第十四話 艦長、説得です。
格納庫へと足を運び、シャロの目に映ったのは、自分や仲間達を落とした新装備をつけたエーテリアスであった。
やはりその中でも目を惹くのは自分を落とした黄土色のドライ……。
しかし、今は味方。彼女は気を取り直しその隣に立つ、何もついていない素のエーテリアスに乗り込んだ。
「機体は同じなんだ、問題はない……」
「シャロさん、発進どうぞ」
「もうついたか……シャーロット・エイプリー、出る!」
足を固定するカタパルトに運ばれ、シャロを乗せたエーテリアスは大空を飛ぶ。
「艦長、作戦は」
「え、そうね……見敵必殺、サーチアンドデストロイよ!」
「りょ、了解」
(なんだその無茶苦茶な作戦は……そもそも隊列も経路も無しで作戦と言えるのか? 我々はこんな奴等に遅れを……)
「だったらこのアマツが全部片付けてやるよ!」
「主人公らしく……か?」
「おうよ、援護でも雑魚狩りでも好きにしな!」
シャロの困惑など露知らず、いつも通りの突貫をかます飛鳥とそのサポートに回る大輝。
近づく敵を次々と斬り倒すが、その隙を見てアマツの背後へと近づく敵が現れるが、スサノオの放つ弾丸がそれを阻む。
「させねーっての!」
「まったく、神野飛鳥などに遅れを取るな! 三番隊は奴の残りを確実に排除せよ!!」
「了解しました、相馬さん! 私は敵陣に突入します、構わず攻撃を!」
「了解だ」
アマツの援護を実行するスサノオの周囲に、レッド、グリーン、イエローが現れ、ブルーが飛鳥の後を追うように進撃する。
「よし、全弾叩き込むぞ、神谷大輝!」
「はいはい、合わせますよ委員長、っと」
通常兵装のグリーンとイエロー、特殊ライフルのスサノオによる三機の弾幕がおまけに見える、ド派手なレッドの火力によって敵の軍勢に大きな打撃が与えられた。
さらにその穴を広げていくようにアマツ、ツクヨミ、ブルーが手近の敵を撃墜していく。
「凄い……」
「作戦なんていらないんですよ、シャロさん。これが俺たちの戦い方なんですから!」
「だが、相手がこちらより上回っていた場合は!」
「その時はちゃんと作戦立ててくれますよ、あの艦長は……それに評価するのは癪ですけど、どこかの主人公バカの実力は頭一つ抜き出てますし」
自分達の部隊の強さとは違う強さがエーテリオンには存在していた。それが何かはシャロにはまだわからなかった。
しかし、そのモヤモヤとした気持ちに、統率のない乱れた部隊の戦いや、真面目さなど欠片もない態度、そしてそんな相手に自分達が負けたという事実が合わさって、シャロの中に強い不愉快な感情を生んだ。
「こっちも仕掛けるぞ、テメェら!」
「言われなくてもわかってんだよ‼」
他の隊の活躍に痺れを切らした零と宗二は、残虐な方法で次々に敵を狩っていく。
その中でも対人類用にアインの両手に内臓されていた閃光、音響兵器が、対WC用の小型マシンキャノンに変更されたことにより、そのゲテモノ兵器に磨きがかかっていた。
「チンタラやってンじゃねぇぞ、三蔵!」
有線腕手で捕縛した敵をそのままマシンキャノンで蜂の巣にしながら、零は戦果を上げない三蔵に優しく(?)激を飛ばす。
「はいはい、わかりましたよ! シャロさん、援護を!」
「了解!」
戦場の空気にあてられたせいか、それともあまりに腹立たしい現状のせいで素性を隠すことを忘れてしまったのか、シャロは軍人のように三蔵の指示に答えた。
「フン! はあぁぁーっ!!」
手に持った槍で敵を倒しながら、死角を突こうとする敵を隠し腕により撃墜する。
その体系故にまさに山の如しドライは、寄せ付けた敵をさらに切り捨てていった。
(あんな奴でも、一応はパイロットということか……)
標準ライフル二丁で敵を少しずつ倒しながら、その戦いを横目で拝見する。
しかし、その瞬間──
「シャロさん!!」
「──なにっ!」
