桐人の探索

 桐人が京馬に美樹の所在を伝えるよりも、半日前──

 美樹の探索をすることになってから、一時間は経過していた。


「やれやれ、俺の探知能力でさえも引っ掛からない。まさか、こんな『現象』があるとはね。全く、『神に選ばれたもの』の宿命か」


 桐人は嘆息しながら、街を歩いていた。

 天橋区周辺の地域を探索したが、美樹を見つけることが出来ずにいた。

 それも、理由はわかる。

 美樹がインカネーターとして半端な覚醒をしてしまったためだ。

 そのため、美樹のインカネーターとしての力が『この世界』と上手く調和して、アビスの力を使っても探知できなくなってしまったのだ。


「しかし、ここまで探して見つからないとなると、やはり何らかの組織の援助がある可能性が高いな。……よし」


 そう呟き、桐人は指輪に口づけをする。


「シメイス、出てこい!」


 途端、黒い魔法陣が展開され、桐人の手に赤黒い書物が召喚される。


「探すものは葛野葉 美樹、人だ」


 桐人の言葉に反応し、書物は手の中でひとりでにパラパラとページを開いていく。

 そして、あるページで停止する。

 すると、今度は白紙のページに黒いインクで書かれた字が綴られてゆく。

 字が書き終わると、今度は地図が描かれる。

 地図を描き終えると、本は紫色の閃光を放った。

 桐人は手の平の書物の中に書かれた文字と地図を見つめる。

 そして、目を細める。


「まさか、こんな離れた場所にいるとはね。しかし、身を潜めるには良い場所だ」


 そう言って、桐人は書物を閉じた。

 途端、書物は粒子となって霧散する。


「やれやれ、『指輪』の使用はかなり精神力を削られるから、あまり使いたくはなかったのだけれどもね」


 桐人は嘆息する。


「しかし、自分の予想を上回る事態というのは、どうしてこう、掻きたてるものがあるのだろう」


 桐人は薄っすらと笑みを浮かべると、緑の魔法陣を展開し、緑の閃光を放つ翼を背に顕現させる。

 翼を一度、羽ばたかせると、桐人は一気に空へと飛翔する。

 周囲を取り囲むビル群を見下ろす位置まで到達すると、翼をはためかせて停止。

 行くべき道筋を確認すると、一気に加速。

 戦闘機の時速マッハ2.5を超えるであろう超加速で進む桐人は、しかし風圧で皮膚がひしゃげることもなく悠然としている。


「いやあ、気持ちいいね。こんなことができるのは、『アビスの力』へのこの世界の否定によって物理法則が曖昧になっているおかげだよ。毎回、死と隣り合わせの仕事をしている分の対価だね、これは」


 阻むものはなく、桐人は飛翔を続けた。




「またか。まあ、むしろ来ない方が不自然だろうね」


 桐人は嘆息する。

 空高く飛翔していた桐人は、港に面する工業地帯へと下降していった。

 廃工場内にゆっくりと着地し、目を正面に向ける。


「そんな派手な力の行使、我々に見つけてくれと言ってるようなものだぞ。穢れた悪魔の子め。粛清する」


 その眼前には、五人の小さな天使がいた。

 五人の小さな天使は全て、白いローブで身を包み、顔は仮面で覆われて見えない。

 手には白銀の剣が。

 仮面は涙を流した顔を模した絵が描かれている。


「はいはい、どうも。『ピット』ども」


 ため息を漏らした桐人は、周囲の空間を浸食させる。

廃工場は一転、そびえる高山が一つある空間へと変わる。

高山の頂きの周囲の空には、浮き上がる煉瓦のような足場がいくつも存在している。

五人の小さな天使と桐人は、各々が別々の足場に立つ。


「俺のことを知らないってことは、下っ端みたいだね。お前達はここで何を探っていた?」


桐人が問う。


「貴様に言う意味がない」


 そう告げ、二人の天使は剣を構え、三人の天使は白い魔法陣を展開する。


「『天使の断罪エンジェルズ・スラスター』!」


 魔法陣から射出された白いホーミングレーザーは正確に桐人に向かってゆく。さらにそれを合図に剣を持った二人の天使は、桐人へと向かってゆく。


「じゃあ、こっちも君達に用はないね」


 桐人は顕現したシルフィード・ラインを振るう。そして一瞬で三本のホーミングレーザーを真っ二つに切り裂き、さらに前方の向かってくる天使の連撃をいなし、二体とも一太刀で葬る。


