第19話 迷路と蟲
――伊吹が倉庫にあった懐中電灯で穴の中を照らし、準備を整えた三島さんが痛みに耐え注意しながら降りていく。
数分後、底についたのだろうか合図の電灯がチカチカと光る、三島さんの姿は見えないものの安全だと言う事を伝えてきた。
その後に永井さん、僕、優奈さんの順番で降りていく……鉄の梯子はひんやりと固く20m程降りる頃にはすっかり手が冷たくなる。
先に降り切っていた三島さんと永井さんはあたりを照らしながら警戒していた、懐中電灯のわずかな明かりに照らしだされる巨大な空間、地面からは降り立った時に舞い上がった土埃の匂いが鼻につき、寒さのためか
「広い……ですね、なにも見えない」
「あぁ、迷路かと思ったが、これじゃただの
「お二人とも優奈さんをお待ちください、彼女なら可能でしょう」
そう言うと永井さんが地面を照らす、そこには子供のものと思われる無数の足跡が残っていた。
体内の蟲達が疼き時間が惜しい僕は、優奈さんが降りてくるまで辺りを警戒しつつ他に何か手がかりになるものがないか探す。
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梯子の下に土で埋もれた生地の切れ端を見つける、それを掘り起こそうと近づき膝をつくと永井さんが声をかけてきた。
「恭平様はいつでも発情期なのですね」
「えっ?」
そう振り返ったとたん視界が真っ暗になる、屋敷から目をつぶり必死に痛みを我慢しながら梯子を降りて来た優奈さんのスカートがすっぽりと僕の頭にかぶさったのだった、何も見えない……見えはしないのだが……。
「ほへ?」と何が起きたかわからない優奈さんの声がしたと思うと、柔らかな感触がなくなり視界が明るくなった、そして目の前には歯を食いしばり顔を真っ赤にした優奈さんが僕に強烈なビンタをくださるのだった。
「こっこんな時にふざけるなんて、さっ最低です」と優奈さんが頬を腫らした僕に抗議してくる、僕の懸命の弁解ももはや聞く耳持たず。
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【
のログが頭の中を駆け巡っていた。
その間、三島さんと永井さんは切れ端を掘り返している。
「どうやら男性用の背広だな……蟲食われが酷いが最近の物だ、ズボンもあるな」
「ペンライトと……装備はあまりないようですわね。ポケットには何かありまして?」
「あぁメモ紙が、走り書きだな……」
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『イギリスには青』
『赤には魔封じの呪詛』
『イギリスのセヴァン谷へ』
『日本とイギリス』
『迷宮にはもはや用はない』
『青には魔除けの呪詛』
『赤と青を重ねて親父と美佐江に』
『日本には赤』
「美佐江か……どうやら源吾さんの遺骸だな、ここでの目的は果したようだが何かに襲われた?」
「えぇ恐らくあの蟲達でしょうか」
「あぁこいつらか」と三島さんが苦しそうに胸を
「失礼、
「まだ大丈夫だよ、さてゆっきーどうだ足跡を見てくれないか?」
「はいっ」僕に聞き耳を持ってくれなかった優奈さんが行動を開始する。
――優奈さんが地面に残る靴の跡を調べている、どうやら新しい大人の靴跡が1つと古いものが1つ、真新しい子供のものが1つと古いものが4つあるようだ。
それを三島さんに伝える。
「追うなら新しい物だな、先に夢子ちゃんを確保しよう。ゆっきー頼む」
そう言われると優奈さんはうなずき足跡を
【
ん? 失敗しちゃったかぁ。それでも優奈さんは自信ありげに跡を追いかけている。
「優奈さん、間違ってない?」と聞くとムスっとしながら、
「間違っていません。山でのかくれんぼの鬼は得意中の得意でした」と返してくる。
弱ったな
「優奈さん、ごめん。僕の
「なにそれ?」優奈さんが立ち止まりキョトンとした顔で見てくる。
「薄々感じておりましたが恭平様の
それを三島さんが興味深そうに耳を傾けているのがわかる。
「いえ、予知ではありませんよ、ただこの道が間違えている可能性があるのは確かです」そうきっぱり言う。
【
永井さんのこれも怖いんですけどね。
「嘘は言っておられないようですわね、三島様どうなさいますか?」
「弱ったな。もう他の靴跡を追うにしても難しいだろう、仕方がない。このままこの足跡を追って壁が存在するならそこまで行こう」
優奈さんは永井さんの前でいいところを見せたかったのだろうか、しょんぼりとしながら追跡を続けた。
何もない空洞を歩き続けるとようやく岩のゴツゴツとした壁が見えてくる、そして岩をくりぬいたように人が通れそうなトンネルがある、電灯で照らすと入ってすぐに三叉に分かれており、それらは左右非対称の特徴的な角度で曲がっていた。
「ここからは壁沿いに進むか……」そう三島さんが呟く。
【
「待ってください、これ……」そう言って優奈さんが伊吹から受け取っていた迷路のラクガキを開く。
