『魔道少女』桂馬咲月

 京馬と咲月は電車を降り、渋谷内のアダムの地下基地に続くバーを通った。

 入口前で、咲月はかばんの中からICカードを取りだす。

 そして、そのカードを入口前にあるモニター下のカードリーダーへ通すと、ビーという電子音とともに巨大な銀色の扉がスライドして開く。


「咲月様と京馬様が入社されました」


 アナウンスが基地内に流れる。

 ロビーに入ると、奥のテーブルに腰掛ける人物の陰が見えた。


「やっほ! 剛毅さん! こんにちは!」


 手を振って咲月が剛毅に挨拶する。


「おう、咲月に……京馬か。ああ、そうか。戦闘実技試験をやるんだったよな」


 剛毅はゆっくりと腰を上げ、こちらに向かってくる。


(うわ……やっぱ迫力あるな、この人)


 京馬は剛毅のガッシリとムキムキとした体躯の迫力に少し気圧される。


「こ、こんにちは。剛毅さん」


「……美樹の件で気が気でないだろう。すまないな。俺らがもっと気を配っていたら、こんなことも無かっただろうに」


「え!? い、いや別に……そんな、顔を上げてください!」


 深くお辞儀して謝る剛毅に、京馬は顔を上げるよう促す。

 剛毅は京馬の催促で、姿勢を戻す。

 顔を引き締めて、申し訳なさそうに苦い表情を浮かばせる剛毅を、京馬はとても義理堅い人物なんだと認識する。


「今回の件は誰もが予想外だったと思います。そんな中、剛毅さんだけを責めるなんてことはできないです」


「そうか。別に一発殴ってもらっても構わなかったんだがな」


 ふう、と目を瞑り、京馬へと背を向ける。


「さあ、エレンのところまで案内してやる。ついてきな」


 背中越しに、剛毅は言う。

 表情が見えない剛毅に何故だか会釈し、京馬はその背の後に続く。

 ちょっと気不味そうな表情で、咲月もその後を追う。



「ここは……スタジオ?」


 京馬達が案内されたのは、楽器を演奏するために設けられたスタジオルームだった。


「ああ、あいつ、ギターやっててな。暇があればここのスタジオで弾いてるんだよ」


「へえ、確かになんか似合いそうですね」


 京馬は頭の中でのギターを持っているエレンのイメージを描く。

 確かに、あの美しいブロンドの髪を持つエレンとギターは中々に華がある。

 ギィと、剛毅がスタジオの扉を開けると、激しいエレキギターの歪みの音が響き渡る。

 その音に京馬は一寸、驚愕するが、それ以上に目に飛び込んできた光景に目を奪われる。

 それは、京馬が今まで体験した事の無い、ギタープレイであった。

 左手でギターの指板を縦横無尽に駆け巡り、右手は高速で弦を一本一本弾いている。

 人間、そこまで早く手を動かせるのか、という途方も無い動きに魅せられ、京馬は圧倒される。


(めちゃくちゃ上手い……!)