「馬鹿な!? 並みの悪魔憑きならば、今の連携で倒せるはずなのに!」


「俺を化身に意志を食われた化け物と一緒にしないでもらえるかな。『インカネーター』という称号を知っているかい?」


「貴様……アダムの構成員か!」


「御名答。そして俺はインカネーターの中でも『極上』に位置する存在だ。さらに、この捕縛結界内では、俺の風の力が通常より強化される。……さようなら、戦う事しか出来ない悲しい天使よ」


 桐人は手を前に翳し、緑の魔法陣を展開する。


「『暴虐の嵐タイラント・サイクロン』!」


「ぐ、ぐぎゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 瞬間、黒緑の荒々しい嵐に三人の天使は呑みこまれ、消滅する。

 そして、空間は元の廃工場内の風景へと変わる。


「ふう……ちょっと力を出し過ぎたかな? これ以上はアビスの力を使った移動や探索は控えた方が良いね。出来れば、『本気』は出したくないし、気を付けよう」


 桐人は言い聞かせる様に呟き、その歩を進める。



「シメイスの書物では、確かここら辺当たりだと思ったんだが……」


 周囲を桐人は見渡す。

 桐人は天使との戦闘後、ひたすら工場地帯の目的地へと足を動かしていた。

 だが、桐人がソロモンの指輪を使って示した目的地は、黒いワゴン車があり、後は道路以外に周囲には何もない場所だった。


「暗くて、狭い場所にある。と、記されていたな。やはり、あのワゴン車の中か」


 桐人がワゴン車に近づこうとした時、ワゴン車の扉が開いた。


「へへっ、最高だったぜ。美樹」


「本当に、何も貸しはなくて良いんだろうな? 後で何かせがまれても何もやらねえぞ?」


「そんなのは別に良いよ。私はあなた達の『愛』が欲しかっただけなんだから。ふふ、一杯、『愛して』くれてありがとう」


 出てきたのは、如何にも人相が悪い男二人と可愛らしさにどこか妖艶じみた美しさを持った少女だった。

 ……間違いない。京馬くんの言っていた美樹ちゃんだ。

 桐人は断定する。


「あら?」


 桐人の視線に気付いたのか、美樹が振り向いて反応する。

 一度、美樹と桐人は認識があったが、その時はアスモデウスの支配下にあった時だ。

 恐らく、覚えていないだろう。そこに『美樹の意志』しかなければ──


「やあ、葛野葉美樹ちゃんだね。初めまして、僕は椎橋桐人。唯の大学生さ。実は京馬くんのお願いで君を探してね」


 桐人は探りを入れる意味でさりげなく会話した。

 美樹は京馬の名前を聞くと、とても嬉しそうに笑みをこぼす。


「まあ、京ちゃんがいなくなった私を探しているの!? 嬉しいっ! でも……」


 だが、表情が一瞬のうちに疑いのものへと変わる。


「何故、警察ではなく、あなたなんですか? それに、普通なら私が精神病院にいるという事実が『この世界』に浸透しているはず。それを何故、あなたは認識できているんですか?」


「それは僕が君や京馬くんと同じ、力を持っているからだよ」


 桐人は美樹の疑いの顔に動じることもなく答える。

 しかし、美樹が『アビスの力』に対する世界の否定する事象を知っていることに桐人は違和感を覚える。

 やはりか──桐人は以前から考えていたある可能性を、より色濃くする。


「こんなことをいきなり言っても、信じてもらえないかも知れないが、僕と京馬くんはこの力を世界の平和にために使う組織に属しているんだ。疑っているのなら、京馬くんに電話で確認してみると良い」