「ここ見てください、大きな空間の後に
「えぇ本当ですわ、6歳の女の子が書いたにしてはよく特徴が出ておりますわね」
「本当ですね、確かにここの地図のようです」そう僕が同意すると優奈さんの顔に少し笑みがこぼれる……だが顔が真っ青だ。
「永井さん、すいませんが優奈さんにペンダント譲ってもらってもいいですか?」
「えぇ、もちろん。気づかなくて申し訳ありませんでしたわ」
「そっ、そんな姉様」と断わろうとするが無理やり永井さんが握らせた。
三島さんと僕もそろそろ痛みが限界らしくその光景を
「三島さん、鈴くん、ごめんね」
「いや、こちらこそ危険な目にあわせて申し訳ない……地図のここなんだが」
三島さんが地図に書かれた文字『はしご』『げんかん』『きけん』の中から『げんかん』を指しながら「他に案がなければ、ここに行ってみようと思う」と提案してくる。
行く当てのない僕らはそれに従う事にした。
【
優奈さんがラクガキを見ながら案内してくれる、途中分かれ道が何度もあったがトンネルの中を優奈さんに従って進んでいく、そんな時だった。
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【
【
【
「この道はやめておこう、あの蟲達のざわめく足音が聞こえる」
「わかりました、回り道をします」
奥に進むにつれそんな事が何度も起きる、そしてついに。
【
【
【
【
このログが流れた、このまま進むべきか戻ってやり直すべきか全くわからない。
「ちょっと待ってください、もしかすると危険かもしれません……そうでもないかもしれませんけど」
「ん? そんなわかりきったことは言わんでいいよ」
「すいません、そう言われればそうですね」三島さんは痛みでイラついてるらしい。
――闇の向こうから何かが物凄い勢いで迫ってくる音が聞こえる、サササザザザザッザッザッ潮が満ちてくるような音と共にあの白いブヨブヨとした何億もの蟲達がトンネルの床や壁、天井までも覆い尽くし1匹の生き物のように襲いかかってくる、いや襲い掛かってきたわけではない。彼らにとっては僕らもただの障害物に過ぎないのだ。
手と腕で顔を守りつつしゃがんで蟲達が通り過ぎるのをひたすらに耐える。
そして、その集団が過ぎ去ったかと顔を上げると1人の
いや少女とはもはや呼べないだろう、眼球はすでになく眼窩からはあの蟲達が溢れ出している、いや目からだけではないすでに体中のひび割れた上皮の隙間からも蟲達がブニョブニョと
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これはヤバイ、少女の形をした蟲の塊がこっちへゆっくりと向かってくる。
「優奈さん、三島さん大丈夫ですか?」さっさと戦うか逃げるか決めなくてはいけないのに2人も狂気に陥ってしまった。
「なにいってんだよ鈴ぅ こんなやつあたいがチョチョイとやっつけてやんよ」とヤンキーのようなことを言い出したのは優奈さんだ。
一方三島さんは……
「ヒトヒトフタマルお腹が痛いので家へ帰りたい、ヒトフタサンマルお腹が痛いのでここで寝たい、ヒトフタヨンマルお腹が痛いけれど酒が飲みたい」と意味のわからない
「永井さん!」思わぬリーダーの不在に永井さんを頼ってしまう。
「わたくしがまず三島様を回復させます、その間優奈さんと時間稼ぎお願い……できますわよね?」
「わっ、わかりました」伊吹がおらず、三島さんも使い物にならないというのに戦うのか。
「あったりめぇだろ!? なに逃げようとしてんだよ鈴ぅいくぞぉ~」
そんなことをお構いなく蟲の塊に拾った大石で殴りかかる優奈さん。
【
「こいつをくらいやがれっ 化け物めっ!」
少女の腕の皮が引き裂かれ大量の蟲達が中から逃げ出していくのがわかる、しかし片手になった塊は優奈さんにそのまま襲い掛かかってくる。どうやらしがみついて噛み付こうとしているようだ。
「しゃらくせぇぇぇぇ離しやがれっ!」
揉み合いになりながらも怪物は優奈さんの首筋に噛み付き血が流れ出す。
「クソッこの野郎」野郎ではないと思うのだが僕はその塊を引き離しにかかる。
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自分でも驚いたが簡単に引き剥がせた、どうやら腕力は子供のままのようだ。
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「しっかりなさいませ三島様、部隊章が泣きますわよ?」と優しく顔をペチペチしている、僕の時と全く違うのが若干気になるがそれでも……三島さんがキタこれで勝てる。
そう思い塊に向き直るとその後方からさらに同じような少女型の塊が3つ近づいてくるのが確認できた。
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