周りの戦いを観察するあまり、自分に迫る敵へ注意を払っていなかったシャロに向けて、小型WCが目前へと迫っていた。
もうダメだ、回避行動は間に合わない。そう直感するシャロは操縦レバーから手を離し、咄嗟に腕をクロスして自分を庇おうとする。もちろん敵が直撃すればそんなものでは助からない。
「…………」
──生きてる。
身に何が起こったのか理解していないシャロは腕を元に戻し周囲を見渡した。
「──ハッ!?」
「大丈夫ですか、シャロさん!」
シャロの目の前では左腕が破損したドライが、彼女を庇うように槍を構えている。
二型の短距離ブースターにより、なんとか左腕を犠牲に彼女を救うことができたのであった。
「私の不注意で……すまない」
「いえ、無事ならいいですよ。いっぱいある内の一本ですから」
「そういう問題ではない!」
「ハハッ、仲間は助け合いですよ、シャロさん」
「──ッ!」
その三蔵の変わらない優しい言葉が、逆にシャロの心を苦しめた。
自分は仲間ではない。情報を集め、いずれはエーテリオン奪取を目論む合衆国軍のスパイなのだ。
それを、なにも知らないこの男は仲間だと言ってきた。
その温かい言葉は、命令に従い国のために戦う機械のような軍人として消えかかっていたシャロの感情を呼び起こし、それに傷をつける。
「何やってんだテメエら! 邪魔だから下がれ!!」
(ふぇぇ……三蔵君の機体ちょっと壊れてる……私のせいだよね? 私がちゃんと倒さないと……)
「この図体デカイだけの役立たずが、とっとと失せろ!!」
(目の前の敵だけじゃなくて、仲間に近寄る敵全部倒さないと……)
「「全滅だオラァァァァァーッ!!」」
口調は別として、とても仲間思いな二人は三蔵の負傷の責任を感じ、先程よりも勢いを増し、鬼神の如く敵を一掃していった。
「大丈夫、か?」
「え、まあ、やられたのは腕だけですから」
「そう……か」
「三蔵、戻って機体を直しなさい。シャロは三蔵の護衛、いいわね?」
「……了解」
三蔵のドライと共に戦線から離脱するシャロ。
敵はまだ多く存在し、倒すまでにはまだ時間がかかりそうであった。そして、艦にはパイロットは存在せず、こちらには破損したドライ……。
少女の中に残る軍人としての使命が今が好機だと訴えかけ。シャロ自身も、これ以上彼らと共にいれば、軍人という自分の存在が崩れ、作戦実行が不可能となる。
──ここにいて楽しいと感じたから。
──ここにいて優しくされたから。
──ここに少しいたいと思ったから。
この変わり始めた心を捨て、軍人に戻るには、彼らに馴染み切っていない今しかなかった。
──だから。
「──ッ!!」
「ぐぁっ! シャロさん!?」
ドライの背部を掴み加速を始めたシャロのエーテリアスは、ドライをエーテリオンの甲板上に押し倒すと、二丁のライフルをドライとブリッジの双方に素早く向ける。
「動くな、エーテリオンブリッジクルー及びそこのパイロット!」
「シャロ……さん?」
「私は合衆国EG第一部隊隊員のシャーロット・エイプリー少尉だ。死にたくなければ大人しく投降しろ」
「チッ、想定していた事だけど、いざやられるとここまでやるせない気持ちになるなんて……」
もしも軍のスパイであっても、出来れば篭絡して仲間に引き入れようとも考えていたカグヤは、そのあまりにも早い反乱に苦い表情を浮かべる。
「シャロさん……なんでこんなこと」
「私が合衆国の軍人だからだ。前回の戦いの報復でもある」
「だからって──!」
「貴様もその原因の一人だ! 先程は助けられたが、先日の戦いで私を落としたのは貴様なのだからな」
「──なっ!?」
「あー、そりゃ三蔵さんに当たりが強いわけだ」
「今ふざけたこと言ったら有能の肩書きに傷がつきますよ?」
「はーい、黙りまーす」
どんな状況でも平常運転の命を、光はさっき聞いた言葉で黙らせる。