「へえ……そして、私を見つけて、あなたはどうするつもりなんですか?」


 目を細めて、美樹は桐人に問う。


「おい、美樹。なんだこいつは? こいつも『関係のある』やつか?」


 桐人が答える手前、人相の悪い男の一人が桐人と美樹の前に割り込んで言う。


「いいや、違うよ。私の大切な人の知り合いだよ」


「なんだそりゃ。大切な人ってのは、本命の男か?」


 男の質問に美樹はため息をつき、無視する。


「……で、私をどうするつもりなんですか?」


 美樹は再度、桐人に問いかける。


「京馬くんに報告するのさ。で、もし良かったら僕たちの所属している組織、アダムに加入してもらいたい。君を保護する意味でね」


 ああ、それと──と、桐人は思い立った様に続ける。


「こちらからも質問だ。何故、君は意識が戻った時、精神病院から抜け出して姿を晦ましたんだい?」


 桐人の声色には何か確信を探るかのような鋭さを持っていた。

 桐人の質問に一瞬、美樹は笑みを浮かべたように見えた。

 だが、その笑みを消し、美樹は桐人をじっと見つめる。


「……!?」


 桐人は美樹からの殺気を感じる。

 間違いない。

 桐人はある可能性を事実と認める。

 美樹の良からぬ思慮を含んだ目は桐人へ突き刺さっていた。


「ふふ、もう止めにしましょう? こんな茶番。アスモデウスも言ってる。あなたは、『私達』を知っている」


 途端、世界は紫と赤の肉塊で囲まれた世界へと浸食される。

 どくん、どくんと肉壁が脈打つ世界に、桐人は立たされる。


「やはりね。アスモデウスの意志が残っていたか。しかし、君が彼に従う理由もないのだけど、これはどちらの意志の行動かな?」


「決まっているじゃない。両方の意志だよ」


 微笑を浮かべ、美樹は答えた。

 美樹は右手を宙に上げ、指を鳴らす。


「なんだ。こいつは敵なのか。早く言ってくれよ。できれば滾った状態で粉砕したかったのによぉ!」


 意気揚々とした、がらの悪い男達の一方、大柄の男がみるみる内に体を腰の辺りに紫の羽を生やした醜悪な黒い犬へと変形させる。


「へへへ……」


 一方の中肉中背の男はヘラヘラ笑いながら、体を黒い羽毛で覆い、黒い剣を顕現させる。顔は人間の顔ではなく、鳩の顔になっていた。


「グラシャラボラスにハルファスの化身か……実にわかりやすい外見に変貌したな」


「ええ、彼らは以前の私と同様、化身に精神を完全に食われた人間のなれの果てだよ」


「つまりは完全に化け物になったのか。それなら、こちらも罪悪感なく戦えるな」


 微笑すると桐人はシルフィード・ラインを顕現し、構える。


「僕の考えでは、君は僕達、アダムとは違う組織に入っていると予測していたのだけど、どうやら予想は当てはまったみたいだね。化身に精神を奪われたもの同士が徒党を組むなんて普通はありえないからね」


