◆2:嘘つきの教室

 ここは市立榎水かみず高校。昼休みのチャイムが鳴って、教室から生徒が飛び出して来る。濃紺の学生鞄を肩に引っかけて、倭は午後の高校へ登校する。


 我ながら、大胆なことをしたものだ。


 ポケットの中でオウムストラップを撫で回しながら倭は思う。テレビ局のマークが入った帽子をかぶり、番組のロゴをあしらったユニフォームを着て、擬人化されたオウムだ。


 初対面の女性からメールアドレスを聞き出そうとするなんて、尋常じゃない。どう考えてもどうかしている。思い出すだけで緊張に喉の奥が干からびる。


 外廊下の突き当たりにあるかび臭い一角で唸る自販機へ千円札を入れた。高い柵で囲まれたプールの陰に設置された自販機は彼がこの学校で最も頻繁に活用している自販機だ。どこのプールでも同じ塩素系薬剤を使っているのだろう、鼻に馴染んだカルキのにおいがうっすらと周囲に漂っている。ゆっくりと吸い込んで肺の奥まで満たしてやると、少し頭がくらくらとした。


 しっかりとしわを伸ばされた紙幣が回転する機械音とともに飲み込まれて行き、パッと飲料の下に並ぶ楕円のボタン列に赤いランプが燈る。


 自販機の二段目と三段目には、紙パックのジュースが並んでいる。最上段には、ペットボトル入りのミネラルウォーターとスポーツ飲料だけがずらりと並ぶ。


 倭は最上段右端のボタンを押そうと腕を上げ、誰かに脇腹をしこたまどつかれた。いや、しこたま、と言うのは違う。集中的に、と表すべきか。小規模だが、鋭く重たい一撃が肋骨下部に投じられて、胃袋から肺、心臓、左肩甲骨へ抜けて行った。


「……っう」


 よろけ、右脇腹を庇って身を屈める。視線の先に、制服のひだスカートが飛び込んだ。黒いソックスから伸びた白い足はうっすら汗をかいている。その足が自販機に向かう。


 ガチャンガチャン、ピッ、ピッ、ガチャ、ボトンボトン、ピピピッ、ガチャ、ボトトトトン。


 大量のパックジュースが自販機から吐き出される音がした。


 少女は早業的にボタンを操作し、次々とジュースを絞り出す。合計十個以上あっただろうか。最後に全てをパネルの向こうから取り出し、両手にカラフルな塊を抱え、ふう、とやり遂げたようなため息を漏らした。


「順番抜かし……」

「うるさい」

「は?」

「あんたには関係ない。今は関わらないで」


 倭が痛みに目をすがめつつ見上げると、目だけ爛々と光らせこちらを睨み付ける少女の顔があった。すっきりとヘアピンでまとめたショートヘアだが、目深に落ちる季節外れに分厚い前髪が、彼女の表情に冷たさを加える。血色の悪い頬は窓から刺す太陽光に白く飛んで眩しい。


「あのさ、関係ないはないだろ」


 ここは少し憤慨して見せるべきかと、うずく腹を撫でながら声を張った。


「いっ」スカートの裾を揺らし、少女は逃げるように上靴を後ずさりさせる。


「いいでしょ、いいから、ほっといて!」


 オレンジジュースのパックが腕の間から落下して、廊下に中身をほとばしらせた。甘酸っぱい粘つくようなにおいが、嫌な水しぶきとともに足元から絡み付く。


「落とし……」

「いらない」

「は? おい!」


 彼がジュースを拾い上げる隙を突いて、少女は逃げ出す。あっという間に人通りの激しい中央階段に到達し、姿をくらませた。


「なんだったんだ……?」


 一人残された倭は怒るべきか追うべきか迷って、仕方なく、当面、狐に摘まれたような顔でいることを選択する。首を傾げてみてももちろん、浴びせ掛けられた理不尽に答えは出ない。


 買い損ねたアクエリアスを買おうと自販機に向き直って、ようやく気が付いた。


「マジか」


 自販機のボタンは右上から左下までことごとく暗転。購入可能の赤いランプはどこにもない。投入金額を調べると、二十円、と無慈悲な数字が示されていた。


「あいっつ……!」


 してやられた。ようやく本物の怒りが胸底から沸き上がって来て、それを発散するついでに自販機の足元を蹴り飛ばす。手にした紙パックは握り潰してごみ箱に叩き捨てた。オレンジジュースの噴水が周囲に舞い散る。