 京馬は、素人目からでもわかる目の前でギターを奏でるエレンの演奏スキルの高さに驚愕する。


「あら、剛毅と京馬くんに咲月ちゃん。こんにちは。待っていたわ」


 左手の動きの終着点、一本の弦を人差し指で押え、その弦を上下に細かく揺らしながら、エレンは告げる。

 そして唖然としている京馬に微笑し、エレンはギターをスタンドに置く。


「じゃあ、早速だけどこの前の試験の続きをやろうかしらね。ホント、あの時はごめんね」


 両手を自分の顔の正面で叩き、エレンは申し訳なさそうに告げる。

 以前、京馬が初めてこの地下基地を訪れた時、戦闘実技試験を行ったのだが、エレンがお手本として 固有の力を発現した時にトレーニングルームを破壊してしまった。

 そのため、今回はその続きをやるようになったのだ。


「いえいえ、どうせあのままやっても一回も攻撃は当たることはなかったと思うので……」


 京馬は嘆息して言う。

 実際、本当にあのままでは試験は確実にクリア出来なかっただろう。

 特に謝られる事は無い。

 寧ろ、有難いと思った位だった。


「まあ、確かにあの時、まだ覚醒しきれていない状態だった京馬ではあの試験は難しかっただろうな」


 頷いて、剛毅は言う。


「それでも、一回は当ててくれると期待はしてたんだけどね。まあ、いいわ。さあ、行きましょう」


 『うーん』と、苦笑してエレンは告げる。

 そのエレンの反応に、京馬が苦笑いしつつも、一同はトレーニングルームへと向かう。




「ルールは前に説明した通り、物理的にも間接的にも私に触れることが出来たらOKよ。さあ、始めましょうか」


 エレンの言葉通り、試験内容はシンプルかつ難易度は低い『様に思える』。

 しかし、それは相手が『一般人』である場合には、だ。

 目の前のエレンという超人の中の超人に対しては、恐ろしく高い難易度の試験であると、今の京馬は思う。

 トレーニングルームへ着いた後、京馬と向かい合ったエレンは、やはり腕を組んで全く動こうとしない。

 口は笑みを浮かべている。

 それ程の余裕――今回は、その表情を崩す事が出来るであろうか。


「頑張れー! 京馬くーん!」


 京馬の後ろ、壁にもたれ掛かって座っている咲月が声援を送る。

 隣りには、腕を組んで同じく壁にもたれ掛かり、立っている剛毅がいる。


「今の感情は『悲しみ』と『もどかしさ』か。丁度良いかも。でも何か、こういう負の感情が力に発現されるのって嫌だなあ……」


 そうぼやき、京馬は五つのガブリエルの矢を構える。


「いきますよ!」


 不安そうに、自身が発現させた青白い矢を見下ろしていた京馬は、意を決してその眼をエレンへと向ける。

 そして、掃射される五つの矢。

 それを、口を吊り上げたエレンは高速移動で避けようと試みる。


「え!?」


 だが、京馬の放った矢群は、動き出したエレンへと進行方向を変える。

 再度、エレンが矢を避けようと試みるも、再度、方向転換し、エレンへと向かう。


「これは!? ふふっ、やるわね。京馬くん!」


 下から来ると思えば、右へ、左へ。

 規則性を持たない、縦横無尽の青白い閃光を放つ矢が、高速移動のエレンを追尾する。

 しかし、その追尾を宙で舞う様に、飛翔しながらエレンは躱してゆく。

 普通では目で追い付けないほどのスピードで加速する五つの矢は、しかし、それを凌ぐスピードで移動するエレンに当たる気配は無い。


「それは、こっちのセリフですよ!この早さと追尾能力でも一発も当てることができないなんて……!」


 実は、京馬は病院に入院中に何度もガブリエルの力を扱う練習をしていた。

 そして、このガブリエルの『想いによって変化し、増幅する力』をある程度使いこなすことが出来るようになった。

 しかし、当たらない。

 前以上に修練した筈なのに、一向にエレンへと矢が届く事は無い。


(俺が知っている『感情』の能力は三つ──怒りは単純な威力を増幅、悲しみは相手の能力を減少させる力を増幅、もどかしさは矢の複雑操作の度合いの幅を増幅する。ここでは『当てる』ことが目的だから、今の『もどかしい』感情はこの試験にぴったりだ!)


 そう、確信したのだが、エレンの予想以上の俊敏な動きに翻弄されるばかりである。

 京馬はより修練する事で、エレンという『超人』が自分の思い描いていた更に『上』の存在だと実感する。


「これで、もう終わり? まだ策はあるでしょう??」


 エレンは京馬の放った矢を躱しながら告げる。

 余裕とも取れる発言。

 だがしかし、エレンに以前のような余裕の笑みはなかった。

 スピードは劣るものの、変則とした京馬の矢の動きに、多少なりと手を煩わせている様である。


 ──いけるっ!


