疾風の窃盗者
「ケケケッ! さっきから沸いてくるインカネーターのなり損ないの化け物どもが! 殺されろ! 殺されろ!」
地面には大量の骸が転がり、逆向きとなった十字架がところどころに散在する。
空は赤黒く染まっており、空間の切れ目から大量の鎖が生える。
その世界で、真田和樹は鎖で縛り付けた異形の化け物達を切って、切って、切り捨てる。
「俺の捕縛結界で生きられると思うなよ!」
言って、真田は眼前の化け物に大剣を突き刺す。
そして、深く差しこむと同時、上向きに力を込め、真っ二つ。
化け物は奇声の叫び声を上げ、絶命する。
「惨い……俺にはやっぱりあんな戦い方はできないな」
後方で京馬は呟く。
隣りには既に魔道少女化した咲月。
二人は後を追うように真田の後ろへ付いていた。
そして、工場内部へ入った途端、人から異形な怪物へと変容したものとの戦闘となったのだ。
「とはいえ、本当に味方だと心強いね。一人でこんな大量の敵を倒せるなんて」
咲月が言う。
そう、咲月の言うとおり、現れた敵は全て真田が倒していた。
京馬と咲月はそれを眺めていただけだった。
「しかし、ここまで『エロージョンド』が多いなんてね。普通なら完全に精神を乗っ取られた時点ですぐに天使達に始末されるはずなのに」
「『エロージョンド』?」
京馬は聞き慣れない言葉を聞き、咲月に問う。
「あれ? インカネーター指南書は見たでしょ? エロージョンドはあいつらのような『アビスの住民』の化身に精神を完全に乗っ取られた奴らのことを言うんだよ。私も、美樹ちゃんも一度なりかけた、化身を宿したものの最悪の末路だよ」
「そうだ、思い出した! 確か、エロージョンドになったものはインカネーターの一握りの力しか出せないんだっけか?」
「そう、化身と完全に調和できなかったがために力の一部しか使えず、力を使おうとすれば、あんな醜い化け物になり果ててしまう哀れな存在……」
そう言って、咲月は真田と戦っている化け物達を見つめる。
ズドンッ!
途端、空間内を響き渡る轟音とともに、とてつもない大きさの物体が出現する。
ズアアアアアッ!
籠るような低音で発せられた声を発するこの巨大な生物は、真田の十倍はあろうとてつもない大きさのかぎ爪で襲いかかる。
「ケケッ!『ベヘモス』の化身か! 図体だけでかい木偶の棒が!」
言って、真田は大剣を振りかざす。
が、その一撃でさえもそのかぎ爪を御しきれず、真田の腕は震える。
「ちっ!」
舌打ちして、真田は左手にある鉄球を振り回す。
鉄球の一撃を与えられたかぎ爪は快音とともに割れ、バランスを崩し、ベヘモスの化身は倒れる。
強い衝撃音が響き、空間が振動する。
「『
真田が叫ぶと同時、ベヘモスの化身に幾重もの鎖が巻き付けられる。
悲痛な化け物の叫びが響くと同時、真田は大剣と鉄球で嬲るように切りつけ、殴る。
ベヘモスの化身の叫びが止むと、真田は手を止める。
「ふぅ……手こずらせやがって」
そう、呟くと同時、突然、巨大な化け物の死体がバラバラに裂ける。
「な、なんだ!?」
真田は突如起こった現象に驚く。
血の海が波打つ。
中心には、血を浴びた一人の男。
「ははははははははっ、良いねえ! その残忍さっ! 気に入ったよ!」
男はまるで血から生まれ、産声を上げたように狂喜して叫ぶ。
「お前は……インカネーターか」
「そうだよ! 初めまして、俺は氷室っていうんだ、よろしく! さあ、殺し合いを始めよう!」
鮮血を纏い、にこかやに挨拶する氷室。
更に、右手に大鎌を発現させ、叫ぶ。
「『
頭上に氷室が大鎌を掲げると、空間が振動して、多数の鎌の切っ先が突如出現し、舞う。
真田は大剣と鉄球によって、全ての攻撃を弾く。
しかし、その攻撃の規模は大きく、真田だけでなく京馬と咲月のところまで及ぶ。
「『
「ガメちゃん!」
京馬は想いの矢による防護結界、咲月は巨大な食虫植物の触手によってその攻撃を防御する。
大鎌の攻撃は無差別で、周囲の倒された化け物どもの肉にも突き刺さる。
氷室の攻撃はしばらくすると止み、一寸の間が空く。
「ケケッ! 嫌な予感がするねえ!」
そう言って、真田が笑うと同時、周囲の化け物の肉の塊達が動き始める。
「ふふ、良い勘をしてるね。その通り! この攻撃はお前達にダメージを与えるためのものではないんだよ!」
氷室が告げると、寄せ集まって元の形を成そうとした化け物達が起き上がる。
しかし、完全には復元されることはなく、継ぎ接ぎのような不完全さが際立つ。
「こんな奴らがまた復活しても、俺には時間稼ぎにしかならないぜ?」
「どうだろうねぇ……」
氷室は微笑し、手を鳴らす。
「何か、さっきまでとは違って強敵そうだ! 加勢にいった方が良いんじゃないか?」
京馬は咲月に提案する。
「うん! 私達で、真田さんを援護しよう!」
バキッ!