 畜生。千円札をバクられた。







「お、社長出勤か?」


 昼休みの教室。自分の席で足を投げ出していると、どこからか戻って来た前坂まえさか鷹来たかきが倭の机の周りをぐるりと廻り抜けつつ言う。


 前の席の彼は贅肉の見当たらないひきしまった長躯を丸めて、いそいそと倭の耳に口を寄せる。陸上部員。短距離ランナー。対して倭は水泳部員とは名ばかりの幽霊部員だ。


「なあ、これ聞いたか?」

「なにを」


 鷹来は尻ポケットからスマートフォンを引きだして何か操作し、倭の前に突き出した。


 鷹来の姿を見つけてフラフラと浅岡あさおか秀英しゅうえいが近寄ってくる。小柄さと脂肪分の少なさが災いして夏場でも長袖のワイシャツをきっちりと着込んでいる彼は、鷹来と並ぶとまるで保護者同伴の幼児のようで頼りない。秀英はスマートフォンの中身よりも前坂の行動が気になるようで、センターパートにした前髪の間にあるつぶらな目を鷹来へ向ける。


 突き出されたのはどうも動画のようだが画面が酷い手ブレで揺れていて何が映し出されているのか分かりづらい。YouTubeか何かかと思ったが、眉をひそめて覗き込んでみるとそれは良く知った風景だった。2―B、彼らの居る教室だ。


「お前が撮ったのか?」

「うん、まあ」


 見てみろよ、とにやついた声音で鷹来は顎をしゃくる。それを後押しするようにぐいっと秀英は頷いた。


 画面の中央、目を閉じて歩いてもどこに何があるのか分かるくらい慣れ親しんだ配置の教室で、強烈な違和感を放っているものがあった。


 黒板にでかでかと記された文字列で、それは赤青黄白、全てのチョークを練り混ぜるように使って自己を主張している。どことなく張り詰めた気配を感じるのは、端々で乱れる筆圧のせいなのか。やけに痛切さがあっていたずらにしては真に迫り来るおどろおどろしさを覚えさせた。


「なんかすげー怨念こもってんな。ふっ、冗談にしてはクオリティ高ぇ。ドラマに出て来そう。ん、で、何が書いてあるんだ? ”このクラスの誰かが殺される”……?」


 どういうことだ、と倭は鷹来を無言で見遣って問う。


 彼は薄い横長の唇をぐいっとへの字にひん曲げて、言葉を選びつつ今朝から考えているらしい仮説を述べた。


「2―Bの生徒の誰かが命を狙われてるってことなんじゃないかな」


「誰に? これを書いた奴は殺そうとしているのか? 傍観してるのか?」


「傍観? なるほど、これを書いた奴が犯人とは限らないわけか。助けようとしてるとかか?」


 ふん、と唸って探偵気取りに鷹来は長い腕を組んだ。秀英は唐突に興味を失って、その場に座り込みポータブルゲームを開始する。耳にはイヤホン。話を聞き続けるつもりもないらしい。小刻みに肩を揺らして一心に画面の向こうのモンスターと戦っている。


 倭は手許に残されたスマートフォンの動画を再生した。バラバラガヤガヤとクラス中のやや騒然とした物音が録音されていて、手ぶれた動画は時折ふっとあらぬ方向を映すため、じっくり見ないとどこに誰がいるのか判然としない。クラスの何人かはこの黒板のメッセージを写メしているのか、小気味良いシャッター音やピロリンという電子音が混じっている。


 ”死”という重たい言葉が厳然と使われているにもかかわらず、誰もそれを現実の物として受け止めていないようで、メッセージの意図とは噛み合わない浮き足だったような笑い声が随所で弾けていた。


 それもそうだ。


 倭は醒めた気分で、今は現国の授業で使ったらしきフレーズがと残っている黒板を見つめる。「沈黙を結んで」。六文字の消し忘れ。


 実際問題、このクラスどころかこの学年で今年度死んだ者は居ないのだ。皆元気に毎日登校している。センセーショナルな文言も誰かの悪戯書きか、ふって沸いたアトラクション程度にしかとらえられなくても仕方がない。