 京馬は確信して、エレンの頭上に矢を雨のように落とした。

 その刹那のタイミング、同時に片手で魔法陣を展開する。


「『力天使の地雷撃ヴォーチェズ・マイン』!」


 叫ぶ、京馬から放たれた魔法陣は、地面で極大に肥大。

 地から閃光が放たれ、その後に続く、強烈な爆発が周囲を呑み込む。

 この『力天使の地雷撃ヴォーチェズ・マイン』は以前にアスモデウスの捕縛結界内で京馬が魔法のイメージの具現化によって習得した光の属性を持つ『魔法』である。

 魔法や固有の力はイメージが大切ということもあり、各々の名前を名付けた方が良い、という桐人の助言に京馬は従ったのだ。

 因みに、この『魔法名』は京馬が考えた訳では無く、桐人が考案したものだ。


「くっ!」


 エレンは初めて、表情を険とさせる。

 頭上からの矢の雨、そして地から噴き出した白い閃光を伴った爆発。

 その力の両挟みに、エレンは真横へと移動して切り抜けようとする。

 だが、難しい。

 掠りでもしたら、それで京馬は試験をクリアした事になる。


「成長したわね」


 諦めの表情で、エレンは呟く。

 頭上の青白い閃光と、地からの爆発が衝突し、激しい爆煙を引き起こす。


 ヴー!


 辺りが灰塵で包まれる中、ブザーが鳴り響く。


「京馬様が試験合格条件を達成されたのを確認しました」


 そして、京馬が戦闘実技試験をクリアしたというアナウンスが流れる。


「やった!」


 京馬は純粋な喜びの声を上げた。


「おめでとー!」

「やったな、京馬!」


 後ろで咲月と剛毅の祝いの声が聞こえる。


「ふう、まさかこんなにもあっさりクリアされちゃうとはね。おめでとう」


 京馬の目の前で生じている白煙の中からエレンの声が聞こえた。

 白煙が消え、エレンの姿が現れる。


「さて、まだ試験を続けて点数を稼ぐこともできるけど、どうする?」


 そう言ったエレンの体は全くの無傷だった。

 正直、本当に攻撃が当たったのかわからないぐらいである。

 そんなエレンの状態を見て少し京馬は嘆息する。


「いえ、止めておきます。今の一撃は不意を突くことによって当てることができたようなものなんで、 次に当てられるかどうかわからないですし」


「そう? 勿体ないわね。組織の評価が上がれば、給料も上がるのに」


「え? 給料?? そんなの貰えるんですか?」


 エレンから聞いたことのない話が突拍子もなく出てきた。


「ええ。あれ?そういえば京馬くんには言ってなかったわね。サインした同意書には書いてあるけど。そうそう、一応この組織は会社だからね。給料、貰えるのよ。手取りで初任給月給50万円ぐらいかしら」


「ええええええええ!」


 京馬は驚きの声を上げた。

 あの同意書にそんな重要なことが書いてあるとは知らずに、適当に印を押したため、京馬は給料の話を全く知らなかったのだ。


(まさか、給料が貰えるなんて……しかも月給50万円!? 父さんの月給よりも高いんじゃないのか!? もしかして、俺って勝ち組なんじゃないのか? やったああああああああ!)