言って、咲月が足を踏む出した途端、破砕音が響く。
そして空間が割れ、一人の男が飛び出す。
衝撃を吸収するように足を曲げ、男は着地する。
「やれやれ、氷室が先走るせいで相手の捕縛結界内で戦うことになるとは……」
嘆息して男は幾重ものナイフを両手に発現させる。
「美樹も美樹でこんな大事な時に支部長に相談事とはね。まあ、本当に相談事なら良いんだけどねえ。支部長が『喰われ』なきゃ良いけど」
やや老けた面持ちの男──志藤はさらにため息を吐き、独り言を呟く。
京馬は臨戦態勢をとなり、志藤に告げる。
「お前はアウトサイダーの人間かっ!?」
「違うと言ったら見逃しくれるのかい? ははっ、ここは一応戦場だよ? そんな確認とるまでもないだろう」
志藤は両腕に緑の魔法陣を展開させる。
「『
「『
「トリニティ・バースト!」
志藤が魔法を発動させると同時、京馬は一本の矢を放ち、咲月は三属性の魔法を放つ。
「しっ!」
志藤は勢いよく、一度に手に持った幾重ものナイフを京馬達の放った力にぶつける。
その手の動きは俊敏すぎて目では捕えられないほどだ。
京馬達の攻撃は志藤のナイフに相殺され、霧散する。
「一人は報告にあった『ガブリエル』の『想い』を力に変える固有能力、もう一人は三属性の魔法を使えるのか。なかなかに厄介な相手だな」
無表情に志藤は呟く。
「この落ち着き方……京馬くん。この人、強いよ!」
咲月は真剣な表情になり、杖を回して次の攻撃の準備をする。
「ああ、一筋縄じゃあ、いかなそうだ!」
言って、京馬も矢を再度発現させる。
「二体一か……まあ、ある意味好都合かもね」
志藤はまた幾重ものナイフを発現させる。
そして、京馬達をかく乱するように揺れるように動き、接近する。
「いけっ! 追尾式の矢だっ!」
「トリニティ・グラウンド・フォース!」
京馬の『もどかしさ』の感情が宿った五本の矢と咲月の広範囲の渡る炎と氷、雷の攻撃が志藤に襲いかかる。
「『
志藤は足元に緑の魔法陣を展開し、魔法を発現する。
それと同時に志藤の動きが急激に機敏となる。
「くっ! 当たらない!」
志藤は京馬と咲月の攻撃を流れるようにかわしてゆく。
「ふふ、まずは君からだ!」
あっという間に志藤は京馬の目の前まで接近する。
「『
京馬の『危機』の感情による障壁に志藤のナイフが衝突する。
障壁がパキンと志藤の一撃を弾く。
が、志藤は深く口を引き攣らせ、笑う。
「『
そう叫ぶと同時、志藤は後方へ回転し、距離を取る。
「な、何だ?」
京馬は自身の右腕に妙な違和感を覚える。
志藤を見ると、その右手に青白い閃光。
「広範囲でもダメなら手数! インフィニティ・サンダーシュート!」
言って、咲月は杖を回し、無数の雷撃を帯びた光線を放つ。
「『
突如、志藤はそう叫び青白い障壁を展開する。
咲月の攻撃はその障壁によって全て防がれる。
「これはっ!?」
京馬は志藤の創りだした障壁を見て驚愕する。
「京馬くんの能力をコピーした!?」
咲月も驚愕の声をだす。
「次は君だ」
そう言って、志藤は咲月に向かって走り出す。
「グラウンド・ブリザード!」
咲月は志藤の周囲の地面に氷を発生させる。
発生した氷は志藤の足を凍らせ、封じるはずだった。
が、志藤は瞬間、凍り始めた靴を脱ぎ捨てて、空中前転して咲月に襲いかかる。
「!?」
咲月は驚きながらも次の一手を思慮する。
(さっき、京馬くんの能力を奪った時の条件は……?)
