第22話 神格の要求
――源蔵の部屋は入ってすぐ正面に祭壇が、その左には
「おまえら夢子をどこにやった、このままではわしもおぬしらも全員死ぬぞ」
老人は伊吹とメイドに自分を守らせながらこちらに交渉を仕掛けてきた。
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「三島さんごめんなさいっ!」
優奈さんはその隙にも転げまわる三島さんに水晶を押し付ける。
「グェェェェェェ オエッオウゥゥゥ」
ブチュブリュリュリュリュ……あまり聞きたくない音と共に蟲達が完全に出切ったようだ。
「ハァハァ……助かったのか……」三島さんが喉を押さえながらすっきりとそう発音した。
「そっ、その水晶は……」
「次は源蔵お前だ、正気に戻れっ!」
僕は優奈さんから水晶を受け取ると伊吹とメイドの間をすり抜け源蔵へ迫ろうとすする。
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それを彼女らが阻止してくる、特に伊吹の馬鹿力に抵抗できようはずも無く瞬く間に捕まり、伊吹が目をランランと輝かせながらしがみ付いてくるのだがその口からは人の腕くらいあろうあの蟲がヌルヌルと出てくるのだった。
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長細い白い餅のような塊に人間の瞳と象のような足が何本もついているのがわかる。
「クカァガガガ……キョちん」それを吐き出しながら伊吹が何かを言っている。
気づけば足にしがみつくメイドの口からも同じ大きさの蟲が這い出てきている。
「まっまて、その
源蔵が急に弱気に懇願するようにこちら側へ膝をついた。
その時だった、地面に響く不可解なドドドドドドガッジャンッ!!!という轟音が鳴り響き床からビュシューッ! と風が吹いたと思うと僕の体は宙に浮いていた。
とっさに水晶を永井さんへ投げ渡す。
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「恭平様っ!?」
――ここはどこだろう……冷たい皮のような白いものの上で僕は目を覚ます。
光が見える、仰向けに倒れる遥か頭上には先程まで僕が存在した屋敷の天井が見えていた。
そう、ここはあの不愉快な蟲達の生息する迷宮の中だったのだ。
体の節々が痛む。
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先程流れたこのログだが、どうやら着地に失敗したことを示すログらしい。
横を見ると先程まで生きていた源蔵が倒れ、口からはあの中型の蟲達がゾロゾロと逃げ出し体が急速に干からびていくのがわかる。
僕の近くには伊吹も倒れているようだ。
永井さんや優奈さんが僕らが落ちた穴の上から顔を覗かせ声をかけてくるのがわかる。
「恭平様、大丈夫ですの?」
「来ちゃ駄目だ、これは……神格だ……」
そう今僕らがいるのは、この迷宮の主の上だったのだ。
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成功したにもかかわらずアイデア判定が来る狂気の塊、しかし頭がよく回っていなかった僕はその恐怖自体を理解できなかった。
その神が僕と伊吹に話しかけてくるのがわかる、日本語ではない脳に直接響くような白い声に戦慄が走る。
『人の子よ、死か子供らの苗床になるか選びなさい』
「えぇ~どっちもヤダなぁ~」と雰囲気にそぐわない声を出すのはいつも通りの伊吹さんだった。
「おっ、おい伊吹」
『ならば死を授けましょう』
「ちょっ、ちょっと待ってください、夢子ちゃんを欲しくはないですか?」
『源蔵が差し出そうとしていた星辰の子ですか、今どこに』
「イギリスにいます、貴方に差し出そうとイギリスへ送り届けたんですっ!」
『その娘を差し出しなさい、そうすれば命はとらずに我が子をくれてやることにしましょう、案内しなさい』
「かっ、か弱い人間ですので門をくぐるのに少し準備がいります、少々お時間をください」
『いいでしょう』
存外話がわかる神様だった。
その巨体から岩場の地面へ降りたつと僕はすぐにスマホを取り出す……頼む、穴が開いてるんだから電波くらいあるだろっ!