 心の中で京馬は嬉しい悲鳴をあげた。


「ちなみに、その給料なんだけど、組織内の評価ランクによって昇給するのよ。主に戦闘の武勲や貢献度によって評価ランクが上がるわ。もちろん、こういった試験の内容によっても、ね。そう言った意味で金稼ぎのために天使や化身に精神を乗っ取られたものを狩る奴もうちの組織にはいるわね」


「ランクが一個上がると給料はどのくらい上がるんですか?」


 京馬は目を輝かせて、エレンに尋ねた。


「評価ランクはSS~Fまであって、京馬くんはもちろんFクラスよ。そしてランクが一個上がる毎

に給料はプラス50万ほど上昇すると思ってもらって良いわ」


「すると、Eに上がると100万、Dでさらに150万……SSで400万!?」


 驚異的な金額に京馬は驚愕する。


「すごいでしょ? ちなみに私はSクラス。超お金持ち」


 エレンは自慢げに言う。


「私はDクラスだよ! 潤沢なお金でアニメグッズ買い放題!」


 Vサインをしながら、咲月が元気良く言う。


「俺はBクラスだ」


 特に何も面白くはないと言わんばかりに剛毅は言った。

 少し不機嫌に見える。


「あー、剛毅さん、自分のランクに納得いってないんだよ。桐人さんよりランク一つ下だからね」


 その京馬の心情を察してか、咲月はジト目で剛毅を見つめながら告げる。


「うるせえっ! 明らかに俺の方が戦績が良いし貢献もしてるはずなのに、あいつがAランクなのが納得いかねえんだよ! ソロモン王の生まれ変わりだか何だか知らないが、優遇されすぎてる気がするぜ、あいつはよ」


「ソロモン王の生まれ変わり?」


 聞き慣れない言葉に京馬は反応する。


「そのままの意味よ。桐人は古代エジプト王で、人として唯一七十二柱の悪魔を使役できたソロモン王の生まれ変わりなの。何世代も転生を繰り返して、ソロモン王は今の『桐人』になっているのよ」


「ええっ!?」


 驚きの事実をエレンは打ち明ける。


「実は、私とサイモンがアダム日本支部へやってきたのは、ソロモン王の生まれ変わりである桐人を見つけるためだったのよ。そして、今はその任務を終えているわけだけど、今度はミカエルが日本を根城に大暴れしていて、それを食い止めるために未だ日本にいるわけ。まあ、ここが居心地が良いから滞在しているっていうのもあるんだけどね」


「そうなんですか……じゃあ桐人さんの精神年齢ってすごそうですね」


 古代から転生を繰り返してきた桐人は何百年も生きていることになる。

 そこから考えれば、桐人の精神年齢は祖父世代を遥かに超え、達観としたそれこそ仙人と呼ぶに相応しいものになっているのであろうか。


「いや、そうでもないのよ。ソロモン王は転生後、転生前の記憶がほとんど残ってなくてね。自分が転生した人間であるのに生涯気付かなかった時もあったぐらいよ。でも、『桐人』の一世代前の転生先——『私のおじいちゃん』であった時から、転生前の記憶やソロモン王であった時の記憶がより鮮明になってきたの。それでも、ぼやけた記憶であることは変わらなかったらしいけどね」


「『私のおじいちゃん』? 桐人さんは昔、エレンさんのおじいさんとして転生していたんですか!?」


 さらに告げられる驚きの事実に京馬は驚愕する。


「ええ、名を『リチャード・パーソンズ』。かつて、第二次世界大戦中に裏でアメリカを救った英雄よ。アダムのアメリカ支部では、今でもその強さを伝説として語り告げられているわ」


 エレンは誇らしげに、ふふんと息を鳴らして語る。


「100人のインカネーターを集めても勝てないとかで、最強のインカネーターとか言われてたんだろ? でも、ある任務中でリチャードは失踪、ほとんどの仲間は死んで、残ったのはエレンの祖母と子供だったサイモンさんだけだったんだよな?」


 剛毅は顎に手を当てて、自分の知りえる情報を辿り、告げる。


「今でも、謎が多い事件ね。サイモンさんは、その責任で私達の家族に色々な援助をするようになったと言ったわ。おじいちゃんが消えたのは、自分の強さが足りなかったせいだと……当時のサイモンさん自身の記憶はパニックで混乱していて、今でもその任務中に何が起こったのかわからないらしいけど」