 桐人はその剣槍を突き立て、続ける。


「通常はこんな半端者はすぐに天使に察知されて、始末されるはずなのに健在している。なかなか強力で規模の大きい組織であるということも推測できる」


「だからどうしたっ!」


 桐人が話している途中、醜悪な犬に変化した男が前足のかぎ爪を振りおろす。

 だが、桐人は戦慄とする表情もせず、俊足で振り下ろされる一撃を受け止める。


「さすが、『屠殺者の総統』と呼ばれる悪魔の化身ではある。良い殺気だ。でも──」


 桐人はかぎ爪を払いのけると同時、光速で繰り出す突きの連撃をグラシャラボラスの化身に浴びせる。


「グギャ、グゴゴゴッ!?」


 声にならない叫びを上げ、グラシャラボラスの化身は吹き飛ぶ。

 その身体は壁に激突し、倒れ伏せる。


「そんな軟な精神力じゃあ、僕に逆立ちしても勝てないよ」


 桐人は『潰れた』化物を見送る事も無く、美樹へと視線を戻す。


「君は一体、どこでこんな組織を知ったんだい? そして、君は何故このような組織へと入る決断をした?」


「あなたになんか教えるわけないじゃない」


 美樹は桐人を嫌悪の目で見る。


「気持ち悪いのよ、その何でも自分の範疇にあるような目。ねえ、アスモデウス?」


 頭の中の悪魔と話しながら、美樹は桐人への嫌悪感をさらに表情に曝け出す。


「あらら、傷つくね」


 嘆息して、桐人は呟く。


「ただ……これだけは言っておきましょうか。私も、アスモデウスも、アダムという組織が気にいらない。そして、ミカエルを倒し、『世界の創造』をするのは、私とアスモデウスよ」


