第15話 兵庫県神戸市。喫茶店の朝食セット。

 たとえばどこかの飲み屋に入ったときなど、タスッタさんはその場で知り合った地元の人たちと世間話がてらに情報収集をすることがある。

 出先での詳しいことはやはり地元に住んでいる人たちに訊ねるのが確実であるからだ。

 タスッタさんが一番気にかける情報といえば、やはりおいしいものを出すお店についてになるわけだが、実際にはこれがなかなか難しい。

 お店が開いている時間にタスッタさんの体が空いているとは限らないからだ。

 しかもタスッタさんは基本的に旅行者であり、飲食店の選択についても必然的に一期一会となる。

 ゆえに、毎食ごとのお店の選択は重要だった。

 その日の朝、所用があって前日から神戸市に来ていたタスッタさんは、前夜の情報収集の結果、JR 三宮駅に降りたった。

 目当ての喫茶店は駅を出てからすぐそこにあり、喫茶店としては値段が高めだが、その分、落ち着いた雰囲気で出される料理もだいたい美味しい。

 なにより、朝八時から開店していると、タスッタさんは聞かされていた。


 見当の店は、一見してごく普通の喫茶店だった。

 あまり特色がないというか、どんな街中や駅前にあってもおかしくはない、そんな店構えだ。

 中に入ると店内は意外に広く、座席間もかなり余裕を持って配置されている。

 これは、ゆったりできそうだな。

 と、タスッタさんは思う。

 店員に案内されて、四人は余裕で座れそうなシート席に案内される。

 ひとりでどこかのお店に入るとカウンター席に案内されることが多いタスッタさんにとって、これはそれなりに新鮮な体験であった。

 タスッタさんはさり気なく店内の様子をうかがってみる。

 内装はシックな運域で統一されていて、タスッタさんが最初の客かと思ったが、店内にはすでに数名のお客さんがいた。

 一人客だったり夫婦らしい男女連れだったりするがだいたい年配の方々で、タスッタさんから少し遅れてスーツ姿の男女がばらばらと入ってくる。

 駅前という立地から考えても、このお店はなかなか繁盛しているのではないかとタスッタさんは思った。

 メニューを開き、朝のメニューを確認する。

 朝食セットは、サラダセットとフルーツセットの二種類があり、タスッタさんはそのうちのフルーツセットを選んでお冷を持ってきた店員に注文をした。

 飲み物はコーヒーとミックスジュースから選べるようだったが、まだ朝で目をさましたかったのでコーヒーを選択する。


 すぐに出てくるものと思っていたが予想外に待たされ、それでも注文してから五分くらいしてから注文していた朝食セットがタスッタさんの卓上へと出されてきた。

 意外にボリュームがあるな、というのがタスッタさんの第一印象で、これは八百円という朝食としては高めの値段設定からすればむしろ当然というべきか。

 飲み物とパンの上にトマトとホワイトアスパラが乗った物と、それにレタスの上に厚めのベーコン二切れが乗ったパン、最後にかなり量があるフルール盛りがセットになっている。

 まずは一口コーヒーを啜ってからトマトとアスパラが乗ったパンを手にとって見ると、そのパンの下にもう一枚パンがあり、そのパンを上下に合わせてサンドイッチ状にして食べることができるということに気づいた。

 タスッタさんはやはりサンドイッチ状にして、パンといっしょにトマトとアスパラを齧り、咀嚼する。

 シャキッとした歯ごたえのアスパラとみずみずしいトマト、それに小さいが十分に食べごたえがあるパンが口の中で一体となる。

 あ、おいしいな。

 と、素直に、そう思った。

 神戸近辺は昔からパン屋が多く、普通に出されるパンがおいしいと聞く。

 こうして噛みしめてみると、確かにそうなのかも知れないと思えてくる。

 ここで出されていたパンはいわゆるハードブレッドであり、あまり大きくはないが十分な噛みごたえがあった。

 ご飯とかパンとか、食事には欠かせない主食が思いもがけずおいしいと、なんだかうれしくなる。

 普通の食べ物がふつうにおいしいということが、いかに大切なことか。

 それからタスッタさんは、フルーツ盛りの小鉢に手をのばした。

 テーブルに届けられたときから気になっていた一品である。

 イチゴやリンゴやミカン、メロンなどお馴染みの果実がガラスの器に盛られており、これだけでもそれなりにボリュームがあるように思えた。

 そうした果物を一切れずつ、タスッタさんがフォークで刺して口にしていく。

 いくら見目よくカットされていようとも果物は果物であり、つまりは想像した以上に美味であるということはない。

 ただ、意外に思ったのは、そのガラスの器の底の方にはなにやら透明な液体で満たされており、試しに器を持ちあげてその液体を一口、啜ってみる。

 あ。

 と、タスッタさんは思った。

 その透明な液体は、あまり炭酸が強くはないソーダ水だった。

 炭酸と同様に甘みはあまり強くはなく、甘みが強いカットされた果実といっしょにいただくとちょうどいい。

 なにより、フルーツの種類が多いので飽きが来ない。

 これは。

 と、タスッタさんは思いはじめる。

 お勧めされるだけのことはある。

 のかも、知れない。

 一品一品をみれば極上、というほどのものでもないのだが、どの品も十分に水準以上の味であり、なによりも丁寧な仕事を施された上で出されていることが実感できる。

 こういう朝食は、実はかなり贅沢なのかも知れないな、と、タスッタさんは思い、またコーヒーに一口口をつけた。

 このコーヒーも、なにげないようでいて苦味や酸味がほとんどなく、つまりは癖がなくかなり飲みやすいコーヒーだった。

 もっと刺激が強いコーヒーを好む人も居るのかもしれないが、タスッタさんはこういう、誰もが飲むことができる間口の広い味が決して嫌いではない。


 いつの間にか、店内には次々と新しいお客さんが入って来て、タスッタさんが来店して頃よりは少し騒がしくなったようだ。

 多少騒がしくなってきたとはいっても、それは話している内容が聞き取れない程度の、つまりはある程度の節度を持った喧騒でしかないのだが。

 店員に案内される前に、そのまま二階席へと歩いて行くお客さんの姿も確認できる。

 ああいう人たちは、おそらく常連さんなんだおるなとタスッタさんは思った。

 値段設定のせいもあってか、お客さんははやり年配の方が多いような気がする。

 そのせいもあってか、店内の人々の挙動は、たとえば東京の人々と比べるとこころもちゆったいりしているように思えた。

 コーヒの香りに包まれ、旅先で時間を気にせずに美味しい料理とコーヒーを楽しんでいるこの時間。


 ああ、いいなあ。

 と、タスッタさんは思う。

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