「何か……ソロモン王の生まれ変わりだったり、一世代前は英雄として語り継がれたり……桐人さんって知れば知るほどすごい人ですね」


 容姿端麗、頭脳明晰……それでいて、古代の王、そして稀代の英雄の生まれ変わり。

 京馬をこの組織に導き、そして手助けしていた人物は、予想以上に『雲の上の存在』だと理解する。


「今の桐人はそこまで強くないがな。指に嵌めてる『ソロモンの指輪』で七十二柱の悪魔の力を使えるのは便利だとは思うけどよ」


「剛毅さん~それってひがみですかあ?」


「ひ、僻みじゃねえよっ!」


 にしし、と咲月は剛毅を指差して意地悪く笑む。

 その咲月の問いに、剛毅は口を尖がらせる。


「いえ、それは事実よ。実際、桐人は『私のおじいちゃん』であった時よりも弱いわ。今の状態では、あの時にあった絶大な力より劣っているのは確実ね」


 そう、嘆息してエレンは言う。


「『私のおじいちゃん』であったなら、アスモデウスの捕縛結界内で戦ったウリエルにあんな大けがをせずに勝てたはずだわ」


「まあ、でもあのウリエルを退けることが出来たのは素直にすげえぜ。多分、俺は勝てないだろうな……」


 ちょっと悔しそうに舌打ちし、愚痴を言う様に剛毅は告げる。


「桐人さんはやる時はやっちゃう人なんですよ」


 剛毅の言葉に、咲月はうんうんと頷きながら言う。

 その二人の様子を頬を緩ませて見ていたエレンは、その視線を京馬へと向ける。


「ふう、少し話が脱線しちゃったわね。で、京馬くんはどうする?このまま、試験を続けて評価を上げてみる?」


「そうですね。そういう事だったら、もうちょっと頑張ってみようと思います。続けましょう、試験!」


 組織の階級、それによる給料の昇給……表世界では有り得ない程の高額で、更に昇給額もとんでもなく跳ね上がる。

 京馬に、受けない理由は無かった。


「じゃあ……そうね、今の試験だけじゃ面白くないからね。咲月ちゃんと戦ってもらおうかしら」


「うし! 私の出番、きちゃいましたね!」


 エレンと目が合った咲月は、やっときましたと言わんばかりに意気込んで言う。



 


 エレンの提案により、京馬と咲月は対峙する事になった。

 両者は、トレーニングルーム内で対面して向き合う。


「勝負は先に相手を戦闘不能にするか、降参させるかで決するわ。それでは、始め!」


 エレンは二人へと視線を送り、合図をする。

 その間髪、京馬は青白い閃光を放つ矢を構える。


「女の子だからって油断しないぞ! インカネーターの恐ろしさは十二分に経験してるんだ!」


 その瞬迅とした対応は、目の前にいるエレンと――美樹との対決で得た経験則によるもの。

 『女だから……』という男女の力関係は、『こっちの世界』ではまるで関係無い事を京馬は理解していた。


「こっちも本気で来てもらわないと困りますよ☆ だって、試験にならないもん!」


 その京馬の意気込みに頷き、負けじに咲月も叫ぶ。

 咲月がくるりと身体を旋回した途端、咲月の体をピンクの閃光が包む。


「神が創った日常世界、そこに降り立つ、一人の魔道に愛された少女!」


 何やら、どこぞの日曜の朝にやっているアニメのセリフのようなものを咲月は呟く。

 セリフに呼応して、咲月の衣装が少しずつ魔法少女チックに変わっていく。

 その変化は服装のみだけでなく、茶色の髪がピンク色に変化する。


「魔道少女、咲月! ここに見参!」


 最後に虹色の杖をくるくる回し、魔法少女のコスプレをした咲月が現れる。


(決まった……!)


 ビシッ!と決めポーズを決め、咲月はドヤッとした顔をしていた。



「……」


 そんな咲月を見て、京馬は開いている口が塞がらなかった。


(やばい……この子、本物だ……!)