「……何故それを知っている?」


 美樹から発せられた言葉に桐人は反応する。

 そこで、初めて、桐人はその表情を変化させる。

 その瞳は、明らかな『敵意』を示していた。


「何故って? ……さあ?」


 美樹は両手を水平に上げ、とぼける。

 馬鹿にした様な美樹の態度――それ以上に、その何か思わせぶりな雰囲気に、桐人は戦慄していた。


「惚けるなっ!」


「おおっと!」


 桐人が放った『空気』の属性を持つ衝撃波は、ハルファスの化身の黒剣に阻まれる。

 しかし、金属音が響き、黒剣はヒビが生じる。


「ひぃっ!?」


 予想以上である桐人の一撃の強さに、マルファスの化身は思わず悲鳴をあげる。


「すげえ威力だ! こいつぁ俺らの太刀打ちできる相手じゃねえ……美樹、悪いが、逃げさせてもらうぜ!」


 マルファスの化身は桐人のあまりに強い一撃の威力に怯み、逃げようと背を向けた。


「駄目、戦いなさい」


 だが、美樹はマルファスの化身に『命令』する。

 その『命令』が聴こえたマルファスの化身の体は、痙攣したようにビクつく。


「ぐ……が……ぶへ」


 故障した機械人形のようにマルファスの化身はぐるりと、振り返る。

 桐人へと顔を向けたマルファスの化身の目はあさっての方を向き、口はだらしなく涎を垂らしていた。

 さらに、先ほど桐人の一撃で肉壁に叩きつけられて気を失っていたグラシャラボラスの化身も起き上がる。

 どちらも、目は白眼を向き、理性など微塵も感じない。


「それもお前の能力か。なかなか、『色欲』を司る悪魔らしい能力だな」


 狂人とした化け物どもへと桐人は剣槍を構え直し、告げる。


「ふふ、私は『誘惑の奴隷テンプテーション・スレイヴ』と呼んでいるよ。私と交わったものを自由に操る能力。素晴らしい能力でしょう?」


 微笑し、誇らしげに美樹は話す。


「ああ、全く恐ろしい能力だ。しかし、それなら何故俺を誘惑しなかった? 最初から怪しいと思っていたんだろ?」


「……あなた、二重人格?さっきと口調が変わったね?あなたを誘惑しなかったのは至極単純だよ。『胡散臭かった』から。ただそれだけ」


「胡散臭かった?」


「ええ。まるで掴みどころのない雰囲気を出しているのよ、あなた。それが胡散臭い。気味が悪い。恐ろしい」


 美樹は、表情を引き攣らせ、嫌悪の表情を大っぴらにして告げる。


「そこまで言われちゃうと凹むねぇ。容姿はよく褒められるのだがな。さて」


 嘆息した桐人は、右手を美樹へと突き立てて続ける。


「何故、『世界の創造』が出来ることを知っているのか、教えてもらおうか。それは一介の者が知ってはならないことだ」


 美樹は微笑し、桐人の質問に沈黙する。

 そして、美樹に操られた化身達は桐人の前へと立ち塞がる。


「それが、答えか。良いだろう。力づくで聞いてやる!」


 右手を地へと払う動作をし、桐人は自分の足元に魔法陣を展開する。


「『軽快な足音リルティング・ステップ』」


 緑の帯が桐人の足元から出現し、足から頭まで駆け巡ると、消滅する。

 『軽快な足音リルティング・ステップ』。

 それは、桐人が編み出した『俊敏特化』の魔法である。

 四肢の敏捷性を上昇させた桐人は、アダム日本支部で屈指のスピードと手数の多さを得る事が出来るのだ。


「さて、『この姿』での本気だ。一瞬でケリをつける!」


 告げた桐人は、四肢を動かし、前へと進む。

 だが、美樹が視認出来たのは、『その動作をする直前』であった。

 途端、視界から桐人は消え失せる。


「!?」


 美樹は視界から桐人が消え失せ、一気にその表情を戦慄へと変貌させる。

 異常な危機感を覚えた美樹は、すかさず大量の触手で自身の体を隙間なく包み込む。

 触手の僅かな隙間から一瞬、二人の化身が細切れになり、崩れる姿が映る。


「やはり、超速加速の魔法!」


 それを視認したと同時、強烈な衝撃が美樹を襲う。

 美樹を守る触手に比喩ではなく、本当に目に止まらぬ早さの連撃が突き刺さる。


「くうっ……!」


 あまりの威力に美樹は怯む。

 必死に精神力を高め、強靭化させた触手の防護は、あっという間にまるでガラス細工が壊れるような音を立てて破られる。


「さあ、チェックメイトだ。洗いざらい吐いてもらおうか」


 地にへたり込む美樹に対し、桐人は切っ先を首筋に立て、言った。

 しかし、美樹は微笑する。


「さて、どうかしらねぇ……」


 途端、美樹の体を黒炎が包み、消え去った。

 そして、遥か遠方にもう一人の美樹が生えるように出現する。


「ここは私の捕縛結界内であることを忘れないでね」


 美樹は手を前に翳し、言葉を放つ。


「『轟く黒炎ダーク・プロミネンス』!」


 美樹を模していた黒炎が包むように桐人に襲いかかる。

 その速度は一瞬。

 桐人はあっという間に黒炎に呑みこまれる。


「ふふ、私の炎で精神を貪られて、廃人になりなさい!」


 意気揚々に、美樹は叫ぶ。

 桐人が逃れた様子も無い。

 安堵のため息をする美樹は、しかし、その後、表情を硬直させる。


「やれやれ。危うく呑まれるところだったよ。いくら実力が劣る相手でも油断はしない方が良いね」


「!?」


 有り得る筈も無い声色が、背後から響く。


「っく!」


 美樹は後ろに振り向くことなく、大量の触手を空間内から出現させ、背後の声の主へと突きさす。

 だが、大量の触手は快音とともに無残にも全て切り捨てられる。


「しかし、以前に手を合わせた時よりは飛躍的に力をつけたようだね。実力は同時期に覚醒した京馬くんより一つ上といったところか」


「……私は男と交われば交わるほど強くなる。『七つの大罪の悪魔』は、通常の戦闘のみだけではなく、対応した罪を積み重ねることで力をつけることはわかっているでしょう?」


