人形と踊るのは月夜がいい。

@XYZ

第1話 出会ったのは月夜

吉野家に誘うタカシを見捨て、僕は夜道を急いだ。

「夜は月夜ばかりだと思うなよ」

タカシの捨てぜりふは意味不明だ。

そんな事を考えながら公園横の小道に入る。


そして目撃してしまった。

牛と赤い布。いや背広を着た横幅だけはある男と黒のセーターに黒のタイツそして何故か赤いフレアスカートの小柄な女性だ。

男は女性を捕まえようと。女性は男に捕まらないように。

一方は必死に。一方は余裕もって。

月明かりで闘牛を繰り広げている。


僕は一番簡単な結論を選んだ。

親子。いや百歩譲って金持ちの中年とその愛人が遊んでいる。

いや微笑ましい。

日本は平和だ。

そして邪魔しちゃ悪い。

大人の態度で立ち去ろうとした。

「グェ。」

三歩歩いた時、牛ではなくカエルが鳴いた。その後の静寂。

でも僕は笑ってしまった。牛蛙かよ。


悪いと思ってその場を立ち去ろうとすると肩を叩かれた。

まずい。何が。判らない。

しかし謝ってしまおう。

僕は両手を前で合わせてゴメンナサイを二回した。

「見た」

背中ごしの声は疑問ではなく非難でもなく、ただの事実。

そんな口調だった。

頭を左右に振る。

「見た」

念押しだ。

もう一度、頭を左右に振る。高速で。

「だめ。こっち向いて」

口調が変わって声も可愛くなった。

しかしなにがダメかは分からない。


ちなみに腕力と脚力の自信は、前に中学生に砕かれてから回収できてない。

振り向いた三十センチ先、前方やや下に人形が居た。

いや、そうでは無いことは判る。しかし、目の前に居るのは

それ以外で表現できない者だった。


国語の授業で想像力の乏しさを指摘され、美術の時間には表現力に0以下は存在しないと言われた身なので、詩的表現は控える。

ただただ美しい。それも完璧な造形美。そして何故か僕は笑いだした。

いや、笑うしかなかった。人形の手にあるのはナイフ。

どう見てもナイフ。それも赤い。


人形が血が付いたナイフを持って話しかけてきたら、

逃げる?

戦う?

いや、笑うだろう。


突然、衝撃が走る。ナイフを持ってない手が僕のコメカミを襲った

意識が遠のく中、最後に聞いた声は

「変な奴」


よく言われます。

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