 ノリノリでコスプレ衣装を着こなし、(何かはよく分からないが)アニメの登場人物になり切って堂々とポージングする咲月を見て、京馬は思う。

 『あ、この子……頭が明後日の方向にぶっ飛んじゃってるんだな』と。

 咲月のあまりの『本物』具合に、京馬は唖然とするしかなかった。

 思わず、発現した矢が消えそうになる。


「あらあら、私の完璧すぎる魔法少女っぷりに京馬くんも驚いちゃいました?」


 魔法少女なピンクスカートを振り回し、自信に満ち溢れた咲月が言う。


「う、うん……と、とりあえず、とっとと勝負を始めようか」


 あまりにも強いインパクト。

 このままだとペースを奪われかねないと悟り、京馬は勝負を促す。


「りょうか~い! じゃあ、こっちから行かせてもらうよ!」


 そう言った途端、咲月が杖を円心状に振る。

 京馬が杖を振る動作を確認したかと思えば、サークル状の猛り狂う炎、周囲の大気をも凍らす氷、轟く雷鳴が入り乱れ、京馬を襲う。


「三属性の魔法!?」


 飛来してくる赤青黄の鮮やかな一撃。

 京馬は地を蹴り上げ、その一撃を跳躍で躱そうと試みる。

 だが、その勢いに、京馬の足は付いてこれなかった。

 表情を固め、京馬は決死の両腕によるガードをする。


「ぐあっ!」


 だが、その防御も虚しく、京馬は吹っ飛ばされる。

 そのまま宙へ浮き上がる京馬は、トレーニングルームの端にある壁に激突、苦悶の表情のまま、地へと叩きつけられる。


「どう? だから本気で来いって言ったんだよ?」


 くるくると杖を回しながら、不敵な笑みで咲月は言う。


「びっくりしたでしょ? 多分、全属性の魔法を扱えるインカネーターって私以外あんまりいないんじゃないかな? まあ、厳密には魔法というよりイシュタルの固有の力なんだけど」


 鉛筆回しの様に回転させていた杖を、咲月は京馬へと向ける。

 その杖先に呼応する様に、京馬はゆっくりと立ち上がる。

 少し、意識は朦朧とする。

 それは、壁に叩きつけられ、地へと倒れた『物理的なダメージ』のせいでは無い。

 咲月の放った三属性の魔法による『精神へのダメージ』の影響である。


「ああ、びっくりしたよ……『インカネーター指南書』には、基本的に個人が扱える魔法は一属性、または二属性しかないと書いていたからね」


 そう告げた京馬の表情は戦慄としていた。

 実は、京馬は病院に入院中、桐人からインカネーターとしての戦い方やその種類が網羅された『インカネーター指南書』という本を渡され、熟読していた。

 そこに書かれていない咲月の能力に驚いたのだ。

 しかし、熟読したと言っても相当ぶ厚い本なので、全部はまだ読み切れていないが。


「だとしたら、余計に私とは戦いづらいかも知れないね! だって、私の宿しているイシュタルはその指南書に『載っていない』んだもの。何て言ったって、私以外、誰一人として宿したことのない化身だからね。京馬くんのガブリエルも相当、特殊な化身だけど、私の化身もかなり特殊なんだ」


「お互い、特殊なもの同士ってことか」


 京馬は再度、五つの矢を発現し、構える。


「今度はこっちの番だ!」


 京馬は同時に五つの矢を勢いよく放つ。


「今は『怒り』が少々、と『もどかしさ』がある。威力のある追尾弾だ!」


 青白い閃光を放つ五つの矢は空間を縦横無尽に飛び、咲月へと向かっていく。


「どのくらいの威力があるのか、見極めさせてもらうよ!」


 そう言って、咲月は地面から巨大な食虫植物のような化け物を発現させる。

 京馬の放った矢は化け物の体と衝突した。


「ガメちゃん、耐えて!」


 グモオオオオォォォォォ!