どちらにせよ、とても目の前で銃を向けられている人達の態度ではないが……。
「あの時のパイロットなのか……君が」
「そうだ」
「…………」
「フン……それで、答えはどうなんだ! 降伏か? それとも潔く散るか!」
「シャロ、その前にこっちからも一つ提案があるわ。今回の事はなかったことにしてあげるから、これからも一緒に世界のために戦わない?」
「この状況でふざけたことを言うな! 誰が貴様達の仲間などに……」
一つの未来がシャロの頭を過ったが、そんな未来はあり得ないとすぐに振り払った。
しかし、この状況であっても──いや、どんな状況であっても、カグヤが自ら敗北を宣言することはないのだった。
「そ、だったらノーよ、ノー。そう簡単に譲るわけないでしょ、私だって艦長なんだから」
「こちらは本気だぞ!」
「あっそ、私もいつだって本気よ……右を見なさい」
シャロはドライとブリッジの双方に注意を払いつつ、横目で素早く確認する。そこにはエーテリオンの主砲がこちらに向けられて、発射準備を整えていた。
「どういうつもりだ」
「この距離なら撃ち損じはしないわ、確実にあなたを落とせる」
「ハッタリだな、そんなことをする前に貴様達を撃つ……同士討ちが望みなら別だが」
「くっ、やめろシャロ、あの艦長なら本当に撃つぞ!」
「ならばこちらも撃つだけだ、EG一機とエーテリオンに打撃を与える……そうすれば私は軍人として少しでも国の為に貢献できる」
「そんなものに貢献するために死ぬなんてバカげてる!」
「国の貢献の為に死ぬのは軍人の誉(ほま)れだ! お前は私の国を侮辱するのか!?」
軍人の瞳に迷いはなく、トリガーにかけた指はすぐにでも発射できる状態にあった。
それでも発射をしないのは、彼女の心がまだ生きているからである。
「……君が死ねば悲しむ人間だっているはずだ」
「……だろうな」
「死んだら会いたい人にも会えないんだぞ」
「……だろうな」
「だったら──!」
「私は軍人だ、死ぬ覚悟はいつでもできている!」
(さっき盗撮したシャロさんの画像送ろうかなー……殺されたくないからいいや)
腕をクロスして涙を軽く浮かべている少女の画像を命はニマニマしながら眺めるが、やはり
「…………艦長、主砲を元に戻してください」
「なにをさせるつもりだ!」
「仲間は助け合いだって言ったでしょうが。俺の事が憎くて撃ちたければ撃てばいい……その代わりこの艦には手を出すな、そして空いた二番隊には君が入ってくれ……そうすれば君を含めた仲間が全員が助けられる」
コックピットに銃を構えられながらも、ゆっくりと立ち上がり、シャロの前へと無防備な姿で向き合う三蔵。
「ふざけるな、助ける為に死ぬだと? 私はお前達の敵だ、そんな約束聞くと思うな!」
「たしかにこの艦のやってることは周りに敵を作りまくるような事ばっかりだよ、俺だって最初は驚いたさ……でも、今も昔もこの艦の目的は変わらない、世界のために戦っている。だから、俺にとって──いや、俺達にとって君は敵じゃないんだ」
「綺麗事を!」
「なら撃て、俺が君の敵だって言うなら好きにしろ! 君が国のために死ぬのが誉れって言うなら、俺は女のために死ぬのが最高の誉れなんだからな!!」
「くっ、イカれているのか! 今さら……今さら戻れるものか……私は──私は!」
──ここにいたいと思った。
強い能力がある、ただそれだけで昇進し、軍では周りから冷たい目で見られ、同じ女性隊員からはイジメだって受けた。
アレク隊長が助けてくれたこともあったが、いつも隊長がいるわけではない。隊長や仲間がいなくなれば彼女はいつも一人であった。
それでも軍人らしく生きようと頑張ってきた……だが、自分がいくら変わったところで、周りの評価が変わることはなかった。
だから彼女は自分を騙し続けた。
──どうでもいい国の為だと、
──尊敬する隊長の為だと、
──決して報われない自分の為ではないと。
そうして、いつしか機械のように命令に従う軍人となった。
そんな彼女にとって、分け隔てのないここは、居心地が良すぎたのだ。
だが、もう戻ることはできない。その気持ちが追い詰められた彼女の心を圧迫する。
「くっ……はぁっ……私は……私はっ、軍人だぁぁぁーっ‼」
操縦幹を握る手の震えから、マニュアルによる照準がドライへと定まらない。
すぐさま片方の銃を艦外へと捨て、両手持ちにすることでブレを抑えようとする、しかし、それでも狙いが定まることはなかった。
だから心の底から叫び、引き金を引いた。
──少しでも気を紛らわせるため、
──当たらぬとも自らの意思を叩きつけるため。
だが、彼はそんな彼女を前にしても一切怯まず、覚悟を決めてペダルを踏み込んだ。
「シャーロットォォォーッ!!」
「くっ、まやかすなぁぁぁーっ!!」
定まらないままに放たれた銃弾の数々は、甲板に穴を空け、ブリッジを掠め、最後にドライへと収束していく。
コックピットのすぐ横を銃弾が貫通し、破片が三蔵に向けて飛び散るが、それでも顔を反らす事もなく突出する。
「くっ、なんとぉぉぉぉぉーっ!!」
──三蔵は気合いの雄叫びと共にブースターを吹かし、迫る銃弾を全身に受けながらも暴走するシャロへと躊躇う事なく接近し、銃を持つ手を空へと向け、そのままの勢いで甲板から海上へと落ちていく。
二機分の重量を受け止めた海は、巨大な水柱を立てゆっくりと海へと帰る。
浅い陸地に押さえつけたシャロのエーテリアスは反抗することもなく、一切動きを見せない。
ドライのコックピットには接触回線で彼女の啜り泣く声が届いてくる。
──帰る場所を失った少女の声が。
「任務も失敗した……私……にもう……帰れる場所なんて」
「いいんだよ……シャロはここにいてもいいんだ。大丈夫、ここのみんなは優しいから、すぐに馴染めるさ……それでも怖いなら、俺でよければ、ずっと着いていてやるから」
「──くっ、うあああぁぁぁぁぁーっ!!」
シャロの心から泣く声と共にWCは全滅し、今回の戦闘は終了した。
二人の機体はその後回収され、彼女の通信をブリッジと三蔵以外のメンバーが聞いていないということもあり、今回の件は三蔵が与えたストレスが原因と言うことで、シャロ自身に何かが課せられる事もなく、エーテリオンの日常は一時間もしないで元へと戻った。
……
「ま、何はともあれ一件落着ってとこかしら?」
「ですねー、僕達生きてますし」
ぐでー、っと授業を受けるカグヤ達は、今こうしていられることに幸せを感じていた。
「主砲で煽ってアイツに本気で説得させる作戦とはいえ、あんなやつに自分達の命運を賭けたのが今でも信じられないわ。私、分の悪い賭け嫌いなのに」
「いいじゃないですか、シャロさんもすっかりここに馴染んだみたいですし。三蔵さんにもなついてますし」
「たしかに……なついてるわね」
席をくっつけて二人で授業を受ける姿を面白くなさそうに見るカグヤ。
それもそのはずだ……。
「三蔵、ここがわからないんだ」
「ここは、こうやって……こうだよ」
「なるほど、わかったぞ!」
「……ホント恋人というよりは、犬と飼い主みたいね」
「忠犬シャロってとこですかね」
「ま、アイツらいつもセットでいるもんな」
そこにいたシャロには軍人としての凛とした態度は欠片もない……。
思春期を殺された少女は、失った時間を取り戻すかのように幼児退行してしまい、三蔵を彼氏というよりは親のように慕っているのだ。
親のよう、とはいっても傍目から見れば、いい歳した男女が高度な親子プレイをやってイチャイチャしているだけであり、数名がその姿を見てイライラするのは言うまでもない。
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