「何か、これを見て思いつく事有りませんか? どんな些細な事でも良いんで、言ってもらえませんかね?」


 刑事ドラマの口調を真似て、にこやかすぎる作り笑顔の鷹来が、ぶらり、スマートフォンを倭の眼前につり下げる。


 小さな電子機器の向こうにある鷹来のドヤ顔がおかしくて、倭は歪んだ唇の端を持ち上げつつ「いや、そういわれましても」とのってみた。


 途端、鷹来は一気に声の調子を平坦にして

「じゃあ、なんか思いついたらで良いから教えろよ、お前のスマホに送っておくから」

 と一重の目を思案気に陰らす。


 どうやら本気で犯人捜しをするつもりのようだった。どこか、責めるような口調だったのは気のせいだろう。



 倭は自分のスマートフォンを出して、つないだイヤホンを耳にはめる。勉強机の上に平置きをして、画面へ目を凝らした。中身を追っている最中バイブが震えて鷹来からのメール着信を通知するが相手にはせず放置する。

 もともと三流ゴシップに付き合えるほど、彼は浮き世に興味を持っていなかった。


 朝から泳いで疲れている。

 かったるい。

 このまま机に伏して寝てしまいたい。

 一人で隠れるように泳がなくてはいられないあきらめの悪い意地汚さを、かさぶたをはがすような感覚でじくじくと恨んだ。


「次、移動教室か?」


 前列の机の中へ手を突っ込みごそごそと騒々しくまさぐる鷹来の気配がふと気になって、彼の頸椎が浮いた首筋に向け尋ねた。

 秀英は床に座り込んでゲームを始めている。倭はついていた頬杖を解いてスマートフォンを暗転させ、イヤホンを耳から外す。


「よくわかったな」

「お前が早めに授業の用意始めるなんてそれ以外にねぇだろ」

「きひひ」


 生物の女教師に一週間分の目の保養を委ねている鷹来は、短い髪をワックスで逆撫でた頭部をすくめ、顔をくしゃくしゃにして笑う。


「きもいぞそれ」

「くひひ」


 ひとしきり照れ笑いをしてから、彼はふと目線を上げた。


「なあ、オレさ、近原ちかはらさんも好みなんだよなあ。変人だけど」


「変人」

 秀英がその言葉を吟味するように呟いたが、ゲーム画面から顔を上げなかった。

 BGMの必要ないゲームってなんだと思ったらいつの間にか脳トレをしている。


 鷹来に示されて振り返ると、近原スナオが友人と机を付き合わせて昼食を取っていた。


 顎のラインで前下がりに切った髪を黒のアメリカピンでまとめただけの野暮ったい女子。さっきのジュース泥棒だ。


 クラスメートだと知っていたし、漏れ聞こえる会話から彼女の生年月日血液型好みの食べ物やアーティスト、苦手科目等まで把握していたけど、わざわざ金を返せと言うつもりもなかった。

 むしろ、把握していたからこそ、やる瀬ない思いでさらに腹が煮え繰り返ったし、その数分後にはすっかりどうでも良くなって関心は別の所に移っていた。


 スナオという少女は、倭の中でも当然ながら取るに足らない教室にたまる埃のようにどうでも良い存在だった。


 クラスの中で浮かないように、慰みに叩き潰しても何の通用も感じさせないザコキャラ扱いされないように、人間と言うものは常に気を張り自らを磨きあるいは自らを張りぼての美しさでかさ上げしてでも、何らかの地位を獲得しようとするものだが、スナオにはそのような矜持は全く見受けられない。悪く言えば、自らをザコキャラとして甘んじているような部分があった。もちろん、だからそう扱っていいという風にも考えては居ないが。


 スナオが買って来たジュースは机の中央に積まれ、友人達が思い思いに飲んでいる。


 さすがに毎日ではないが、いつもの光景だった。


 買って来て、拝んで頼まれると、友人の頼みだからスナオは断れない。


 倭を見つけるまで、お小遣いを切らした彼女がどんな気持ちで階段下に潜んでいたかは、想像に難くない。まさしく、殺らなければ殺られる終戦間際の残党二等兵の気分だったであろう。


