招かれざる客〈5〉
「マーシュリカって毒花だろ? 」
ラスバートに訊かれ、リシュは書き進めていた手を休めて質問に答えた。
「そうよ。香りはとてもいいけど花びらに毒があって、誤って食べたりすると危ないわ」
「でも、あれが花を咲かせるのは春だろ」
「花びらを乾燥させたものでも充分毒として使えるから、粉末にして料理にでも混ぜたら危険ね。でもマーシュリカだけなら即効性の毒じゃない。これにはそれ以外の毒も含まれてる」
「舐めただけで解るのか……」
リシュは無言で答え、再び書くことに集中すること数分。
視線は紙に向けたまま、リシュは言った。
「マーシュリカだけの毒なら解毒剤はあるし、王宮の薬学師達にも解ることでしょ。……おじ様、わたしに一体何をさせたいの?」
「毒を盛られる前に首謀者を見つけたい。君のその目と嗅覚で、何かが起こる前に見つけられたらとね。陛下もそう考えてる」
「犬のような真似をさせるつもりなのね、わたしに。御免だわ、そんなこと。
───はい、これあげる」
リシュは書き終えた紙をラスバートに渡しながら言った。
「マーシュリカのほかにサロの木の樹脂とマトルの葉と、ベニ蛇の毒、コナナツの実が混ざってる」
「コナナツの実か。薬学師達にこれを調べさせても、あと一種類だけ、どうしても解せない毒があるって、お手上げ状態だったんだ」
「コナナツの木は珍しい品種だものね。その紙に解毒剤の調合や配合や、必要なこととか書いといたから。それを王宮へ持っていくといいわ、おじ様」
それを持って早く王都へ帰ってほしい。
「わたしがいなくてもその解毒剤を作れば、オリアル様が毒を盛られても助かるはずよ。……わたし、やっぱり王宮へは行きたくないの。だから諦めてほしいわ」
「そうもいかないんだ、リシュ」
ラスバートが申し訳なさそうな顔で言った。
「君を連れて行かないとね、俺の首が飛ぶし……俺だけじゃないよ、窓の外を見てごらん。ここへ来てるのは俺だけじゃない……」
リシュは窓辺へ寄り館の外を見下ろした。
見慣れない馬を連れ、腰に剣を佩た屈強な男が五人、館の外をうろついている。
「返答は正午までだ。君が王都へ行くと決めてくれたら、あの中の一人がすぐに報せを持って早馬で王宮へ帰還することになってる」
「断ると、どうなるの……」
「この館の使用人、一人残らず首が飛ぶ」
「最後にわたしを殺すの?」
「まさか。使用人の首が一人ずつ飛ぶのをみせてから、君は王宮へ連れて行かれるんだろうな。一番最後に首をはねられるのは俺でね、陛下は俺の首だけ持って帰るようにって、奴らに伝えてあるらしいから」
「……結局、わたしに選択肢は無いってことなのね」
ここへ移り住んで八年。
なかなか馴染めなかった館の使用人達とも、今では笑い合える仲になった。
───私たち親子を遠ざけていた街の人々とも、少しずつ距離が縮まって……。
全ては母リサナの努力があってのことだ。
「館の使用人たちだけじゃない。君が駄々をこねると、この街の人たちにも厄災が降りかかる。ロキルト王が即位してから行った粛清を、君も知っているだろう?」
当時、幼い王の即位に反対した貴族達の内乱は、悲惨な結末を迎えた。
「少年王だからって、彼を甘く見ると痛い目に合う」
あの日も。
母は同じだったのだろうか。
たぶん……
わたしや使用人や街の人たちを人質にとられて。
そしてやむ負えず王宮へ連れて行かれたのだろうか。
「ごめんよ、リシュ……」
「謝らなくても。……おじ様が悪いんじゃないわ。……誰も悪くないわ……」
理不尽なだけ。
この世も国も王家も。
運命も……。
「支度を始めるわね、おじ様。でも言う事を聞いてあげるのは少しの間だけよ。……だってわたしはすぐにここへ帰って来たいのだから……」
リシュはラスバートを見つめることなく部屋を出て行った。
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