 ガメちゃんと呼ばれた化け物は身体で、必死に京馬の矢の衝撃を耐える。

 矢は爆散し、化け物の表皮はところどころ茎の皮がめくれ、赤色の葉肉が剥き出しになる。

 だが、その身体は充分に健在していた。


「ガメちゃんをここまでにするとは……なかなかの威力だね」


 咲月は杖を振り、化け物を霧散させる。

 そして今度は自分の体の前身に、孤を描くように杖を動かした。


「くっ! どんな攻撃がくるか、予測がつかない!」


 対する京馬は危機を感じながら、矢を構える。

 咲月が杖を動かしている間、炎が弧の中に生じ、続いて氷、雷と生じていく。

 杖をもう一回転する間に描かれた弧の中で炎と氷と雷がらせん状に収束される。


「トリニティ・バースト!」


 咲月は炎と氷と雷が収束され、さらに凝縮した一撃を京馬へと放つ。


「どっちの威力が強いか勝負だ!」


 同時、京馬は発現した五つの矢を咲月の一撃へ向けて打ち出す。

 途端、京馬の放った五つの矢は収束し、青白い閃光を放った壁を作る。


「これは!?」


 京馬も意図しない事態に動揺する。

 矢の作りだした壁へ咲月の一撃が衝突する。

 激しく壁と一撃が拮抗する。

 そして、咲月の一撃は跳ね返され、咲月の元へ返ってきた。


「嘘でしょっ!? あの一撃を跳ね返された!?」


 咲月は今度は杖を振って鏡を発現する。


「リフレクト・ミラー!」


 鏡によって跳ね返された一撃はトレーニングルーム内の天井へと突き刺さり、爆散した。


「何だったんだ、今のは?」


 京馬は突如、自分の能力で発現した壁に疑問を持つ。


「恐らくは、京馬くんが感じた『危機』の感情が生みだした障壁ね。ガブリエルの『想いの力』はそ

んなことまで、魔法を使わずにできるのね。『二人とも』、幅広い能力で面白いわ」


 エレンは先ほどの京馬が発現した壁について考察する。


「まさか、防御系の能力も使えるとは思ってなかったよ! 京馬くんのガブリエルの力もなかなか、油断できない能力だね!」


「それはこっちのセリフだよ。三属性の攻撃、巨大な化け物の召喚、鏡の発現・・・咲月は一体、いくつの能力を持っているんだ?」


 咲月の賛辞に、京馬は咲月の能力についての疑問を返す。


「ああ、そろそろネタばれしても良いかもね。こっちが京馬くんの能力を知っていて、私の能力を知らないんじゃ、フェアじゃないし。実は私は一つの能力しか使っていないんだ」


 そう、咲月が言った後、剛毅が続いて言う。


「まあ、実戦では相手の能力なんて完璧にはわからんから、俺は伏せたままで良いと思うんだが」


「でも、何かズルしてるみたいだから言わせてよ! 私の能力は……あらゆるものを生みだす、『創造』の力。イシュタルがあらゆる物質と交配し、様々なものや力を生みだすのが私の力なんだ。自分で言うのもなんだけど、応用力が抜群にある便利な能力だよ!」


「そ、創造の力だって……? じゃあ、もはや何でもありじゃないか!」


 京馬は咲月の能力を聞いて、驚く。


「でも、そうでもないんだよなー。『創造』できるものや力は、自分の精神力に依存するから下手に強い力を使うとすぐ精神力は空になるし、自分の精神力を超えたものは創りだすことはできないんだ。だから、極端な例を言えば、エレンさんや桐人さんを創ろうとしても、外見は完璧にコピーできようと、私の精神力じゃ、超劣化版しかできないってわけ。ちなみに創造するものが単純であれば、その方が力を練り上げやすいから、そこまで複雑なものを創りあげるのも得策ではないんだよ」