 恐らく、目の前の男は、『自分が視認出来る以上のスピードで回避』したのであろう。

 戦慄を、恐怖へと変え、美樹は冷や汗を垂らす。

 だが、その表情を隠す様に、美樹は口を吊り上げて、桐人の方へと振り返る。

 両手には、新たに黒炎を発現させて、目の前の脅威と対峙する。


「そういえば、そうだったな。と、いうことは何人もの男を喰らったということか。そこまでいくと、まるで娼婦だな」


 その美樹の心情を知ってか知らずか、桐人は毒づく。

 その言葉を聞き、美樹は目尻をひくつかせる。


「あら、私はちゃんと気に入った男しか交わっていないよ? お金を払ったら誰彼構わずする娼婦と一緒にしないでもらえる?」


 告げ、美樹は片手の黒炎を消し、黒い魔法陣を目の前に展開する。


「『盲目の嘆きブラインド・グリーフ』!」


 さあ、っと闇が瞬時にして空間を支配し、桐人は美樹を視認出来なくなる。


「この魔法は姿だけではなく気配すら消すことが出来る。さようなら、得体の知れないお兄さん」


「そんなもので、俺の本気に逃げられると思うな」


 か細く笑う美樹の声に、桐人はだが口を吊り上げる。

 緑の魔法陣を幾重にも展開し、桐人が攻勢に転じようとした時であった。




「おっと! そこまでだ、桐人!」


 途端、桐人に不意の一撃が振り下ろされる。

 魔法陣の発現を止め、桐人は剣槍で受け止める。


「う、がっ……!?」


 だが、あまりの威力に桐人は吹き飛ばされ、肉壁に叩きつけられる。


「がはははははっ! アスモデウス、感謝するぜ! あとは俺に任せろ!」


 野太く、威勢の良い笑い声が響く。


「私は『美樹』よ? まあ、いいわ。助かったわ。後はよろしくね、『ウリエル』」


「ああ。まさか、こうも連続に桐人と戦えるとはな! 最近はついてるぜ!」


 桐人を弾き飛ばしたのは、かつて一度桐人と戦い、敗北したウリエルであった。


「……っ! またおまえか。本当に懲りないね」


「俺ら『アビスの住民』は体の出来が違うんだよ! 首を切られようが、パーツがあれば半日で元通りさ!」


 暗闇の中、お互いの姿が認識できないのに関わらず、二人は言葉をかわす。

 その様子を流し目で見て、美樹はどこか遠くへと去ってゆく。


「しかし、さっきは何だ? あれがお前の『本気』だと? 笑わせる」


「『公で使える力』の本気ということさ」


 逃げる美樹を気にする事無く、桐人は暗闇の中で響く声色へと返事を返す。

 ふん、とウリエルはその返事に面白くなさそうに息を鳴らす。


「俺の嗜みに付き合ってくれる手前、悪いと思うが何故その力を隠す? それがお前の『正体』だからなのか?」


「ああ。時期が来るまでは組織内でも秘密にしなければならない。そういえば、組織と言えば、お前には聞きたいことがあるな」


「何だ?」


 問うウリエルが手を一振りすると、闇は取り払われて元の大通りの風景となっていた。


「おい──」


 桐人はその行動に対して眉をしかめる。

 だが、ウリエルは宥める様に両手を前に突き出す。


「大丈夫だ。すぐに俺の捕縛結界を展開する」


 ウリエルは告げ、その無機質な空間を壮大な庭園の『捕縛結界』へと変化させる。


「これで察知できなくなった。──で、何だ。聞きたい事ってのは?」


「お前と美樹が所属する組織についてだ」


「それはタダでは教えられないなあ」


 へへっ、とウリエルは顎に手を当てて言う。


「……また、本気を出せってことだな?」


「ああ! そうだっ! 代わりに負けた時にはお前の知り得る情報を教えてやるよ。だが、今度はそう簡単にやられはしないぜ!?」


 言って、ウリエルは灰色の炎を纏う剣を両手に発現し、携える。


「今度は二刀流か。全く、剣の本数は強さに比例しないぞ?」


「やってみないとわかんないぜ?」


 桐人は『何か』を呟き、指輪に口づけする。

 瞬間、桐人の体から白と黒の閃光が迸る。


「さあ、次はお前がどこまで戦えられるかな?」


 閃光の中、桐人は呟く。


「上から目線で言いやがって! 今度こそ!」


 ウリエルは二刀の剣を構え、桐人へと向かってゆく。

 途轍もない轟音が世界に響き、閃光が激突する――

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