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よしっ! 急いで永井さんにメールを送る。
――白い巨大な飛行船のような体に巨大な足が何百本と出てその巨躯を支えている、彼が歩くたびに緑色の毒々しい霧が吹き出て、傍にいるだけでSAN値が減ってしまいそうな気分になる。
再び門の近くまで来た僕は後ろからついてくるこのブヨブヨした神様にこう言うのだ。
「先に向こうで夢子を差し出す準備をして参ります」
『いいでしょう、すぐにわが子を寄生できるように準備を整えておきなさい』
神様から許可を貰った僕は伊吹の手を引っ張り門へと急ぐ、すでに梯子への道は蟲達が詰まりもう逃げ道は無いのだから。
「恭平君、何か手はあるのかな?」
「お前にスマホで撮影した呪文を解読してもらう時間はなさそうだ、とりあえず向こうにいる亜美さんたちと合流する」
「ラジャ」とピシッと伊吹が空いた手で敬礼した。
僕らはそのまま門へ飛び込んだ、流石に本日3度目の亜空間に目が回る……しかし神格から逃れられた安堵感の方が強く意識を保つ事ができた。
「ハァハァ……」息切れしながらも前を見ると、亜美さんたちが石版を調べているのが見える。
「亜美先生、もうすぐ神格が来ますっ!」
「!?」
僕の声に驚いた亜美さんたちがこちらを振り向いた。
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「えぇ、そうね……もうすぐ来るようだわ」
門からはオーラのような
亜美さんの仲間たちが慌てて何かの準備をしようとする中「僕に任せてもらえませんか?」と言う提案を彼らは疑惑の目を向けながらも受け入れてくれた。
――門から先程まで僕らと共にいた神格がヌッと顔先を出してくる。
それを見た瞬間、僕は石版に青い水晶をハメ込んだ。
スッと門が消える。
今、日本側では息を切らした永井さんが赤い水晶を石版へはめ込んでいる事だろう。
実にあっけないものだった、すでにあの狂気の気配は信じられないくらいあっさりと消えてしまっている。
「恭平君、やるぅ~」と伊吹がハイタッチをしようとしてくるが無視した。
その様子を見ていた亜美さんたちの脇から夢子ちゃんが駆け寄ってくる。
「ははうえのかたきをとってくれたのか?」
「うん、あの化け物はこの水晶を外さない限りもう出てこれないと思うよ」
「そうなのだな……」
「そう言えば伊吹、退散と封印ってどう違うんだ?」
「えっ恭平君そんな事も知らないの?」
「早く教えてくれよ」
「退散はどこかへ行ってもらう事、あの神格に使えばこの世界中に広がる迷宮のどこかへ飛んでいくだけかな、封印は閉じ込めちゃう事だよ」
そんな話をしている間に夢子ちゃんが水晶に触ろうとしているのが見えた。
そういえば彼女は1つになった水晶に触れようとしなかった、また僕たちは最後の最後で失敗してしまったのか? 封印を解かれ怒り狂う神格と対峙しながら亜美さんたちが退散の儀式を完成させる間、囮をしなければならないのだろうか……。
そんな事が頭によぎったが、
「ははうえ……ゆめこはもうなかないのだ……」
そう言いながらも少女の頬には涙が伝っていた。
僕と伊吹と夢子ちゃんは亜美さんの仲間とともに迷宮を出口へと進む、すでに日本への門は閉ざされている、帰りは飛行機かなぁ……。
――後日談。
パスポートも無い僕ら3人は亜美さんのおかげでなんとか日本へ無事帰国する事ができた、亜美さんはイギリスの業界でも有名らしく、次の日にはもう飛行機を手配してくれていたのだ。
大きな犠牲を払いながらも美佐江さんからの依頼は達成できた。
空港でメイドさんに夢子ちゃんを引き渡した僕と伊吹は、待ち合わせをしていた三島さん永井さん優奈さんと合流し、三島さんが運転するワゴン車でガスライトへ向かっている、5人が考えていることは同じだろう。
「この500万の小切手は全額ウカ様に渡す、みんなそれでいいな?」
佑香さんは怒ると神格より恐ろしいらしい、永井さんがぶっ壊したガスライトの修繕費に全額使われることが満場一致で可決されたのだった。
夢子ちゃんのことだが、今回の事件で全ての肉親を失ってしまった。
巨額の財産を引き継ぐ事となった彼女には、亜美さんが紹介した弁護士が後見人となり、身の回りの世話はあのメイドこと遥ちなみさんがすることとなった。
破壊された屋敷は解体され地下迷宮は埋め立てられた、三島さんの古巣が暗躍したらしい、また屋敷の処分品の全ては骨董屋の永井さんが適切な値段で引き取ったとのことだった。
伊吹の奴がその後すぐに源蔵の部屋にあった蔵書を永井さんの店に買いに行くのだがそれはまた別の話だ……。
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