咲月は考える。
(まずは、接近しなければならない。これは絶対。もう一つは……?)
「咲月! そいつは、触れた力に伝搬して内の能力を奪う! 攻撃を受けちゃダメだ!」
京馬が叫ぶ。
咲月は京馬の声で瞬間の一手を決断する。
「マグネチック・フィールド!」
咲月が叫ぶと、志藤の後方に磁界を発生させ、揺らめくホール状の磁石が発現される。
「な!? ぐあっ!」
志藤は振り上げた一撃を振り下ろすことなく、磁石に引っ張られる。
「そのナイフが『アビスの法則』内でも磁性を持つ金属で良かったよ。ありがとね。京馬くん!」
ふう、ため息をつき咲月が言う。
「ふふ、どうやら女の子の方はなかなかの特殊な能力のようだね。こんなに予測できない固有能力は初めてだ」
志藤はナイフを霧散し、磁場の拘束から解除される。
「絡めて! ガメちゃん!」
瞬間的に咲月は巨大な食虫植物を出現させると、その触手で志藤を絡めようとする。
志藤は両手に幾重もの木製のナイフを発現し、頭上に回転するように投げる。
「しっ!」
そして、一個一個掴んだナイフを振り上げる。
まるで曲芸のような舞いで触手を次々に切り捨てる。
「『
咲月が食虫植物の攻撃で男を足止めしている最中に、京馬は光魔法の一撃を叩きこむ。
「くっ!」
志藤は後方へ回転して、足元から展開したその一撃を回避する。
前方からの閃光と爆発音。
「もう種がわかった! 私の能力は盗らせない! エレメンタル・ビット『ノーム』!」
咲月が叫び、そしてその周囲に可愛らしい民族衣装を纏った小人が何匹も飛び交う。
「ふふ、本当に予測できない能力だ。ますます、欲しくなったよ!」
志藤はその能力の発現を見て呟く。
そして、幾重ものナイフを前のめりに握りしめた。
「ロック・ストーム!」
咲月は周囲に岩石の竜巻を発現させ、前方の男へと放つ。
「無駄だよ! そんな遅い攻撃、余裕でかわせるね!」
志藤は舞うように竜巻を避ける。
「なっ!?」
が、竜巻を避けると同時、新たな岩石による攻撃が畳み掛けるように次々と発現、志藤を襲う。
「咲月をたすけるでち」
「そうでち」
「ゆくでち」
「やってやるでち」
咲月のまわりで囁く、無数の小人達。
(そうか――! この連撃を放ったのはこいつらか!)
志藤は核心する。
「こんなものっ!」
志藤は幾重のナイフを岩石に打ち付け、力を全て霧散させる。
「自身の力を分散させ、より広範囲に攻撃できるようにしたのか!?」
言って、志藤は駆け出す。
「違うよ! これは『イシュタル』がこの空間から交配させて作りだした、『意志を持った精霊』! だから、私の力とは別のこの空間の力なんだよ!」
咲月は杖を振り上げて言う。
「さあ、ノーム達! 一気にやっちゃうよ!」
「やっちゃうでち」
「やってみせるでち」
咲月の声に応えるようにノーム達は囁き合う。
「ちっ!」
咲月と周りを囲むノーム達による怒涛の攻撃に志藤は防戦一方になる。
「『
さらに京馬から放たれる青白い矢の雨が志藤を襲った。
だが志藤は目で捕え切れない、まさに神速の手さばきで何度もナイフを放ち、発現を繰り返す。
「くそっ! これでは防戦一方だ! やはり、二体一は厳しいか……」
志藤は攻撃を捌きながら、バックステップで後方へ下がってゆく。
「逃がすか!」
京馬は叫び、矢を放とうとする。
バキャッ!
途端、志藤と京馬達の間に空間の亀裂が生じる。
割れた空間から手が伸びたと確認した手前、亀裂から声。
「『
そして、一瞬にして京馬達を暗闇が覆う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます