼女は、その後右へ左へと目を泳がせた後、カグヤは思いついた出し物の名を黒板へサラサラと書き込んだ。
第一回ミスエーテリオンコンテスト、と。
「俺たちの事散々言ってミスコンかよ!」
「う、うっさいわね! いつの世も世間の目を惹くのは、うら若き美少女なんだからね!?」
「自分の事美少女って言う奴は大抵大したことないと思うけど──痛ぁッ!?」
電子黒板用の電子チョークが飛鳥の眉間へと吸い込まれ、その思わぬ一撃に思わず椅子から転げ落ちた。
「その言葉そのまま返すわよ、この自称主人公バカ!」
「自称じゃねぇよ! 自他共に認める主人公だ! そしてバカでもないわ!」
「充分バカよ、だいたい──!」
……いつものバカ二人による主人公討論が繰り広げられ、それを他の生徒が抑えるのに、十五分はかかった。
「えー、コホン、ちょっと長くなったけどステージの出し物はミスコンということで、男性陣には会場設営その他諸々を整備班と一緒にやってもらいます」
「ま、それぐらいの頑張りはやらないとな」
「ああ、これも──」
──おっぱいのため!
──尻のため!
それぞれの欲望を抱いた変態二人は互いに手をグッと握り合い、その決意を胸にやる気を引き出した。
「三蔵は私のことを応援してくれるのだろう?」
「ふぇ!? あ、ああ、もちろんだとも!」
「三蔵、私の尻は……好きか?」
「も、もも、もちろん、大好きさ……シャロ」
「ん……嬉しい」
「はは──いてててぇぇぇーっ!!」
公衆の面前でイチャコラする三蔵とシャロのリア充な姿を見て、コイツは仲間ではなく倒すべき敵だと判断した大輝は握った三蔵の手を潰すかの勢いで思い切り握りしめた。
合わせて周りから送られる視線も、恋を応援するという優しいものではなく、殺意と軽蔑を含み、三蔵の胸に深く突き刺さりそうなものであった。
「はあ……」
「あ、凛さん」
話も大方まとまり、とっくに授業の時間も過ぎていたので、凛は隙を見て教室から出ていった。
それに気がついた綺羅も、彼女についていくように廊下に出ると、心配したようすで声をかけた。
「……」
「あ……えと……」
声をかけたまではよかった綺羅だったが、話しかけたくとも相手は元々事実上の大先輩……緊張と焦りで出そうとする言葉が詰まる。
「あんたは歌わないの?」
「……え?」
そんな時、先に声をかけたのは凛の方であった。
「む、無理ですよ。私は凛さんと違ってまだステージにも立ったことすらない素人ですし……やっぱり、何度もステージに立ってる人気アイドルの凛さんだけのほうが……」
「私は絶対歌わないわ」
「え……ど、どうしてですか!?」
「……」
尋ねる綺羅に少しの沈黙の後、凛はその答えをとてもアイドルとは思えない感情のない顔で答えた。
「歌が──嫌いだから」
「……え?」
昔から憧れとして見ていた人物からのその言葉に、綺羅は思わず足を止めその場に立ち尽くす。
聞き間違いだ、きっとそうだ……しかし、彼女のあの顔はなんだ? 今までテレビでも学園でも見たことのない、凍(い)てついたあの表情は?
綺羅は怖くなって肩を震わせた。
「り、凛さん!」
声をかけるのが怖かった。だがそれでも必死になって出した綺羅の声に、凛は振り向かずそのまま廊下の先へと消えていった。
……
「……」
同部屋として今は綺羅に会いたくなかった凛は、EGのシミュレーションポットに入り息をついた。
「あれで、よかったのよ……もう歌わないって決めたんだから……あれで……」
後輩にあたる綺羅への発言に後悔しながら、自分の事を必死に正当化することで自信を保つ。
──緑川凛は、昔は今のように冷たいクールアイドルではなかった。
両親の応募により小学生になった頃から少女アイドルとして活動していた凛は、誰にでも笑顔を振り撒いて、心の底から楽しそうに歌っていた。
周りからは天使だの、小さな歌姫だのと呼ばれ、人気アイドルの座に座り続けていた……。
──しかし、所詮はアイドルも弱肉強食の世界だった。
優しかった大人達も、歳を取るにつれて厳しさを増し、自分を誰にも負けないアイドルにするために奴隷のように働かされた。人気が下がれば恥ずかしい仕事もやらされた。枕営業紛いの事など日常茶飯事となっていた。
──気がつけば自分の笑顔は少し歪んでいた。
仕事を辞めたいと思った凛は、明るい少女というキャラを捨て人に冷たく接するようになった。しかし、自分というアイドルを切り捨てたくない事務所は、歳に合わせてクール系へと転換したと言い訳をし、その後凛は泣きたくなるほど強く叱られた。
──何故自分は歌っているのだろうか?
名前も知らないファンの為? 嫌いな大人達の儲けの為? 自分を食い物にする両親の為?
いろんな理由は考えられたが、どこにも自分の為という有るべきはずの理由はなかった。
──その時にはもう自分に笑顔はなかった。
昔から両親の私腹を肥やすために歌っているとはわかっていた。それでも、まだ歌うことが楽しいと思えたから、両親が誉めてくれるから続けられた。
だが、もう昔誉めてくれた人間は、誰も誉めてくれない。もう楽しかった歌は、自分を苦しめる呪いでしかない。
「くっ……」
誰にも助けてもらえない凛は昔を思い出し、涙を浮かべた。
そんな時、シミュレーション用ポットの中に一筋の光が入り込んだ。
「やっと見つけました、凛さん」
「綺羅……?」
突然現れた彼女の姿に、思わず驚きを隠せない顔で凛は振り向いた。
「私……歌います」
「……え?」
「凛さんが歌わないなら、私が凛さんの──みんなのために歌います」
「……どうして? みんなは私たちをアイドルとして利用しようとしてるだけなのよ」
事務所と変わりなんてない、歌える素質があるから歌わせる。ただそれだけだ。
「違いますよ、みんな私達を信じているんです。だから歌わせる、ううん、歌ってほしいと思っているんです」
「信じている……?」
「はい、みんな私達が歌えば必ず成功できる、そう信じてるんです。それなら……緊張はしますけど、アイドルとして応えなくちゃダメだと思うんです」
「……だから、歌うの?」
「はい」
とても純粋で綺麗な笑顔を浮かべ、元気だが震えた声で綺羅は答えた。
「凛さん、そのかわり頼みがあります」
「……何?」
「凛さんの歌を私に歌わせてください!」
「私の……?」
「はい。一人じゃまだ心細いですけど、凛さんの歌なら……近くに凛さんを感じられて勇気が湧いてくるかなー……って」
「……構わないわ、勝手に使って勝手に歌いなさい」
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言う綺羅を避けてポットから出ると、複雑な気持ちを抱いたまま凛は自室へと帰っていった。
男の欲望、アイドルの葛藤、様々な思いを孕んだまま、日は過ぎて行き……そして、
──祭が、始まる。
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