 両手を上げ、嘆息して咲月は言う。


「要するに、修行不足ってこったな」


 わはは、と剛毅が笑う。


「これからもっと、もーーっと修行とか、経験積んだりして強くなるからいいもん!」


 頬を膨らませて、咲月は言った。


「能力の説明、ありがとう。さあ、試験の続きを始めようか!」


 京馬は再び、五つの矢を発現させる。

 京馬は先ほどの『危機』による新たな能力を発見したため、自分の能力の可能性に希望を持っていた。


(俺は、まだまだ強くなれる!)


 そう思った京馬はさらに『希望』の感情を灯す。


「京馬くんの能力ってネタはわかっても『感情』で何が飛び出すかわからないから、こっちも予測しづらいんだよね。本当、困っちゃうよ。こういう恐怖、私の能力だけだと思ったのに」


杖を振って、咲月は白く眩い閃光と黒の怪しく光る閃光を発現させる。

もう一振り、咲月が杖を振ると、白と黒の閃光が混ざり、灰色の静かに光を放つ閃光が生みだされる。


「カオス・ストリームシュート!」


 咲月は灰色の閃光を放つ一撃を撃ちだす。

 それは、咲月の前で一度、十メートルほどまで肥大化した後、京馬を包むように向かって言った。


「この『感情』ではどんな能力の矢が出る?」


 京馬は『希望』の感情が灯された矢を放つ。

 一直線に放たれた五つの矢は並行して咲月の一撃へと向かって行った。


「嘘っ!?」


 矢と一撃は衝突して激しい拮抗が生じると思われた。

 が、三つの矢を残し、咲月の一撃は簡単に消滅した。


「ガメちゃん!」


 再び、咲月は食虫植物の化け物を呼び出す。

 しかし、これも1本の矢を残し、消滅した。

 そして、残った矢は咲月にぶつかる。


「きゃああああ!」


 咲月は閃光の爆発とともに吹き飛ばされ、トレーニングルーム後方の壁に激突する。


「痛つつ……」


 まるで尻もちをついたように咲月は呟く。

 どうやら、大したダメージを与えられなかったようだ。


「これで借りは返したね。しかし、この『希望』の力はどういった能力なんだ?」


 京馬は考える。


「私の力と拮抗することなく、それを消滅させた。多分、能力解除、キャンセラー能力じゃないかな」


「そして恐らく、キャンセルできる度合いは『想い』の力と精神力に比例すると思うわ」


 咲月の考察にエレンが付け加える。


「なるほど。だから、様々な力を消滅させる力はあっても、威力の方はあまり強くはなかったのか」


 京馬は先ほど咲月に攻撃を当てた時に、あまりダメージがなかった事実を結論づける。


「京馬くんの力に勝つには、小手先のちまちました攻撃じゃ、あまり意味がなさそうだね。じゃあ、今度は思いっきり本気でいかせてもらうよ!」


 咲月は、虹色の杖を変形させて、レーザーでも放つかのような黄金の巨大な銃を形作る。

 その大きさは全長で咲月の二倍はあるのではないだろうか。


「この一撃で仕留めるよ! 京馬くんも本気の一撃を撃ちだしなよ!」


 巨大な銃を軽々と持った咲月が京馬を挑発する。


「望むところだ!」


 京馬は五本の矢を収束して、一本の大きな矢へと変えた。


「この『希望』を持った矢で、全て無効化してやる!」


 収束された一本の矢はより眩い青白い閃光を放っていた。

 そして、両者は同時に必殺の一撃を撃ちだす。


「ヘキサグラム・オーヴァードライヴ・シュート!」


「いけえええぇぇぇぇぇぇっ!」


 六属性が混ぜ合わされた咲月の攻撃と、京馬の『希望』の一撃が衝突する。

 その衝突は、トレーニングルーム内を真っ白に染め上げる。

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