 窓際の机を前に強張った笑顔を張り付かせたスナオは、得意げに何かを語っている少女へ相槌を打っている。


 傍目にも内容を理解出来ていないのがわかった。


 彼女の顔面からあぶくのようにクエスチョンマークが次々湧いて来る。しかし、スナオの瞳はその少女に心酔するようにとろけて熱っぽい。


 そういう必死さが嫌われうざがられ蔑まれていることに、スナオは気付いていない。



「かわいさでは入川いるかわも似たようなもんじゃねーの。告られたらOKする奴多いだろ。近原は遠慮願う」


 ぐい、と親指でスナオがいるグループの一人を指し示す。彼女は弁当を食べる手を止め、両手で何かジェスチャーをしていた。


 熱弁する少女、入川舞夏の一糸乱れぬ黒髪、上品にカールした前髪と、地毛らしい涼やかに長いまつげはクラスの中でも評判が高い。


 卵形の顔貌は、会話すると内容の他愛さとのギャップでどこか上品なお嬢さんに見えた。色白な肌は粉でもはたいたようにさらりとして、桃色の頬を強調している。


「そうだなあ、うん、そうなんだけど、ザ、同級生って感じがとっつき難いってか色気がない」

「そんなもんか」


 倭は言って、頭の後ろに両手を回した。スナオに比べる気も起きないほど、舞夏の方が可愛いと思う。


「マジでよ」

「クソB級だなあ」

「けけけ」

「だからそれきもいって」


 鷹来が笑うと、ただでさえごま粒のように小さな目が、糸のようになって釣り上がった。尖った顎をぎっと引き下げ大口を開けてにやにやと笑うから、面長な顔面が強調されている。


 倭は鷹来の相手をするふりをして、見慣れた男の笑い顔と肩の間から透かし見るように窓際の女子グループを観察していた。


 メンバーは入川舞夏、近原スナオ、小寺こでら亜樹あき三嶋みしま千佳子ちかこ園崎そのざきゆず


 話しながらずっと彼女達の方を見ていたからか、栗色に髪を染めた女子小寺亜樹が舞夏の肩をつつく。スナオを含めた全員が一瞬、こちらを見、くすくすと合い笑った。


「あ、うわ」


 笑い声に肩を震わせ顔面蒼白で縮こまる秀英の頭を押さえ、倭は彼女達に声を掛ける。


「入川、午前小テストあった?」

「あったよー。いびっち来てないから、先生角立ててたよ。いい加減受けてやりなよ、孝行だと思ってさ」


 あはは、と笑い声が起こる。俺は立ち上がり彼女達に近付いて、ジュースパックの隣に広げられている雑誌に目を通した。


「男子の気持ちを掴んで離さないためのおまじない」

「ちょっと、読まないでよ」


 舞夏が倭の股をひっぱたき、舞夏の信奉者亜樹が雑誌を慌てて閉じると、香水瓶がプリントされた背表紙が現れた。べー、と舌を出して威嚇される。


 亜樹は窓際にいて日差しが熱いのか、若干頬が赤い。後れ毛の多い首筋を透明な汗がつう、と滑る。普段朝から一時間掛けて籠手を当てていそうな剛毛で癖のきつい髪は頭頂で無理矢理縛り付けてあり、リボン型のセルロイドで出来たバレッタで飾っている。


 オレンジアッシュに染めた髪は日焼けしたと言い訳してのらりくらりと教師陣の追求を避けていたが、この間ついに反省文を書かされていた。


 当然だろう。よりにもよって、生徒指導主任教諭ババアと美容院で隣の席同士だったのだから。ババアが行き着ける美容院でカラーリングする程度の故意犯かつバカ。不注意で危なっかしく過激な性格をしている。


 内面を正直に表す勝ち気そうな目はキャットアイメイクなのか釣り目がちにアイライナーを引いていて、常につんけんとした雰囲気を放っていた。眉は剃りすぎてどこにあるのかわからないくらい細い。


 凛とした中に柔軟なしとやかさをはらむ舞夏とは裏腹な粗造り。ボディラインだけは立派に発育していて、この暑さの中胸元を目一杯はだけているから、机に伏せられると谷間が見えて目のやり場に困る。


「ねえ、伊比君知ってる? お百度参りって結構効くんだって。神様召喚できるんだよ」


 お弁当箱の中にあるプチトマトを箸でつついていた女子が結局食べずにお弁当箱の蓋を閉じおっとりと言う。


 ざっくりと耳の後ろでまとめるように編み込んだヘアスタイルから、髪が数本ほつれていた。黒目がちな瞳からひたと感じる真剣さに、彼女がこう言った呪術的な物を好むことが伺える。


「何それ。こっくりさんみたいなもんか?」

「ちがうちがう」


 舞夏は顔の前で手を払って否定した。


「こっくりさんはみんなでするものでしょ。お百度参りは誰にも気付かれない方が効果が高いの」

「へえ? 何願うんだ?」

「そこは聞いちゃ駄目でしょー」


 にやにやと相好を崩す舞夏たちの笑い方はコンビニでグラビアアイドルが表紙を飾る青年誌をちらちらと伺う中学生のそれだ。


「何笑ってんの」


 尋ねると秘め事を突然覗き込まれ、一様に困ったような顔で互いを見つめ合う。女子でもやましいことを考えるのだろうかと思うと、かなり興味を引かれたが、おまじないにはあまり気持ちを引かれない。


 結託する彼女達を前に、女子はそう言うものが本当に好きだなあと改めて呆れる程度だ。


 そんな、舞夏たちがもじもじと顔を赤らめる輪の中恐怖に身を引き攣らせ微動だにしないのがスナオだ。

 相変わらず空気が読めないな、と倭は不協和音に鼻をしかめ、話題をどうでも良い方向へ切り替えた。


「その香水、さっきテレビに出てたぞ。オカマが熱心に勧めてたな」

「マジ? オカマ?」

「うん。瓶のデザイン良いよな。香りは旧番とあまり変わんねー感じだけど、この瓶はお前ら好きそう」

「におったの?」

「この前ツタヤ行ったついでに。途中から鼻が馬鹿になった」

「え、ほんとー?」


 誰かが甘く調整された高い声を上げた。適当に言葉を返し、会話をまとめる。舞夏が腰を浮かせて次の授業を気にするそぶりを見せ始めた。


「近原さん、後で教科書貸して? 別のクラスの子に貸したから私持ってないの」


 さっそくヒエラルキーの最低辺にいることを自覚させられるスナオを横目に、倭は自身の席へ戻り、スマートホンの画面を操作する。


『えー、昨日お亡くなりになられた山橋利文さんですが、一年以上前から病気を宣告されており……いつも元気な笑顔と心くばりの方で……』


 ”パロット”と言うロゴが右上に浮かぶテレビ画面の中、神妙な面持ちで司会者が訃報を告げていた。世の中馬鹿ばかりと言わんばかりに毒舌を振り撒くいつもの姿と掛け離れていて、滑稽さすら感じる。


『町の方々に、彼の死をお伝えしてみました』


 司会者の一言の後、背後スクリーンがメイン画面に切り替わり、買い物中の主婦が映し出される。山橋利文の死を告げられた人々は、その人は誰だと問い返すこともなく、良く知っている風に悲しみと短過ぎる人生への悔しさを声にしていた。


 主婦、大学生カップル、会社員、コロッケ売りのおばあちゃん。


 十数秒ずつのインタビューが駆け足ダイジェストで流れた後、再びスタジオへカメラが戻る。インタビューされた人の中にもちろん、倭はいなかった。


 画面を眺めながら教科書やノートをまとめる。番組は未だ死んだ一般人だか芸能人だかわからないレベルの人間のことで浅薄に盛り上がり、新たなネタに移動する気配がない。


 これが、暇を持て余した俺たちの求める情報なんだろうか。もっと他に有意義な情報はないのかと彼は思うが、現にマスコミもネタ切れで、ハイエナのように人の死骸を貪り喰っている。何より醜いのは、悼むように見せ掛けその実視聴率を稼ぐことに必死な、自称山橋利文と親交のあった司会者や、ゲスト達だ。


 倭は、自身の受けた街頭インタビューが参照される気配が完全に途絶えたのを読み取って、耳からゆっくりイヤホンを抜いた。ハイエナの食べ散らかした不謹慎さが、粘っこく血生臭い情報となって俺のぐるりを周遊している。日常に刺激を求める平々凡々な俺たちは、こうして誰かの不幸を身にまとい、おきれいな顔をして、享楽に溺れ生臭い日々を生きている。


 倭がインタビューされている姿をテレビに映されては、たまったものではない。


 昨日死んだ人間の訃報インタビューを事前に撮れるわけはないから、アリバイも成立しない。学校をサボって町をふらつくならまだしも、プールで泳いでいるなんて知れたら、周囲に微妙な空気が流れ、しばらく笑いのタネにされるだろう。だから、適当に毒のある回答を最初に、した。


 そこで彼は首を傾げる。


 はたして、本当にそうだったのだろうか、と。


 あの時、ぷつり、と湧いた意地の悪い気持ちは何だったのだろうか、と。

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